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京王線・小田急線の傷害事件について

 今回の京王線の件、ならびに先日おきた小田急線での件について触れるべくNoteを活用し書いてみることとしました。長くなりますが、最後まで無料で読めますが、とても長いです(7000文字くらい)。ご了承ください。

概要

概要

 上記のほか、事件の概要についてはこちらをご覧ください。【京王線 車内切りつけ “ハロウィーンで人が多い電車狙った”】 NHKWEB
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211101/k10013330091000.html?utm_int=nsearch_contents_search-items_001
 事件の詳細が明るみになるにつれて一部このような報道が出始めました。
【駅停車位置の2~3メートル手前で停止】共同通信
https://nordot.app/827726737101209600?c=39550187727945729

この記事ではSNSに書いてあった疑問点を1つずつ解説していきます。

①なぜそこで(停止位置2~3m手前)止めたのか?
②なぜドアを開かなかったのか(ドアを開ければ逃げれたはず)
③車内で事件が発生したらどうすればいいの?

 まず、「①なぜその位置で停止したのか。」です。結論から書くと、強制的にその場(2~3m手前)に停まってしまい再加速ができなくなってしまったからです。こちらは、車内のお客様がドアコックを扱ったため止まらざるを得ない状況でした。ドアコックとはなんでしょうか?

非常用ドアコックとは

 ドアコックとは、ドアを手動で開けることができるレバーのことです。カバーを開けるとレバーが入っておりそれを捻ることでドアを手動で開けることができます。非常用ドアコックが導入されるきっかけになったのは今から70年前に発生した「桜木町火災事故」です。「桜木町火災事故」とは、当時電気工事を行っていた作業員が誤ってスパナを落としたことでワイヤーが断線し、架線(線路の上にある電気を通す線)が垂れ下がり、そこに電車が接触し着火。当時燃えやすい車両だったこともあり10分ほどで全焼しました。死者106名、負傷者92名の事故となりました。この際に、乗務員がドアを手動であけるドアコックの位置を知らず大惨事となったため、現在ではお客様の目に入る非常用ドアコックが導入されるようになりました。

ドアコックというのは大きく3種類あり、
① その扉だけ開くコック
② 車両の片側だけ開くコック
③ その車両すべて開くコック があります。

 電車に乗っていてドアコックがどこにあるかなんて確認しないと思います。一例ではありますが、写真で説明します。
 非常時のみ使用するものであり、独断や急病人発生等では使用しないでください。お客様自身で使用してもらうようお願いする際は基本的に乗務員から放送や指示があります。

①のその扉だけ開くコックの一例を紹介します。

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 こちらは東京メトロの車両(千代田線16000系)の車内の画像です。黄色く囲ったところにドアコックが収納されています。1人の客として乗り撮影しましたので中は開けれませんが、開けると捻るレバーのようなものが入っており、それを捻ることでドアを開くことができます。

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 こちらは小田急電鉄の車両です。こちらはドア上ではなくドア横の座席の下にドアコックがついています。

そして②の片側だけ開くコックの一例です。

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 こちらも小田急線の車両になります。片側用のドアコックは装備されている車両とされていない車両があります。こちらも蓋を開くとレバーのようなものがついていて捻るとドアを手動で開くことができます。外側にあるものは電車の左右両方についています。コックを操作した側のドア(主に4扉)が手動で開けることができます。ちなみになぜこの高さなのかというのはホームから見ると足元にありますが、線路に降りるとこのあたりが胸の高さになります。そのため少し話がずれますが、電車のドアの足元(一部の車両)に引手(※下の写真の黄色の囲み部分)があるのも、線路からドアを開ける際にその位置が胸の高さのためあるものです。

引手

最後に③のその車両すべて開くドアコックです。

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 こちらはJR東日本の主力通勤車両のE233系です。このコックを扱うとその号車の左右両方のドア全てを手で開けることができます。同様に開くとレバーがついておりそれを捻るとドアが手動であけられます。このコックは車両の端についています。
 お客様自身で操作をしてもらう機会というのはほとんどないと思いますが、ドアコックを操作している動画を見つけましたので紹介します。
https://www.youtube.com/watch?v=O-fSKFC-Vlw
 このようにカバーを開くとレバーが収納されており、そのレバーを捻ることでドアを手動で開けることができるようになります。
 繰り返しになりますが非常時のみ使用するものであり、独断や急病人発生等では使用しないでください。使用する際は基本的に乗務員から放送や指示があります。いたずらや試しに…なんて扱うと重大事故の当事者になります。遊び半分で扱うものではないので独断での操作はやめてください。

