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私たちは子供時代の栄光をいつまでも忘れられずに生きている

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私はアウトプット中毒である。それに伴ってインプット中毒でもあるのだが、どちらかといえば「アウトプットしたい」が先にあり、それに連動するようにインプットを渇望しているように思う。


はて。私はいつからそのような人間になったのか。あるいは生まれた瞬間からそうした傾向を保持していたのだろうか。

少年時代を思い返してみる。私の記憶の中にある原初のアウトプット体験は大きくニつある。一つは中学校の課外学習での発表。もう一つは弟らに対して書いていた漫画だ。


中学二年生か三年生の時だったか。修学旅行で京都に行き、どこかのお寺で琴の演奏会に参加する機会があった。後日行われた国語の授業で、そのときの情景を俳句にして提出するという課題が出された。私は二つの俳句を提出した。

①琴の音に 惹かれて寄りし 蛍かな
②国語好き 国語大好き 国語好き

①に関しては自信作だった。琴の音が響いてくるような情景、「惹かれる」と「弾かれる」のダブルミーニング。そのときの感動をそのまま真空パックしてテキストに保存できた感覚があり、とても嬉しかった。

②に関してはおふざけだ。というよりも、①で心を曝け出してしまった気がしていたことによる反動の照れ隠しであろう。しかし知識がないままに「松島や ああ松島や 松島や」と同じベクトルを持つ表現を採用しており、曲解すればこれもセンスである。

この二つの俳句が、国語の授業で取り上げられた。教師が黒板に二つの俳句を書き出し、それぞれに対して所感を述べる。その上で「みんなはどっちの俳句が好きかな」と問いかける。そして最後に、二つの作品が同じ人間から出てきたものだとネタバラシをする。とても恥ずかしかった。が、同時に誇らしかった。おそらくこれが、自分のアウトプットが他者に露出し、一定の評価を得た初めての経験である。

もしかしたら私は、そのとき感じた快感を今でもまだ求め続けているのかもしれない。

同時期、私は漫画を描いていた。当時好きだった『ARMS』という漫画をベースにして、そこに思いっきり少年漫画的要素を詰め込んだような作品だ。当時、すでに両親は離婚しており、私と弟二人は日中母親のいない家で内向的な遊びを楽しんでいた。その一つが漫画であった。誰に強制されるでもなく、律儀に週刊連載のペースを守り、結果的に120話の大作を書き上げた。すでに原稿は失われてしまったが、弟曰く「今まで読んだすべての漫画の中で一番面白かった」らしい。それもそのはずである。読者が限定されているから、その読者が楽しいように作品が作られる。少年誌には【読者アンケート】という仕組みがあるが、まさに読者アンケートの最たるものである。超直接民主制とも言える。

当時の私は幼いながら「対象を限定すればするほど心に響くアウトプットが可能だ」みたいなことを考えていた。

もしかしたら私は、そのとき感じたアウトプットが他者に与える影響の素晴らしさを、まだ追い求めているのかもしれない。

思うに、大人は子供時代に感じた愉悦を大人になっても引きずっているのではないか。当時褒められて嬉しかったことや、得意だったこと、感動したこと。それらが当人のアイデンティティを構築し、その個性はそこで固定される。

大人になってからも様々な経験をするわけだが、子供時代のそれと比べるときっと刺激は弱い。結局私たちは子供時代に経験した強烈なイメージを、大人になってもグルグル追い求めているのではないか。

ならば今私の目の前にある【アウトプット】は、子供時代にあった遊びの延長だ。それは良いことだ。大人になってもまだ遊べていることは素晴らしいと思うし、子供時代の純粋な快楽を追求できている自分を幸せだと感じる。

私たちは自分の欲望を今の自分から出てきたものだと認識する。ときにそれは【カルマ】的な意味で忌避されたりもする。しかしそれは子供時代の自分から連綿と続く純粋な気持ちの結晶ではないか。であるならば、それを大事に育てていくことは、それが人の迷惑にならない限り端的に良いことである。

「子供心を忘れない」とは、そういうものを大事に生きていくことなのかもしれない。

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