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法廷傍聴控え 警察官強姦事件1

昔、こんな事件がありました。

 福井県警始まって以来という現職警察官の強姦・住居侵入事件の裁判が開かれた。
 1992年10月27日、福井地裁の法廷は傍聴人でぎっしりである。被告は、警察官になって28年、福井県警本部の係長をしていた警部補だった。同年8月17日、別の住居侵入事件で現行犯逮捕され、翌日、「公務員にあるまじき非行で、信用を失墜させた」として懲戒免職となった山本博(48)である。関連捜査で、強姦事件が発覚し、8月22日、強姦・住居進入で再逮捕された。
 検察官が、起訴状を読み上げる。
「被告は、92年7月31日午前2時20分ごろ、吉田佳子(50歳)宅にゆえなく侵入し」「強いて同女を姦淫したものである」。
 これに対し、山本はよく通る太い声で、「まったく身に覚えがありません」と全面的に否認した。傍聴席には山本の家族も座っていた。
 12月17日の公判では、逮捕されたときの2件の住居侵入事件が追起訴され、これについても、「突然、泥棒と呼ばれて逃げたもので、民家に入ったことは認めるが、やむなく入ったもの」などと述べた。
 検察側は、強姦事件の証拠としてDNA鑑定、足跡鑑定などを請求したが、弁護側は不同意とした。
 最初の強姦・住居侵入事件は全面否認であり、以後、判決まで、次々と証人が登場する。この事件は自供がなく、DNA鑑定、足跡鑑定の有力証拠のうち、とりわけDNA鑑定が争点になった。全面対決となった裁判の行方を、証言を中心に追ってみたい。

 93年1月26日、2月22日の公判に登場したのは、福井県警機動捜査隊長の小林警部である。被告の山本とは、警察署や県警本部で同時期に働いていて顔見知りだった。
 小林証言によれば、92年7月ごろから、県内のある特定の地域で、住居に侵入しての強姦などが頻発していた。しかも、同一の民家に侵入する手口もあり、被害者宅の近くで張り込み捜査を行うことになった。8月13日か14日ごろから捜査を開始する。もちろん、事件は夜に発生していたため、張り込みも夜であり、当然、私服だ。
 8月17日も、午前1時ごろから、小林以下4名で張り込みを開始した。張り込み対象となる家が2軒あった。1軒は、8月11日午前2時30分ごろ、強姦未遂事件があった家である。もう1軒は、そこから直線距離で約300メートルほど離れたところにある。やはり、7月23日午前3時30分ごろ、強姦未遂事件が発生していた。
 小林以下3人は、7月23日事件の被害者宅周辺に張り込んだ。8月11日事件被害者宅近辺は、1人で担当した。というのも、人間による張り込み以外に特別な機器を使用したからだ。
 小林が検察官の質問に答える。

 ──それはどのようなものですか。
「集中張り込み監視装置で、ソニックというものです」
 ──具体的には、どういうものですか。
「人体センサー装置といって、人体から出る熱をセンサーがキャッチして、電波を発信し、それによって、モニターのブザーが鳴るものです」

 このセンサーを、8月11日事件被害者宅の敷地に3台設置した。この家の約80メートル離れた場所で車に乗って警戒している捜査員の車にモニターが積んである。ブザーがなれば、ただちに、小林以下3人に連絡し、集結するという体制だった。
 午前2時47分ごろ、ブザーが鳴る。連絡を受けた小林らは、ただちに車で急行する。その家の近くで車をとめ、周辺を警戒しながら、近づいていく。すると、その家から約50メートル離れた付近で、小走りにやってくる中年の男と出会う。

 ──この男を見て、あなたはどう判断しましたか。
「警戒していた家から逃げてきた犯人だと思いました」
 ──どうして、そう思いましたか。
「ソニックに反応して、すぐに、こちらへ向かって走ってくるから、ソニックにかかった男だなと思いました」
 ──そう思ってから、どうしましたか。
「待て、警察だといって懐中電灯をつけたのか、懐中電灯をつけてからいったのか、どっちかだと思います」

 小林は、不審者として職務質問しようと思った。すると、男は逃げだした。小林も追跡を開始する。ほかの捜査員にもしらせよう、民家の人にも起きて協力してもらえるようにと、「泥棒」といいながら追いかけた。男は民家に逃げ込み、畑を突っ切り、用水路を越えて逃げていく。
 小林は男を見失ったが、男は逃走距離にして約530メートルも周辺を逃げ回ったあげく、別の捜査員が2人がかりで取り押さえたのである。午前3時ごろだった。小林らは、男を逃走中に民家に侵入した容疑で逮捕した。
 車に乗せようと、改めて男の顔を見た途端、小林は驚いた。顔なじみの山本だったのである。

