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大ヒットクルマ列伝〜マツダの魂

大ヒットとは単に沢山売れたのではなくその時代に生きた人々の心を打ったモノに贈られる称号である。コスモスポーツは世界初の実用量産ロータリーエンジンをフロントミッドシップに搭載した2座スポーツカーとして1967年に登場した。昭和生まれの元若者は“帰ってきたウルトラマン“の地球防衛庁MATのパトロールビークルを思い出すはずだ。白いボディーに赤いV字のデカールだけのほぼ改造なしで未来感覚の特撮用のクルマとして迫り来る怪獣を背景に疾走していた。

ロータリーエンジンはドイツのヴァンケル技師の発明で1957年にNSU社が初めて車載し世界中に夢のエンンジンとアピールした。1960年にR360で乗用車参入を果たしたばかりの東洋工業(後のマツダ)は通産省の過当競防止政策のあおりで存亡の危機に瀕していた。松田恒次社長はこの未知のロータリーエンジンに会社の将来を託し巨額のライセンス料を払い技術提携に踏み切る。しかしNSUから届いたロータリーエンジンをテストベンチで試験運転するや程なく停止してしまう。ローターハウジング内面に、後に“悪魔の爪痕”と呼ばれるチャターマークが残りローターは焼き付いていた。ロータリーエンジンは全く耐久性のない代物で御本家のNSUは既に量産は諦めていた。NSUは技術特許を高く売りたかっただけだとマツダは気付き、社内は凍りつく。

そしてマツダの精鋭エンジニア47名が集められ、試行錯誤の焼き付き防止改良が昼夜を問わず続けられた。おむすび型の頂点のアッペクスシールの材料は鋳鉄、クロム、セラミック、遂には牛の骨まで試されその種類は100種を超え、シール形状もありとあらゆる形状が試された。3年間の苦闘の末、1966年についに耐久ベンチで目標をクリアし世界初の量産ロータリーエンジンは完成した。広島の四十七士は恐ろしい爪痕を残し続けた悪魔を遂に討ち果たした。

1971年、国内レースの常勝軍団、日産スカイラインGT-Rの50勝目を阻止したのは、進化版12A型2ローターを載せたサバンナRX-3であった。日本GPのデビュー戦で1から3位を独占し、その後5年間で100勝という国内レースでは無敵の圧倒的なロータリーの強さを見せつけた。しかし世は排ガス規制、そしてオイルショック以降の燃費指向に翻弄されておりロータリーは苦難の時代に突入していった。1975年、閉塞状態のスポーツエンジン受難の時代に突然現れたコスモAP。13B型2ローターエンジンは135馬力/6000rpm、19.0kgm/4000rpmの高出力を絞り出しながら51年排ガス規制をクリヤしていた。縦格子の立体フロントグリルやセンターピラー中央の小窓がオシャレで気品と力強さが同居していた。大人の雰囲気漂う宇佐美恵子をCMキャラクターに使い人気を博し1年半で10万台を売りマツダの救世主となった。その勢いで名車RX7が1978年に発表された。ロータリーエンジンならではの低いノーズにリトラクタブルヘッドライト、そのロケットのような豪快な加速とスムーズさで北米をはじめ多くのロータリーファンを熱狂させた。

そしてドラマは1991年のルマン24Hで最高潮に達する。当時のルマン24Hはジャガーやメルセデスの強豪にトヨタや日産のワークスも全く歯がたっていなかった。1990年にマツダも最新型787で挑むが2台ともリタイアという燦々たる結果であった。そしてその年の終わりにレギュレーション変更が発表され1992年からは3.5ℓレシプロのみとなりロータリーでの挑戦は1991年が最後のチャンスとなった。
メルセデスC11が序盤で主導権を握り、マツダの3台の787Bもジャガーと競いながら着実なレースを進めていた。やがて盤石と思われていたメルセデス1-2-3の陣営がメカトラブルで崩れだす。ただマツダ55号はジャガーXJR-12との激しい2位争いを制しつつあるもののメルセデス1号車は遥か先を走っていた。しかしドラマが起きる。残り3時間を切った時首位のメルセデス1号車に異変、ついに戦線離脱となる。そして2位であったマツダ55号車はジャガー勢を制しそのままトップで走りきった。こうしてマツダはルマン24時間レースの日本メーカー初の総合優勝を果たした。

東洋コルク工業としてスタートしたマツダは昨年2020年1月に創立100周年を迎えた。しかし最後のロータリーエンジン搭載車RX-8も、年々厳しくなる排ガス規制により2012年6月に生産終了していた。燃焼エネルギーを直接回転エネルギーに変えるロータリーエンジンは、シンプル、合理的で軽量かつ低振動、低騒音、そして何よりも数々の名車の記憶とともに湧き上がる感動を与えてくれた。僕たちモーターファンは、マツダの魂のエンジニアらにより必ずロータリーエンジンは再び復活すると信じている。

全員起立、広島の方角を向き、最敬礼!


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