アラフィフ育児 ケース6「思い出せない」 〜許容量を超えたマルチタスクを前にただ呆然とするしかない話〜
「ぼくは今、なにをしようとしていたんでしたっけ?」
部屋から廊下まで進み出てふと立ち止まり、
手に持ったものを見つめて途方に暮れることがある。
手の中にあるものを、ひとつずつ確認してみる。
プラスドライバー
充電式の単四電池
小さなおもちゃの下半身
DMやらの郵便物
プラスドライバーは、喋るうさぎのぬいぐるみの電池交換で使い、単四電池二本は、そのときに交換したものだ。
その喋るうさぎのぬいぐるみは、上のムスメがそれほどハマらなかったにも関わらず、下のムスメは溺愛していて、電池切れで喋らなくなると「びょうきになっちゃった」と悲しみ、私に「なおして」と持ってくる。
(ちなみに私はムスメたちから「おもちゃドクター」と呼ばれている。
電池を交換したり、ボンドでくっつけたりするだけで名医として尊敬されるのは、とてもお手軽な威厳の保ち方なので、親になったらすぐに精密ドライバーと液体プラスチックボンドを購入されることを世のお父様に、強くオススメします)
私はうさぎのおしりに挿入されいる、中国製の電子頭脳を取り出して、そこにある超ミニサイズのねじ(石突きから切り離したときに、どうしてもまな板に残る、わざわざ拾って鍋に入れるほどでもないえのき茸サイズ)を精密ドライバーでぐりぐり回して外し、電池を入れ直して、再び超ミニサイズのねじ(フローリングの目地に入ったら、クレバスに落ちてしまった登山家のように絶望的)をなんどもなんども地面に落としながら、それでもめげずに拾い、はめて、締めて、再びうさぎのおしりに挿入する。
その一連の作業を見つめる下のムスメの目は、なにも見ていないように虚ろだ。
溺愛するうさぎのおしりから出てきた、のぺっとした機械から、声がしようが、子守歌がながれようが、それは彼女にとって不都合な真実なので、ただひたすらに心を無にしているのだろう。
ファンタジーを保つためには、見ないふりが一番。
うさぎの電池交換が終わって、おしりにふたをして、ムスメに渡す。
下のムスメはそこでようやく目に生気を戻して、喋るうさぎとの会話を楽しむ。
で、ようやく本題。
電池交換を終えて、精密ドライバーと単四電池と、床に転がっているおもちゃやらなんやらの品々を「さて、仕舞おう」と手に持って4、5歩ほど歩いてから廊下でふと、立ち止まる。
ドライバーと電池を入れる場所は、私の部屋の引き出しだし、ムスメのおもちゃたちはリビングのおもちゃBOXが定位置なのだ。
そして今、歩いている廊下の先に私の部屋はない。
手の中のものをしまう以外に、大事な「なにか」をしようとして、私は廊下を歩いていたはずなのだ。
だけどそれがなんなのか、全く、まーったく思い出せない。
「ぼくは今、なにをしようとしていたんでしたっけ?」
そしてそれを思い出す為に、しばらくぼーっと廊下の真ん中で立ちつくすことになる。
そして結局、思い出せず、天井を見て「あかん……」とひとりごちたりする。『ザ・ノンフィクション』のテーマソング「サンサーラ」が流れるようだ。
と、そんな物忘れが、まあー、増えた。
いや、元から忘れっぽいの。それが年とともにひどくなったのは事実。
リモート会議していても、
「えーっと、あの、あの映画です、えーっと主演が……あの……なんだっけ、ちょっと待ってくださいね……」
ガタガタガタガタ!
会議中にググって、キーボードを打つ音が皆様のパソコンから響き渡る羽目になるのです。
「ああ、そうそう、ジョニーデップ!」
ジョニーデップでさえ出なくなる、そんな年になりました。
つったくまじかよ!
しかし、寄る年波のせいだけではないのでは!? と思うのです。
いくつものタスクをこなしながら生きていく複雑な現代社会。悩みは多く、つきる事がありません。
将来の不安やら、気候変動やら、手の中でやかましいスマホやら、仕事やら、老後二千万円問題やら、感染症やら……。
そこに来て、育児です。三歳と五歳の子育てです。
育児はマルチタスクの連続。
いや、マルチタスクなんてかっこいい言い方はしっくりこない。
あれですよ、ながら。
そう、子育ては、24時間、ながら作業なのです!