 ──そのとき、あなたの気持ちはどうでしたか。
「これはあかんと思いました」

 言葉もないほどびっくりした。山本は所轄警察署に連行され、県警は大騒ぎとなる。
 3月11日の公判で証言した佐藤巡査も、「まさか、そんなことはない。そんなばかなことはない」と愕然とした1人だ。佐藤も山本とは面識があり、8月17日、かれは、7月23日事件被害者宅に近いところに張り込んでいた。
 ブザーが鳴ったという連絡を受けて、その家に車で急行し、異常がないか確認しているとき、小林の大声が聞こえた。車で、声のするほうに向かう。途中で、県警本部と所轄の警察署に、「犯人逃走中、応援頼む」という連絡を入れる。
 ある民家のガレージをのぞくと、その中に干してあった洗濯物の下から男の足が見えた。「警察だ」と告げると、男は逃げだした。佐藤は追いかける。男がつまずいて倒れる。佐藤も倒れこむ。上から押さえつけているところに、もう1人の捜査員が駆けつけ、小林もあらわれ、逮捕したのであった。これが追起訴の住居侵入事件である。
 8月17日の後半で、所轄警察署で当直勤務をしていた鈴木巡査部長が証言する。午前3時25分ごろ、山本が連行されてきた。山本と面識はない。取り調べ室で、弁解録取書を書くため、話を聞こうとした。
 顔色は真っ青、息も切れて、水も要求され、持ってきたら、4杯ほど飲み干した。床の上に大の字になっていたなどと、逮捕後の山本の様子や山本の履いていたカジュアルシューズの押収状況などを述べた。

 4月21日の公判では、山本の履いていたカジュアルシューズと強姦事件で吉田宅中庭から採取された足跡の異同識別鑑定を行った県警の刑事部鑑識課の足痕跡係長が証言した。
 検察官の質問に対し、中村係長は、足跡鑑定の原則的な方法から説明した。まず、足跡を採取するには、主な方法として、石膏法、ゼラチン転写法というのがある。強姦事件の場合は、石膏法で採取した。
 異同識別には、指摘法、計測法、重合法、接合法の4つのやり方がある。足跡の模様、損傷などの大きさ、角度を実際に測る計測法、さらに、足跡とカジュールシューズを重ね合わせる重合法で調べた。
 この足跡痕は右足のもので、靴の底は横線模様で構成され、模様の5本の間の長さは25ミリであった。靴の製造方法も調べたが、切り抜き法であった。靴の一部に磨耗があり、一部、縁ゴムが剥離しているところがあった。
 一方、カジュアルシューズのほうは、横線模様で構成され、切り抜き法で製造されていた。一部に縁ゴムの剥離があった。模様の5本の長さも25ミリであった。

 ──そのように比較して、どのような鑑定結果を出されたのですか。
「吉田方から採取された現場足跡は、被告の履物によって印象されたものであるという結果を得ました」
 ──両者が完全に一致するということですか。
「完全に一致するという意味です」

 さらに、8月17日の住居侵入事件での足跡との異同識別も行った。しかし、印象が不鮮明であるため、カジュアルシューズみたいな靴で、横線模様の5本の間隔が25ミリということだけしか判明しなかった。
 これに対し、弁護側は、数回に渡り、鑑定について細かく聞く。鑑定方法の問題点、履いた人の足の影響を受けやすいカジュールシューズだから、足の小さい人、大きい人とでも足跡も違うはずだ。
「なぜ、被告にこの靴を履かせて、その足跡と採取足跡を比較しなかったのか」などと追及する。
 また、実際に、カジュアルシューズの横線模様の任意の5本を、ディバイダーとノギスを使って法廷で測ってもらい、計測したところ、約24.25ミリしかない。「もう1回測らせてください」と係長は別のところを測ったが、24.6ミリから24.7ミリしかない。
 さらに、係長は、「もう一度、ディバイダーを貸してください。鑑定書に記載した計測位置を測ります」と要求する。
 これを聞いて、弁護人が尋ねる。

 ──いま、あなたがやろうとしているのは、鑑定書で測った箇所を測りたいと申し出たんですね。
「そうです」
 ──では、鑑定書で書いた箇所というのが違う長さになるのなら、奇異なことだが、測ってください。
「はい」
 ──25ミリないでしょう。
「25ミリにわずかに足りません。わずかです。(鑑定書で)25ミリというのは、25ミリぴったりという意味で、25.0とつけているわけではありません。25ミリといっているわけです。ほぼ25ミリにちょっと足りなくても25ミリ、ミリ単位で切っているから、25ミリという表現をしております」

 このように、弁護側はと足痕跡係長の「完全に一致」鑑定について、鋭い質問を展開した。

(人名は仮名)



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