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「サードアイ・オープニング」第9話(#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門)

第9話:絆という名の依存

 ヒノエとの訓練は日に日に過酷さを増していった。俺ができるだけ多く三次元に移動できるようにと、とにかく基礎体力作りに余念がなかった。男の俺でも音を上げるほどのトレーニングにヒノエは毎回付き合ってくれた。あいつは化け物かもしれないと本気で思う。
 俺の場合、特殊任務の帰還に関しては、魂ひとつで空を飛んで帰れば済む話なのだが、行きは肉体と魂の分離をする例のマシーンを使わざるをえず、あれが非常に厄介だった。だが、回数を重ねるごとに、あの重力のかかり具合も、もぞもぞする不快感にも徐々に慣れていった。
 俺が他人の魂を抱えて飛べると知って、ヒノエは一回の遠征で通常の三倍もの魂を集めて、俺に持って帰らすようにした。彼女は効率がいいと喜んでいるのだが、多くの魂を任される俺の重責など知る由もない。冷や汗もんなんだぜ、まったく。
 その上、ヒノエは、魂のまま他人の肉体に入って思考に影響を与えるという大役を俺にも押し付けてきやがった。そんなことはできっこないと断っていたが、彼女は王位奪還計画にはその技がどうしても必要になるからと、何度も粘って特訓した。その結果、俺は、なんとか他人の体内に入り込めるようにはなったが、果たしてヒノエのような絶大な影響力を与えることはできず、せいぜい、アドバイス程度のことしか言えなかった。なので、最終段階の肝心なところはヒノエが引き受けて、俺はそれまでの説得の段階を踏む作業を手伝っていた。

 そして、いよいよ、王位奪還計画遂行の日がやってきた。
 棺桶みたいな装置に入って、幽体離脱を行う。これは何度体験しても嫌な感じだった。魂になったあと、ヒノエと俺は目的の王国へと向かった。ゴードンとかいう王子が追いやられる前、次期国王とし自国にまだいたころの時代だ。
 俺達は王子の過去に来ているので、今回は魂を運び出すことはない。我々のミッションは、過去の彼らの選択が変わるように誘導して、この国のもう一つ別のストーリーを展開させることだった。
 無数にある人生の選択肢の中で、今の人生で選択しなかったバージョンのいくつかは、他の場所で登場人物を替えて演じられているという。我々特殊部隊は重要人物の過去の行動を変える試みをして、もう一つの「もしも」の世界を構築しているのだ。
 この特殊任務で、わが星のゴードン王の歴史が変わり、この王国の別の歴史の幕開けとなる予定だった。
 今回はさすがにヒノエも緊張しているとみえて、俺に何度も手順の確認をとらせてくる。
「大丈夫だ。すべて頭に入っている」
「あなたの大丈夫は当てにならないのよ。勝手に何をやらかすか、わかったもんじゃない」
「大丈夫だ。すべて計画通りにする」
 そう伝えても、ヒノエは心配そうにゆらゆらと揺れている。こんな彼女を見るのは初めてのことだった。
 無意識層に訴えかけるヒノエの影響力は、おおかた有効に作用するが、それでも限界がある。人は無意識層から昇ってきた想念を、意識的に排除してしまう生き物だからだ。本来的には無意識から上がってきたひらめきが正解なのに、人間のエゴがそれを認めず、ああだこうだと理屈をこねては間違った選択をしてしまう。そのエゴが強ければ強いほど、ヒノエの与える影響の有効度は下がるのだ。おそらく、今回はそれを心配しているのだろう。
 今回のターゲットは二名。ゴードン王子とその母親である王妃だ。ヒノエが王妃に、俺が王子の中に入り込んで同時に説得して、双方合意の上で別れさせるという計画だ。そして、王子は父親の下で時期国王となり、王妃は息子の憂いなく国務を全うすることとなる。
 ヒノエによると、二人は親子間で共依存関係にあるらしく、お互いがお互いの欠けている部分を補い合うように、歪な形で結びついて依存しあっているという。そして、この共依存を解くには、二人同時にその事実に気が付いて、身を切るようにして潔く離れていかないと、あらかた失敗するらしい。なぜなら、たとえ片方が気づいて、その関係性から逃れようと思っても、もう片方が色々なことをやらかして、その緩んだ結び目をぎゅっと固くするからだ。いわゆる強度の抵抗が入るってことだった。
「とにかく同時に」というのが、今回ヒノエが何度も繰り返している注意点だった。

