インサイド情報:米MMA業界関係者によるMMAギャンブルのあやうい現状

本稿は、ESPNに掲載された記事、『UFC confidential: Inside the precarious state of betting on MMA for fighters and coaches』(Marc Raimondi) に、情報を追加編集して作成したものである。


今年はじめのこと、ある著名なMMAコーチが控室の壁にもたれて、選手が試合前のウォームアップをしている様子を眺めている。控室には他の選手やチームもいる。UFC大会の舞台裏ではよくあることである。

そのコーチは、同じ大会に出場する他の選手のウォームアップを観察して異変を感じ取っていた。どうも元気がない。まるでアドレナリンが切れてしまったかのようだ…。そこでコーチは、そっとスマホを取り出し、その選手の対戦相手に少額を賭けた。

「なんということもないよ。私はただアプリを開いて、ベットしただけのことだ」とそのコーチはESPNに語った。

総合格闘技、特にUFCでのスポーツベッティングは、最近になって問題視されるようになってきた。先月、UFCのチーフビジネスオフィサーであるハンター・キャンベルは、今後所属選手やそのコーチを含むチームメンバーがUFCの試合に賭けることを禁止する旨の文書を発表した。この文書は、UFCが州の規制当局から指導を受け、特に州によっては選手やコーチが自らが所属するリーグの試合に賭けることは犯罪であるとの指摘を受けて出されたものである。

この文書が発表されてから4週間もたたない11月5日開催のUFC Fight Nightでのダリック・ミナー対シェイラン・ヌアダンビクの試合に対し、複数の州のギャンブル会社から疑わしい賭けの動きが報告され、ラスベガスのUS Integrity社が調査を実施することとなった。ヌアダンビクは、ミナーが左ひざを負傷したように見えた直後に、1ラウンド1分7秒TKOで勝利した。試合直前になってヌアダンビクが1ラウンドでノックアウト勝ちすることに多くの掛け金が集まり、オッズは-220から-420に動いた。さらに、この試合が2.5ラウンド未満に終わることに対する多額の賭け金も流入し、ブックメーカーの中にはこの試合のベットを受付停止にしたところもあった。

ダリック・ミナー

ミナーと彼のコーチであるジェームス・クラウスは、人気のあるギャンブルポッドキャストのホストを務めており、Discordでベッティンググループの運営もしているが、この状況についてコメントはしていない。UFCは、ベッティング監査のパートナー企業であるDon Best Sportsが「事実関係を徹底的に検証し、その結果を報告する」との声明を発表した。

今回の件は、ファイター、コーチ、マネージャーなど、MMA業界関係者によるギャンブルの状況に光を当てることとなった。ESPNは、この問題について匿名で話すことに同意した十数人の関係者に話を聞いた。最も多かった回答は、ベッティングは「広まっている」が、何万ドル、何十万ドルも賭けられているほどではない、というものだった。

ある有名なコーチは、UFC輩下の多くのファイターやコーチがMMAの試合に常時賭けていて、その大半は1試合あたり20ドルから数百ドル、1大会あたり数百ドルから数千ドルを賭けていると見ている。

「なかにはもっと本気で賭けている人もいるだろう」とそのコーチは語っている。「しかし、そんな人は非常に少ない。MMA全体としては、それほど大金が飛び交っているわけではない。人々は控えめな水準の額を試合に賭けていると思う」

ESPNが取材した範囲では、八百長試合が行われているとか、アスリートがわざと負けているとか考えている人はいなかった。韓国のファイター、ハン・スーファンは、2015年のUFCのレオ・クンツ戦の際に謝礼を受け取って試合にわざと負けたとして刑務所に入った。米国でスポーツギャンブルが広く合法化される前であった当時の出来事は、たまたま起きた一つの事件に過ぎないという考え方が主流だった。そしてスーファンも結局、その計画を実行に移すことはなかった。彼は試合に勝って金を返したのである。

しかし、ヌアダンビク対ミナーを巡っては、試合前の数時間にミナーの膝の負傷に多くの人が気づいていたという。取材に答えたコーチは、彼が参加しているMMAギャンブルに関するDiscordグループ(ミナーのコーチであるクラウスが運営しているグループではない)に参加していたある"シャープベッター"(内部事情に通じたギャンブラー)が、ミナーに賭けた人はみな賭けをキャンセルするべきだと書いたという。この”シャープベッター”は、数百万もの大金がヌアダンビクに、特に1ラウンドでの勝利に流れている、と書いていたそうだ。

だからといって、ミナーや彼のチームが何か不審なことをしたということにはならない。何人かのコーチ、マネージャー、ファイターは、ファイターが怪我をしながら試合に臨むには、2つの理由があると明かしている。一つはファイトマネーのため(選手は試合をしなければ給料をもらえない)、そしてもう一つは、試合中の怪我であれば、自費で治療しなくても、UFCの保険がおりるからだ。

試合前の怪我のニュースはすぐに広まる。1月のUFC270の試合前の話題は、ヘビー級王者のフランシス・ガヌーが膝を負傷しているというものだった。掛け率は対戦相手のシリル・ガーンに少し動いたが、とにかくガヌーは試合に勝った。UFC280でのTJ・ディラショーの肩のひどい怪我はうまく隠されていたが、MMAで秘密を守るのは簡単なことではない、と関係者は語っている。チームは大きいし、特にラスベガスを拠点とする何百人ものファイターは、UFCパフォーマンス・インスティチュートに定期的に通っている。人々はそこでいろいろなことを見たり聞いたりする。

「パフォーマンス・インスティチュートが悪いことをやっている、と言いたいのではありません」と語っているのは、UFCチャンピオンの代理人経験もあるマネージャーだ。「しかし、あそこの壁はガラス製なんです。だからトレッドミルで走りながら、医療室の中で起きていることを見ることもできる」

ミナーとヌアダンビクの件については、業界の多くの人が次のように懸念している。つまりもし、ベッティング市場に然るべき金額、場合によってはファイターが1年以上かけて稼ぐ以上の金額が存在するとしたら、インチキに手を染める誘惑に駆られる可能性はないのだろうか?

