MMAと右翼: UFCファイターが相次いで右翼政治活動に傾倒

本稿は、Karim Zidanの『Fight for the Right: Why So Many MMA Fighters Are Becoming Right-Wing Political Activists』(Oct 20, 2022)の翻訳である。


トップを目指す若きMMAファイター垂涎(すいぜん)の地、アメリカン・トップチーム(ATT)。フロリダ州ココナッツ・クリークを拠点とするこのジムは、MMAの有力選手を多数育成し、世界の主要MMA団体の王者も輩出している。

そんなATTが、ドナルド・トランプ2020年大統領再選キャンペーンの最後の数週間、選挙戦の中で最も奇妙なキャンペーンの1つ、「Fighters Against Socialism(社会主義と戦うファイターたち)」の集会の拠点となった。

大統領の息子のドナルド・トランプ・ジュニアが企画したこのイベントでは、2020年10月にフロリダ州4か所をバスで回り、同州のラテン系地域住民に向けて反社会主義的なメッセージを発信したのだった。ツアーにはマルコ・ルビオ上院議員のほか、UFCのスター選手ホルヘ・マスビダルも参加し、各地で共産主義と社会主義の恐怖を嘆く熱のこもった演説を行った。

「もちろん私は政治家ではありません」。MMAファイターを含む500人以上の参加者を集めたATTでのイベントで、マスビダルは語った。「それに私はあなた方よりも政治的な問題には疎いかもしれない。でも私にはラテン系の人々のことならわかります。ラティーノは、施しを求めてばかりの怠け者ではありません。ラティーノが欲しいのは自由なのです」

祖国を逃れタイヤの船でフロリダに流れ着いたキューバ系移民の息子であるマスビダルは、2020年の大統領選挙前の政治情勢に深い懸念を表明した。マスビダルはまた、民主党が米国の自由を損ねてしまうことを許してはならないと参加者に呼びかけている。

「トランプ大統領を再選させ、米国を再び偉大な国にするか、ジョー・バイデンと急進左派どもの手で社会主義と貧困への坂道を転げ落ちるか。その選択なのです」とマスビダルは語っている。

マスビダルはトランプ支持を表明した最も著名な選手の1人だったが、トランプを強く支持したMMAファイターは他にもいた。UFCの元王者を含む多くのファイターが公然とトランプを支持し、様々な州で選挙活動を行い、MMAファイターの右傾化が浮き彫りになったのである。

この現象はトランプに限ったことではない。フロリダ州のロン・デサンティス知事のような政治家も、コロナ禍に政治的メッセージを広めるために著名ファイターを利用したし、ブラジルやロシアのような権威主義政権は、人気MMAファイターやチャンピオンの支持を受け続けているのである。

MMAが過激で右翼的な政治活動に傾倒する背景には、多くの理由がある。MMAの起源がカウンターカルチャーのニッチな活動にあること、保守派の間で人気が高まっていること、UFCがトランプ支持に回っていることなどがその理由である。MMAファイターが極端に低賃金であるという事実も要因の1つだ。売上の約半分を選手が受け取る大多数のスポーツリーグや組織とは異なり、UFCは歴史的にファイターへの支払いが売上の20%未満にとどまってきた。だからこそ選手は、手っ取り早い収入源としての政治活動に惹(ひ)かれ、右派的な政治活動に傾倒していくことを選択しているのである。


UFCとドナルド・トランプの蜜月

2018年11月、UFCは25周年を記念して、UFCの歴史をハイライトで振り返る一連の短編ドキュメンタリーを公開した。番組の大半はUFCの創設者や影響力のあるファイターに焦点を当てたものだったが、あるドキュメンタリーでは、UFCとトランプの関係や、トランプがUFCを危機から救った一幕が紹介されていた。

この14分間のフィルムは、「Combatant In Chief」(戦闘最高司令官)というタイトルにふさわしく、UFCがいかに政治的プロパガンダのためのプラットフォームとして機能するかを示す事例となっている。

「ドナルド・トランプは先見の明がある」と、UFC会長のダナ・ホワイトはドキュメンタリーの中で述べている。「この男はファイターであり、アントレプレナーだ。彼は欲しいものを手に入れるし、他の人がどう思うかを恐れたりしない。彼は、敵に回したくない男なんだ」

