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「サードアイ・オープニング」第12話(#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門)

第12話:信じる力

 音楽祭が終わると、次は百名ほどの要人たちの食事会となった。ここにはブルーノやステファンたちの一般研究員たちの姿はなく、俺は特別ゲストとして招待されたようだった。
 国王は数名の貴族たちに囲まれて一段高い奥まったテーブルに座っている。その近くでは、ゆるやかにピアノの演奏が行われていた。これもまた、素人の俺が聞いても心に響く音色だった。こんな中で食事ができるとはなんという幸運だと、ヒノエに感謝する。招待してくれたことにも、テーブルマナーを根気よく教えてくれたことにも。
 しばらくすると、クロエが会場に入ってきた。拍手で迎えようと皆が立ち上がる。クロエはドレスの裾を持ち上げて可憐に会釈をした。皆の注目を浴びて気恥ずかしそうだが、それでも高揚しているのがわかる。
 会食が進んでいく中、クロエが俺達のテーブルに挨拶に回ってきた。まずはヒノエに感謝の意を述べる。ヒノエはクロエを絶賛して、完全復帰を喜んで祝った。
 次に、クロエは俺のそばにきた。言葉を交わすのは初めてとなる。クロエは驚くほど小さな、それでいて澄んだ声で、聴きに来てくれたことへの礼を述べた。
 俺は、こういう時に何といえばいいのか、返す言葉をすっかり失なってしまっていた。「素晴らしかった」などとは、おこがましくて言えないし、「聴けて良かった」というのも違うだろう。もごもごと口ごもっていると、クロエはクスっと笑った。そして、「あなたのおかげです」と、膝を折って両手を合わせ「ありがとう」と言って微笑んだ。
 俺は、その仕草と声に、何とも言えない切ない気持ちになった。あまりにも透明なクロエのオーラは、近づきたいけれども近づきがたいような、決して侵してはならない神聖さがあった。初めて会ったときには、確かもう少し、押しに弱い感じだったはずなのに、今は、謙虚さの中に生き生きとした躍動を感じる。声が戻って自信も取り戻せたのだろう。本当に良かった。
 そのあとも、ヒノエの席には何人もの人たちが挨拶に来た。その中に、さっきのダンサーチームのセンターもいて、しっかりとヒノエに取り入っていた。ヒノエは社交辞令的にではあったが、今日のダンスを褒めて、労をねぎらった。
「嬉しい!ヒノエ様にそうおっしゃっていただけると、私、天にも昇る気持ちになりますわ。これからもレッスンに励んで、ゆくゆくは王宮専属のダンサーになれるよう精進しますゆえ、引き続き応援してくださいませ」
 ヒノエは満足そうに微笑んで、
「そうね、世界各国から選りすぐりのダンサーチームのリーダーですもの。大いに期待していますよ、ミュシカ」と答えると、こっちを振り返り、何か含みのある顔で俺を見た。
「そうそう、こちらは、人の能力を見極める力があるの。オーエン、よかったら見てさしあげたら」
 その踊り子は、俺のほうに歩み寄り、値踏みでもするかのように一瞥した。そして、お手並み拝見といった態度で挑発的な目をして笑った。
「オーエン様、どうかお手柔らかにお願いしますわ」
 俺は、一瞬、言葉に迷った。こいつに何か言ったところで素直に響くのだろうか。ヒノエとの会話からすると、この星の人間じゃなく、三次元の世界から来ているんだろう。でなければ、あんなに我が強く出るはずがない。そもそもトップダンサーなんてものは向上心むき出しのエゴの塊でないと務まらないのかもしれない。
「どうなりたい?」と、ぶっきらぼうに尋ねると、女は待ってましたと言わんばかりに早口でまくし立てた。
「クロエ様のお歌と並ぶようなダンスを目指してますの。国王様にクロエ様のお歌がなければ音楽祭を開かないとまで言わしめるように、私もダンスで国王様の御おぼえを頂戴したいのです」
「クロエと同じ?そいつは無理だな」
「あら、手厳しきこと。どうしてそうお思いになられましたの?」
「君はクロエではないからだよ。君には君の個性がある」
 女は、そんなのわかっているというように、続けざまに質問してきた。
「では、クロエ様のようにとは申さずに、王宮付けのトップダンサーになるにはどうしたらよろしくて?」
「うまく言えねぇけど、まぁ、自分が踊るってのをやめて、何かに踊らされてるって感覚をつかむってこと、かな。自分がよく映りてぇとか、目立ちてぇとか、そういうのを脇に置いてな」
 女は明らかに不服そうな顔をしていたが、ヒノエの手前、おおっぴらに抗議もできずに、とんがった口を元に戻して短く礼を言うと、そそくさと次のテーブルに移っていった。
 彼女が行ってしまってから、俺はヒノエに小声で聞いた。
「めずらしく口のきき方をとやかく言わなかったな」
「ストレートに物を言ってもいい場合もあるってことよ」と、ヒノエは楽しそうに笑った。
「それはそうと、あなた、気が付かなかったの?あの娘は、例の、あっちの世界の有名なダンサー。あなたが三次元から飛んで連れてきた魂の持ち主よ」
 まったく気づかなかった。あのときの彼女はロッキングチェアーに揺られて目を閉じていたからか。言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。
「クリアリングが済んでるっていっても、あの程度か。先が思いやられるな」
「ふふふ。そうね。一度、クリーニングの旅に出たほうが良さそうね」
 そう言って笑っているヒノエのもとに、黒服を着た恰幅のいい男が近づいてきて耳元で何かを告げた。ヒノエは短く「承知」というと、俺に向かって、
「王からのお呼びよ。いいこと、くれぐれも失礼のないように」と言って、席を立った。
 俺達は王のいるテーブルに向かった。国王と話す機会が俺なんかにも訪れるとは。ヒノエの手前、失態をおかさないようにと、柄にもなく緊張する。
 目の前にいる王は、見るからに威厳のある立派な人物だった。ヒノエともクロエとも違うオーラの輝きがあって、どこまでも澄んだ目をしている。この人の前では嘘がつけない、そんな感じがして身が引き締まる。
 俺は威儀を正して丁重に挨拶をした。王は俺の顔をまじまじと見ると、破顔しながら「こたびの活躍、大いに感謝します」と申された。そんな大層なことはないと思ったが、よく考えてみると、この人は、あのときのゴードン王子だと、ようやく腑に落ちた。何だか急に懐かしくなって、
「そっか、あの時の王子か。随分と立派になったもんだな」と、不用意な発言をしてしまった。
 ヒノエが凍り付いた。お付きの者たちも身構える。しまった、と思ったが遅かった。すると、王はおもむろに立ち上がり、握手を求めてきた。恐る恐る手を握り返す。
「君があのとき、私に大切なことを気づかせてくれなかったら、この計画は失敗に終わっていました。本当にお礼のいいようがない。深く感謝します」
 その誠実で真摯な有り様に、あの時の幼い王子と今の国王が直線で結びついて重なった。本当に、偉くなったもんだ。俺は嬉しさのあまり、握った手をぶんぶんと振った。さすがにこれはまずかったのか、お付きの奴らが慌てて止めに入った。
「これからも、ヒノエと共にこの星と平和を守ってください」
 そういって微笑んでから、王はゆったりと着席した。

