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百合小説『伝えない咲夢』


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『伝えない咲夢』

女の子なら誰でもってわけじゃない。


好きな子がたまたま私と同じ、女の子だった

ってだけの話だ。


ありふれた話。




紫代「神木咲夢(かみきさくら)……さん?」


名前を呼ばれる。

名前は個人を認める証……。


咲夢「そうだよ。君は?」


紫代「ボクは雪見紫代(ゆきみしよ)」


咲夢「雪見しよう?」

咲夢「面白い名前だね。どんな由来?」


紫代「由来…………?」


咲夢「名前の由来」


紫代「……あなたは?」


咲夢「私は……——」


それが春の出来事だった。




季節巡って夏。


私達は中学2年になった。

紫代と会ってから1年と3ヶ月。


私はある程度友達も出来て、そこそこ楽しくやっていた。


だというのに、紫代には私以外に友達が居なかった。


ここは地元の中学校。

私は小学校時代と同じ友達に囲まれて、

友達には事欠かなかった。


一方で紫代は転校と共にここにやってきた。この期間、友達は私しか出来なかった。


私は聞き上手な女子(周囲からもそう呼ばれている)。

紫代は内気で言葉足らずな女子。


紫代は猫背で内股。

肌を隠したがる。綺麗なのに。


私はそこそこのルックス。

周囲からもそう呼ばれてる。

客観的な事実。皆から見て《そこそこ》。


紫代は女子グループに入っても、会話についていけない。

私だけに《言いたかった事》をポツポツ伝えてくる。

言葉足らずで伝えてくる。


彼女の性格も相まってか、紫代は私を頼るようになった。


そんな1年と3ヶ月だった。



夏の訪れを告げるように入道雲が浮かぶ。

教室内には扇風機が導入された。

ぺたつく腕にノートに書いた文字を写しながら午前の授業が終わった。


紫代が呆然と座っている。


咲夢「紫代、何か悩んでるの?」


私が先手を打つ。


紫代「さ、咲夢ぁっ……」


相変わらず猫背だ。

いいスタイルしてるのに勿体ない。


机を引き寄せてる。

心臓を防御したくなる本能的な動作。


紫代は机を抱き締めるようにしてコチラを見つめる。


紫代「悩みとかべつに……なくは……うん。そう……悩み…ある……」


咲夢「でしょ?」


とか言えば、コイツは私を尊敬する。


紫代「なんでわかるの?」


咲夢「悩みのない人間は居ないから!」


ま、本当は、

《いつも見てるから分かる》…んだけどね。

でも、言ってあげない。


紫代「じ、実はね…」



私は嬉しかった。

紫代に頼られる事で、私が上に立てる。

上に立てる……というのは気分が良い。


咲夢「ふーん。じゃあ紫代はスポーツが上手くなりたいんだね」


紫代に確認する。


紫代「えぇと…スポーツが上手くできたら……色んな人に……話聞いてもらえるし」


咲夢「スポーツじゃなくても良いんじゃない?」


紫代「良くない…と思う」


咲夢「どうして?」


紫代「ええと……スポーツの友達を作りたい……から……かも」


紫代は断定を避ける傾向がある。

断定して良い場面でも断定しない。

私はそれを知っている。

それが足枷になってるのを知っている。

でも言わない。


咲夢「そっかー。じゃあスポーツやろっか」

紫代「うん……ええと、て、手伝ってもらっていい……のかな?」


私には分かる。

紫代が何故友達が出来ないのか。


咲夢「もちろん!」


紫代「いつも、何度も、ごめんなさい」


咲夢「全然いいよ! 昼休み体育館行こっ」


紫代「ありがとう!」


雪見紫代は、《今回も》友達が出来ないだろう。


咲夢(よかった)


