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「サードアイ・オープニング」第8話

第8話:帝王の矜持

 私は生まれた時から王位継承者として育てられてきた。幼い頃から両親は常に公務で忙しく家を空けがちで、私たち兄弟の世話は乳母と家庭教師に任されていた。
 乳母はとことん私たち兄弟に甘く、どんなわがままでも優しくきいてくれて、教師たちは子供たちの気がそがれぬように工夫をこらして学問を教えてくれた。一方で、大人の目の届かぬところでは、兄弟で悪さやいたずらを散々したものだった。
 長じてからは、両親の仕事ぶりを間近で見ることで、上に立つ者の在り方を学んだ。父からは大志を抱き周囲に希望をもたらす影響力を、母からは深慮遠謀にて実を動かす処世術を学んだ。
 父は、従妹である先代に替わって王に君臨した。先の大革命で王が倒され、しばらくは王位が廃止されたが、じきに王政復古がおこり、その後釜として急遽、玉座を得たのだった。
 父は王家の血筋ではあったが直系ではなかったので、帝王学を学んだわけではなかった。したがって、王位についてから実地で学んでいくほかなかった。その苦労があったからか、長男として産まれた私は、帝王たるものの素養を徹底的に叩き込まれた。
 父は片腕がなかった。王座についたばかりの時に反乱兵の残党に追われて切り落とされたそうだ。利き腕の代わりに、今では反対の手で何でもできるのだと自慢げに話す。
 一見、武勇伝かと思われる話だが、父にとってみたら、腕の一本や二本、大儀のためならくれてやるわ、といったふうだった。いや、大義などなくとも、それが何かの事故でおきた不幸だったとしても、きっと、あっけらかんとしていたことだろう。そういった無頓着さとおおらかさと大胆さを併せ持った豪放磊落なところが父にはあった。
 そのような父の豪傑に振り回されてきた母は、大体のことには仕方がないと諦めていて、半ば愛想をつかしていた。しかし、そうはいってもというやり場のない気持ちからか、長男の私を味方につけようと躍起になっていたようだった。
 父のように浅慮で地に足のつかぬことではいけないと、物事の見方や捉え方を母は懸命に私に教えこんだ。世の中は決まって理不尽で、それに惑わされることなく本質を見極めなさいと、そのための処世術を愚痴めいた苦労話と共によく聞かされた。私は、世の中にはそんな大変なこともあるのかと、物語を聞くかのように母のやるかたない憤りを聞いていたものだった。
 御多分に漏れず、父には何人か愛人がいた。中でも最も寵愛していた女性がいて、私は幼い頃から何度か彼女に会っていた。
 小鳥の声が軽やかに響きわたる美しく整えられた別宅の広い庭で、一緒に鬼ごっこをしたり、花を摘んだりして遊んだ記憶がある。
 不思議なことに、その女性からは全くといっていいほど生活臭がしなかった。美に執着していたあの母でさえ、公私にわたって気を遣うことが多かったのか、どことなく生活の疲れを隠しきれなかった。それにひきかえ、この女性にはまるでそういった憂いはなく、ただただ、父に愛でられて守られている可憐な花であるかのような人だった。
「お前もここに住むか」と、問わず語りに父に尋ねられたことがある。私はこの庭も、彼女のことも気に入っていたので、それもいいかなと思った。たぶん、屈託なくその程度に父に返したのだろう。
 家に戻ると、母が痺れを切らして私を待っていた。私が父とプライベートで会う日はきまって母は神経質になっている。そんな中、どこに行って何をしていたのかと詮索されて、うっかりと父とのやり取りを話してしまった。その時の母の剣幕たるや、ものすごい形相で私の手を引いて、別宅にいる父の元に向かうと、ドアを勢いよく開けて大声で怒鳴り始めた。
「この子をあたくしから奪おうってこと?それだけは許さない。それだけは!」
 それ以来、母は私が公務以外で父と会うことを禁じた。父もまさかこんな初手から思惑が露呈するとは思っていなかったらしく、様子見ということだろうか、しばらく音沙汰がなかった。
 その一件以来、私は母の強固な監視のもとで籠の鳥状態となり、日々、彼女の精神安定剤として、話を聞いたり、慰めたり、一緒に出掛けたりするようになった。そのような状態であっても、私はそれを窮屈だとか退屈だとかとは思わなかった。むしろ、自分がしっかりとして母を守ってやらねばとの自負があった。長男としての誇りと義務感から、父と母を繋ぐ橋渡し役も担うつもりでいた。         
 そんな中、父が二番目の弟を後継者に選んだという噂を耳にした時には、驚きで声も出ず、固まってしまった。