ドアコックを扱って発生した重大事故

 ドアコックの使用方法を間違えると重大な事故が発生します。ドアコックの扱いを誤ってしまい大惨事が発生したのが「三河島事故」になります。「三河島事故」とは、貨物列車が信号を見落とし脱線。脱線した貨物列車に旅客列車が衝突しました。脱線した際に停電したため上記の桜木町事故を教訓にドアコックを操作し、お客様は線路に降り避難を始めました。線路上を歩いて避難しているとき、反対方面の列車が線路上を歩いていたお客様を次々と跳ね死者160名 負傷者296名の大惨事となりました。ドアコックは使い方を間違えると大惨事に繋がりかねない装置です。ドアコックを扱い線路に降りる際は横を走っている電車を止める手配を行わなれば同様の事故が発生するリスクがあります。しかし、横の電車を止める手配が済んだか済んでないかはお客様の立場ではわかりません。だからこそ独断での操作は控えてほしいのです。

 では日常運転をしている中でどのようなときにドアコックを扱うことがあるのでしょう。(扱うのは乗務員や駅員などの関係者です
多いのは人身事故などが発生した際です。人身事故で緊急停止させた際にホームにはすべての車両が掛かって停車していることはあまりありません。そこで"先頭車両のみ"など、ホームに掛かっている車両のドアをドアコックで開き車内のお客様を車外に案内することがあります。

ドアコックを扱うと電車はどうなるのか

 ドアコックを扱うと、コックを扱ったドアが開いた状態になります。その時、乗務員室では、ドアが開いたという合図が出ます。(パイロットランプ消灯)※パイロットランプとはドアが閉まったことを知らせるランプです(知らせ灯ともいいます)
 走行中に扉が開くと、運転士にドアが開いたことが伝わります。ドアが開いたまま走行することは危険ですので基本的には運転士はブレーキをかけ停止させ確認を行います。全てのドアが閉めパイロットランプが点灯しない限り加速することはできず動けません。止まってしまったらすべてのドアが閉まっていないと加速することができないのです。※11/3一部表記を変更しました。
 そのため今回の京王線では、停止位置の2~3m手前で止まりドアが開いたことで電車は動けなくなってしまったのです。あと数mいけば全ドア開扉できる!はやくあと数m進ませろ!は無理です。動かすためには、乗務員(もしくは駅員等)がコックの扱われたドアに行き、ドアコックの復位(扱われていない元の状態に戻すこと)をし、そのことを運転士に伝えてから初めて動くことができるのです。

 ドアコックは基本的に乗務員の指示で扱っていただきたいです。例えば、地震等が発生し、避難する際に降車するとなったら近隣の鉄道を止めたうえでドアコックを扱い、線路に降車するということもあると思います。このような場合など独断で扱わず乗務員の指示でコックを扱っていただきたいです。稀に「走行中の車内で急病人が出たからドアコックを扱う」という人がいますが、走行中の電車のドアを開けたら急病人以前に付近の人が走行中の電車から転落して死にます。ドアが開いたからといって電車は1秒~2秒では止まりません。新幹線のようにスピードが出ている鉄道では急ブレーキをかけても数キロ止まりません。 
 また、電車の火災などが発生した場合、トンネル内を避けて停まるように指導されています。これは過去に発生した「北陸トンネル列車火災事故」を受けてです。「北陸トンネル列車火災事故」とは、深夜夜行列車にて火災が発生、当時の規定では直ちに停車と明記されていたため走行中だった車両は長距離トンネルの北陸トンネル内で停車しました。しかし、停車後も火の勢いは弱まらず火災により架線が溶けトンネル内で身動きが取れず煙がトンネル内に充満し、30名の死者と700名を超す負傷者が発生しました。
このように列車火災などが発生した際にドアコックを扱ってしまうと、電車は停車後身動きが取れなくなり運悪くトンネル内で停車した場合は同様の事故になる可能性があります。
 今回の京王線でもオイルに火をつけ一部が燃えましたが、過去には2015年に東海道新幹線で車内に火を放ち焼身自殺する事件が発生し、巻き込まれたお客さまも亡くなる事象が発生しています。近年では電車内で火をつけるという事件も増えてきています。