雪見紫代は気づいていない。

手段と目的を考えれば、彼女の手段は既に間違っている。


確かに、私はスポーツはそこそこできる。

雪見紫代を《体育の時間に活躍できる女子》にするくらい造作もない。


だが、彼女の目的を考えれば、私に頼むべきじゃない。


紫代の目的は《友達を作る事》……。


であれば、私以外の人に頼めば良かったんだ。

それで気が合えば友達になれるし。


紫代はいつも間違っている。


私も間違えるように誘導している。

……紫代は他に友達が出来たら、私を頼らなくなるだろう。


紫代には悪いが、私に依存してもらう。

私の時間のために……



紫代「こ、こ、こうかな?」


咲夢「硬い硬いよ! 体が!」


いやー体育館にクーラーが導入されてて良かった。


蒸していない快適な体育館。

私達はバスケットボールで遊んでいた。


咲夢「ほら、フェイントかけないからー」

紫代「えええ〜? かけてるよぉ〜」

咲夢「うっせー! かけてないー! それは《かけてるつもり》!」


私達は制服でバスケをしていた。

スカートを靡かせながらバスケなんて、青春っぽくて気恥ずかしい。


体育館には他にも制服で遊んでいる人がいる。

だから、まぁ、《恥ずかしく》はない。

《気恥ずかしい》のだ。


歳の割には私達、みみっちい事をしていると思う。


中学生というのがどれ程かは分からない。

少なくともまだ《ガキ》だろう。

だけど、何かこの時間が、本来私達が出来る可能性の幾つかを潰している気がする。

大人になって思い返すんだろう。

「もっと昼休みに何かやっていれば」とか。

勉強していれば、とか、大勢と遊んでいれば、とか。


私は紫代と遊んでいる。

そこそこ充実してると思う。

でも後悔する予感がする。


たまに、この昼休みの遊びが、虚しい思える時がある。


私が紫代からカットしたボールが遠く飛んでいく。


紫代「あー、あの、ご、ご、」


ボールは別のグループの方へ。


別の生徒がボールに気づく。


紫代「あ、あり、あ、」


生徒はボールを返してくれた。


紫代「ぺこり」


紫代はお辞儀をした。


咲夢「ごめーん!ありがとう!」

紫代「また……言えなかった……うぅ」


相変わらずだな。


咲夢「言葉に詰まる癖」

紫代「…………私、このまま、死ぬまで会話下手……かも」


そのままの君でいて欲しい。


咲夢「んな事ないよ。」

咲夢「今話し上手な私でも、きっと社会に出たら最初はどんぐりの背比べ。でも、就職とか、仕事とか、追い詰められたら、きっと何とかなるって」


紫代「……そうかな」


あーもー。

私が宥めて(なだめて)やってるんだから、鵜呑みにしろよ。


咲夢「そうだよ。そもそもさ、紫代は」


疑問をぶつけて混乱させてやる。

混乱させて、後で綺麗にまとめれば、納得するだろ。


咲夢「紫代は、どうして運動部入らないの?」


ま、普通に気なってた事だけどね。


紫代「え? わ、わからないの…?」


咲夢「は?」


紫代「いや……そんな怒らないで」


咲夢「怒ってないよ」

怒っちゃったなー。


咲夢「話してよ」


紫代「友達……まさか……こんなに……出来ないとは思ってなかったから」


咲夢「…………」


● 


雪見紫代は運動が苦手だった。

紫代は不器用。

身体を道具のように使えない。


運動について誤解をしている。

自分の意思で身体は動くと誤解している。


会話もそう。

自分の意思を乗せて話せば通じると思っている。


私に言わせればダメダメな人間だ。

本来、脳を含めた身体は、自意識の支配下には無い。


右手を上げようと思えば、右手が上がる。

当然のようだが、この言い方は間違っている。


右手が上がるから、右手が上げられるのだ。


「リンゴ」と喋ろうと思えば、「リンゴ」と喋れる。

そうではない。

「リンゴ」は発音可能だから、「リンゴ」と喋れるのだ。


可能な範囲をどう扱うか、と言う観点。

この観点が無くてはまず、運動音痴は治らない。


雪見紫代という人間は、

この観点が足りない。

自分の身体を自分で支配しきれていない。

意思が現実に反映されていないのだ。

これが不器用。

《やってるつもり》で生きてる人間。


大人でも、真っ当な見識も、考えも持ってるのに評価されない人は一定数いる。


コイツもその一人だ。


紫代「ボク、小学生の頃は友達結構いたんだけど……」


恐らく紫代も小学生の時は会話が下手ではなかったはずだ。


紫代「だけどね、中学生になると友達の作り方が分からなくなっちゃって…」


子供ながらの甘え。甘えられた環境。

自分の実力で友達を作れない。

前まで友達は小学校という環境が用意してくれたのだろう。


転校先ではそうはいかない。

何か共通の、心の中の強い繋がりが無い。

弱点を見せ合うような信頼が無い。

0から始まる。


仲間内では価値のある人間が

他人の所で価値を得られないのと一緒だ。

雪見紫代はありふれた人間の1人でしかない。


咲夢「紫代はルックスもポテンシャルもあるじゃん。生かさないと損だよ」


紫代「そう言ってくれるのは咲夢だけだよ……意味ない」


意味ない……か。

……結果が伴わない賞賛に意味はない。

そう言いたかったのかな。


紫代「ボク、運動音痴だし、集団行動向いてないし……それでも、何とかなると思ってたけど」


咲夢「紫代の事気を遣ってくれる人さ、結構いるじゃん」


紫代「……なんか……それはヨソヨソし過ぎるというか……うーん」


咲夢(要は腫れ物扱い。知ってるけどね)


咲夢「じゃ、尚更身体動かさなくちゃね」


紫代「!」


咲夢「取り敢えず、パスカットとパスを覚えようか」


紫代「うん……」

紫代「……いつも……ええと……」


咲夢「うん」

紫代「ありが……うん」


咲夢「気にすんなって!」


…………悪いな、紫代。


咲夢(私は罪悪感を抱いている……それでも紫代の事は《間違った方向》へ導いてあげたいんだよ)


紫代はボールをお腹に持ち、こちらを向く。


私の顔色を伺っている。


咲夢「紫代? どうしたの?」


体育館の分針が音を立てて振る。

その音が長く感じた。


紫代「咲夢は、どうして運動部入らないの?」



私は決して運動音痴ではない。

文武両道の帰宅部だ。

何に於いてもそこそこ!