――なぜだ?何故、私ではないのか

 嫡男であり、次期国王と目されていた私の周りからは、蜘蛛の子を散らすように人が去っていった。そして、あの母も、今度は次男を懐柔しようと、私のことには頓着しなくなった。
 それから数年後、果たして弟が父の後を継ぐこととなり、時を同じくして、私は、とある王家の婿養子に入ることとなった。
 これも運命と、かの地で懸命に国事につとめた。最初のうちは万事まずまず上手く行っていた。しかし、次期国王として叩き込まれた私の立ち居振る舞いが、妻にとっては女王である自分を差し置いての野心と映ったのだろう。彼女も国王としての英才教育を施されていて、かなりの剛腕だったので、色々な場面で私たちはぶつかることが増えていった。
 何年か続いた結婚生活も凍りついていた頃、私はある刺客から殺されてしまった。今となっては誰の差金かはわからない。

 気がついたら、風変わりな男と目が合った。
「お目覚めでやんすか!ああ、よかったでさぁ」
「ここは、どこだ」
「四次元の世界でやんす」
 ありえない。これはきっと、天国にいく道の途中なんだろう。起き上がろうとしても、力が入らない。もはや肉体も存在していないのかもしれない。
「あっと、まだ、ご無理なさらないほうがようござんすよ。新しいお身体でやんすから。とびきりがっしりとした格好のいいのに仕上げておきやした」
 意味が、わからなかった。

 体調が戻ってくると、多くの人々が入れ替わり立ち替わり見舞いにやってきた。彼らの話から様々な真実がわかってきた。
 ここが本当に四次元の世界であって、長年にわたって人類の次元上昇の準備をしているということ。三次元の人々の魂のレベルを上げて、高次の意識改革をする大規模な計画があること。各国トップの平和への意思決定を促すために、この星の特殊部隊が暗躍していること、などである。
 そして、私は次元上昇後、各国首相を従える皇帝となる予定だということだった。従って、私がこの星にやってくるのは必然であったのだとブルーノは言う。ただし、予想よりも早くあちらで死を迎えてしまったようで、準備もないまま緊急対応となったそうだ。
 ヒノエと面会したのは、私がすっかりこちらの世界にも慣れ、次元上昇の話にも理解が及び、そういうことならこの命を差し出しても構わないと思うようになった頃であった。長い遠征から帰還したヒノエは、アリフと共に私のもとにやってきた。ヒノエは若々しく快活で、太陽のような美しい髪色と宝石のように輝く赤い瞳をしていた。
「ゴードン様、お目にかかれて光栄至極に存じます」
 ヒノエは膝を折って私の手を取り、深々とお辞儀をした。アリフからも聞いてはいたが、王女なみの品格をもった高潔な女性で、その燃えるような強いオーラに正直驚きを隠せなかった。そして、ヒノエになら、アリフの言うところの王位奪還計画を任せられるに違いないと確信したのだった。
 しばらく三人で計画についてのあらましを確認しあった。まずは、三次元の各国の首脳たちにアプローチして平和を希求するよう要請をする。そして、その絵図ができたころに、私の王国に赴いてもらい、嫡男である私が王位を順当に継承するという手筈だった。それには、ヒノエとアリフが協同して、息をぴったりと合わせて事に当たる必要があった。そのシュミレーションと演習も幾度も行われているという。
 その計画の実行を待ちわびながらも、しばらくは、この星の王としての執務に当たって忙しかった。それと同時に、次元上昇後の世界をいかに構築していくかの課題にも向き合う必要があった。世界各国の異なる歴史や文化、風習を踏まえて、それらをどう統合していくのがよいのか。そのための法律の制定やら都市計画やらと課題は山積していた。
 そうして日々やることに追われつつも、使命感に燃えて充実した日々を送っていた矢先、アリフの失踪事件がおきたのだった。
 当時、アリフは特殊部隊の長官を務めていたが、一部の腹心の部下を引き連れて三次元世界へ、あの肉体の制限がかかる世界へと逆戻りしてしまったのだった。ヒノエによると、アリフのサードアイが完全に開かれた直後に、彼の思想および行動が偏向したとのことだった。
 アリフがいなくなったことにより、我々の計画は頓挫してしまった。私は三次元世界での王位などには、もはや執着がないとの思いを伝えたが、ヒノエはそれなしには次元上昇はなしえないと主張した。王位は嫡男であり長子である私が継承すべきであり、それ以外の者が継げば、その王国は衰退の末路をたどることになる、という。
 とりあえずは、アリフの穴を埋めるべくヒノエが特殊任務部隊長となり、三次元世界の維持発展に貢献してくれることとなった。