 ここでお伝えしたかったことは、ドアコックを扱うと電車は停車し全てのドアを閉めない限り動けなくなります。また、ドアコックは扱いを間違えると大事故に繋がりかねない装置です。
 今回の京王線の事件では、お客様がドアコックを扱ったことを責めたいわけではありません。目の前に刃物を持った人がいたらドアを開けて逃げないと殺される可能性もあります。今回の事件での行動に正解や不正解はないと思います。電車は密室空間のため逃げるのが最優先になると思います。ただ、ドアコックは非常に危険な装置だということだけお伝えしたいです。


なぜドアは開かなかった?

 では続いて②なぜドアを開かなかったのかについてです。
近年ではホームドアの導入が各社進んでいます。鉄道会社によってホームドアの仕様も様々です。

ドア

 写真は東急電鉄のホームドアです。ホームドアはロープが上から降りてきて転落防止の役目をする昇降式と呼ばれるものや、一般的に普及している収納庫から扉がでてくるタイプのものがあります。詳細は国交省の資料がありますので参考ください。【https://www.mlit.go.jp/common/001229893.pdf

 では、ホームドアの仕組みについて触れていきます。おおよそ鉄道会社で共通だと思いますが、一例と思ってください。
 ホームドアのある駅では停止位置がかなりシビアになっています。今までのホームドア導入前では、2mくらい(もしくはそれ以上)停止位置がズレていても、車両がホームにかかっていれば乗務員の判断でドアを開扉することができていました。しかし、ホームドアが入ると車両のドアとホームドアの誤差が生じてしまうと乗降の際にぶつかってしまう可能性があるため停止位置の範囲が非常に狭まりました。鉄道会社やホームドアの規格にもよると思いますが停止位置からの誤差が±20~50cm以内に止まらなければホームドアは開きません。定められた停止位置を0とすると前方に(最大)51cmでも前に行ってしまえばドアはホームドアは開いてくれません。誤差を極力なくすため「定位置停止装置(TASC)」というのが導入されています。これは機械が自動的に正しい停止位置に停止するよう支援するシステムでJRをはじめ多くの私鉄各社が導入しています。しかし、あくまで機械がブレーキを制御するため、雨で線路が濡れていたりすると停止する際にガクンと停止したり手前に止まってしまうこともあります。そのためTASCが入っている区間でも停止位置修正が発生する場合があります。上記に書いたように定められた停止位置の範囲がから出てしまった場合は停止位置修正をします。範囲が±20cmの場合は21cm行き過ぎた場合、1cmの停止位置修正が必要になります。見た目ではほとんど変わりませんが、範囲に入っていないと機械が認定した場合は乗務員がいくら開けようとしてもドアを開くことができません。
数センチの停止位置修正の動画がありますので紹介します。
https://www.youtube.com/watch?v=oNemRJZIKPg
TASC導入路線では運転士は駅に進入してからブレーキを機械に委ねます。そのためブレーキを操作しなくても電車が自動的に定められた場所で停止するのです。山手線の運転を紹介します。
https://www.youtube.com/watch?v=C4IJo1uv6UY
※もちろん例外もあり、強制的にホームドアと車両のドアを開くことも可能です。しかし、それにはホームドアの操作盤を操作しなければならず例えそれを操作しても電車のドアの位置とホームドアの位置がズレていたら降りるのが難しいでしょう。このようにホームドアのある駅では電車の停止位置が範囲に収まっていて車掌(ワンマンの場合は運転士)がドアを開ける操作をしてドアが開く仕組みになっています。
 ホームドアの仕組みは大きく分けて2つあります。
・車両のドアを開閉すると同時に自動でホームドアも開閉する「連動型」
・車両のドアとホームドアは連動せずそれぞれ独立しており操作が必要な「非連動型」です。非連動型では、上記のTASCの導入なく運転士が手動で停止位置を合わせる箇所もあります。 
それぞれの動画を探しましたので紹介します。
「連動型」小田急線のホームドアについてです。
https://www.youtube.com/watch?v=rVvP1LTDLb4
続いて「非連動型」西武線のホームドアです。
https://www.youtube.com/watch?v=EyiiI3D7yfQ
小田急のほうでは、車掌が車両のドアを扱った1秒後くらいにホームドアも閉まり始めますが、西武の方では、車掌がドアが閉まったのを確認し、左手でホームドア閉めボタンを押しています。
 結果的に今回の京王線の事件では、車内で異常発生→(どこのコックか不明ですが)ドアコックが扱われる→電車は停止し動けない→停止位置から2mほどズレて停車したためホームドアを開けることもできず、結果的に窓から身を乗り出すように降車するしかなかったと思われます。
 今回は乗務員の判断でドアを開かなかったという記事もでています。
https://nordot.app/827741716302807040】共同通信
 もし自分がこの時の乗務員だったとしたら…同じくドアを開かないと思います。例えば今回同様3号車で事件が発生していたとしてほぼ同じタイミングでは9号車のお客様に事件が起きたことは伝わっていないと思います。3号車付近のお客様はパニックになりいち早くドア開けを願っていますが事態を知らないお客様に停止位置の合っていないドアを開くのは危険です。また、ドアが開いたとしてもホームドアの位置と合っていないため開いたドアの前にはホームドアがあります。パニックでドアに殺到して怪我するお客さまも発生する可能性もあります。今回の乗務員の対応に正解も不正解もありません。ドアコックを扱ったことで結果的に1秒でも早く停車し窓から降車したことでより多くの被害を出すのを抑えられたかもしれませんし、ドアコックを扱わないで停止位置に停車することで全てのドアを開いていち早くホームに降りるのがよかったのかもしれません。結果として窓から降車になり、この被害になったという結果論でしかないのです。