運動そこそこ。勉強そこそこ。遊びもそこそこ。


全てがそこそこの人間だ。


つまり器用貧乏なのだ。


咲夢「やる気ないから」


紫代「?」


咲夢「やる気だよ。情熱。」

咲夢「コレをやりたいって気持ちが無いんだ」


親から勉強しろって言われたら、当然する。

やりたくなくても、他にやりたい事が無いからする。

勉強したくないと思っても、

勉強で得られる可能性を捨ててまでやりたい事はない。

勿体ない。


咲夢「やる気が無いのに部活するのも良くないじゃん。部員にさ」

咲夢「迷惑かけてまでやりたい程じゃない」

咲夢「仮に入れと言われたら、美術部でテキトーに過ごすね、私は。」


言うだけ言った。

こうして自分語りをすると、それもまた気恥ずかしい。

己のちっぽけさを痛感するようだ。


紫代「すごいね」


それでも、

こんな戯言でも、

紫代に尊敬される。


紫代「すごいよ」


咲夢「いやいや小さいよ、私なんて」


紫代「えー、それもすごい!」


謙遜すればもっと尊敬される。


紫代はお世辞を言わない。

これは本物の賛辞だ。


紫代「でも」


咲夢「?」


紫代「……あんまり咲夢の事、聞かない方がいい?」


なんで? 唐突になんだコイツは。


咲夢「聞いて良いけど……?」


紫代「……嫌そうな顔してたから」


咲夢「えー? してないよ」


紫代「そう?」


私達は暫く沈黙しながらバスケをした。

その後はいつも通り当たり障りない会話をして、昼休みは終わった。



午後の授業。

体育。

バスケットボールだった。


体操服に着替えた私達はやる前から汗だくだった。

引っ付く服を離しては翻す。


咲夢「こんな事なら制服脱げば良かったね」

紫代「うーん」


無駄に汗かいたな。

まぁ体育なんて遊びだし、テキトーに手抜いて終わらせよう。


休憩中に皆んなと喋るのがメインだし。


チーム分けが終わった。

3チームで試合。

私のチームはベンチで休憩。

紫代は試合に出た。


生徒A「昼休み何してたの?」


私の友達の生徒Aが隣に座る。


咲夢「紫代を育ててた」

生徒A「誘ってくれたら行ったのに〜」


ホイッスルが鳴って、紫代は臨戦態勢を取る。

ゲームは始まった。



咲夢「秘密の特訓だよ」

生徒A「紫代ってどんな子なの? 全然話すイメージないけど?」


紫代はまだ、何も活躍していない。

活躍する気配がない。

女子バスケ部が球を持っている。

その他運動部にテキトーにパスを回してる……よくある、いつもの光景。


咲夢「紫代か……」

生徒A「うん」

咲夢「ボクっ子の女の子」

生徒A「それは周知の事実」

咲夢「あと実は結構でっかい」

生徒A「それは知らんかった」

生徒A「じゃなくてさ」


咲夢「……んーまあ話下手だね。相手を怒らせないように必死って感じ?」


生徒A「あーそういうね」


咲夢「あと、根暗。ただ、

オタク気質では無い。だから波長が合う人もそう居ないんだわ」

咲夢「波長が合う人を探す事……それすら怖くて出来ないかな……って感じ」


紫代がパスカットを試みている。


生徒B「それは周りも悪くない?」


生徒A「急に入ってきたなぁ」


生徒Bが話に食いつく。


生徒B「いやだってさ、そんなら周りが気にしてあげても良かったじゃん?」


咲夢「気にしたのが私だけだったんだよ」


紫代は踏み出せないでいる。


咲夢「中学一年の時はみんな一通りのグループを経験してるワケだけどさ、」

咲夢「紫代の言葉足らずな感じを受け止め切れる人なんて居なかったんだよ(私しか)」


生徒B「あーでもわかるわ。アイツ時々腹立つ言い方するし」


生徒A「悪気は無いんだろうけどね。腹立つ時あるわー」


咲夢「そう。無駄に腹立つ」


生徒A「まあ咲夢は人の真意を見抜くの上手いしね。聞き上手。みんなも言ってる事だけども」


生徒B「だから紫代と相性いいのか。腹立たたないの? 喋ってて」


咲夢「まあイラつく事はたまに」


紫代の事などお構い無しにゲームが進む。

パスカットなど誰も警戒していない。


咲夢「例えば、文頭に『〇〇なんだけど〜』とか予防線張って優しく喋れば良いのにさ、」

咲夢「趣旨の一単語だけ口走って、後は相手の解釈任せ」

咲夢「それで友達作ろうってのは難しいわな」


このゲームは皆真剣にやっていない。

部活前に汗をかきたく無いのだ。

バスケ部すら皆んなにパスを回して楽しんでいるだけ。

本気でやれば活躍する事は難しくない。

しかし、紫代は……



A「分かるな。そんな奴だね、紫代は」

B「私もやるけど無自覚だよね紫代は」


咲夢「さらに言えば、紫代は、そんな周囲の偏見を打ち壊せないんだよ」



ゲーム中漂う《遊びでいいじゃん》という空気に勝てない。


紫代は運動音痴だが、

決してこのゲームで活躍できないわけじゃない。

誰も本気を出していないのだから。

お遊びなのだから。


しかし、

もし紫代が本気を出せば、

皆が手抜きで楽しんでいる空気を、1人のガチ勢がぶち壊す事になる。


それは紫代の目的である『友達を作る』事に反する。



咲夢「周囲の偏見に馴染んでしまっているんだよ。イジリ役とイジられ役みたいな、グループ内での役割。ハマり方」


生徒A「ああ〜分かる。私はキャラハマる前に話変えるようにするけど」


生徒B「いや、それ、おかしくない?」

生徒B「私も《空気読めない女》とはよく言われるけど、嫌われてはいないし」


咲夢「うん。お前は《そういうキャラ》だし」

生徒A「そやそや」


生徒B「ああ……そういう事」


生徒A「ア! この事を紫代に伝えたらいいじゃん?」


咲夢「いや伝えないよ」


即答してしまった。


生徒B A「「なんで?」」


2人が同時に尋ねる。


咲夢「…………伝えたからって変わらないよ」


生徒B 「えー酷くないかー? それはあなたの想像ですよねー?」


咲夢「ほー? なら検証しようかー? 偏見通りの結果になるのが可哀想だけど」


生徒B「やってみてよ」


生徒A「検証がんばってー」


咲夢(まぁテキトーに濁してやり過ごすか)


咲夢「じゃ、伝えてくるよ」


生徒B「待って、私らも着いていこうよ」


咲夢・生徒A「「え??」」


生徒B「咲夢が伝えた文章によって結果が変わるじゃん。私達が納得しないと意味ないよ」


咲夢(これはまずい雰囲気……なのか?)


生徒A「どったの急に? 冴えた事言って」


生徒B「……私もバカキャラ扱い嫌だし、それに、紫代の事知りたいし」


生徒A「…………たしかに、」


生徒 A「まぁそうだね〜。私も、

紫代がどうも咲夢に都合良過ぎるの、気になってたんだよね。

……咲夢が性格悪いのは知ってるし、咲夢の狡猾な所も、私良いと思うよ?

