土を汚す化学物質と体への影響について
大気汚染、水質汚濁・・・私たちの日常生活に直結する重大な環境破壊です。いずれも過去に大規模な公害事件が発生し、それを教訓として法律が制定されました。それが大気汚染防止法、水質汚濁防止法です。
両者は時代のニーズに合わせて数度にわたる改正を繰り返し、今の形となりました。私たちが普段から美味しい空気吸い、美味しい水を飲むことができるのは両者のおかげであるということができるでしょう。
逆にこの両者がなければ、企業は汚染された煙を排出し続け、有害物質を含んだ汚濁水を流し続けていたはずです。日本国土はとても人の住めない状態となっていたでしょう。
一方の土壌汚染です。大気や水質と比較すると非常にわかりにくい汚染です。
汚染が直接健康被害へと直結する恐れのある農耕地の汚染に関しては、いち早く法律(農耕地の土壌の汚染防止等に関する法律)が制定されましたが、それ以外の土壌汚染については長らく放置され続けました。
理由はいろいろありますが、やはり人の目に付きにくい、そして人の健康に直接影響を及ぼしにくいという理由が大きいと考えられます。
そのため、平成十五年に制定された土壌汚染対策法で規定される特定有害物質はわずか26項目。数百物質にも及ぶ大気汚染防止法、水質汚濁防止法と比較しても極端に少なく設定されています。
言い方を変えると、極少量でも人の健康に影響を及ぼす可能性がある物質が規定されているということなのです。
今回は土壌汚染対策法で規定される26種類の特定有害物質についてお話いたします。
第一種特定有害物質について
種類と使用状況
第一種特定有害物質は12項目が規定されており、いずれも揮発性有機化合物です。一般的にはVolatile Organic Compoundsの頭文字をとってVOCと呼ばれます。以下に、その全項目を記します。
クロロエチレン
四塩化炭素
1,2-ジクロロエタン
1,1-ジクロロエチレン
1,2-ジクロロエチレン
1,3-ジクロロプロペン
ジクロロメタン
テトラクロロエチレン
1,1,1-トリクロロエタン
1,1,2-トリクロロエタン
トリクロロエチレン
ベンゼン
これらの化合物を構成する元素は、塩素、炭素、水素だけです。どの元素も単体ではごくありふれたものではありますが、その構成によりあるときは金属加工業で使用され、またある時は半導体製造業で使用されることもあります。
私たちの日常生活でも頻繁に目にするプラスチックも、これらの物質により製造されています。
中でもテトラクロロエチレンは、土壌汚染の原因物質の代表格という扱いです。かつて、クリーニング業の一技術であるドライクリーニングで大量に使用されていたため、クリーニング店の跡地では、このテトラクロロエチレンによる汚染が極めて高い確率で確認されています。
人体への影響
12項目規定されている第一種特定有害物質、基本的に人体への影響はそれぞれ異なりますが、ほとんどの項目に共通するある害の可能性が疑われています。
その害とは「発ガン性」です。
しかし、ガンは突然ポンっと発症するものではありません。長年にわたり徐々に毒が身体に蓄積されて、その結果ガンとして発症するという類のものです。しかも、ガンの発症については他の様々な要因が疑われます。
今でこそ早期発見により治る病気となったガンですが、重大な病気であることに変わりはありません。
ほんの僅かでも人が身体に取り入れてしまうことがないように、12項目が規定されているのです。
第二種特定有害物質について
種類と人体への影響
第二種特定有害物質は主に重金属類が規定されています。以下にその全項目と人体への影響を記します。
カドミウム及びその化合物・・慢性毒性(腎臓障害、骨粗鬆症)、呼吸困難、発ガン性
六価クロム化合物・・・・・・腎・肝臓、増血系、中枢神経系の障害、発ガン性
シアン化合物・・・・・・・・細胞呼吸困難
水銀及びその化合物・・・・・胃腸器官と中枢神経に障害、その他精神症状
セレン及びその化合物・・・・全身倦怠、脱毛、爪の変色・脱落、発がん性
鉛及びその化合物・・・・・・疲労,頭痛,四肢の感覚障害,けいれん,排尿障害
ヒ素及びその化合物・・・・・吐、下痢、栄養失調、動脈硬化、脳梗塞等
フッ素及びその化合物・・・・皮膚、眼、粘膜への刺激
ホウ素及びその化合物・・・・下痢、嘔吐、眼の刺激症状、咽頭痛、咳
土壌汚染の事例で最も多く確認されているのが、第二種特定有害物質によるものです。
かつて各種産業で頻繁に使用されていたということももちろんありますが、人為的な原因以外で土壌中に含まれている場合も多いためです。つまり、自然の地質にこれらの重金属がもともと含まれているという場合です。これを「自然由来」と言います。
自然由来として土壌中に含まれる可能性が高い項目は、セレン、鉛、ヒ素、フッ素、ホウ素です。他の重金属も自然に含まれていますが、その含有量は少なく、自然由来の項目として確認されることはほとんどありません。
なお、シアンについては自然由来として土壌中に含まれることはありません。つまり、自然由来として確認すべき項目はシアンを除く8種類ということになります。
項目の表記について
ところで、第一種特定有害物質と第二種特定有害物質の各項目の表記に大きな違いがあります。
第一種特定有害物質は物質名そのものが規定されているのに対して、第二種特定有害物質は元素名とその化合物全体が規定されています。
なぜか?
