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サードアイ ep8 ラボ見学 

 俺の術後の回復を待って数日後、ステファンが研究室を案内してくれることになった。三次元の世界からこっちに移動するのは、思いのほか体力を使ったようで、どうやら部隊長との話の途中で意識がとんだらしい。それでもって、俺のサードアイは開いちまってたってことで、額にはめられていた装置は外されたそうだ。額の傷はもう消えていて痛みもないが、なんだかむず痒い感じがまだ残っている。
 ステファンが迎えに来た。今日はこざっぱりとした白衣姿で颯爽として現れた。
「おはようございます。どうですか、体調は?ミチエルからは数値も安定して、もう大丈夫だろうって聞いてますが」
「あぁ、もうすっかり良くなった。いろいろと世話になったな」
「いえいえ、ボクは何も。回復が早くて何よりです。では、早速ラボをご案内しましょう」
 長い廊下を並んで歩く。ラボといっても無機質な感じはなく、どちらかというとランダムな、微妙に歪んだり、うねったりする造りのものが多い。左右ところどころに小部屋があるが、それらも迷路のように入り組んでいた。俺のイメージしていた近未来的な要素はほとんどなく、デザインや色彩が凝っている現代美術館とかテーマパークとかの雰囲気に近い。
 ワインレッドの壁に囲まれた細く長いエスカレーターを昇っていくと、その先は広い倉庫のような場所に出た。そこには無数の異なる機械があり、壁一面に電光掲示板が光っていて、あちこちで電子音が鳴っている。ドローンみたいな小さいのが何台か飛んでいるが、それらはまるで意志をもっているかのように臨機応変に移動している。
 よく見ると、人はほとんどおらず、ミチエルのような三人組のAIロボットたちがひと固まりになって仕事をしている。ほかの場所でも、三人一組の三つ子のようなグループがあちらこちらにいる。
「ここでは、仕事はみんなAIロボがするのか?」
「そうです。彼らが全ての責任をもって職務を遂行しています。この星では、いままで人間が行っていた仕事の大半はヒューマノイドロボットがこなしてくれていますから」
「じゃあ、一体、人間は何をするっていうんだ?」
「えーと、計画の進捗もAIが管理していますし、実務もAIロボットですから、我々は彼らが作成したプランで進めていいかどうかの意志決定をするくらいですね」
「それだって、いいか悪いかは、やってみないとわかんねぇだろ。それもAIの仕事なのか?」
「おっしゃる通りで。プロジェクトを動かしてみてエラーが出ても、AIロボットが善後策を講じますから、確かに、人間のやることはあまりないです。しいていえば、心が躍るような未来を夢見て理想を描くこと、ですかね。今までにはないものをちょっとだけトッピングしていくって感じで」
 ステファンはちょっと失礼しますと言って、裏の小部屋に入っていった。薄いサングラスをふたつ持ってきて、次の部屋で使うからと、ひとつを俺に渡した。
 曲がりくねった廊下を渡り、次に案内されたのは、体育館のような広々としたところだった。壁一面に大きなガラス窓があり、外の林と繋がっているように見える。ただ、一切物音がしない。
 ステファンにサングラスをかけるように言われた。色の薄いレンズで、見え方は裸眼でみるのとあまり変わらない。
「今から、下界の様子をモニタリングしていきます。三次元世界をリアルに感じられると思いますので、驚かないでくださいね。では、始めます」
 いきなり、視界が歪み、体の細胞が揺さぶられるような衝撃が走ったかと思うと、さっきとは違う場所に立っていた。なじみのある空気の匂いと質感。ここは俺がちょっと前までいた世界だと肌でわかった。生まれ育った故郷ではないが、なんだか懐かしい気がする。
 歩いてみる。普通に歩けた。小走りに、勢いをつけて、思いっきり走り出す。走るのは久しぶりだった。多少足が重たいが、大丈夫だ、いける。心臓が高鳴る。全力で突っ走る。
 突然、クラクションが鳴って、立ち止まった。どこかの都会に迷い込んだようで、耳をふさぎたくなるほどの喧騒だ。ここはどこだ?誰かが腕をつかむ。振り向くとステファンだった。こっちですと言われて、後をついていく。
 しばらくすると、時計台の両脇に立ち並ぶ大きな立派な建物が見えてきた。ステファンが状況説明する。ここ、国際会議棟では、今、世界を揺るがす重要な意思決定が行われていて、前回の遠征でヒノエが諸々を調整済みだから、万事うまく運ぶはずだという。見に行きましょうと、ステファンは俺の手を引いて空を飛び始めた。え?と思う間もなく、俺達は大会議室の中にいた。中ではまさに調印式が行われている最中で、テレビで見たことがあるような各国の元首たちがずらりと並んでいた。正面では、何人かが手を取って満面の笑みをたたえながら写真撮影をしている。ステファンは俺の顔を見ると、いたずらそうに笑って、また手を引いて一緒に飛んだ。その先は、大きいガラス窓のあるさっきの広い部屋だった。
「どうでしたか?今のがリアルな三次元世界の旅です。とはいっても、実際は、ライブ中継の映像の中に入っただけなんです。そこでは、三次元世界を体感することはできますが、あっちの世界に触れたり関与することはできせん」
「透明人間みたいになってたってことか?」
「そうです。向こうの世界の人たちは私たちのことを認識していません。ヒノエはこれを肉体を離れて魂レベルでします。つまり、映像の中の世界ではなく、実際に現地に赴くのです。そして、ターゲットの心の深層に入り込み、内側から思考や行動に影響を与えていくのです」
「その時は、時空を超えていくってことか」
「そうです。それは、レッドアイが持つ特殊能力のひとつなのです」
 特殊能力。俺にもそんな技が使えるっていうのか。魂だけ飛ばすだと?いまだに腑に落ちない。
「さあ、次は、過去世にまいります。オーエンが住んでいたところに戻ってみましょうか。実際には肉体を置いて魂だけで行くのですが、今回は訓練用の装置を使ってイメージで三次元に意識を飛ばしていくことになります」
 そう説明すると、ステファンは俺の意志をさぐるかのようにほほ笑みかけてきた。俺はもちろん元の世界に行きたかったから、大きくうなづいた。それを見るとステファンはにっこりと笑って、手元のスイッチを作動し、隣の部屋に通ずるドアを開けた。


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