そんで咲夢が紫代と仲良ければ、それはそれでめでたし。

でも、もし、万が一、

紫代が可哀想な事になってる可能性あるわけだよね?」


生徒B「要は紫代が気になると」


生徒A「そう。そんなわけで」

生徒A「義憤に駆られたから私達も同伴するわ」


なんだこの展開は。


咲夢「一応言っておくけど、こんな難しい内容伝わらないかもよ? 私らはイメージがあるから、言葉で100%伝わるけど。

紫代には言葉で引き出せるイメージは50%も無いはず。伝わらないかもよ?」


生徒 A「だから、私達が付いていくんでしょ?」


なんか生徒 Aにうまくまとめられた。


ダメ押しに Bがこう言う。


生徒 B「私はAさんを信用しないから、ミスは無いよ」

同様に、Aも

生徒 A「そうねー。私も Bさんを信用しないから、ダブルチェックになるね」


咲夢「どっちのチェックなんだか」


咲夢(まずい気がする)



試合終了後。

2人の立ち会いのもと、私は先程の内容が伝わるよう慎重に紫代に伝えた。


紫代「え……と」


紫代は混乱してる様子。よく分かってないようだ。

いきなり何の話をされてるのか、さっぱりだろう。

AとBが懇切丁寧に補足説明する。


そして、

紫代が本当に理解したのか、私達には分からないが、


紫代「いい……の?」


と、紫代は私の許可を待った。


咲夢「良いも何も無いよ。

空気に従えば嫌われないし、

空気を壊せば周囲の目が変わるってだけ。

ただし、どう変わるかは分からない」


紫代は


紫代「どっち?」


と言う。


私は


咲夢「好きなの選べよ」

咲夢「私が決めたら意味ないだろ」


と言った。


紫代「……うん」


咲夢「言わせるなよ」


紫代「……いいん……だね?」


紫代が許可を求める。


私は生徒A、生徒Bを見る。

2人とも頷く。

ダブルチェックは終わった、という合図だ。


これ以上は野暮な気がして、

私は返答せず、その場を後にした。


次の試合は

紫代のチームvs私のチームだ。


試合開始。



試合は、

やはり先程と同様に

ただの遊びで始まった。


誰も汗をかこうとせず、ただパスを回すだけ。バスケ部が得点を決める。その程度のありふれたゲーム運び。


のはずだった。


「あっ」


ボールを《持っていた》生徒が声を発した。



その場に居た誰もが、

別の意思を感じ取った。

お遊びではない、本気の意思を。


紫代「はぁはぁ……」


紫代は相手チームの女子からボールを奪い取っていたのだ。


奪われた女子は呆気に取られている。


相手チーム──つまり私のチームの女子はやる気が無い。


バスケを真面目にやってるフリをしているだけ。

それだけで通知表で評価が貰えるから。

多少目立つ事をした方が評価に繋がるが、それはしないだろう。

この授業は給食後の授業だからだ。

徹頭徹尾やる気がない。


紫代「………」

生徒たち「………」


ボールを抱き抱える紫代。

それを囲う生徒達。


生徒達は紫代をマークしている──フリをしているだけ。

前傾姿勢で紫代を見つめている、フリ。

それだけで、それ以上はしない。


紫代「はぁはぁ……どうしよ……」


それでも紫代は動けない。

人の視線が怖い。

他人の視線が怖い。

《友達になれる可能性のある人》の視線が怖い。


この一挙手一投足次第では、友達になれなくなる。


それが怖い。


嫌われる……という可能性は僅かにしかない。

彼女達は、そこまで意地悪い連中ではない。

可能性は本当に僅かだった。


そんな事は、雪見紫代も分かっている。

分かっていても、しかし、

《僅か》にでも可能性があるならば、

彼女が恐怖するのに、充分すぎた。


長時間ボールを抱えていればペナルティになる。

タイムリミットは迫っていた。


紫代は恐らく、こう思っている。


紫代(でも、ドリブルはできなかったんだ……)


運動音痴の彼女にとってドリブルはミスに匹敵する。


《抱える》……それが最善の手段だった。



紫代(高く放り投げれば、誰かが拾ってくれる)


紫代(でも、それに意味はあるの?)


紫代(いつもと同じじゃないか……?)





──いつも、そうだった。


放り投げる。


誰かが何とかしてくれる。


その場に居た人がフォローしてくれる。


ボク──雪見紫代の言葉足らずな言動をフォローしてくれる。


小学校時代、みんないつも


「紫代ちゃんが言いたいのはもっと深い事だよ」

「みんな、紫代ちゃんには優しくしようよ!」


と言ってくれた。


転校するまで、ボクの事を知っている人達がフォローしてくれた。


そんなボクは転校した。


転校先に、幼馴染は居ない。

フォローする人が居なくなった。

ボクは喋るのを控えた。


失言を控えた。

リスクを避けた。


トラブルはもう懲り懲りなんだ。


実は、転校してきて始めの内は結構喋っていた。


けれど、次第に皆遠ざかっていった。


失言まみれのボクに、誰も何も聞いてくれなくなった。


部活も最初は入っていた。

バドミントン部だった。

室内で、スポーツできるなら何でも良かった。

喋らなくていいから楽だった。

でも、次第に生きる場所を無くしていった。

気づくとボクは1人になっていた。


辞めたくなった。

そして、辞めた。


部活でも部活じゃなくても、

声を掛けてくれる人は沢山いる。


それでも、それは、それだけ、その程度。

彼女達はボクじゃなくて、気遣っている自分に酔っている。


評価されたいだけ。

先生から、周りから。

だから、ボクの話を聞かない。

聞いてるフリして、自分の話ばかりしてくる。


ウンザリした。


喋りたくない。

いざ喋るのと皆が内心、苛立つが分かる。


今こうしてボールを持っているボクに皆が苛立っている。


何を本気出しているのかと。

評価を上げたいのかコイツは、と。


分かる。

逆の立場ならボクだってそう思うだろう。


口では皆優しくても真実は違う!


