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橋とアイドル⑤ ~機能的陳腐化~

5.機能的陳腐化

 さらに十年の月日が流れた。
 
 私のアイドルとしての人気は、再びじわじわと落ち始めていた。
 十年前の成功を覚えていた私は二度目の『遺伝子リプログラミング』治療を受けることにした。
 私の実年齢は三十八歳になっていたが、その治療により、再び見た目は十代後半のアイドルそのものにリフレッシュされた。
 
 だが、今回の治療は、以前のときほど人気回復につながらなかった。
 前回の治療の時は『遺伝子リプログラミング』で復活したアイドルということ自体が珍しく、それが話題になって盛り上がったところもあったが、今では『遺伝子リプログラミング』を利用するアイドルは珍しくない。だから、以前ほど私の『再生』は話題に上がらず、むしろ二度目の『再生』に対する否定的な意見も散見された。否定的な意見が起こった理由は色々だ。老化に金銭で対抗しようという行為自体への批判もあったが、むしろ多かったのは『遺伝子リプログラミング』の危険性を指摘する声だった。
 最新の研究成果により、『遺伝子リプログラミング』の安全性は100%ではないとわかってきた。遺伝子操作が不完全であったり過剰に使用された場合には、細胞の安定性が失われて逆に病気や寿命の短縮を招く可能性もあるらしく、そのせいで二回目の『遺伝子リプログラミング治療』は一回目よりも慎重に行われた。それにより前回よりも高額な治療費が必要となった。
 
 大きな投資をしたにもかかわらず、成果が上がらなかったことは私にとってショックだったが、当然ながら事務所にとっても大きな痛手だったようだ。今回も事務所は費用の半分を負担してくれた。だが、社内ではエリの『再生』に投資したのは判断ミスだったのではないか、との意見があちこちで聞かれるようになっていた。
 ある日、私が事務所の廊下を歩いていると、会議室から私への『遺伝子リプログラミング治療』について議論する声が漏れ聞こえてきた。それを聞くのは怖かったが、私はドアに近づき耳をそばだてた。

「後藤社長。事務所全体の利益を考えれば、若い子に投資したほうがよかったんじゃないすかね。一回目なら治療費はずっと安価だ。大体、鈴木エリはもう二十年以上芸能界にいるんですよ、流石にみんな飽きてるでしょう。エリが絶対的なアイドルだった時ならまだしも、今回の『再生』への投資はありえませんよ。どのアイドルを再生させると費用対効果が高いのかをもっと真剣に考えないと」
 
 今は後藤さんが事務所の社長をしている。恐らく後藤さんは皆の反対を押し切って、私の『遺伝子リプログラミング治療』への投資を決めてくれたのだろう。私が人気を取り戻し、再び事務所の利益に貢献する存在になると信じて。だが、私はその期待を裏切った。
 後藤さんに苦言を呈した社員の意見は完全に正しい。冷静に考えれば、二十年もの間ミニスカートをはいて踊り続けるなど単調過ぎて芸がない。恐らく、もう私への需要はないのだろう。事務所の人が言うように、私はもう世間から飽きられているのだ。
 そのとき、部屋の中から後藤さんの声がした。
 
「確かに俺はエリへの想い入れが強すぎたのかもしれない。でも、高額な治療費を投じて『再生』させる価値があるアイドルはそれほど多くない。俺はエリにはその価値があると確信していたし、今でもそう思ってる。だがこの業界は結果がすべてだ。事務所のみんなには申し訳ないことをした。俺はもう、時代の流れを読めなくなったんだと思う。たぶんここらが潮時だ。社長のポジションは近いうちに誰かに譲るよ」

 後藤さんの期待を裏切って事務所に損害を与えた自分がアイドルを続ける権利はあるだろうか? 時代に取り残された自分がアイドルという職業に拘泥する意味はあるだろうか?
 どちらも、ない、と思う。
 だが、頭ではわかっていても、アイドルを引退することに抵抗があるのだ。ファンは減っているがゼロじゃない。まだ、私のことを応援してくれる人はいる。その人たちがいる間だけでもアイドル活動を続けられないだろうか?
 色々な思いが頭を駆け巡り、悩む日が続き、私は体調を崩した。仕事が減っていたこともあって、私は実家で長期の休養をとることにした。

***
 
 実家に帰ってみると、村役場が例の橋の撤去を検討していると知った。
 私は当然撤去には反対だ。十年前に話した作業員の人たちは、適切なメンテナンスをすれば橋は長持ちすると言っていた。だが、あれからまだ十年しか経っていない。だとすると、なぜ撤去する必要があるのか。納得がいかなかった私は、たまたま近所の公民館で開催される地元説明会に参加することにした。

 橋梁の撤去に関する地元説明会にアイドルの『鈴木エリ』が参加していることに皆驚いていた。
 年配の人たちは私の子供時代を知っているから違和感はなかったようだが、私が地元に住んでいたのは既に二十年以上昔のことだ。若い人達は『鈴木エリ』がこの村の出身であることを知識としては知ってはいるものの、実際に顔を会わせたことがある人はほとんどいない。私の見た目は十代後半だが、同級生たちは既にアラフォーだ。そのせいで、公民館の中での私は異常に浮いていた。
 