 ターゲットの二人が、広い宮廷の居間でお茶をしている。母親はいつものように愚痴とも説教ともつかない話を息子に懇々と聞かせていた。息子は聞くともなしに聞いていて、適当なところで相槌を打っている。
 ヒノエが妃のほうに移動して、入るタイミングをうかがう。俺はゴードン王子のほうにつく。ヒノエが入った瞬間を見計らって、俺も王子の中に入っていき、彼の無意識層に念を送った。

――王位を継ぐという大事な使命。それを果たすには、母のもとを去らねばならない。勇気をもって今すぐに王のもとに行くがいい

 用意しておいたシナリオどおりに伝えて、王子の心の様子をうかがう。異常がなかったので、一旦、王子の肉体から離れた。妃のほうに意識を向けると、ヒノエの声が聞こえてきた。

――王子は、本格的に王位継承の準備にかかる時期です。今、ここで王子を手放さないと、王家に禍がおこります。息子さんのために、ひいては、この国のために、王のもとに行かせてさしあげなさい

 突然、王妃は耳をふさぎ、首を激しく振り出した。息子が心配して母親のもとに駆け寄る。母は涙目になって、息子にすがった。ヒノエの説得を続ける声がする。焦っているようだ。

――様々な想いが渦巻いていますね。夫への恨みつらみ。その愛人への嫉妬。孤独感。子供たちが巣立つ寂しさ。見捨てられる恐怖。それらをじっと見つめてごらんなさい。本来なすべきことの妨げでしかありません。今、王子を自立させ、順当に王位を継がせる。自分は王妃としての使命を全うする。これがこの国の最善の道なのです。

 王妃は半狂乱になって息子にすがりついた。息子も慌てて母親を抱きしめる。
「母上、大丈夫ですか。お気を確かに」
「私を独りぼっちにしないでおくれ。お前だけが頼りなんだ」
「ええ、僕は母上のそばを離れません。ずっとお支え申し上げます」
 まずい展開になってきたようだ。ヒノエの指示を待つ。すると、ヒノエから、もう一度王子に入って説得するようにと指令がきた。俺は急いで王子のもとに向かった。ヒノエはひき続き、王妃を説得しているようだが、王妃は泣くばかりでどうにもならない。
 俺は王子の中に再び入った。王子もこの事態に困惑している。心が泣いているようだ。何がそんなに悲しいのかと彼に問うてみた。

――母が泣いている。母を悲しませたくない。僕には母を幸せにする義務があるんだ。

 俺は、王子に向かって語りかけた。

――今のまんまで、本当に母ちゃん、幸せなのか?お前だけが頼りだって、そんなふうに母ちゃんに思わせてるのは、お前じゃねえのか。エセな優しさで人の心を縛り付けてるんじゃねえぞ。てめぇは、一国の王になる男だろ!そんなちっせえ愛でどうするんだ。お前にはやることがあるんだろ?それを成し遂げて、そんでもって母ちゃんを、もっと大きな愛で、まるっと幸せにすりゃあいいだろうが。

 しばらくすると、王子は突然、母から離れて立ち上がった。そして、母に向かってきっぱりと、
「僕は父上のもとへ参ります」と告げると、踵を返して部屋を出ていこうとした。後を追って必死ですがりつく母。その腕を振り払う息子。
 俺は急いで王子の中から出た。王子は泣いていた。彼は今、必死で大人になろうとしているのだ。俺はその涙の粒をしっかりと受け取った。母親の絶叫が聞こえる。ヒノエの声がした。

――大丈夫ですよ、王妃。これで全てうまくいく。アタシが全身全霊でお支えしますゆえ

 ドアの閉まる音がした。王妃が床に突っ伏して泣き崩れる。
 俺が手にした王子の涙は、固まって透明な石になっていた。それを王妃の目の前に置く。王妃は何か感じるものがあったようで、震えながらそれを手のひらに乗せた。光る石をじっと見つめ、息子の名を呟くと、再びむせび泣いた。嗚咽する王妃の声が広い部屋に響きわたる。
 しばらくして、ヒノエが王妃の中から出てきた。かなり憔悴している様子だ。俺は、蛍火のように弱っている彼女の魂を、そっと抱きかかえた。そうして、大急ぎで天空へと翔けていった。



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