もっと残酷で狡猾なんだ。

ボクは知っている。

親からも口酸っぱく言われる。


偏見だ。それも自覚してるさ。

だが、偏見通りなんだ。

仕方ないんだ。

偏見通りだったんだよ、今までも。


昨日まで仲良しだと思っていた人に裏切られた。

ボクの失言一つで、次の日から態度が変わる。

関係が変わる。


ボクに価値が無いと判断する。


残酷で狡猾。

みんなそう。


──そんな不確かな日々でも、ボクは生きている。


なぜなら、咲夢が居てくれるから。


咲夢はボクのフォローはしない。

咲夢はボクをコキ使う。

でも信頼も感じる。

パシリとは違う気がする。


ボクが困っても助けない。

でも本当に困っている時は、

何も言わなくても助けてくれる。


何度でも助けてくれる。


ボクが悩んでる事の答えも、きっと知ってる。


それを言わないでくれている。


言わない事も、

ボクの為なんだ。


ボクの勘違いかもしれないけれど。

勘違いなら、勘違いのままでいたい。


ボクを想ってくれてると思いたいから。


彼女の存在だけが、ボクの真実であって欲しい。


それで良いと思っていた。




ならなんでだ?


なら、なんでボクは

この試合に本気を出した?


ボクは1試合目、《遊び》という場の空気を読んだ上で、本気を出すのを自制した。

自分の意思で自制したんだ。

嫌われたくないという意思──無自覚だったけど、それでも自制は自分の意思だった。

流された訳じゃなかった。


2試合目もそうするはずだった。


そこに、咲夢が選択肢を明示してくれた。


・本気を出さずに嫌われない

・本気を出して人間関係を変える

か。


ボクが欲しいものが分かるように…。


だから2試合目は本気を出した。


咲夢の意思に応えたかった。


ボクが欲しいもの為じゃなかった。


そうなって今に至ってるんじゃないか。

本気出したんじゃないか。


・咲夢との時間が欲しいなら

・咲夢に応えるなら


二者択一。


・ボクが欲しいものの為なら

・本当に欲しいものの為なら


二者択一!


二者択一の答えに、

答えを出しきれないまま。


現在に至る──




時間が経過した!


紫代(ダメだペナルティになる!)


紫代(でもテキトーに放り投げては、何も変わらない!)


じゃあどうするのが正解なんだ?!


────、!?


咲夢「パース!」


聴き慣れた、落ち着いた、安心する、声。


咲夢の声!


咲夢「パスパス!」

紫代「!」


咲夢にパス……そうか。

それでいいじゃないか。


生徒たち「え?」


周囲の生徒達は唖然とした。

敵チームにパスを求めている。

そんな咲夢に。


だが変でも何でもない。

ボクからすれば当然だ。

咲夢の声は救いなのだから。


ボクが真に迷ってる時にやってくる救世主。


いつも通り、咲夢にパスをしよう!

だって、ボクは充分にやり遂げた……!


試合中にパスカットだってしたんだ。

本気は見せたじゃないか。


咲夢は敵チームだ。

そんなの分かってる。

ミスしたフリして投げればそれでいい。


そんな事もあるさ。後で笑い話になる。

普通は相手チームに向けてパスを求めないからな……この空気なら十中八九ウケる。


皆が笑って得するのは咲夢だ。他でもない咲夢だ。だったら尚更、花を持たせて良いじゃないか。

ボクだって嬉しくなるに決まってる。


ボクの生活は咲夢とのやり取りなんだ。


咲夢と居る事が楽しくて学校に来てるんだ。


《楽しくて》


紫代(楽しく……て)


楽しくて……か? 本当に?


さっきから湧くこの疑問は何だ。


鼓動が早まる。


パスまであと数秒の猶予も無い。


だからこそ、鼓動が早まる。


心拍数が早まり、体感時間が延びる。


考えろ……とでも言うのか?

……ボクの体がそう命じている?


緊張だからではない。

これは、この感覚は、

《人生の分岐点》──


きっと、そうだ。

ボクはこの感覚を知っている。


転校が決まった時、

親に提示された2つの選択肢。


・家族で引っ越し、地元から離れるか

・親戚に家で暮らし、地元に残るか


あの時の、感覚。

覚えている。


同じだ……。


考えなくちゃだめだ!


きっとどちらでも後悔する。

ボクだって分かってる!


何かあるはずなんだ。

その時だって、そうだ!


ボクは地元に残りたくなかったんだ!

ボクには《無くしたい事》があった!

その為に、地元から去りたかった!


ボクの思う最高の友達を手に入れるには、

地元という環境に居ては、ダメだった!


消し去りたいボク自身の《性格》!

地元の友達と交友関係を経ちたかった!

友達と呼ぶには息苦しく!、、、、

他人と呼ぶには甘い関係をッ……!


ならば、今、ボクが、出すべき答えは!!


紫代「誰かッ──!」



私は。

神木咲夢は。

この紫代の発した声「誰かッ──!」に、意思を感じていた。

後悔は無いと断じていそうな

清々しい、爽やかな声に。


その3文字「だれか」──

私は、この言葉を一生忘れる事はないだろう──。


その呼びかけに、

コンマ0.1秒の間もなく、応えは返ってきた。


バスケ部員「こっちにパス!」


それは、授業中初めて、バスケ部員の本気の声がコートに木霊した瞬間だった。


ほぼ同時。


紫代はボールを放り投げる。


綺麗な弧を描いている。


ブレない、狙いを定めた軌道。


一部の淀みも感じられない軌道。


迷いがないのが伝わる。


私へ送ったボールではない。


私へは送らない──

──という、そういう意思。



バスケ部員「ナイスー!」


バスケ部員は、受け止めた。


咲夢「……フッ」


私は静かに笑った。

笑うつもりは毛頭なかった。

笑わない意思で構えていた。

それでも私は笑わないと、その場に居られなかった。

笑った私がその場に居た。


……ボールを持っていない私……それだけが真実だった。





その後の事はというと、言う事もない。



バスケ部員「紫代! そっち回って!」


バスケ部が紫代を名指しで指示した。


生徒たちの頭上に弧線が描かれる。

本気など誰も出していない。

ただ、1人だけ、息切れして、汗をかいている生徒がいた。

それは、不器用なりに頑張った生徒。

宙に浮かぶボールは紫代の元へ向かう。


紫代はバスケ部のパスを受け取っていた。


部員「紫代! ナイスキャッチー!」

紫代「ナイスパス…!」


紫代とバスケ部員は、間違いなく、通じ合あっていた。



……。

…………。

9月か。


教室で

私、神木咲夢は他の生徒と話をして盛り上がっていた。

けど、何だろう。

この、孤独感。


疎外感とは違う


周囲の温度に合わせられない。


向こうで喋ってるグループが居る。

そのグループに雪見紫代が居た。

私の知らない、雪見紫代が居た。


なにかを話してるな…。

よく聞き取れない。

たまに、聞き取れる。


紫代「そんなことないよ〜!」


……紫代のスカート、また短くなってる……。


胸も張っていて、ちゃんと背が高く見える。

前は猫背だったのに。


咲夢(でっかくなったな……)


