「サードアイ・オープニング」第10話(#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門)
第10話:わが命を賭しても
ゴードン王子とその母の壮絶な別れを見守って、急いでヒノエを連れて帰還した。ヒノエはそのまま集中治療室に入ったようだ。翌日、俺はブルーノの所に行った。
「これはこれはオウエン殿、遠征お疲れ様でやんした」
「ヒノエは無事か?」
「意識は戻りやした。まぁ、彼女は自家発電機みたいなもんだから、じきに良くなるでやんすよ」
「魂が消えかかってたぞ。普段はあんなことないのに、今回はどうしちまったんだ」
「エネルギーの使いすぎでさぁ。まあ、おそらくは、奥方の闇に呑まれたんでさぁね。さすがのヒノエでも吸収しきれないほどの深い闇だったってことでやんすね」
「今回はそんなに危険な任務だったのか」
「へえ、光と闇の戦い、でさぁ。当初はアリフの憑依能力をあてにした作戦だったんでさぁ。そのアリフがいなくなったもんで、計画はご破算になったんでやんすがね。オーエンが代役になれそうってんで」
「俺が、しくじったか。もたつきすぎたんだな、きっと」
「いやいや、オーエンのせいじゃないでやんすよ。むしろよくやったほうでさぁ。ヒノエの魂を抱えて超特急で飛んでこなければ、危ないところでやんした」
「光が闇に負けた場合、どうなってたんだ」
「すっかり取り込まれて、二度とこっちに戻ってこられなかったでさぁね」
俺は、肝心なことは何も聞かされちゃいなかった。アイツはいつも自分だけで決断して自分一人で背負い込む。そんなに俺達が信用ならないってのか。
「その、アリフってやつには、ヒノエは頼ったり、甘えたりできてたのか?」
ブルーノは驚いたような顔をして、
「あれれ?ジェラシーでっか?」と、すっとぼけたことを言ったので、一発けりを入れてやった。
「いたたた、冗談でさぁ。真面目に言うと、ヒノエが心を開いていたのはアリフだけでやんしたね。まるで兄のように慕ってたんでさぁ」
唯一信頼していた人に去られたヒノエの心情を思うと、やるせない気持ちになった。
「でも、オーエンがやってきてからというもの、ヒノエはようやく笑うようになったんで、みんなほっとしてたんでやんすよ、本当のところ」
「アリフは肉体ごと、下界に降りてったって聞いたが、こっちに戻るすべはないのか?」
「残念でやんすが、今の科学技術では、無理でやんすね」
「何でだ?おまえらは、俺の身体だって王のだって作れたじゃないか。何とかならないのか」
「身体はどうにかなるんでやんすが、魂の部分がねえ、なんとも」
「どういう意味だ」
「そもそも、四次元にいる人間の魂は、こっちの時空間に適合してるんでさぁ。だから、魂で下界に行くってのは、すっごいエネルギーを食うし、そうそう何度もできないんでやんす。レッドアイの連中、おっと失礼、レッドアイの方々は、向こうの世界の魂時間に合わせられるもんで。でも、長いこと住むとなると、話は別でやんす。アリフがあっちに行ってしまって、もう三年でさぁ。その間、魂は異常な速さですり減ってるはずで、やつの肉体の寿命が尽きるころには、魂も消滅するってことでさぁ」
「じゃあ、今からすぐに戻れば、大丈夫ってことか?」
「そうでやんすねぇ、おそらく半年以内であれば何とかギリギリってとこで、肉体もピカピカなのを準備しておいて、ささっと要領よくしないと。それでも、不適合を起こす可能性もあるもんで。ただ、こればっかりは、本人に戻る意志がないことには、ねぇ」
「じゃあ、オレが行って説得してくる。ヤツはどこにいる?」
「それが全くわからないんでさぁ。オーエンが会ったってんだったら、その時代にまだいるやもしれんし、違う時代の違う国にいってるやもしれんし」
俺がアリフに会える可能性は、あの場所しかないだろう。
「オレは前の時代に戻れるか?」