 俺とヒノエはパーティーが終わると二人で会場を後にした。
「まったく、あれだけ注意したのに、なんたる失態。呆れてものも言えないわ」と、ヒノエはご立腹だ。
「すまない。つい、懐かしくなってよ。それにしても、立派な王様になったもんだ。頑張った甲斐があったってもんだな」
「まあね。あなたが王子をうまく説得してくれたからこそ、何とか作戦成功にこぎつけたわ。改めて、ご苦労様」
「いや、あの時は、お前がぐったりしちまって、どうしようかと思ったぜ。もっと手際よくやれてりゃあな」
「そんなことないわ。あれはあれで大正解だった。よくあの共依存の強固な鎖を解いたものね」
 ヒノエはいつもより饒舌で、いつになく素直だった。俺は、これからのことをいつ言い出そうかと、このところずっとタイミングを見計らっていたが、今がその時だった。
「ヒノエ、話がある」
 立ち止まって、彼女を見つめた。ヒノエも歩みを止めて、何事かというようにこちらを見た。俺はなるべく彼女を動揺させないようにと言葉を選んで告げた。
「オレは、三次元に戻ろうと思う。オレのいた町に行って、アリフを探し、説得してこっちに連れて帰ってくる」
 ヒノエは驚きで声も出ないようだ。俺は話を続けた。
「ブルーノにはもう言ってある。いつでも行ける準備が整っているそうだ」
 ヒノエがようやく口を開く。
「何の準備?もしかして、その身体のまま、降りていこうっていうの?」
 俺が頷くと、信じられないといった顔をしてヒノエが声を荒げた。
「バカじゃないの?行ったらどうなるか、わかっているでしょ?アリフはもう手遅れよ。あなたまで行ってしまったら」
「大丈夫だ。ブルーノのいう期限内で、ちゃんと戻ってくる。アリフを連れてな」
 ヒノエは何か言おうとしたが、珍しく口ごもった。しばらく考えてから、ようやく口を開く。
「承知したわ。あなたに賭けてみる。ただし、一人ででも、絶対に戻ってくること。いいわね?ここで約束してちょうだい」
 俺はヒノエの目をしっかりと見据えた。その赤い瞳は不安げに揺れている。俺は姿勢を正し、左胸に拳を当てて、彼女に帰還を誓った。

