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「サードアイ・オープニング」第4話(#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門) 

第4話:記憶の編集

 俺の術後の回復を待ってから、ステファンが研究室を案内してくれた。三次元世界からこっちに移動するのに思いのほか体力を使ったようで、俺はどうやら部隊長との話の途中で意識がとんだらしい。それでもって、俺のサードアイは開いちまってたってことで、額にはめられていた装置は外されたそうだ。額の傷はもう消えていて痛みもないが、なんだかむず痒い感じが残っている。
 ステファンが部屋まで迎えに来た。今日はこざっぱりとした白衣姿で颯爽として現れた。
「おはようございます。どうですか、体調は?ミチエルからは数値も安定していて、もう大丈夫だろうって聞いてますが」
「あぁ、もうすっかり良くなった。いろいろと世話になったな」
「いえいえ、ボクは何も。回復が早くて何よりです。では、早速ラボをご案内しましょう」
 長い廊下を並んで歩く。ラボといっても無機質な感じはなく、どちらかというとランダムな、微妙に歪んだりうねったりする造りのものが多い。左右ところどころに小部屋があるが、それらも迷路のように入り組んでいた。俺のイメージしていた近未来的な要素はほとんどなく、デザインや色彩が凝っている現代美術館とかテーマパークとかの雰囲気に近い。
 ワインレッドの壁に囲まれた細く長いエスカレーターを昇っていくと、広い倉庫のような場所に出た。そこには無数の異なる機械があり、壁一面に電光掲示板が光っていて、あちこちで電子音が鳴っている。ドローンみたいな小さいのが何台か飛んでいるが、それらはまるで意志をもっているかのように臨機応変に移動している。
 よく見ると、人はほとんどおらず、ミチエルのような三人組のAIロボットたちがひと固まりになって仕事をしている。ほかの場所でも、三人一組の三つ子のようなグループがあちらこちらにいる。
「ここでは、仕事はみんなAIロボがするのか?」
「そうです。彼らが全ての責任をもって職務を遂行しています。この星では、いままで人間が行っていた仕事の大半はヒューマノイドロボットがこなしてくれていますから」
「じゃあ、一体、人間は何をするっていうんだ?」
「えーと、計画の進捗もAIが管理していますし、実務もAIですから、我々は彼らが作成したプランで進めていいかどうかの意志決定をするくらいですね」
「それだって、いいか悪いかは、やってみないとわかんねぇだろ。それもAIロボがしてくれるのか?」
「はい。プロジェクトを動かしてみてエラーが出ても、AIロボットが善後策を講じますから、確かに、人間のやることはあまりないです。しいていえば、心が躍るような未来を夢見て理想を描くこと、ですかね。今までにはないものを、ちょっとだけトッピングしていくって感じで」
 ステファンはちょっと失礼しますと言って、裏の小部屋に入っていった。薄いサングラスをふたつ持ってきて、次の部屋で使うからと、ひとつを俺に渡した。
 曲がりくねった廊下を渡り、次に案内されたのは、体育館のような広々としたところだった。壁一面に大きなガラス窓があり、外の林と繋がっているように見える。ただ、一切物音がしない。
 ステファンにサングラスをかけるように言われた。色の薄いレンズで、見え方は裸眼でみるのとあまり変わらない。
「今から、下界の様子をモニタリングしていきます。三次元世界をリアルに感じられると思いますが、驚かないでくださいね。では、始めます」
 いきなり、視界が歪み、体の細胞が揺さぶられるような衝撃が走ったかと思うと、さっきとは違う場所に立っていた。なじみのある空気の匂いと質感。ここは俺がちょっと前までいた世界だと肌でわかった。生まれ育った故郷ではないが、なんだか懐かしい気がする。
 歩いてみる。普通に歩けた。小走りに、勢いをつけて、思いっきり走り出す。走るのは久しぶりだった。多少足が重たいが、大丈夫だ、いける。心臓が高鳴る。全力で突っ走る。