 それから幾年かが過ぎた頃、朗報だといってヒノエがやってきた。ファイアーレッドアイを持つ男がひょんなことからこの星に現れたらしい。その男は身元不明だそうだが、サードアイが開いており、おそらく訓練次第では、王位奪還計画でアリフの代わりを務めることができると言う。
 いよいよ、そのときがくるのか。アリフが去った今、もはや王位奪還など夢のまた夢だと諦めていた。実際のところ、アリフほどの能力と胆力を併せ持った男の後継となる者など存在するのだろうか。
「その男は、どんな人物なのですか?」
「野生の勘ともいうべく状況判断能力と、類まれなる適応力、そして、馬鹿が付くほどの単純明快さ、といったところでしょうか。つまり、飲み込みが早い、のであります」
「アリフのような、その、人望とか胆力といった、リーダー格の資質はありそうですか」
「はい。アリフとは違った角度のリーダーシップを発揮しています」
「それは、どんな類のものでしょうか」
「他者を何かしらの形で魅了して多大な影響を与えるといったものです。気が付くと他人の懐に入り込んでいて、ブルーノもステファンも、いまではすっかり旧友のように懐いています」
 とても興味深いと、期待に胸が膨らむ。
「では、ヒノエもその男に魅了されたのでしょうか」
「いえ、私は誰からもそのような影響を受けません。ただしっかりと鍛えてものになるよう、可愛がっております」というと、何かを思い出したように唇の端で笑った。
「そうですか。引き続き指導をお願いします。その男は、サードアイが開いているのですね。ファイアーレッドアイの可能性もあるということでしょうか」
「はい。まだ潜在的で未知数ではありますが、確かに、ファイアーレッドアイとしての類まれなる能力を保有しているものと思われます。私が光を放つがごとく、アリフが憑依するがごとく、彼にも何かしらの特殊能力がじきに体現されることでしょう。アリフでさえも、その特殊能力の覚醒にはある程度の時間を要しました。最後に一緒に三次元に降りて行った際には、短時間ではありましたが、他者の心身を乗っ取って肉体ごと介入することが可能となっていました。今はどのようであるかはわかりかねますが」
「憑依能力。それはすごいですね。アリフは肉体ごと三次元に向かったと聞きますが、もうこちらには戻ってこられないのでしょうか」
「残念ながら。あちらで有限の命を生きていくことと思われます」
 ヒノエはそう告げると、唇をきつく結んだ。
「そうですか。では、その男が成功の鍵を握っていることになりますね」
「はい。さらに訓練を積んで特殊能力が基準値を満たせば、直ちに、王位奪還計画を遂行する予定です」
「いよいよ、ですね。どうかよろしく頼みます」
「しかと承りました」
 私は、父と母と弟たちの顔を思い浮かべた。あの状況がどう変わるのだろうか。果たして、王位奪還となるのか。全てはヒノエとその男にかかっている。
 私は大いなる宇宙と存在に深い祈りを捧げた。






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