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君と仲良くしたいから


あるところに、一人ぼっちのオオカミがいました。

オオカミはずっと友達が欲しいと思っていました。

ある日、オオカミが森を散歩していると一頭の子ヒツジが歩いてきました。
ヒツジの周りには鳥や、リスや、鹿などいろんな動物が集まっていました。

みんなとても楽しそうに、草を食べたり木の実をあつめたりしていました。

オオカミはそれを見て、自分もその仲間に入りたいと思いました。



「ねえ、おいらもきみたちと遊んでもいいかい」

オオカミはなるべく優しく、自分が出来るかぎりやさしい顔で、ヒツジとその周りの動物たちに話しかけました。

でも、オオカミの姿を見たどうぶつたちは「オオカミだ!」とびっくりしていっせいに逃げ出してしまいました。

オオカミががっくりとうなだれたとき、目の前に不思議そうにオオカミを見つめるヒツジがのこっていました。

「ともだちがほしいの?」

ヒツジはオオカミにたずねました。
オオカミは話しかけてもらえたことがうれしくてうれしくて、にっこり答えました。

「もちろんだよ、食べるんじゃなく、遊びたいんだ。
おいらは友達がほしいだけだ」

それを聞いてヒツジは笑いました。

「じゃあ、いっしょに遊ぼ」

その日から、オオカミとヒツジは友達になりました。

二人は、走り回って鬼ごっこをしたり、たのしくおしゃべりしたりしました。



ある日、オオカミは自分が大好きなお肉をおみやげに持っていきました。

そのお肉は、オオカミが昨日頑張ってつかまえた、別な森でのヒツジのお肉でした。

「今日はおいらが大好きなものを、ヒツジくんへのプレゼントに持ってきたんだ」

それを見たヒツジはぎょっとしました。

自分がしてもらったらうれしいことを、オオカミはやってあげたつもりでした。でも、ヒツジは悲しそうにそのお肉を見ました。

「これは、ぼくたちのナカマのお肉だよね…?
きみは、友達になりたいって近づいて…いつかぼくも食べようと思っているんじゃないの」

オオカミはびっくりしました。

せっかく出来た友達を食べるなんてとんでもない!

「そんなことしないよ、おいらは君のことがだいすきだから」

にっこり微笑んだ口元に、オオカミの牙がギラリと光りました。
ヒツジは、それをおそろしそうにながめました。



その次のあそぶ約束をしたある日、ヒツジは約束の場所に来ませんでした。
日にちをまちがえたかもしれない、と、毎日毎日、オオカミは約束した木の下で待ちました。

でも、そこにヒツジがあらわれることはありませんでした。

オオカミは毎日ひとりぼっちで約束の木の下に座り込み、かなしくて泣きました。

「せっかく友達になれたと思ったのに、なんでだよ、あんまりだよ」


木の下で泣いていると、上の方から声がしました。

「毎日毎日、私の家の下で泣くのはやめてくれないか」

見上げると、木の枝におおきなフクロウがとまっていました。
フクロウは目をぎょろりと開いてたずねました。

「一体何がそんなに悲しくて泣いているんだ?」

「友達が出来たと思ったのに、いっしょに遊んでくれなくなったんだ」

オオカミはこれまでのヒツジとのやりとりをフクロウに話しました。



フクロウは話を聞き終わったあと、ふん、と鼻をならしてわらいました。

「なんでヒツジが自分をさけるようになったのか、そんなこともわからないのかい」

そう言ったフクロウの顔を、オオカミはびっくりして見つめました。
フクロウにはヒツジがここに来なくなった理由がわかるというのでしょうか。

「フクロウのおっちゃん、わかるのか?」

「わかるとも。ヒツジはお前の事がこわくなったんだ」

「こわい?なんでだよ。おいらは君にぜったいひどいことはしないって、ずっとつたえているのに」

「あそびはじめた頃は、その言葉をしんじることが出来たんだろう。
でも、肉を見せられたことで、オオカミはこわい生きものなんだということにヒツジは気づいてしまったんだ。

