見出し画像

法廷傍聴控え 警察官強姦事件4

 4月26日、6月9日の公判では、2人の弁護人のうち、山本の逮捕当初から担当していた主任弁護人が証言席に座り、家族のアリバイ証言が信用できること、「自分は警察にはめられたと思う」と語っていたこと、「愛人がいる」ので性的な不満はなく、強姦の動機はあり得ないことなどを証言した。

 94年7月7日の公判で、検察官が論告、求刑を行う。
 被害者は、「生々しい迫真性のある内容の証言をし、被告を犯人と特定している」。
DNA鑑定は、「すでに、裁判例において、刑事裁判の事実認定の証拠とされていることは公知の事実(水戸地裁下妻支部、宇都宮地裁)」。「高度な専門的知識と技術力を有している」科学警察研究所の主任研究官が手がけ、「科学的根拠のある鑑定方法」で「合理的な方法に従い、適切に行ったもの」。
「精液の血液型およびDNAの型の出現頻度は、ほぼ4万人に1人というきわめて希有なものである」。
足跡は、各種の特徴が「ことごとく被告のカジュアルシューズと同じ位置、形態で認められる」「被害者方庭で採取された足跡は、被告のカジュアルシューズによるものと断定される」。
 また、アリバイ主張について、逮捕直後の長女の証言は、「1階の両親の寝室で子供と一緒に眠り込んでしまったとき、夜中に気づくと、父が横に寝ていた」というものであり、「信用性がなく、到底、論拠とはなり得ない」とした。
 以上などから、「福井弁を話す35歳から54歳までの男性が福井県内に約12万人としても、被告と同一の(血液型及び)DNA型を有するものは約3人であり、これに加えて、被害者が見た犯人像に一致し、かつ、同種で同様の磨耗状態にある靴を履いている可能性のある人物を被告以外に見つけることは不可能であるといっても過言ではない」。
 このように、論告した。検察官もDNA鑑定や出現頻度については不慣れならしく、肝心の出現頻度を誤解しているようだ。DNA鑑定書の約1万人に1人というのは、DNA型に血液型を加味したもの。鑑定書添付の出現頻度表にもそのように記載してある。
 しかし、検察官はDNA型だけの出現頻度だと勘違いした。この出現頻度に、0型という血液型の出現頻度約3.3人に1人というのを、さらに計算してしまったのである。
 そのため、「ほぼ4万人に1人」という数字になってしまったのだ。その結果、県内の同一DNA型の人を「約3人」と、これも計算違いになった。
 ともあれ、続いて、2件の住居侵入事件については、8月11日事件被害者宅への進入を試みて、「センサーを作動させ、そのため、現場に急行してきた警察官の動きを何らかの形で察知し、同所から離れる途中で、警察官の動きを認め、逃走を図ろうとして、小林と出会ったと推認される」
「不審者に職務質問しようというような行動ではなく、被告にやましいことがあるために、人を避けているための行動」で、「緊急避難の成立する余地はない」と断定した。最後に、懲役5年を求刑した。
 弁護側も最終弁論を行う。2件の住居侵入事件については、その2時間半前には、愛人と性交渉を持っているので、そもそも住居侵入する理由がない。また、突然、泥棒といっておいかけられたので、緊急非難にあたるなどと述べた。
 足跡鑑定については、押収の靴は、26.5センチであり、被告の足よりも大きすぎる。「鑑定とは名ばかりのきわめて主観的な、カンに頼ったものである」などと信頼できないと反論した。
 また、DNA鑑定は「足跡鑑定に比べれば、はるかに科学的な鑑定」だが、「MCT118型は、開発途上の未完成のDBA鑑定」であり、「16塩基の繰り返し回数を判定するためのサイズマーカーとして、123塩基マーカーが用いられた」。
 しかし、「その後の研究によって、123マーカーによる繰り返し回数の判定は不正確であり、アレリックマーカーによるべきことがわかり、ついに、科警研も従来の方式が不完全であったことを認める論文を発表するにいった」。
 その後、123マーカーを用いなくなった。「遺留精液と被告の血液を用いて、アレリックマーカーで再鑑定すれば、両者のMCT118型は異なって判定される可能性がある」。しかし、「遺留精液は鑑定で全量費消され、再鑑定は不可能な状態にある」。
 このような欠陥のある鑑定方法に加え、「出現頻度についても、根本的な疑問がある」。その基礎とするデータベースは、わずか381人のものである。その後、957人のデータで確率計算すると、「その1.77倍である約5650人に1人と修正しなくてはならない」

「いずれにしても、DNA型及び血液型の出現頻度を過大視することは危険であって、科警研はDNA鑑定書に出現頻度を書くことをやめた」。
 そもそも、「強姦事件の犯人像と被告は、およそ結びつくところがない」「本件は、深夜、住居に侵入して、女性を襲うという、まことに大胆不敵な性犯罪であるが、被告は、そのような犯罪を犯す人物ではおよそない」。
勤務態度は、「とくに問題点は認められなかった」という上司の報告もある。愛人とは「ほぼ毎日のように会い、1週間に5、6回性交渉を持っていた」「当時、性的な欲求不満を抱いたことがない」。
「重要なのは、被告の身辺から、強姦事件の犯人が所持していたもの(軍手、覆面、ズボン)が何1つ発見されていないことである」。強姦事件についてはアリバイもある。
 結語として、「裁判長は、23年余りの裁判官としての経験を積まれながら、これまでに一度も無罪判決を書かれたことがないか、あったとしてもごくわずかだと聞く。裁判長が、これまでに裁かれた事件では、常に検察官が有能であったことを、弁護人としても、むしろ喜ぶが、しかし、本件は、断じて、そのような事件ではない。
 裁判所によって下される判決によって、検察官の主張の誤りが正され、被告が再び自由を取り戻すことを確信して、弁護人の弁論をおえることにする。一刻も早く被告を家族のもとに帰していただきたい」