 ここでお伝えしたかったことは、ホームドアは停止位置の範囲が狭く今回のように数mズレた場合でも簡単には開かないということです。


非常事態が発生した際はどうすればいい?

最後に③車内で事件が発生したらどうすればいいの?です。
 一部でこのような状況のときどのように乗務員に伝えるのが良いですか?と質問を受けました。電車にはSOSボタンというのが各車両に設置されています。主に車両の端の上のほうや、ベビーカースペースにあることが多いです。

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 このボタンを扱うとマイク越しに乗務員と会話をすることができ、乗務員が必要な個所で停車をさせます。可能であれば京王線のような事象が発生した際はドアコックではなくSOSボタンを扱い乗務員に知らせてほしいです。
我々乗務員は自分たちの路線の地形なども把握しています。「ここに止めると降車できない」や「この先トンネルや橋があるから抜けてから停車させよう」といった判断になります。
 また、一部の車両では、座席を取り外し盾にすることができます。新幹線の座席の画像がでていましたので、緊急時にはこのようなことができるということも覚えていていただけると助かります。新幹線のみならず通勤車両の一部も取り外しができますが、緊急時以外には(試しにも含め)使用しないでください。また、これは相手に立ち向かい倒そうとするものではなく自分の身を守る護身という使い方です。【https://www.asahi.com/articles/ASL6C527QL6CUTIL035.html】朝日新聞

 さらに、万が一の火災に備え消火器が備え付けられています。搭載位置は乗務員室や車両の端です。※車両によって異なります。

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 火災の場合や今回のような刃物を持った人が現れた場合などに相手を一瞬ひるませることができると思います。消火器の使用に許可などいりませんので、自分たちの護衛のために使用していただく分には事後報告で全く問題はありません。

 最後に、鉄道を安心してご利用いただくためにこのような事件が発生しないことを祈るばかりですが、世の中には今回の事件を起こす人間が存在します。我々鉄道員は電車を安全に運行するのはもちろんですが、ご乗車いただくお客様を無事に目的地までご案内するのが仕事です。なにかあれば近くの乗務員や駅員・警備員等にお知らせください。
 長々と7000文字ほど書いてしまいここまで読んでいただき大変感謝いたします。このような事件が起きないよう願っていますが、万が一遭遇してしまった場合、ここに書いてあることを1つでも思い出して自身の身を守っていただければ幸いです。お読みいただきありがとうございました。

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