いちどこわいと思ってしまったその気もちは、そう簡単に元どおりにはならんのじゃないかね」

フクロウは大きな目を少し細めました。

オオカミは鼻を鳴らして言いました。

「おいらはぜったい、あいつに手は出さないよ」

「…それを、どうやって伝えるか、ってことさ」

「さけられてたら伝えようもないじゃないか」

「さけられても伝えるための方法を考えることだな」

フクロウは細めた目をさらに細め、そして目をつむりました。

「昼はどうしても眠い。
明日から、泣くならもっとしずかに泣いてくれ」

オオカミはただぼんやりとそのすがたを見て座り込んでいました。

「さけられても、きもちを伝えるための方法…」



オオカミは考えました。
もし会えたら、元気に、明るい笑顔で話しかけるのがいい。

おいらはこわくないよ、君と楽しくあそびたいだけだよ。
それを伝えるんだ。気持ちをこめて笑顔で話しかけたらきっとわかってくれる。

オオカミは山じゅうを走り回りました。
待ち合わせのばしょで待つのではなくて、自分からヒツジをさがすことにしました。

見つけられたら、とにかく笑顔で話しかけるんだ。
そして「おいらはきみが本当にだいすきだよ」って言葉で伝えるんだ。
そうすればきっとわかってもらえる。

ヒツジを探し続けて3日め。
オオカミは、ヒツジをついに見つけることができました。

オオカミは大喜びでヒツジのもとへかけよりました。
そして、じぶんが出来る限り一番やさしいかおを自分の顔にはりつけて、声をかけました。

「ひさしぶり、ヒツジくん!ずっとあえなくてさみしかったよ。
どうしてやくそくの場所にきてくれなかったの?
おいら、君のことが大好きだから、あそぶことが楽しみで楽しみで…
木の下でずっと待っていたんだぜ」

とつぜん目の前に現れたオオカミを見て、ヒツジは思わず身をすくめて目をそらしました。

「えっ、ええと、やくそくなんて、してたっけ?
ごめん、やくそくしてたことを、わすれてたよ。

あ!ぼく、今日はお母さんと用事があるから。またね」

ヒツジはちらりとオオカミの顔を見たあと、おおいそぎでその場所から走っていきました。それはまるでにげるかのような走り方でした。

そして、ヒツジは一度もオオカミの方をふり向くことはありませんでした。



走っていくヒツジのうしろ姿を見て、オオカミはまたかなしくなりました。

「おいらはこんなに君のことが大好きなのに、何もしないって言っているのに、どうしてヒツジくんはおいらをさけるようなことをするんだろう」

オオカミはとぼとぼと、またあの木の下に行って泣きました。

「またおまえか…ようやくしずかになったと思っていたのに」

木の上には、うんざりした顔をしたフクロウがいました。

「ヒツジくんに出会えたから、おいら、めいいっぱい明るい顔をして、明るい声で、”君のことが大好きだよ””さみしかったよ”ってつたえたんだ。
でも、ヒツジくんにはうまく伝わらなかったみたいで…
なんだか、逃げ出すようなかんじで…」

オオカミは大粒のナミダをぼたぼたと垂らしながら、声をふるわせてフクロウにつたえました。

フクロウはやれやれ、と肩をすくめました。

「あんた、ぜんぜんわかってないな。
ヒツジはあんたのことをこわいと気づいてしまった、と言ったろう。

こわいと思っている相手がどんなに笑顔でいいことを言ってきたって、こわいものはこわいんだ」

「じゃあ一体どうすればいいんだよ、どうしたら怖くないと思ってもらえるんだよ」

「オオカミは肉を食べなきゃ生きていけないからなぁ。
肉を食いませんとは言えないし、牙を抜くわけにもいかんだろう」

「うん。そんなことしたら、おいら、腹がへって死んじゃうよ」

「…あんた、ヒツジが肉を食わないことは知っているのかい」

「え?そうなのかい?肉はだれもが喜んで食べるものじゃないのかい?」

フクロウはびっくりしたように大きく目を開けました。
そしてしずかにうなづき、言いました。

「…わかった。今、あんたがヒツジを好きなのは、あんたのためなんだ。

今は、ヒツジが好きなんじゃなく、ヒツジと一緒にいられる『さみしくない自分』が好きなんだろうよ。
だからヒツジのきもちを受け取る前に”じぶんが好きなもの”や、”自分が好きな気持ち”を相手におしつけてしまうんだ。

それだと、あんたのことをこわいと思ってしまったヒツジのきもちはどこにいくんだい?」

「おいらをこわいと思っている、ヒツジのきもち…?」



オオカミはきょとんとしてしまいました。

だって、おいらは、ぜったいにお前を食べたりしないって、何度も何度も言ったんだ。

仲良しだったころは、あきれたような顔で「わかってるよ」ってヒツジくんはわらってくれたんだ。

だから、こわくないはずだろう…?