ホワイトとトランプの関係は、ラスベガスのカジノ王ロレンゾ・フェルティータと兄のフランク・フェルティータが設立したズッファLLCがUFCを買収した2001年に遡る。

当時MMAのイベントは、主に南部の小会場で追いやられたかのように開催されていた。1996年には、故ジョン・マケイン上院議員がこのスポーツに 『ヒューマン・コックファイティング(人間闘鶏)』とレッテルを貼ったため、UFCは企業として成長過程の大切な時期に評判を大いに落としてしまった。その後、全米36州で『ノー・ホールズ・バード』を禁止する法律が制定され、プロレスで大きな収益を上げていた大手ケーブルテレビのペイ・パー・ビュー・プラットフォームも、UFCのイベント中継を拒否するようになったのだ。こうした状況にもかかわらず、いや、だからこそ、トランプ氏はUFCに賭けて、2001年にトランプ保有のアトランティックシティのカジノでUFCのイベントを2回続けて開催したのである。

この2つのイベントは、UFCが他のさまざまな州に進出する足がかりとなった、とドキュメンタリー番組は説明している。こうしてUFCは全米で合法化され、MMA界を席けんする存在となった。

ホワイトは2016年の共和党全国大会でその恩返しとして、大統領選でのトランプ支持を表明し、トランプを賞賛するスピーチを行った。

「彼はファイターであり、この国のために戦ってくれると信じている」とホワイトは言った。

それ以来、ホワイトはトランプのプロパガンダを発信し続けている。ホワイトがトランプ大統領を堂々と支持したことで、他の多くのUFCファイターも安心して同様の意見を表明するようになっていった。中でも、元UFCウェルター級暫定王者のコルビー・コビントンは、ホワイトとともに大統領執務室を訪れ、大統領との記念撮影を行った。

コビントンは、トランプの政治的イデオロギーを体現した選手として名を馳(は)せた。彼は「Make America Great Again (MAGA)」の帽子をかぶり、記者会見ではトランプの持論をなぞるように話した。2020年9月のUFC大会のメインイベントで、元UFC王者のタイロン・ウッドリー(ブラックライブスマター(BLM)運動発祥の地、ミズーリ州ファーガソン出身のアフリカ系アメリカ人ファイターで、BLM運動の支持者)を下したコビントンは、その勝利を機にBLM運動に参加する人々を『生涯の犯罪者』『テロリスト』と称したのだ。

2020年の大統領選挙でトランプ氏のキャンペーンに参加した選手は少なくない。コビントンはマイアミでエリック・トランプと一緒に「MAGAボート・パーティー」に参加し、元UFC王者のヘンリー・セフードとティト・オーティスは、さまざまな「Latinos for Trump」のイベントで講演を行った。デイナ・ホワイトもまた、ネバダ州で開かれたトランプの集会に主要ファイターを招待し、現職大統領のトランプ氏自らが選手たちの今後の試合を宣伝した。

『Hate in the Homeland: The New Far-Right』の著者であるシンシア・ミラー・イドリスによると、トランプの「超男性的な威勢とときおり見せる暴力擁護は、極右とMMAの相互関係を深化させた」という。ミラー・イドリスはさらに、「この現象は1人の政治指導者や1つの国を超えて広がっている」とも述べている。

「極右は、MMA文化の多くの側面を利用してきた」とミラー・イドリスは言う。「暴力を美化し、規律や戦闘準備を強調することで、為政者は国民に来るべき人種戦争や黙示録的な終末に先立って発生するストリートでの暴力に備えるようミスリードするのだ」

このことは、トランプの選挙での敗北をきっかけに、複数のUFCファイターがソーシャルメディアで、不正投票が行われたという根拠のない主張を広めたことにも表れている。UFCのリアリティ番組「ジ・アルティメット・ファイター」出身で、極右組織「プラウドボーイズ」の支持者として知られるタラ・ラローザは、「これから内戦が起こる」と断言までしたのである。

ラローザの扇動的な言葉を受けて、何人かのMMAファイターが実際に行動を起こすことになる。

極右運動に参加するファイターたち

2021年11月10日、元MMAファイターのスコット・フェアラムは、1月6日に起きた連邦議会襲撃事件での警察官への暴行で有罪となった最初の人物となった。

かつてはミシェル・オバマのシークレットサービスを勤めていた人物を兄に持つフェアラムは、議事堂を襲撃し、警官に向かってこう叫ぶ声が映像に残っている。「お前はアメリカ人か?アメリカ人ならアメリカ人らしくしろ!」。そしてフェアラムは警官の1人を殴打している。

