グローカル化というやつ。『闘神機ジーズフレーム』
本当はそれこそ中華や韓国産の萌えソシャゲ&ブラウザゲームとかについて触れなきゃいけないところなんですが、そっちはまったく専門でないゆえ(というかお前に専門なんてあるのか?)、今回はある21年秋アニメについて。そう、放送一週間前に急遽発表されたことでそこそこ初動をかっさらっていった、あの!!!
『闘神機ジーズフレーム』っきゃねぇだろ!!!!!ワッショイ(/・ω・)/
が、ガンダr――ガンダルヴァのプラモデルください!!!!!
21年秋アニメ、ロボットものが豊作だった昨年度末、なかでもこれは大陸発企画の正統派SFロボットアニメ群像劇として、放映されるや脚光を浴びることとなったわけです。(すると代わりに同時期、サ〇ガンあたりに対する評価がやや渋くなってしまいがちになるのですが)
突如として現れた国外発のアニメでしたが、このアニメが評価される点は、きちんとSF的な理屈付けができていた、だけではなく、脚本家には日本でもよく見かける名前の人物もいました、このアニメ企画そのものが、日本国内の需要に対するローカライズに極めて真摯であったことこそが、肝要な部分なのです。
すこし前のアニメに『異常生物見聞録』というのがありまして、それの描写が一時賛否両論になったことがありました。特に「八王子」だったかを見たときの「いや中華農村の間違いだろ」感は今なお自分に衝撃として刻まれていますが、国外に対する理解のない制作当時国で、偏見をもとにした創作活動など、日本でも昔からままあることであり、これそのものは国外に表現を発信していこううえでは永年の課題として、これからも据えられてくる問題です。
で、この課題に対するひとつの回答、文化的土壌の違いを超えて、そのうえで日本のサブカルチャー的文脈の要点を押さえ、作劇でなにをしたいかが明示されている。ゆえの独自色を持ったロボットアニメ群像劇を構築できた。この点、制作スタッフらはほんとうに頭を絞って作ったことだろうという背景がうかがえます。
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