フクロウはぼうぜんとしているオオカミに言いました。

「ことばだけで伝わることと、ことばだけじゃ伝わらないことがある。
じっさい、あんたに”ヒツジにとってオオカミはこわい”という言葉を私が何度か話したが、伝わっていないだろ。

”そんなはずはない、何度も伝えたから”と言うばかりで『なんで、ヒツジにとってオオカミがこわいのか』ちゃんと考えようとしなかっただろ」

「なんで、ヒツジはおいらがこわいんだよ」

「肉を食うからだよ。
さっきも言っただろう?ヒツジは、肉を食わない」

「じゃあ、何を食べるんだよ」

「ほら、あんたは、それすら知らない。
大好きな相手のはずなのに、その相手の大好きなものさえ知らない。

ヒツジは何をしてもらったら嬉しいか、知ってるか?

自分の好きなものは相手も好きだと思ってるんじゃないのか?

ヒツジはな、”おいらの好きな肉”を押し付けられても、肉を食わないからぜんぜん嬉しくないんだ。

嬉しくないだけじゃない。

オオカミが肉を食べるということは、相手が自分の大切なものを傷つけるかもしれない、と、いうことを知ったっていうことだ。

いつか自分も傷つけられるかもしれない、ということを、知ったっていうことだ。

そんな風に思ってしまった相手と、仲良く遊べると思うかい」

「…じゃあ…おいらは、もうヒツジと仲良く出来ないってこと?」

オオカミが悲しそうに耳を垂れてうつむいたのを見て、少し気まずそうに、フクロウは言いました。

「さあ、ねぇ。
あんたが本当に”ヒツジのことを好き”なんだったら、まずは、自分の気持ちは置いておいて、ヒツジの気持ちを考えてみるのがいいと思うがね」

「何を言ってるんだ。おいらはヒツジじゃないから、ヒツジの気持ちなんてわからないよ」

「ふーむ。じゃあ、あんたは自分の気持ちしかわからないってわけだ」

「そりゃそうだろ?あいての心の中は見えないからな」

フクロウは少し意地悪そうに、くちばしをキュッとねじ曲げて言いました。

「つまり、あんたの『仲良くしたい』気持ちも、ヒツジからは見えないってことになるね」

オオカミはそれを聞いて、ハッとしました。



フクロウは目を閉じてしずかに言いました。

「自分の気持をわかってもらえないことは、悲しいと思わないか」

そんなこと、言われなくてもオオカミはよく知っています。
だって、ずっと一人ぼっちでさみしいことを、オオカミはだれからもわかってもらえなかったから。

だれからも、さみしい気持ちをわかってもらえなかったことが、なによりも、さみしかったから。

「おいら、おいらのきもちをわかってほしかったんだ。
だから一生けん命声に出して伝えたんだ。

でも、おいらのことをわかってほしいなら、おいらも、ヒツジのことをわかってあげなきゃいけなかったんだ。

だって…わかってもらえないことは、さみしいことだから」

「そういうことだな。
とはいえ、結局、じぶん以外の心なんてぜったいわかりっこないんだよ。
だから想像するしかない。

でも、そうやって、想像しようとするのが大切なんじゃないのかね。

たとえば、昼に眠るフクロウの巣の下で、毎日真っ昼間に大声で泣かれたら、フクロウはめいわくじゃないか…とか」

フクロウは、ニヤリと笑って言いました。
それを見てオオカミは慌てて言いました。

「ごめん、フクロウのおっちゃん。
そっか、昼間はいつも寝ているのか、知らなかった。

知らないと、想像も出来ないね。
おいら…もっと、考えてみることにする…」

「知らないときは仕方ないさ。
でも、知ったなら気をつけようと思うだろ?