 ブルーノが準備してくれたのは、人一人がようやく動くことができるようなカプセルボックスだった。そこから身体ごとワープして時空を超えることができるという。
「実は、こっちのほうが随分前に開発されていたんでやんすが、こいつは身体ごと運んじまうんで、戻ってこれなくなる者が出たんでさぁ。だから封印しておいたんでやんすが、ここへきてまた使うことになるとは、いやはや」
「アリフはこれを使わなかったのか?」
「そうそう、アリフたちは、自分たちで見つけた穴から出ていったんでさぁ。たまたま時空の歪みからできた穴だったようでやんすよ」
 周りを見渡す。ラボのみんなが大勢集まっていた。マオミも下まで降りて来ていて、ドア付近にもたれかかっていた。俺と目が合うと、
「今度は忘れずに戻ってきなさいね」と笑って手を振ってくれた。
 ヒノエは任務中だということで、残念だが、ここには来ていなかった。
 ステファンが歩み寄ってきて、飛びかかるように抱きついてきた。
「せっかく仲良くなれたのに、もうお別れなんて、寂しすぎます」
「おいおい、今生の別れでもあるまいし、大げさだろうが」
 ステファンは俺の手を取って、
「だって、万が一でも戻ってこられなかったらと思うと。ボクはもう、あの時代へは追いかけて行かれないんですよ」と、今にも泣き出しそうに瞳を潤ませた。
 俺はヤツの背中を軽く叩いて、
「心配ない。必ず戻ってくる」と約束した。
「そろそろ、お時間でやんすよ。このタイミングを逃すと、あと数か月は足止めをくらうでやんす」
 ブルーノがそういって促したので、ボックスの中に入ろうとすると、慌てて俺を引き留めた。
「おっと、忘れてたでやんす。危ない、危ない。オーエン、伝言があるんでさぁ。信じてるからって、ヒノエがそう言ってたでやんすよ」
 そう言うと、ウインクして嬉しそうに笑った。
「さあ、いってらっしゃいみてらっしゃい。そして必ずもどってらっしゃい!」
 ドアが静かに閉まった。俺は三次元に向かうドーナツ状の穴をくぐり抜けていった。

第一章 完













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