 突然、クラクションが鳴って、立ち止まった。どこかの都会に迷い込んだようで、耳をふさぎたくなるほどの喧騒だ。ここはどこだ?誰かが腕をつかむ。振り向くとステファンだった。こっちですと言われて、後をついていく。
 しばらくすると、時計台の両脇に立ち並ぶ大きな立派な建物が見えてきた。ステファンが状況説明する。ここ、国際会議棟では、今、世界を揺るがす重要な意思決定が行われていて、前回の遠征でヒノエが諸々を調整済みだから、万事うまく運ぶはずだという。
 見に行きましょうと、ステファンは俺の手を引いて空を飛び始めた。え?と思う間もなく、俺達は大会議室の中にいた。中ではまさに調印式が行われている最中で、テレビで見たことがあるような各国の元首たちがずらりと並んでいた。正面では、何人かが手を取って、満面の笑みをたたえながら写真撮影をしている。
 ステファンは俺の顔を見ると、いたずらそうに笑って、また手を引いて一緒に飛んだ。その先は、大きいガラス窓のあるさっきの広い部屋だった。
「どうでしたか?今のがリアルな三次元世界の旅です。とはいっても、実際は、ライブ中継の映像の中に入っただけなんですが。そこでは、三次元世界を体感することはできますが、あっちの世界に触れたり関与したりすることはできせん」
「透明人間みたいになってたってことか?」
「そうです。向こうの世界の人たちは私たちのことを認識していません。ヒノエはこれを肉体を離れて魂でします。つまり、映像の中の世界ではなく、実際に現地に赴くのです。そして、ターゲットの心の深層に入り込み、内側から思考や行動に影響を与えていくのです」
「その時は、時空を超えていくってことか」
「そうです。それは、レッドアイが持つ特殊能力のひとつなのです」
 特殊能力。俺にもそんな技が使えるっていうのか。魂だけ飛ばすだと?いまだに腑に落ちない。
「さあ、次は、過去世にまいります。ゴードンが住んでいたところに戻ってみましょうか。クリーニングでは肉体を置いて魂だけで行くのですが、今回は訓練用の装置を使って、イメージで三次元に意識を飛ばしていくことになります」
 そう説明すると、ステファンは俺の意志をさぐるかのようにほほ笑みかけてきた。俺はもちろん元の世界に行きたかったから、大きくうなづいた。ステファンはにっこりと笑って、手元のスイッチを作動し、隣の部屋に通ずるドアを開けた。
 そこは、先ほど通ってきた廊下の色と同じ赤紫色のドーム状の部屋だった。座り心地のよさそうなソファーや椅子が何台かあり、そっちに向かって赤い絨毯が敷かれている。絨毯の上を歩いているのにしっかりと足音がする。やけに音響のいい部屋だった。
「あちらに座ってください」
 ステファンに示されたのは、奥にある革張りの一人掛け用の椅子だった。座ってみると、身体がちょうどいい具合にすっぽりと包みこまれて、車の座席のようにホールド感がある。
「右側のひじ掛けの横にレバーがあるので引き上げてください」
 言われた通りにすると、椅子が静かに傾いて寝ころんだ姿勢になった。
「よろしいですか。では、呼吸をゆっくりと、細く、長く、吐ききってくだい。もう一度、吸って」
 深呼吸をしているうちに、この椅子の心地良さからか、すぅーと意識が遠のいていく。
「オーエンの居たところをイメージしてください。思い出すだけでいいです」
 気が付くと、俺は故郷に帰ってきていた。たかだか数日間いなかっただけなのに、もう何年も不在にしていたみたいだ。知っているはずの場所なのに、はじめて来たかのように、何もかもが鮮明に見えた。
 しばらく歩いていると、町の様子に何だか違和感を覚えた。ここは確かに俺の住んでいたところだが、全体的に雰囲気が古めかしい。どうやら俺は、過去の町に戻って来たようだ。
 俺の家はあるのかと、体で覚えている道順を足早にたどる。すると、確かに平屋の実家が見えてきた。急いで近づいて戸を開けようとするが、触れられない。そうか、ステファンが言ってたやつだ。