と私はつい、心の中で呟いた。


あれ以来、紫代はバスケ部員との交流を深めた。


必死にバスケをしてる姿が部員の目に留まったのだ。


……いや、こういう上手ぶった言い方はやめよう。


紫代は、純粋にバスケをスポーツとして楽しんでいた。

それがバスケ部員達の心を動かしたんだ。


生徒A「咲夢フラれたねー。ざまーみろー」


生徒Aが私を敗北者と罵る。


咲夢「ハァ……ハァ……そうだね……」


生徒B「ま、紫代からすれば良かったんじゃないの? 願ったり叶ったりで」


その通りだ。

それで良いんだ。

紫代の事を思えば、これで良いんだ。


それで良いはずなのに──。


ぶっちゃければ、私は紫代を個人的な目的で孤立させていた。


私は、紫代に友達が出来ないよう仕向けていた。


彼女の友達作りに協力しているフリをしていた。

……とはいえ、実力行使は無かったと思う。


彼女の方法が間違っていても指摘しない。

その程度。


彼女自身が間違いの連鎖で縛られていた。

勝手に自爆……というか自縛していた。

自縄自縛という意味の自縛。


《嫌われたくない》という縄に縛られ、

好かれようとはしなかった。


私はそれを告げなかっただけ。

よく言えば自立を促したのだ。


アイツに友達が出来てしまったら、

それでいいと思っていた。

……んだよな、うん。


私に責任は無いと思う。

なぜなら私の持っていた《答え》が正しいわけじゃない。

今なら正しいと言えるが、

でも、結果が出る以前は確証は無かった。

所詮は一般人の戯言でしか無かった。


生徒B「あの話さ、初めから言ってれば、もっと早く紫代にも友達できたんじゃないの?」


咲夢「結果論だよん」

咲夢「逆に嫌われる事もありえたよん」


…………1年と3ヶ月か。

私は何をしてたんだろう。


なんで、私は雪見紫代を独占しててんだろう。


生徒B「……頭良いのも考えもんだねぇ」


咲夢「ほんとにな。私は私が勿体ない」 


初めから、独占せず。

ただ真摯に協力すべきだったのか。

そうすれば、

紫代にも友達ができて、

私も紫代と遊べて、

幸せな青春を送れたのだろうか。


本当は──どっちだ


生徒A「咲夢さ、」

生徒A「紫代に声かければ良いじゃ」


咲夢「いやだ」


即答してしまった。


生徒A「即答かー」


咲夢「………」


生徒 A「どうせ紫代の事、、、下に見てたんでしょー」


咲夢「わぁすごい! その通り! 名推理! 私は性格が悪いからね!」


生徒A「《性格が悪いって言葉》に甘えてるよね」


咲夢「は?」


生徒Aは、すかさず

「咲夢との喧嘩は避けたいから、

私の言う事は咲夢の中で都合ぉよく捉えて欲しいんだけどもぉ──」と

都合の良い予防線を張り、こう続けた。


生徒A「性格の悪さなんて関係ないよ。伝えたい事があるなら、伝えたらいいじゃん」


咲夢「──」

暫く、黙り込む事に決めた。

何も考えない時間。

一旦自身を冷静にする。

自分を御する為に、自分をコントロールする為に冷静にする。


結論を出す。


咲夢「後悔するから、伝えない」


生徒A「…………」


咲夢「……、……、、…」


生徒A「……………」


咲夢「……、……あれ……、……、…………?」


その結論を口にした時──

私は、心境が変化した──

行動で、感情が変わった──?


動揺が止まらない

私は、私が分からない……

何が好きで、何が嫌いなのか


この結論を口にしてじわじわと

じわじわと


悲しみ。

寂しさ。

焦燥感。

痛み。

苦味。

真実。


何もかもが、一度に浮き彫りになる


言っては……いけなかった……


崩壊した………堰き(せき)止めていたものが………溢れる……


やってしまった…………


何かが、私の中で、蠢く


後悔するから、伝えない?


これが私の答え──?


いいのか?


それで?













生徒 A「後悔、しなよ」


────。











………生徒Aは私に向けてそう言うと、

じっとこちらの目の奥を見て離さなかった。


《この視線を逸らしてはならない》

野生の勘がそう告げる。


野生の捕食者は、目線を逸らした獲物から襲うという。


私は生徒Aに襲われるのか?