 94年10月19日の公判で判決が下された。「懲役4年、未決勾留日数中380日を刑に算入する」。起訴状のとおりの犯罪事実を認定した。足跡鑑定については、「被告以外の者が犯行時、本件靴を履いていたことを疑わせる事情のまったくない本件においては、犯人が被告であることを強く推認させる」と判断した。
 また、DNA鑑定についても、「123ラダーマーカーの基準で同一の型であると判定すること自体には、とくに問題はなく」「出現頻度が低くても、これを過大評価してはならず、あくまで証拠の1つとしてとらえるべきであって、ほかの証拠との整合性に留意する必要がある」などとした上で、「十分信用でき、その結果によれば、犯人が被告であることを推認させる有力な証拠ということができる」と述べた。
 さらに、被害者の供述によると、「犯人の容貌、体格等は、被告のそれとほぼ一致し、少なくとも、その同一性を否定するような点はなく、とくに後ろ姿の印象は、犯人と被告とがよく似ていることを示すもの」。
 アリバイについて、強姦事件の際、愛人宅で午前2時ごろまで寝込んだというのは「不自然」。また、アリバイについては、「本件審理当初から問題になっており」「裁判所から再三釈明を求めていたのに、第6回公判(93年4月21日)になって、ようやくアリバイが主張されるようになった」

「被告は、逮捕当初から、犯行について一貫して否認していたものであるのに、犯行時刻ころの帰宅時の出来事について、起訴から半年近くたっても思い出さず、弁護人に聞かれて、初めて、しかも、とくにきっかけもないのに思い出したというのは、きわめて不自然」
「このように、被告の供述はアリバイ直前の行動自体不自然な上、アリバイ供述に至る経緯も不自然であるから、信用できない」。家族のアリバイも「信用できない」と一蹴した。
 8月17日の住居侵入事件についても、「被告の弁解は信用できない」とした。
 最後に、「市民を犯罪から守るべき立場にありながら、住居侵入、強姦という凶悪な犯行を行ったもので、本件により、警察官に対する信頼を大きくそこねたことなどをも考慮すれば、被告の刑事責任は重い」と量刑の理由を述べた。山本は控訴せず、確定した。

 ところで、県警の足痕跡係長は、別の強姦事件の現場足跡で、同じようなカジュアルシューズの足跡を「見たことがある」。山本から押収されたカジュアルシューズと、別な強姦現場の足跡との異同識別をやったことがあり、非常に似ているという結果だったと証言した。
 また、科学警察研究所の主任研究官も、91年なら92年7月ごろにかけての福井県内の強姦事件で、DNA鑑定を1件実施したと述べた。
 弁護人も、次のように検察官に対し、釈明を求めた。
「被告は、連続強姦事件の有力な容疑者として身柄を拘束されながら、なぜか、そのうちの1件のみの犯人として逮捕、起訴されている」
「しかし、強姦事件の犯人が、その犯行手口などから、同一犯人と考えられるにもかかわらず、そのうちの一件のみについての被告の足跡、血液型、DNA鑑定が犯人のものと一致したということは考えられず、本件以外の事件の証拠が被告に一致しない場合は、本件についても、被告が犯人であることに合理的な疑いが生ずることになる。
 そこで、弁護人は、検察官に対し、次のとおり釈明を求める。91年ころから多発した住宅街での深夜、民家を襲った強姦(未遂)事件の発生日時、場所、被害者の年齢、犯人の年齢、体格、血液、DNA鑑定、足跡の有無、その特徴など、本件住居侵入・強姦事件との異同を明らかにせよ」
 これに対して、94年4月26日付で検察官が釈明した。
 それによると、92年5月7日午前1時45分ごろ、女性の体に馬乗りになり、「いうことを聞け。おれのいうことを聞けば、10分で帰るから、させろ。いうことをきかないと殺す」と脅して強姦した事件が発生した。

 犯人は、目と口の部分を丸くくりぬいている白い覆面をし、軍手みたいな手袋をしていた。犯人の精液は、O型、MCT118型が15-25型、HLADQα型が1、1-3型であった。
 さらに、92年8月11日午前2時30分ごろ、強姦未遂事件が発生した。これは、8月17日、センサーを設置していた家である。犯人は、目の部分のあいている白い覆面をし、軍手をはめていた。足跡採取が採取されたが、山本から押収されたカジュアルシューズと同一と鑑定された。
 この2件を検察官は示した。2つとも、山本と同様の手口であり、血液型、DNA型、足跡が一致しているものだ。
 なぜ、この2件を起訴しなかったのであろうか。すぐに思い浮かぶのは、強姦罪が親告罪であるということだ。吉田さんは、「絶対に許せない。厳しく罰してほしい」と考え、告訴したが、この2つの事件では被害者からの告訴がなかったのかもしれない。それならば、いくら証拠があっても起訴はできない。
 それとも、ほかの強姦事件についても、山本が疑われたのかもしれないが、たとえば、警察の出張簿では、犯行の日、遠方へ宿泊出張していることになっていた。となれば、これほど決定的なアリバイはない。しかし、それが空出張だったとすれば、どうだろう。警察世界の裏金づくりの報道を見聞きすると、こんな可能性もなきにしもあらずと、勘繰りたくなった。(了)

(人名は仮名)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?