まずはいろんなことを知った方がいい。
知ることで想像出来ることはたくさんある」

フクロウは眠そうに目をシパシパさせました。
オオカミはそれを見て、もうしわけなくなりました。

「また話したいことがあったら、夜に来るよ。
…それならいいかい?」

フクロウは目をつむったまま、少しニヤリとして首を傾げました。

「…さあ、どうだろうな」


10


そのあとから、オオカミは毎日、ヒツジがどういう1日を過ごしているかをこっそりと見るようにしました。
草を食べ、仲間と眠り、ゆるやかに散歩する。

動物を狩り、仲間と群れることも出来ず、いつも駆け回っている自分とは、生活や好きなものが全く違うことをオオカミはそのとき初めて知りました。

そうやってぼんやりと、ヒツジの群れを見ていたとき。

オオカミの群れが別な方向からやってくるのが見えました。

ヒツジの群れの中には、友達のヒツジもいます。

オオカミはそのとき、とっさに大きな声で遠吠えをしました。

「おれはここにいるぞ!!!!!!!」

ヒツジの群れはびっくりしてオオカミの方を見て、その姿を確認すると大慌てで走り出しました。

遠くからきたオオカミの群れは、遠吠えをしているオオカミを恨めしそうに眺め、別なえものを探すように違う方向へ走っていきました。

あのヒツジが食べられなくて良かった。
オオカミはホッとしました。

「そうだ、そうだよ。
こうやって、オオカミは、ヒツジをおそうんだものな。

おいらも、アイツのことは食わないけど、肉を食べなきゃ死んでしまうから、けっきょく、違うやつを食っている。

…草を食うだけのやつにとって、肉を食うあいてなんて、こわいに決まってるじゃないか」

逃げるヒツジの群れを、オオカミは寂しそうにながめました。

ヒツジの”こわい気持ち”を、オオカミはようやく知ることができました。
でも、知ったことで、きっともう仲良く出来ないんだと悲しくなりました。

「…でも、おいらは、アイツと楽しく遊んだまいにちが、わすれられない」


11


オオカミは、ある日ヒツジたちの話を聞きました。

「知ってるかい、ガラガラ丘に生える赤い草のこと。
すごく美味しいらしいよ」
「なんだい、それ、知らないよ」
「その草はすごく美味しいんだけどね、ガラガラ丘はオオカミがたくさんいるらしいんだ」
「げぇ。そんな危ないところに行ってまで食べたくないや」

オオカミはその話をきいて、その草をヒツジにプレゼントしてあげたくなりました。オオカミがたくさんいる土地でも、自分はオオカミなので怖くありません。

オオカミは、ガラガラ丘まで行き、その草を数本摘みました。

でもきっと、ちょくせつ渡しに行っても、ヒツジはきっと怖がるだろうということが、今のオオカミにはわかっていました。

「…いつも、あのヒツジがいる石のちかくに置いておこう」

オオカミはその日から毎日、赤い草を詰んでは、いつもヒツジがいる石のちかくにそっと置くようにしました。
後からそれを見に行って、草が無くなっている事を確認しては、あいつが食べてくれたのかなぁと顔をほころばせました。

オオカミは、一緒にあそべなくても、ヒツジが喜ぶ顔を思うだけでなんだか幸せでした。

友達として一緒にヒツジとあそんでいたときより、何だか心がみたされているような気がしていました。


12


「…おい」

ある夜、オオカミが歩いていると後ろからとつぜん声をかけられました。
びっくりしてふりむくと、おおきなフクロウが翼を広げてとんでいました。

「さがしたぞ」

「フクロウのおっちゃんじゃないか、ひさしぶり、どうしたんだい」

フクロウは、いぜん明るい時間に会った時よりずっと目が大きくひらいています。いつもぼんやりした人だなぁと思っていましたが、今はそんなこともありません。
フクロウはバサバサと羽音をたてると、手近な木にとまって言いました。

「…わたしの巣の下で真っ昼間から毎日泣いているヒツジがいて、眠れなくて困ってるんだ。

心当たりはないかね」

「…えっ?」

「話を聞けば、毎日毎日、いつも自分がいる場所に珍しくて美味しい草が置いてあるんだが、いつもその近くにオオカミのような足跡があるとかなんとか。

きっと前に仲良しになったオオカミさんだと思う、前に待ち合わせたここならいつか会えると思う、でも来ないかもしれないとかなんとか…」

フクロウは、全てをわかっているかのように、ニヤニヤと笑いました。

オオカミは、ぼうぜんとしながらぽつりとつぶやきました。

「…気持ちが、伝わった…?」

フクロウは首を傾げました。

「…さあ?どうだろうな」


オオカミは嬉しそうに笑いました。

「おっちゃんの家の下…昼だけど、明日行ってもいいかい」

「…うるさくしないなら、いつでも」

フクロウは無愛想にそう言うと、翼を広げて夜の空へ飛んでいきました。

「おっちゃん、飛べたんだ。
…かっこいいじゃん」

オオカミは夜の空を見上げました。
空には丸い月がぽかんと浮かんでいます。

オオカミは、足取り軽く、明日の待ち合わせ場所に持っていくためのおみやげを取りにガラガラ丘へと歩いていきました。


おしまい

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