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#38. インド旅行記:コルカタ(Kolkata) 後編

中編はこちら。

さて、カーリー寺院を出たのはちょうどお昼時。ベンガルステーキを食べられるとの情報を見ていたので、タクシーで「LYTTON HOTEL」へ。が、ホテルへ到着しフロントスタッフへ聞くと、2年前にレストランはCloseしたとのこと。仕方ないので、そこから歩いて「The Bhoj Company」というお店へ。ここも割と観光客にも有名なレストラン。オーナーは日本で生活していたこともあるようで日本語堪能。身が詰まったエビカレーはマイルドで美味かった。

食事の後はインド博物館(Indian Museum)へ。インドで最古最大。世界でも9番目に歴史のある博物館で、開館から200年以上が経過している。博物館のあるチョウロンギ通りとその近くのサダルストリートは上野のアメ横っぽい雰囲気。

チケットはインド人が50ルピー(約75円)で外国人が500ルピー(約750円)。自分はアダールカード(Aadhaar:生体認証付きマイナンバー)を持っているので50ルピーで入場。インドの観光名所はどこも外国人観光客からガッツリ取ろうというのを隠さない。その潔さ、うーん、好きじゃない

展示物は5万とも10万とも言われており、全てちゃんと見ると2時間くらいかかる。実に多種多少で面白い。ガリットチュウの福島に激似の絵を見つけた時は思わず唸った。

博物館を出たのが1430頃。デリーへ戻るフライトは1810なのであまり時間が無い。急いで次の目的地であるインド最大の売春街「ソナガチ」へ向かう。

20分程タクシーに乗りソナガチへ到着。イメージとしては、原宿の竹下通りのような感じ。長さはその半分くらいだけど、メイン通り、そしてその横道に売春宿が密集している。

入り口でタクシーを降りると、5人くらいがたむろしておりすぐに声をかけてきた。ニタニタしながら「どこで遊ぶの?」「いい店知ってるよ」と。それを無視して中へ進むが結構しつこい。「ガイドはいらん」「ついてくるな」と言っても終始ニヤニヤしている。下卑たものを感じた。明らかにそれまでの街中とは流れている空気が違う。

少し進むとまた声をかけられる。
最初は「3,000ルピー(約4,500円)」、無視して歩いていると「2,000(約3,000円)」「1,000(約1,500円)」とこちらが何も言ってないのに勝手に減額していき、終いに500ルピー(約750円)でどうだと言ってきた。1日で幾らを稼ぎ、幾らで生活しているのか。(ちなみに、裏道には普通の住居もあるので、小さい子供もそこら辺を歩いている。また、そういった店だけでなく普通の商店も並んでいる)

こちらが勝手に来ておきながら何だが、道を歩いていると強い好奇の視線を感じるので、正直かなり居心地が悪い。道に立っている女性は、極端に若い女性の姿は表立っては見えず、20~40代と思われる女性が多かったかな。部屋の様子を少し見るとやはり酷烈な衛生環境だろうなという印象。

30分くらいをかけ辺りを一通り周り、またメイン通りの入り口付近へ戻ってきた。実際に店の中へ入ってみたかったので、そこから少し離れた大通りに面している地上階の店を探した。(何かあった時、すぐにタクシーやリキシャを捕まえその場を離れることができると思った為)
歩いていると店の前に立っている女性と目が合ったので話しかけてみた。

「Hi」

「Hi」

「英語はできる?」

「あまりできないわ」

この時点でここは止めようかとも思ったが、時間もなく、また他もさほど変わりないだろうと思ったので話を続ける。

「Ok、いくら?」

「500ルピーでいいよ」

そこから、「女性はつけなくてよい。プレイもしない。中の様子を写真で撮らせてほしい。人は撮らないし2分で帰る。それで500ルピー払う。どう?」と持ち掛けたけど断られた。

仕方がないと思い入り口付近へ戻りベンチに座っていると、最初に見て周った時にはいなかった警察官が2人道中に立っていた。その様子を隠し撮りしていると、それを女性に見られ


「No Photo here!!」


と言われた。急いで携帯をポケットにしまうも、その発声を契機とし警察官2人が自分の方を見てこちらに近寄ってきた。彼らは英語ができたし、話をした限りではそこまで高圧的でもなかった。

「ここで何をしてる?」

「別に何もしていない。暑いからベンチに座り休憩しているだけ」

「Photoはダメだ」

「分かっている」

「あまりこの辺にいない方が良いよ」

「分かった。今すぐ帰る。Bye」

と言ってその場を後にした。キャッチと警官がグルで、店に入った後警察が踏み込んできて、解放する為に賄賂を要求することがあるとか、チクることでポイントを稼ぐという認識は持っていた。急に警官が現れたのは「日本人が来ている」ということが触れ回ったからだろうか。残念ながら店の中の様子は見れなかったが、もうそのままソナガチを出ることにした。何だろう。身体が火照るのは、恐らく気温のせいだけではない。

さて、フライトまで時間が無い。が、まだマザーハウス(生前のマザー・テレサの活動拠点)へ行けていない。どうしようか。折角だから5分でも見れれば良いと、急いでタクシーへ乗り込み到着。実際に滞在したのは本当に5分くらいだったが、受付のシスターが案内をしてくれた。

中ではちょうどシスター達が礼拝をしていた。日本人の牧師の方もいた。その様子を見て帰ろうかとすると、案内をしてくれたシスターが「日本人のシスターがいるから会っていって」と。時間が無かったので断ろうと思ったが、折角の機会だ。「分かった」と言い待つことに。少しして現れたその人は、とても柔らかく優しい目をしていた。

「こんにちは」

「こんにちは」

「どこからいらしたのですか?」

「デリーからです。この後すぐのフライトで帰ります」

「そうですか」

「ここへはいつ頃からいらっしゃるのですか?」

「かれこれ30年前からです」

この瞬間一気に興味を搔き立てられた。このインドに30年。5年目を迎え色々な人と話をする中で「自分も結構インドベテランになってきたよな~」とか思っていたが、それを軽々超えてく30年。ぐっっ...話を聞きたい...。

「30年!!」

「そうですねぇ」

「こうした活動も長くやられてるんですか?」

「日本にいた時からやっていました」

「そうですか。もっとお話しを聞きたいのですが、生憎フライトが...」

と話すと、「では最後にこれを」といって至言集をくれた。お礼を言い、案内してくれたシスターとハイタッチをしてその場を後にした。

そこからまたタクシーを拾い空港に付いたのはボーディングの20分前。運転手が飛ばしてくれたので、何とかギリギリでの到着となった。

****

1泊2日、というか何ならほぼ1日だけの旅行だったが実に濃い経験だった。インドは、「他州に行けば外国へ行くような感覚になる」とスタッフが言う程に文化風習が区々である。これまでも様々な場所へ行ったけど、それを一番実感したのは今回のKolkataだったと思う。掴みようのない、捉えようのない混沌さが息巻く街並みは不思議で面白い。

「物事を適切に正しく恐れる」という感度は様々な場面で結構大切なことだと思っているのだけど、ソナガチではそれを身を以って実感した。自分はジャーナリストではない。非営利団体の職員でもなければ、こうした実情を変えたいという熱意を持っているわけでもない。ただ「見たい」「知りたい」「感じたい」という純粋な興味であり、そこ(それ故の行為)に含まれているエゴも自覚している。そこに内包される正否の有無はさておき、唯一確かなことは、自身の手元にある知見は世界の表象のほんの一部である、ということだ。言わずもがな当たり前だけど。

End.

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