違う。


襲われるのは、きっと──


咲夢「…………わかったよ。伝える」


生徒A「なーんてね。別に提案しただけだよー都合の良い様に解釈していいからね★」



心拍数は正常。

なのに、冷や汗や熱がある。


────。


思い返せば、

神木咲夢というのが私の名前。

夢を「くら」と読ませる。

「夢が咲く」と書いてるが

「夢が叶う」という意味では、無い。

親から聞かされた名前の由来は、別のものだった。


なんだったか……思い出せない。


────。


私はいつも友達がいて、グループの輪に溶け込む。

自分の価値が分かるから、

グループは面白い。


みんな、私の話を興味深く聞いてくれる。


それでも、私の胸の中には、ぽっかりと空いた穴があった。


恋人という穴。

人生を共にしたい仲間。

誰でもいいけど、代わりはいない。


いや、正直に言えば、《都合の良い存在》が欲しかっただけか。


私の下につく人間が欲しかった。


紫代はそういう存在だ。

都合の良い存在だ。


私の言う事なら大概聞いた。

私のホラも信じるし疑わない。

遊びに行けば奢ってくれる。

抱きついて欲しい時は察して、抱きついてくれる。


《都合の良い彼女》と言える……。


でも、最近は違う。

全く。

アイツはバスケ部に入った。

部員との交流も増え、すぐに染まった。


紫代「いえーい」


なにが「いえーい」だ

小学校時代のアイツってあんな感じか。

なんて思っちゃう私がいる。

別にいいんだけどさ。


部員達とふざけてる様子。

その様子を伺う後方彼氏面の私。


咲夢(紫代、よく育ったな)


黙って身を引くのが粋ってもんだぜ。


なんて……そんな……私は、私が下に見れる存在を失った苦しみに耐えられない!


下に見れる存在は貴重だ。

友人関係、先輩後輩、家族、どの場面でも

下に見れる存在は貴重なのだ。


それだけで、人は輝く。

自分の価値は下がいてはじめて成り立つ。

楽に生きれる。


気持ちに余裕が生まれる。


私は下に見れる存在を欲していた。

紫代じゃなくても良かった。


それがたまたま紫代だったってだけで。


私は初めから決められた孤独感を、

紫代という存在で紛らしていただけだったんだ…………。

そうなのだ。


私は性格が悪い。



……その日の掃除の時間が終わった。

教室では皆が帰りの会の準備をしていた。


生徒A「咲夢、言えた?」

咲夢「何を?」


生徒 A「紫代に伝える事……ないの?」


咲夢「何を、伝えるの? というか『都合の良く捉えて』って言ってたじゃんか。お前が。」


生徒A「キレ気味だねぇ。まぁ、伝える事なんてさ、なんでも良いんじゃない?」


咲夢「なんでもって……?」


生徒A「《君、ほんわかしてるね〜!》とか」


咲夢「はい?」


生徒A「《これナンパなんだけどさ〜》とか」


咲夢「ナンパ師の口説き文句かよ!」


生徒A「《悩みとかない?》 とかさ」


咲夢「…………」


生徒A「……悩みのない人間なんて、居ないんでしょ?」



最後の思考フェーズ。

なのに、

なぜか、私は紫代の元へ脚を動かしている。


こんな事、明日でもいいだろう。

いや、だめだ。

余計にだめだ。

その逃げに抗う事が、大事だと、私自身が分かっている。

どうしようもなく、分かってしまっている。


紫代が怖い。

もう私の手駒じゃない。

対等か、それ以上。


私よ私。

意思で動かないといけないぞ。


生徒Aに言われたから動くんじゃない。

私は生徒Aを利用して動いた。

動かせるから、動いた。


だから、向かってる。


──怖い。


終わりたく無い。


──怖い。


終わりが分かりたくない。


確かめたく無い。


唯一の希望があるとすれば、

いや、それすら自分はきっと──


なんでこんな事してるんだっけ?


私の人生なんなんだ。

いや、でも、ここで何もしない人生が

最も

最も


最も

最も嫌だ。


後悔なんて比じゃないくらい嫌だ。


きっとこの先も終わらない。

後悔は終わらないんだ。


なら、終わらせるしかないだろ。


しっかりしろよ私。


分かってるだろ。


このまま後回しにしてたら、私には、後悔も、無くなる。


やらない後悔はクソ。

やる後悔なんてもっとクソ。


後悔はするから、

せめて、

私の人生で、

この恐怖には打ち勝ちたい…………!


それだけでも……いいから!

頼むよ!