「へえ、それは、ドンピシャのぴしゃっと、おウチに戻してさし上げまっせ。ただし、以前の身体へ入ってはダメでやんすよ。あれは不適合でさぁ」
「いや、俺が聞いてるのは、この身体ごと、あの場所に行けるかってことだ」
「ひえー、アリフのように、でっか?そりゃ、行けやすが、だって、今、説明したでしょうが。死んじまうんでっせ」
「半年以内に戻ってくるさ。アリフを連れてな」
今の俺の肉体のままでアリフに会わないことには、たぶん話にならないだろう。何しろ、アリフは相当の覚悟を決めて、ここを出て行ってるってことなのだから。そして、その覚悟はおそらく、ヒノエに関係するものだろう。
「ブルーノ、おまえは、計画について、どのくらい知っている?」
「計画?軍の機密情報でっか?わてらは関知しないことでやんすよ」
「なら、具体的な話ができる人物を知らないか?ヒノエのことについて知りたい」
またブルーノがくだらないことを言い出しそうな顔をしたので、にらみをきかせた。
「おっと、くわばらくわばら。まあ、そういうことなら、いい人を紹介できるでやんす。特別の別、でっせ!」
ブルーノに案内されて向かった先はラボの最上階に位置する司令塔で、壁一面に各部屋の様子が映し出されていた。そこでラボの上級役員を紹介された。ショートカットのキリッとした年配の女性で、ヒノエのような燃える赤い目をしている。
ブルーノは彼女を見ると、子犬のように近づいていき、
「マミー!元気でっか?」と、嬉しそうに話しかけた。
「ブルーノちゃん、久しぶりね。なかなか顔を見せないんだから」
「いやぁ、マミーの顔を見てると、エネルギー酔いしちゃうもんで。さてさて、こちらが例のオーエン殿でさあ。マミーに大事な話があるってもんでお連れしやした。じゃあ、ブルーノちゃんはこれにて。マミー、愛してるでやんすよ!」と、投げキッスをして、ブルーノは出ていった。
二人は年齢的には親子ともいえなくもないが、あまりにも似ていない。どんな関係なんだろうかと思っていたら、女性がこちらに向きなおった。俺は慌てて敬礼をした。
「はじめまして。オーエンです。貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」
「あら、礼儀正しいのね。噂ではけっこうな荒くれ者が紛れ込んできたって聞いてたんだけど。私はマオミ。ここではみんなマミーって呼ぶの。何とでも呼びやすいように」
「はい。では、マオミさんで。実は、ヒノエのことでご相談がありまして」
「あなたが救ってくれたんですってね。本当に感謝するわ」
「オレ、いや、私は何もできなかったです」
「オレでいいわよ。どうぞ気楽にね」
「はい。じゃあ、オレは、彼女のことを何も知らないんです。今は一緒に遠征してるんで、彼女の人となりはわかっているつもりです。だけど、その、ヒノエは誰にも心を許さないというか、人に頼らずに自分だけで責任を背負いこんでいて。だけど、これからは、彼女があんなふうに倒れたり危険な目にあったりしないよう、オレがちゃんと守っていきたいんです。あっ、でも、アイツのほうが強いし凄いんで、守るってか、見張るってのが合ってるのかも」
マオミは頷きながら一言一句を丁寧に聞いてくれていた。全てを受け入れるような温かい眼差しで微笑むと、
「オーエン、君はけっこういい奴じゃない。気に入ったわ。こんなこと話したら、ヒノエに叱られるかもしれないけど、あなたになら大丈夫だと思う」といって、隣の応接室に案内してくれた。
「どうぞあちらにおかけになって」とすすめられた椅子は王室にありそうなクラッシックで美しいものだった。マオミは猫足のソファーに腰かけながら話し始めた。
「昔、この星の特殊部隊の任務中に三次元世界で大規模なテロ事件がおこったの。部隊長だったヒノエの父親も犠牲になってね。三次元の肉体に憑依していたものだから、その本体と一緒にそこで命を落としてしまって。彼女がまだ幼い少女の頃だったわ。残された妻はそれはそれは悲しんでね。喪失感に耐えられなくて、とうとう精神を病んでしまって。父親を亡くした上に、母親は長期入院となってしまって、ヒノエには酷な状況だったわ。それでも、幼いながらも色々と考えたんでしょうね。自分が父に代わって戦争のない世界を作るんだって。そして、母を必ず元に戻すんだって言って」