揮発性有機化合物は確認されているだけでも数百万種類にもなり、その中で使用頻度が高く、なおかつ人体に有害なものはごく少量に限定されます。その中でもさらに厳選されたのが、第一種特定有害物質に規定された12種類です。
一方で第二種特定有害物質は、元素そのものが規定されていることがほとんどです。元素であるがゆえに、自然界、産業界で様々な化合物の形で存在しています。元素単体として存在していることはほとんどありません。
そのため土壌中の第二種特定有害物質を測定する方法として、化合物を薬品で分解する操作が規定されています。つまり、どんな化合物の形で存在していようと、測定操作で必ず単体の重金属に分解され、その濃度が数値化されるのです。
ただし、たった1つ例外があります。それが「水銀及びその化合物」です。
単体としての水銀はもちろん測定されますが、それとは別に「アルキル水銀」という化合物を測定することが規定されています。
これは、かつて熊本県で発生した有機水銀による公害病、水俣病の原因物質が有機水銀(アルキル水銀)であることから、例外的に規定されたものです。
第三種特定有害物質について
第三種特定有害物質は主に農薬類が規定されています。以下にその全項目と人体への影響を記します。
シマジン・・・・・・・・・・・発ガン性
チオベンカルブ・・・・・・・・中程度の毒性
チウラム・・・・・・・・・・・咽頭痛、咳、痰、皮膚の発疹
ポリ塩化ビフェニル(PCB)・・・発ガン性
有機リン化合物・・・・・・・・中枢神経に影響、発がん性
土壌汚染の事例の最も少ないのが第三種特定有害物質です。第一種特定有害物質ほどではないにしろ揮発しやすい特徴があり、また分解されやすい特性を持っているため、土壌中に残留する可能性も低くなります。
主にゴルフ場などでその汚染が疑われますが、それでも土壌汚染が確認されることはごく稀です。
ただ、ポリ塩化ビフェニル(PCB)だけは例外です。
第三種特定有害物質に該当するPCBですが、実は農薬ではありません。コンデンサーの絶縁油や塗料として使用されていた工業製品です。
熱に安定で、電気絶縁性が高く、耐薬品性も備えていたため、開発された当時は幅広い分野で使用されていました。
その一方で毒性も高く、PCBの毒性が一気に世間に認知されるきっかけとなった事件が「カネミ油症事件」でした。
多くの被害者を出したこの事件がきっかけとなってPCBは製造も使用も禁止され、土壌汚染対策法の第三種特定有害物質として規定されることとなったのです。
まとめ
大気汚染や水質汚濁と比較すると、土壌汚染は人の目に付きにくい汚染です。井戸水を日常生活に使っている家庭ならば土壌汚染を身近に感じるでしょうが、水道水が当たり前の現代、よほどのことがない限り土壌汚染を意識することはほとんどないでしょう。
土壌汚染対策法で規定される特定有害物質の項目は非常に限定されています。大気汚染防止法や水質汚濁防止法で200〜300種類もの特定有害物質の項目が規定されている一方で、土壌汚染対策法ではわずか26項目です。
「土壌中の汚染」という極めて評価が難しい汚染であることもその原因と考えられますが、土壌汚染対策法の基本的な目的は「人への健康被害の防止」です。
つまり、土壌への浸透の恐れが高く人への健康被害の恐れが高い物質を厳選した結果、26種類が規定されたものと考えられます。
土壌汚染を原因とする健康被害は、すぐに判明するものではありません。少量ずつ人体に吸収された結果、ガンなどの重大な病気となる類のものです。
しかし、実際にガンを患ったとしても、そのガンの原因が土壌汚染であるということを証明することは極めて困難、いや不可能と言ってもいいかもしれません。
だからこそ、土壌汚染対策法の果たす役割は極めて大きく、これからも時代時代に応じた改正がなされていくことでしょう。
人の目に付きにくい土壌汚染、そして現在のところたったの26項目しかない特定有害物質。しかし、土壌汚染対策法が果たす役割は、大気汚染防止法や水質汚濁防止法と同様に極めて重要なものであることに間違いはありません。
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