「サードアイ・オープニング」第3話(#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門)
第3話:次元上昇
人々が平和で安寧に暮らせる世界を私は心から望んでいる。春のうららかな太陽が寒さに凍える命を温めるように、人々の不安を溶かして活力を与えたい。そして、全ての人が夢に向かって輝いていけるのなら、火花を散らして突然落ちる線香花火がごとく、我が命を燃やし尽くしても構わないと本気で思っている。
しかし、多くの人は夢を語るどころか、うだうだと文句をいい、できない理由を並べ立て、あげくに邪念に惑ったりする。己の命の使いみちを考えたことなどないのだろう。そういう奴らには仕置きの鉄槌と灼熱の業火を与えんと、やたらと正義の血がたぎるのだ。
そんな私の高潔さゆえか、或いは、混沌とした内面を見透かされてか、権力者たちは私に近づいては調子のいいことをいい、利用するだけして、用が済めば使い捨てていった。逆に、こちらの血気が萎えるような、理不尽な言いがかりや妨害を受けたことも幾度となくあった。いっそ岩戸に引きこもって能力を閉ざすほうが、よほど生きやすかろう。
いつしか、恐れを知らない真っ直ぐな光に、やるせない諦めが混じりこみ、それが屈折した不機嫌となって、ぶっきらぼうな態度となっていった。
エゴイスティック。陰でそう囁かれているのも知っている。あやつらは曇った色眼鏡でしか物を見ない。一見パワフルで華やかな私の表層から、こうに違いないと決めつけて、好き勝手にレッテルを貼るのだ。私は決して我が身可愛さの保身のため、ましてや私利私欲のためになど生きてはいないのに。
人なんて信じられぬ。信じてなるものか。これは確固たる信念となって、今の私の克己心を培っている。
こうして、私は人類を救うことのできる、しかし、直接には人と深く関わる必要のない今の仕事を選んだ。
任務を終えて帰還したその足で研究室に向かうと、見たことのない男がブルーノたちに取り囲まれてベッドに座っていた。男は眩しそうにこちらを見ている。ほう、見えるのかと、少しばかり男に興味がわく。
「おかえりでやんす。いかがでしたか、下界は」と、ブルーノが嬉しそうに近づいてくる。こやつくらいだ、私のことを偏見なしで受け止められる者は。
「ええ、まずまずの首尾だわ。一応、最悪の事態は免れたようよ」
「それはそれは、ご大儀さまでありやんした」
「あれが、例の身元不明の男?」
「さようでやんす。オーエン殿でさぁ。センス抜群のステファンが名付親でさぁ」
「そう。で、覚醒はしたの?」
「いやぁ、まだ記憶も能力も不安定なもんで、封印しておきやした」
「封印、ねぇ」
私は真っすぐに男のもとへ向かった。男は眩しそうに自分の手を額にあてがっている。
「ごきげんよう。アタシはヒノエ。この星の防衛軍特殊任務部隊長よ。よろしく」
男は、差し出した手を握ろうともせず、呆然とこちらを見ている。仕方がない。少し輝度を落とすとするか。
「お、おう。ようやく姿が見えたぜ。あれ?部隊長って、女なのか」
ブルーノが慌てて男に向き直って、身振り手振りで答える。
「正真正銘のレディーでさぁ。ただ、そんじょそこいらのレディーとはわけがちがいまっせ。腕っぷしも強く、頭脳明晰、即断即決、口答えは許さない。とんだ別品さんでさぁ」
男は私の目をじっとみつめて、なにやら腑に落ちた様子で「ファイアーレッドアイ同士ってことか」と、つぶやいた。
人は見たいようにしか物事を認識しない。救世主ファイアーレッドアイだとかなんとか言われて、うっかりそう信じ込んだのだろう。お門違いだも甚だしい。
「自分が何をどう見たかは知らないけど、アタシから見たら、あなたはファイアーレッドアイなんかじゃなくて、薄茶色の瞳のお猿さんといったところね」
しかしながら、ファイアーレッドアイが真実の姿を見抜くといった点において、この男は私の光を感知した。多かれ少なかれレッドアイの素質はあるとみなしてよいだろう。
「任務ってのは、下界で、なんかするのか?そもそも下界ってなんだ?」
なんたるぞんざいな口の利き方だと、私の顔がひきつったのに気づいてか、いち早くステファンが間に入って男をたしなめた。
「オーエン、こちらは、とても偉い人だから、もう少し丁重な姿勢で話してほしいんだ。あのね、下界っていうのはね、ボクたちが出会ったところ、すなわち、三次元の世界のことを指すんだ。そこでは、オーエンも知っているように、競争やら戦争やらが世界のあちらこちらで起こっていて、ひょっとすると最終兵器を使って三次元世界を消滅させかねない。なので、ヒノエをトップとする特殊部隊がそうならないように任務を遂行しているんだ」
「はぁ?じゃあ、ここはいったい、何次元の世界だっていうんだ?」
この男は先ほどから頭の悪そうな問いばかりを連発している。これが本当にファイアーレッドアイだっていうのか。もう少しまともにしゃべれないものだろうか。
私は猿でもわかるようにかみ砕いて説明してやった。