ヒノエの身の上話を聞くのは初めてだったが、きっと彼女ならそう考えるし、そう行動するだろう。実に彼女らしい話だと思った。
「優秀な子だったから、士官学校の選抜クラスに最年少で入ってね。女の子だったし、周りからもかなり特異な目で見られていて、校内では色々と大変だったみたい。でも、あれよあれよと言う間に出世して、重要な任務につくようになったの」
才能だけでなく、相当の努力をしてきたはずだ。やっかみや妬みを受けて疎外されてきただろう。そんな環境の中で、自身を鍛えて誰よりも強くなることでしか存在価値が示せなかったとしたら、他人に甘えるなどという選択肢は持ちようがない。
「そのころね、アリフと知り合ったのは。アリフはヒノエのかたくなさを、少しずつほぐしていった。彼女が笑ったり冗談を言ったりするのを見て、皆が本当に喜んだわ。だって、彼女が笑うと、お日様が輝いたようで、誰もが嬉しい気分になるのよ」
それは、よくわかる。アイツの笑顔は人を惹きつける。
「本当に、信頼し合っていて仲のいい二人だった。でも、アリフが突然この星を去ってしまって、残されたヒノエは、また元の孤独の沼へと落ちていったわ」
「アリフは、なぜ、出ていったんでしょうか」
「本当のところはわからないけど、おそらく、人類の異次元上昇計画で意見の相違があって、どうしても、アリフは下界に、しかも肉体を伴って降りなければならない理由が生まれたのでしょうね」
前にヒノエが言っていた話だ。三次元世界を全部上昇させるのは無理で、どうしたって、一部の魂しか上がれない。アリフはそれを是とせず、全人類を救うという信念で動いたっていうことだった。
「私の想像では、異次元上昇する際の莫大なエネルギーをどう調達するかでもめたんだと思う。そして、ヒノエは自分自身のエネルギーを使う気なんじゃないかと」
「ヒノエのエネルギーっていうのは?」
「彼女のファイアーレッドアイの最大の能力は、天地をひっくり返せるほどのエネルギー源となりうるってことなの」
俺の頭ではうまくついていけない話だったが、自身を爆発でもさせるつもりなのか。
「彼女は焦っていた。このままだとじきに人類は滅んでしまうって。だから、自分の身を犠牲にしてでも、一刻も早く異次元上昇を実現させようって考えていたのかもしれない」
おそらく、それだ。ヒノエは世界平和のためなら身命を投げ打ちかねないし、それを止めるには、アリフも体を張らないとならなかったのだろう。
「オレはさっき、ヒノエは誰にも相談しないし信用しないって言いましたけど、マオミさんとアリフには心開いていたんですね。安心しました」
「いいえ。残念ながら、あの子は、叔母である私にさえ、あくまでも礼儀正しく距離を置いて接してくるわ。アリフにだけね、心を開いていたのは」
だとしたら、ますますアリフをこっちに呼び戻さないとならない。
「私は彼女に生きていてほしい。大事な弟を亡くして、可愛い姪までいなくなるなんて、そんなこと、とうてい耐えられないわ」と呟くと、マオミは咳こんだ。
「大丈夫ですか?」
「ええ、持病がね、ここんどころ。そろそろ私も引退かしらね」
そういって寂しそうに笑った。
「ヒノエを理解するのに重要な話を聞けました。今日はお忙しい中をありがとうございました」
「お役に立ててよかったわ。またいつでもいらっしゃいな。みんな、私のオーラを敬遠して、寄り付かなくってね。あなたは、大丈夫なの?」
「はい、今のところは、特に」
「あら、随分と鍛えられたのね。ヒノエに感謝ね」
といって、マオミはウインクして笑った。
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