「わざと負けることで、ひょっとすると生涯ファイトマネーよりも多い、例えば15万ドルといった額を稼ぐこともできるかもしれない」と、複数のUFCチャンピオンのセコンドについた経験のあるコーチは語っている。「そういうことがあるから、私たちコーチやチームメンバー、業界人達は『これはまずいぞ…火のないところに煙はたたないし、ここから転落への道が始まるかもしれない』となるんです」

だからこそ、MMA関係者の多くは、UFCが選手行動規範でUFCの試合でのギャンブルを禁止したことに胸をなでおろしている。あるUFCバンタム級ファイターは、関係者によるギャンブルが許されるなら、そこからは転落の一途になると語った。NBAやNFLなど他のメジャースポーツでは、所属リーグの試合に賭けることは禁止されている。野球の名選手ピート・ローズは、監督時代に自分のチームで賭けをしたため、球界から追放され、MLB殿堂入りもかなっていない。

自分はギャンブルはしないし、チームや仲間内でもギャンブルをしている人を知らない、というそのバンタム級ファイターは、「カネは人を変えてしまう」と語っている。「詐欺が可能であれば、腐っていく。だからUFCには拍手を贈りたい」

UFCからのお達しにもかかわらず、ESPNが話を聞いたほとんどの人は、業界人が賭けをやめるとは思っていないと語っている。MMAでは、ギャンブル企業からのスポンサーシップはよくあることである。選手は試合のたびにソーシャルメディア上でベッティングのヒントを出し、ギャンブルサイトから報酬を得ている。元UFCミドル級王者のイスラエル・アデサンヤは先週水曜日のUFC281大会前記者会見で、ギャンブル企業のスポンサーであるStake社のPRをしていた。UFCは、こうしたことには問題ないとしている。中には、大口のベッターからカネを預かり、賭けをして収益を折半する分配しているMMAコーチもいる。良くも悪くも、ギャンブルはこのMMAカルチャーで存在感を高めている。テレビ中継でもしょっちゅう掛率が表示されている。

「私は、みんなが隠れてギャンブルをするようになっていくと思っている」とあるコーチは言っている。「賭け事をやめるとは思わない。ギャンブルについて自慢して回ったりせず、予想のスクリーンショットをツイートしていなければ、発覚するすべがないからだ」

「もし彼らが口を閉ざし、多くを語らず、責任を持って賭け、馬鹿騒ぎをしないのであれば、辞めろという人はいないだろう」

MMA業界関係者がESPNに語ったもう一つの典型的な回答は、ほとんど誰もが何らかの形で賭け事をしている一方で、さほど儲かるものではないということだ。

「誰もがやってはいるが、私が知る限り、オンラインで賭けている選手やコーチの95%は損を出している」と大手ジムのコーチは語っている。「儲かっているのは1人か2人だけだ。簡単なことではないんだよ」

内部事情に通じているコーチや関係者でも大きな額を稼いでいないか、まったく利益を得ていないという。あるライト級ファイターは、UFCのギャンブル禁止令のおかげで「お金の節約になっている」と述べている。

PFLでは4月に、実際には事前収録されていた大会を、生中継であるとソーシャルメディアに書き込んだことで話題になった。ギャンブル会社によっては録画された試合への賭けが可能となっていたため、数週間前にすでに行われた試合に賭けて、それなりの金額を稼いだ業界関係者もいたという。一部のベッターのアカウントは審査中で、U.S. Integrity社がこの件に関する調査を開始した。

この一件やヌアダンビク対ミナーの試合のようにヤバいケースもあるものの、ほとんどの人はMMAに大きな腐敗が起きているとは思っていない。業界関係者はESPNに対し、州のアスレチック・コミッションやゲーミング・コミッション、UFC自体が反ギャンブルに積極的であることが望ましいと語っている。

「ヌアダンビク対ミネアでは、ある種の内部情報が流出した」とあるコーチは語っている。「この一件では誰かが見せしめにならなければならない。そうでなければ、こんなことをしても何のお咎めもないんだと、みんなが思うことになってしまうからだ」


11月16日に開催されたネバダ州アスレチック・コミッションの定例会議では、試合前に負傷を申告しなかったミナーに今後何らかの処分が下されることが決定された。

UFCでは、ジェームス・クラウスにセコンドとしての出場停止命令を出した。実際に11月20日開催のUFC Fight Nightではマイルズ・ジョンズのセコンドを務めることができなかった。ネバダ州アスレティックコミッションでは今後クラウスに対しても公式な処分を検討していく予定だという。


(出所)
Marc Raimondi, UFC confidential: Inside the precarious state of betting on MMA for fighters and coaches, November 14, 2022, ESPN

Damon Martin, Darrick Minner faces possible sanctions for hiding injury in bout flagged for suspicious betting, Nov 16, 2022, MMA Fighting

Marc Raimondi, James Krause pulled from Miles Johns' corner amid betting probe, Nov 20, 2022, ESPN

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