締め切りに追われながら、執筆をしながら、上のムスメの幼稚園のお迎え時間を気にしながら、下のムスメが変なものを口にしないか気をつけながら、ピュイピュイと鳴るスマホをチェックしながら、今週末に撮影するドラマの説明台詞が全く覚えられないことに憂鬱になりながら、床に散らばるおもちゃの数々を片付けないといけないけど、あとでね、と目をそらしながら、たちあがる時間ですと教えてくれるApple Watchに「よりによって今かい!」とツッコミをいれながらもたちあがり、たちくらみでしばらくテーブルに手をつきながら、モルジブ行きたい! と壮大な現実逃避を始め、夜は夜で、寝ながらも、夜泣きの声に起こされる始末。
ちなみにたった今、下のムスメから木のスプーンでキーボードを叩かれながらの執筆中。
ああ、もう限界。
外出したら、もっと大変。
子供って目を離すと、すぐ危険なところへ行きたがる。
リアル荒野行動なのである。
車道に飛び出す。高台にのぼる。階段の一番上でとっくみあいのケンカを始める。車の運転中に足でギアを蹴る。不安定なママチャリのチャイルドシートに、勢いつけて登って自転車ごと倒れそうになる。倒れそうになった先には塀の角がある。温泉でハッスル(古)し、湯船で滑って大量の湯を飲みおぼれそうになる。盛大に吐く。公園の大きな滑り台に果敢に挑戦したのはいいもののその高さに怖くなって大泣きし、前が全く見えない状態にも関わらず、顔に札を貼られたキョンシー(古)のようにただ前へ進もうとする。
まったく目が離せない。
そんなスーサイドスクワッドなムスメたちを見張りながらの日常で、満足にタスクをこなせるワケがないのである!
独身時代はシンプルだった。
タスクリストには、
□ メシ
□ サケ
□ ネル
□ モテタイ
たまに、
□ シバイガンバル
バカっぽいけど、ホントの話。
イケテツユニバース・フェーズ1は、これが全てだった。
しかもこのシンプルなタスクをこなすために必死だった。この時でさえ「忙しい忙しい」と言っていたし、「そんなにいっぺんにいろんな事できないよ!」とキレていた。
そう、器小さいの、私。
シルバニアファミリーのスープ皿ぐらいに小さいの。
なのでもう、今は器から水がダアダア漏れてる状態なんです。
漏れる水を掬う事もできずに、廊下で「あかん……」と天を仰ぎ、そしてサンサーラが流れる……。
※ここで下書きを保存し、後日に加筆しております。そう、ひとつのエッセイを一日で完成させることさえ出来ないのです。
そして今日、
私は、ひとつのタスクしか消化できませんでした。
□ ゴハンツクル
そう、これだけ。
あれ? あと、今日、なにしたっけ?
朝、ムスメ達のケンカの声で起きて、
ジャングルジムのブランコを、鉄棒にしてくれというお願いを聞いて、
水鉄砲遊びでびしょびしょになったふたりを風呂に入れ、
『うまれて!ウーモミニ』の王冠を「さがして!」と命令され、
子ども部屋のクローゼットをひっくり返し、整理し、結局見つからず、かわりに見つけたこびとづかんの人形を渡してお茶を濁し、
「ビンゴしたい」というお願いを聞く為に百均に行き、ビンゴカードを購入し、
帰りに寄った公園で水遊びしたムスメふたりを再び風呂に入れ、
ようやく仕事をしようと思ったら
「メルちゃんのハンドバッグをつくって」と言われ、段ボールで作り、そしたら「わたしにもつくって!」と言われ、もう一個作り、
その間にも、「これみて!」とぬり絵を見せられて、「どう?」と感想を求められる。
ほとんど自分の事していないのに、もう晩ご飯。
どうしても作りたかった、ひよこ豆と挽肉の肉団子カレーを一時間半かけて作り、五分で食べ終えました。
そしてソファでウトウトして、起きたらもう夜の九時っ!
ムスメ達に、歯磨きさせて寝かしつける時間じゃないですか!
寝かしつけは妻に任せて……。
そして今、深夜24時。
ようやくこのエッセイを書き終えました。
早く寝ないと。
明日も早くに起こされるのだから……。
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