フェアラムは逮捕され、その後、暴動で起訴された約1,000人に下された中でも最も厳しい、41か月の禁固刑を言い渡された。

米議会襲撃事件に参加したMMAファイターは、フェアラムだけではない。元UFCウェルター級王者のパット・ミレティッチは、1月6日に連邦議会の敷地のすぐ外でプラウドボーイズのメンバーと一緒に写真に収まっている。襲撃後、彼は罪に問われることはなかったが、UFCのストリーミングサービス『ファイトパス』で配信されている米国のMMA団体『レガシー・ファイティング・アライアンス』の解説者の仕事から外されている。

ミレティッチとフェアラムが1月6日の襲撃事件で果たした役割は、米国におけるMMAサブカルチャーと極右思想の関係を端的に示している。トランプの極右政治を支持しているという共通点以外に、両者は世界が悪魔崇拝者の小児性愛者によってひそかに運営されているというQアノンなどの危険な陰謀論に傾倒している。

米政府から国内テロの脅威と指定されているQアノンは、1月6日の暴動で極めて重要な役割を果たした。また、UFC選手や関係者の間でも人気があり、その多くが陰謀論者であることが知られている。

UFCは2020年6月、Qアノンスキャンダルに巻き込まれた。UFCのカットマン(ラウンド間に負傷の治療を担当する人物)であるドン・ハウスが、陰謀スローガンをユニフォームにつけているところがESPNの放送に乗ってしまったのである。ハウスはUFCの調査に対して謝罪してみせたが、他方で児童の性的人身売買組織を摘発するなど、陰謀論者が想定する目標のいくつかに同意して極右運動を擁護した。

他にも、UFCのマスビダルは、トランプの台頭を予言したカート・コバーンの言葉(フェイク)のスクリーンショットを、ハッシュタグ#qanonを付けて投稿している。その後、彼はこの陰謀論運動とは無関係だと主張したが、コロナウイルスや2020年の大統領選挙に関する根拠のない(そしてQアノンが支持する)陰謀説を流布し続けた。

マスビダルはやがて、トランプやデサンティスのキャンペーンに参加し、右翼活動に軸足を置くようになっていくのだが、元UFCライトヘビー級王者のティト・オーティスはこうした取り組みにさらに拍車をかけていく。

オーティスは、すべてのスポーツ選手の中で最も陰謀論に熱心なアスリートの1人である。彼は自身の公式サイトでQアノンのシャツを販売したり、(BML運動のきっかけになった)ジョージ・フロイドは警官に殺されたのではなく心臓病で死んだと虚偽の主張をし、世界的なパンデミックの最中には反ワクチンの陰謀を広めていたのだ。

オーティスは2020年にカリフォルニア州ハンティントンビーチ市議会選に当選し、同市の市長代行に就任した。これは、市長に万一の事態が起きた場合に市長役を代行する、ほぼ儀礼的なポジションである。

オーティスは在任中、たびたび新聞沙汰になった。マスクをしないことを理由に市議会への出席を禁じられたり、議員給与や経費を受け取り続けていたにもかかわらず、市に対して失業給付の申し立てを行ったとされる。オーティスは2021年6月、メディアからの「人格攻撃」を理由に議員を辞職したが、今後も政治的活動を続けると主張している。

その後、元UFCライト級王者のB.J.ペンら複数の元MMAファイターが政界入りを試みている。ハワイ出身の彼は今年初め、ハワイ州知事選の共和党候補になるべく選挙戦を展開し、当選したらコロナウイルス関連の制限を完全に撤廃することを公約にしていた。最終的には大差で敗れたが、いまだに負けを認めておらず、ハワイ州最高裁判所に不正選挙を訴えて退けられている。

米国の主要スポーツの中で、MMAほど多くの著名なアスリートが政治の場に足を踏み入れ、しかもこれほど過激な意見を持つことはない。ここで疑問が生じる。いったい何が、MMAファイターを保守的な政治に向かわせるのであろうか?