 やがて地元説明会が始まり、村の職員が例の橋を撤去する理由を説明し始めた。
 それを聞く限り、橋梁が劣化して安全性に問題があるというようなことではなかった。そうではなく、今どきの橋に比べて道幅が狭いことや耐震性が低いなどの機能面の問題であるらしかった。つまり、補修工事により新品と同様の状態を取り戻したとしても、今どきの橋梁に比べて機能が劣るということだ。
 
 このように、元々持っていた機能だけでは今の時代のニーズを満たせなくなることを『機能的陳腐化』と呼ぶらしい。
 
 そういわれてみれば、車両がすれ違えない道幅の橋が新たに作られることはない。さらに言えば、最近の橋は耐震性能も高いのだろう。私たちが大事だと思っている例の橋は、リフレッシュして過去の性能を取り戻したとしても新しい橋には勝てないのだ。既に機能が『陳腐化』した橋なのだ。そう思うと私は悲しくなった。
 
「平時でも道幅が狭くて使いにくく、地震時などのいざというときにも役に立たない。そんな機能が陳腐化した橋にお金をかけてメンテナンスし続ける意味がありますか? この橋と上流に架かっている二本の橋を撤去して、その中間に十分に道幅の広い新しい橋を一本架ける。そのほうが中長期的には合理的です。確かに、古い橋であっても補修工事をすれば昔のような性能を取り戻すことは可能です。ですが、橋が古くなるほどに過去の性能を取り戻すためのメンテナンス費用は高額になります。橋が時代の要請に応えられる機能を持つうちは補修によるリフレッシュは有効ですが、あまりにも古くなった橋の補修は費用対効果が低下するのです」
 
 村の職員はそう説明した。
 言っていることの意味はわかるし、まぁ正しいのだろう。だが、公民館に集まった人達の多くは、橋が存続することを希望した。今どきの橋に比べれば機能は低いかも知れないけれど、機能が低かろうがそれを大事に思う人はいるってことだ。
 私ももちろん橋の存続に賛成した。元々撤去には反対だったが、役場の人の話を聞いてもその思いは変わらなかった。
 役場の人の話によれば、撤去の判断を早急にしないといけないわけじゃないらしい。今後五年くらいの期間で判断すればよいとのことだった。そんなこともあって、説明会の場では何の結論も出ず、
「橋を残すための良い方法をみんなで考えましょう」
 という、あいまいな結論で会合は終了した。
 
 会が終わって参加者が帰り始めた頃、役場の人が小声で話すのが聞こえた。 
「橋を残すって言っても個人の持ち物じゃなくて税金で維持するもんだからなぁ。住民さんが補修の費用を出してくれれば、永久に存続させられるんだけど」
 
 なるほど、そういうことか。
 行政が補修費用を負担し続けなければいけないから撤去を検討する話がでるわけで、行政の費用負担がなければ良いわけか。皆でお金を出しあって補修するとか。
 私はその職員の近くへ行き質問した。

「一回の補修でどれくらいのお金がかかるんですか?」
「劣化の状況にもよりますけど、三千万円くらいですかね」
 そう職員は答えた。
 
 三千万円。そんなにするんだ。
 数百万円なら私にも寄付できるかなと思ったが、流石に数千万のお金を寄付する蓄えはない。というより遺伝子リプログラミング治療で、貯めていたお金は全部使ってしまったから数百万円だって今は無理だ。だが、橋を撤去すると決めるまでにはまだ時間があるということだから、それまでに何らかの方法を思いつくかもしれない。
 
 それよりも私は、役場の人が使った『機能的陳腐化』という言葉が頭に残った。
 この単語が、今の自分にも当てはまる言葉のような気がしたからだ。
 
「自分の人気が落ちてきたのは、二十年も同じ顔を見続けて飽きられたからだ」
 
 私はそう思い込んでいた。だがそうではなく、自分のアイドルとしての能力に『機能的陳腐化』が起こっているのではないか?
 
 今どきのアイドルは歌もダンスも私よりもはるかに上手い。
 自分は生まれつきの才能に頼るばかりで、そのような基本的なスキルをあまり磨いてこなかった。見た目だけリフレッシュしてもダメだめなんだ。現代のアイドルに求められるレベルまで自分を高めないと陳腐化してしまう。橋は生まれ変わらないと機能を増やすことは出来ない。でも人間はトレーニングによってスキルを増やすことができる。じゃあ、やるしかないじゃないか。
 
 ヒントを得た私は東京に戻り、歌やダンスそしてトークなどの特訓を開始した。ローカルの営業やイベントにも積極的に参加して、草の根的にファンを増やしていった。その甲斐があって、私の人気は徐々に増え始めた。

「私の努力が足りないだけだったんだ。人気が落ちたのは自分が飽きられたせいだと思い込んでたけど、そうじゃなかった。ファンの人たちは、ちゃんとアイドルの頑張りを見てくれてるんだ」

 そう悟った私は、それからもアイドルとしてのレベルを高めるための努力を続けた。
 そして、十年前よりも、二十年前よりもさらに広い世代、多くの国民に愛されるアイドルに成長することができた。

(続く)

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