 窓が開いていた。そこから中を覗き込む。すると、写真で見覚えのある、うんと若い頃の母ちゃんが、赤ん坊を抱っこしているのが見えた。その姿をぼんやりと眺めていると、不意に赤ん坊と目が合った。俺のことが見えているかのように、こっちをじっと見ていやがる。母親が赤ん坊の抱く位置を変えた。赤ん坊はむずがった。
「あれまあ、また泣き出しちまったよ。どうしたもんかね。さっき、おしめも替えたばかりなのに」
 すると、俺の婆ちゃんとおぼしき人が、
「まあ、最初の子は手がかからぁ。あんまり気張らんと。どれ、かしてごらん」といって、ひょいっと赤子を受け取ってあやしだした。
「よし、よし、よし、よし」と赤子の背を叩きながら、右に左に小刻みに揺れている。愛おしそうに赤子を見つめている婆ちゃんの横顔が見える。次第に赤子も機嫌がよくなっていった。
 なんだか不思議な光景だった。俺は、自分があまり抱きかかえてもらってこなかったと思い込んでいたが、もしかすると、弟が年子で生まれてきちまったもんで、俺を抱く暇がなかったのかもしれない。それまでは、母ちゃんや婆ちゃんに、こうして優しく抱き上げてもらってたんだな。俺は出だしのところから思い違いをして、無駄にひねくれていたようだ。まったく、笑っちまうぜ。
 後ろで物音がした。男が玄関を開けて中に入ろうとしている。俺は人の多い改札を一緒に通り抜けるかのように、その男の後ろにぴたりと張りついて中に入った。
「ただいま」
「あら、おかえりなさい。今日は早かったのね」
「ああ、ちょっくら仕事が早く上がったもんで。どれどれ、元気にしとったか」と、男は嬉しそうに赤ん坊を抱き上げた。
 あれは、もしかすると、俺が三歳の時、家を出ていった父親かもしれない。写真も見せてもらえなかったから、父親の顔を見るのは初めてだった。俺とはあまり似ていなかったが、どことなく弟の面影がある。
「おっ、今、笑ったぞ。ほんと、可愛いなあ。俺にそっくりだ」と、いかつい顔を崩して嬉しそうにしている。
「おつまみ、こんなんでいい?ビールは冷蔵庫に冷えてるわよ」
 今度は、母ちゃんが赤子を抱っこした。「よし、よし、よし、よし」と、優しくあやす。赤子は気持ちよさげに抱かれている。
 婆ちゃんが台所で夕飯の準備をしだした。トントントントンとリズミカルに野菜を切る。その横のテーブルでは父親がラジオを聴きながら晩酌を始めている。
 赤子は母に抱かれて眠ってしまったようだ。いつの間にか部屋には西日がさしこんでいた。
 気が付くと俺は泣いていた。それは何だかよくわからない涙だった。心の芯の堅い部分がほぐれていく感じがして、ここを離れがたい気分になっていた。時間が溶けていくような心地のよい感覚に、いつまでもこうしてこの光景を眺めていたいと思った。
 でも、長居しすぎると、また取り込まれてしまうのかもしれないと思った瞬間に、さっきのソファーに包まれている自分に戻っていた。
「おかえりなさい。気分はいかがですか?」
 ステファンが心配そうな顔をして覗き込んでいる。
「ああ、大丈夫だ。夢を見ていたような感じだ。でも、やけにリアルで、不思議な体験だった」
「そうですか。それなら良かったです。では、もう一度スイッチを押してください」
 椅子の位置がゆっくり戻った。ようやく現実に戻ってきた感じがした。
「今回のは、意識だけを飛ばして、その様子を第三者として観察するのものでした。それが、実際に魂を送る本格的なトリップになると、自分の魂の組成に近い人物、いわば、もう一人の自分の中に直接入り込めて、もっとリアルに、自分のルーツを体感できるのです」
「ああ、それがお前がやっていたっていう、クリーニングってやつか。そうか。そんな中、途中で引き返す羽目になっちまって、ほんと、すまなかったな」
 ステファンは驚いた様子で、慌てて手を振り、
「いえいえ、確かに残念でしたが、それよりも、あなたに出会えたから。そっちのほうがずっと良かったのです、はい」と、照れくさそうに頭をかいていた。



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