なぜMMAファイターなのか

UFCは、今でこそ多くのファンを持つグローバルな大企業として認知されているが、当初は最低限のルールしかない、階級制すらない見世物的な格闘技大会としてスタートしたものであった。

MMAの暴力性は、メインストリームなスポーツやエンターテインメントから拒絶されている感じていた反逆的なスポーツファンやアウトサイダーたちを魅了した。その結果、カウンターカルチャーのコミュニティが形成され、やがて今日のような保守的で陰謀渦巻くスポーツの基礎となる土台となっていったのである。

テレビやラジオで扱われるような人気スポーツとは異なり、MMAのファンや選手は、ネット上の掲示板や同じ考えを持つ人たちを通じて情報を得るしかなかった。そして、年月を経てこのスポーツが主流になったにもかかわらず、コミュニティのかなりの部分はオンライン空間に根ざしたままであり、その多くは陰謀や右翼的な論点を広めることで知られている。

Voxによる2018年の調査では、Qアノン Redditハブを頻繁に利用するユーザーのかなりの部分が、MMA、フィットネス、そしてSpotifyのポッドキャスト『The Joe Rogan Experience』のホストとして知られるUFC解説者兼コメディアンのジョー・ローガン専用のフォーラムに投稿していることが判明している。

ローガンが毎日配信しているポッドキャストは、毎月数億人のリスナーを集めているとされるが、特に新型コロナウイルスの流行時には、影響されやすいフォロワーに誤った情報を伝えているとして批判を浴びた。ローガンはまた、サンディフック小学校銃乱射事件について根拠のない陰謀論を流布したり、最近10億ドル近い損害賠償を命じられた陰謀論者のアレックス・ジョーンズといった極右の人物を番組で数多く取り上げてきた。

バーニー・サンダースやアンドリュー・ヤンといった進歩的な政治家もゲストに招いているとはいえ、ローガンは依然として右翼思想家、陰謀論、そしてMMAのユニークなプラットフォームであり続けているのだ。

MMAジムもまた、ときに過激な陰謀論や保守的な政治思想を共有する空間として機能している。ココナッツ・クリークで行われた『Fighters Against Socialism』の集会のほか、ジョン・ジョーンズら元UFC王者が所属する有名MMAジム『ジャクソン・ウィンク・アカデミー』の屋根にはQアノンのロゴが入った旗が掲揚されている。

MMAにはまた、世界各地の権威主義的な政権との関連性がみられる。2018年にブラジルの極右指導者ジャイル・ボルソナロの選挙では、多数のブラジルの著名なファイターや柔術選手が協力した。伝説的なMMAヘビー級のエメリヤーエンコ・ヒョードルは、ロシアのウラジミール・プーチンのために選挙運動を行い、他の多くのロシア人ファイターも自国のウクライナ侵攻を公然と支持している。ロシアのチェチェン共和国の指揮を執る冷酷な独裁者ラムザン・カディロフは、自らのMMAファイトクラブを設立し、複数の所属選手をUFCで戦わせている。バーレーンのハリド・ビン・ハマド・アル・ハリファ王子も、ブレイブFCという自分のジムとファイトリーグを設立した。

UFCはまた、宗教迫害と人権侵害の地であるアブダビでさまざまなイベントを開催しており、新型コロナウイルスが大流行していた時期には『ファイト・アイランド』で多数の大会を開催したこともある。

「権威主義的な国家はしばしば、男らしさに象徴される国力を表すために、スポーツを利用しようとしてきた」と、スポーツにおける右翼過激派の専門家で『Hooligans: A world between football, violence』の著者であるロバート・クラウスは語っている。

MMAの主流になれない歴史や権威主義との結びつきのせいだけでなく、UFCにもファイターが右翼活動家に傾倒する現在のトレンドに一定の責任がある。UFCは過去数年間、トランプ陣営を持ち上げ続け、その結果、同じような考えを持つ無数のファイターがそれにならうようになったのだ。

もし、これらの低賃金ファイターの半数が、右翼的イデオロギーに注(そそ)ぐ熱意と同じくらい、自分たちの利益の主張に興味を示したなら、MMAの現状はもっと改善されていく可能性もあるのだ。

(出所)Karim Zidan, Fight for the Right: Why So Many MMA Fighters Are Becoming Right-Wing Political Activists, Global Sport Matters, Oct 20, 2022


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