「ここは、四次元の世界よ。魂と肉体を同時に所有していて、分離もできる世界。レッドアイの持ち主は時空を超えた移動を比較的何度もできる能力があるけれど、ステファンのような一般の研究員たちは頻繁には行き来できないの。魂だけ飛ばすっていうのはハードなことなのよ。そして、我々レッドアイは下界で大惨事がおきないように、施政者たちに魂レベルで平和を訴えかけているの。いわゆる遠隔操作的なことを短期集中で行っているってわけ」
「ということは、あっちの世界を救ってるってことか」
このお猿は、単純な質問をしてきて、端的に呑み込む。物事のエッセンスだけを巧妙にくみ取る能力に長けているようだ。
どうやら少しは見込みはありそうだと、じっと男の目をみる。おそらく、ホルモンバランスのいかんによっては、この目がレッドアイと化すのであろう。
「三次元世界が壊れてしまえば、私たちの次元上昇もおぼつかなくなるから、これは重要な任務なのよ。いずれ、あなたにも手伝ってもらうことになりそうね。ブルーノ、この人を下界に連れてっても構わないわよね」
「いやいや、すぐには無理でやんすよ。それに身元もわかっていないし」
「かまやしないわ。ここの星の者じゃなかったら、よけい能力をチェックしておきたいし。それに、この人、もうすでに開きかけてるわよ」
「何が、でやんすか?」
「もちろん、サードアイよ」
「あいや!間に合わなかったんでっか。きっちりと封印したんでやんすよ。うへ~、アリフみたいにならなきゃいいんでやんすが」
「見た感じでは、おそらく問題ないと思うわ」
男が急に話に割り込んできた。
「おい、その、アリフってやつ、オレの額に何か貼り付けた老人か?」
「へえ、おそらく、そうでさぁ。まぁ、老人ってのは仮の姿でやんすよ、たぶん。アリフは憑依するもんで。それが彼の特殊能力でさぁ」
こやつはアリフに目をつけられていたってことか。なるほど、そこで無理やりサードアイを開かされたというわけだ。
「アリフって奴は、お前らと同じ、この星の住人なのか」
「そうでやんすが、アリフは、こっから落っこちたんでやんす。自分たちのやり方であっちの世界を変えてみせるって、仲間を引き連れて」
「じゃあ、あのじじいはお前らの敵ってことか?」
お決まりの短絡思考だ。すぐに敵か味方かを決めたがる。三次元世界に長く居すぎたせいだろう。またもや噛み砕いて説明してやらねばなるまい。
「この星ではね、魂のレベル上昇がおこっていて、我々は物事を白黒はっきりと分類する思考法をもはや採用していないの。善だ悪だ、敵だ味方だと決めつけると、物事の本質を見誤ることになるってわかっているから」
「グレーゾーンをとるってことだな」
「そう!なので、あなたのいう老人は、敵でもなく味方でもないというわけ。ただ単に、彼の信念に基づいて行動したに過ぎない。目的は共通しているけど、選ぶ道が異なった、というだけで」
「仲間割れっていうやつか。そいつは厄介だな」
「どういう意味で?」
「だってよ、目的が一緒なのに、行く道が違うって、むだに戦力を分散させちまってるじゃないか。仲間を引き連れて出てったって、そういうこったろ?」
確かに一理ある。我々は物事の相反する両極を双対として保持し、高次元で統合するという思考法に慣れている。そのため、相手の立場とか事情とかを勘案しすぎて真相を複雑にするきらいがある。だからなのか、このような旧態依然の二元論で展開される男のシンプルな言い分に、かえって新鮮さを覚えた。
「それはそうだけど、信念に基づいた者の行動を変えることはできない。残念ながら、我々はアリフの決断を受け入れるしかなかったの」
「奴の信念って、何だ?」
「三次元の人々を直接目覚めさせることは可能であり、彼らに接して意識変革を行えば、我々の次元まで魂を上昇させうるって考えよ。でも、みてごらんなさい。人々は相も変わらず、やれ自分の土地が、権利が、取り分がなどといって、無駄に争って多くの血をながしているじゃない。人類始まってこのかた、一向に進歩してやしない。敵だ味方だ、正義だ大義だと言っている限り、この不毛な争いは収まりっこないのよ」
「なるほど。それで、おまえらは、三次元を見捨てて、自分たちだけで、その、次元上昇とやらをしようってのか?」
その言い草に私は語気を荒げた。
「口が過ぎるぞ!我々がどれだけ身を粉にして世界の維持に努めているか、知らない口がとやかく言うでない!」
オーラが出すぎたようだ。男は目がくらんだのか、そのまま倒れ込んでしまった。ステファンが駆け寄って介抱する。ブルーノは眼を丸くして首を傾げた。
「あれれ、大変でさぁ。まだ体力が戻ってなかったんでやんすかね。しばらく寝かしておきやしょう。しかし、ヒノエがこんなに怒ったのは久しぶりでやんすね。火の粉が飛んでくるような権幕でやんしたよ」
「いや、こやつはアタシの光をまともに食らっただけよ。結果、見えてるってこと。鍛え甲斐があるってものね。我々の戦力にすべく、まずは、こ生意気なお猿に、礼節からきっちりと叩き込まないと。ふふ、楽しみだわ」
「ひえ~、くわばら、くわばら」といって、ブルーノは濡れた犬みたいにぶるぶると身震いをした。
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