いけ……



咲夢「紫代、ちょっと」

紫代「なに?」


ベランダで2人で話すとこにした。



咲夢「あの……紫代」


紫代「……?」


咲夢「うーん」


紫代「うん」


咲夢「……………」


紫代「…………」


咲夢「ほんわかしてるね」


紫代「えーと。なにそれ〜」


咲夢「これナンパなんだけどさ」


紫代「ナンパなの?」


咲夢「そやそや」


紫代「そよよ?」


咲夢「そうよ」


紫代「そう……なんだ」


咲夢「えーと」


紫代「ん?」


咲夢「悩みとかない?」


紫代「は、はぁ………えと……それだけ?」


咲夢「まぁね」


紫代「えぇ……引くわ〜」


咲夢「ですよねー」


紫代「それだけのために呼び出したんだ」


咲夢「……まぁ、そだね」


紫代「悩みは無いよ」


咲夢「…………」


紫代「悩みなんて無い」



咲夢「へー」

チッなんでこんな事してんだろ私。

早く将来的に役立つ事しないとな。

そろそろ教室戻らなくちゃな。

皆んなこっち見てるっぽいし。


咲夢「あ、、そー そっかー なら良かったよー」


紫代「…………咲夢って、変わったね」


咲夢「うん」


紫代「頼りなくなった」


咲夢「だろうねー」


紫代「前まで結構信頼してたよ」


咲夢「そうだねー」


紫代「別にコキ使われても良いと思ってたし」


咲夢「…………言い過ぎでしょ」


紫代「堂々としてて、カッコ良いと思ってたよ」


咲夢「私なんかに気を遣わなくていいよ」


紫代「だから、堂々としてていいってば」


咲夢「……」


紫代「別に性格悪くても良いよ。ボクはその性格に助けられてたから」


咲夢「…………」


紫代「……ボクは言葉足らずで、正しく伝えられて無い事が沢山あるから、今も上手く伝わってるか分からないけれど……」


紫代「咲夢はそのままで良いと思うんだ」



…………。


咲夢「…………紫代」


紫代「うん。なんでも言ってよ」


咲夢「紫代…………断言、できるようになったんだね」


紫代「…………元からだよ。実はね。

……あ、これ、小学校の話ね。

断言する事が癖でさ、

それで、嫌われてたんだ」


咲夢「……ふっ。そっか」


紫代「咲夢と居ると、なぜか断言を避けるようになったけど」


咲夢「……私のせい……ですね。はは」


紫代「それで良いと思ってたから。それで良かったんだ」


咲夢「……」


紫代「……ボクが咲夢に伝えたい事、言えた気がする……咲夢は?」


夕日が沈まない。


咲夢「…………」


紫代「咲夢はさ……悩みとか無いの?」


咲夢「…………紫代は……いまの生活、楽しい?」


紫代「うん」


咲夢「………即答…かー」


紫代「楽しいよ」


咲夢「…………難しい」


紫代「かもね……」


咲夢「…………難しいよ………」


紫代「………」


咲夢「………どうすれば………良かったのかな」


紫代「…………」


咲夢「教えてほしいんだ…………」


咲夢「あんな……一緒に過ごしてた時間なんて」

咲夢「大した事じゃなかったのに」


咲夢「紫代と過ごした時間がもう来ない気がして……」

咲夢「独り占め…したい……紫代と……もっと……ずっと2人で過ごしていたかった……」


咲夢「……紫代にも、過ごしたい時間があるから、これ以上は……我儘……言えないけど………」


咲夢「だから……言いたいけど、言えない…………」


自分の上履きが見える。

胸元のスカーフが垂れ下がっている。

この体勢に理由なんてない


紫代「泣いてる?」


紫代が遠くに居ればいる程、

紫代が欲しくなる。

側に居てくれたらと思う時がどんどん増える。


きっとこれからも、増える。

大人になっても思うだろう。

もう《あの頃》の紫代は

居ない。

時間は巻き戻らない。


この先の人生はただの消化試合になる。

あの頃の紫代に会いたいと思う日々が始まる。


見た目も、匂いも、覚えてる。

いつどんな髪型だったかも覚えてる。

何が好きで、何が嫌いで、

どのくらい背が伸びたとか、

そんな、苦しみが待ってるんだ。


紫代「うまく……会話するにはさ、」


紫代の爪先が視界に入る。

紫代の脚が視界に入る。

紫代の胸が視界に入る。


紫代「相手を下に見る事が肝心なんだって」


紫代が、私を支えていく。


紫代「……なんて、前に咲夢がボクに言ってた事、そのままだけど……」


咲夢「……言ってたっけ」

紫代「色んなこと教えてくれたじゃん」


咲夢「……言った本人は……覚えてないんだよ」


咲夢「……………」


思い返せばあの時。

初めて会った時。

紫代の方から話しかけてくれたのだ。




紫代「神木咲夢さん?」




そう呼ばれた時。

あの時、私は惚れていたんだと思う……惚れていた。

誰でもない、私だけに、声をかけてくれたんだ。

その彼女の気持ちが綺麗で、心地よくて、

他の人に渡したくなかった。



咲夢「ごめん……紫代」


紫代「……友達作らないようにしてたの……ボクが分かってた上で、ボクがやってた……」


咲夢「……!」


紫代「って事にしようよ」


咲夢「…………」


咲夢「そういう事でいいの……?」

紫代「許さないけどね」

咲夢「……うん」

紫代「ボク、支えてみせるよ」

咲夢「私………重いよ」

紫代「咲夢は軽いよ」

咲夢「………重い…」


ぼやけた視界だった。



紫代「どうせ分かって貰えないと思ってたんでしょ、咲夢。」

咲夢「……………………」

紫代「ずっと見てたから分かるよ」

咲夢「…………」

紫代「教えないつもりだったけどね」


紫代「一目見た時から、咲夢が気になってさ……」


咲夢「うん」


紫代「自分が何かしてあげられるまで、この気持ちを抑えてたんだけど」


咲夢「うん…」


紫代「踏ん切りが着いたんだと思う」

紫代「もう、ドキドキしないで言える」


咲夢「…………」


紫代「咲夢のおかげだよ」


咲夢「…………うん」


紫代「私、性格悪いでしょ?」


咲夢「……うん」


紫代「それでも良いなら」

紫代「これからずっと」










紫代「独占して……いいよ」












咲夢「…それなら」














この時、私は紫代に恋してしまった。


だから──













咲夢「……今だけ…………」














──だから、

伝えなかったんだ。














●エピローグ


《回想:春・始業式の後の帰り道》


咲夢「引越したばかりで上手く打ち解けないって?」

紫代「うん……そんな気がするんだ」


咲夢「人の事下に見れば話しやすいよ!」

紫代「え〜……それは気が引ける」

咲夢「愛を持って下に見るんだよ」

紫代「…………愛をもって……」


咲夢「名前で呼ぶのもそう。呼び捨てでいいんだよ」

紫代「じ、じゃあ……サクラ……」

咲夢「咲く夢でサクラって読むんだ。覚えといてよ。変換ミスしやすいから」


紫代「夢って……クラって読むんだ」

咲夢「意味わかんないよね」

紫代「夢が咲く……夢が叶うって意味だね」



咲夢「ちがうよ」

紫代「えー?」



咲夢「親が違うって言ってた」

紫代「あ……そう……だよね……ボク、また、断言……しちゃった…また……」


咲夢「別に断言しても大丈夫だよ〜」

紫代「ダメ……それじゃ……だめなんだと思う」


咲夢「そうなの……?」

紫代「………ウン」

咲夢「……そっかー」

咲夢「猫背なのも、そう言う事?」

紫代「ちがくて……最近、だんだん目立つようになったから……」


咲夢「……気にしちゃうよなぁ」

紫代「……気にしちゃうよぉ」

咲夢「気になっちゃうなぁ…」

紫代「気にならないでよ…」

咲夢「ごめん」

紫代「……いや、いいよ。咲夢なら」

咲夢「いや冗談なんだけども………………」

紫代「ボクも……冗談…………」

咲夢「…………あー、そうか……」


紫代「さ、、咲夢の名前の由来って?」


咲夢「うん。それは……」


紫代「それは」


咲夢「忘れた」


紫代「え〜」


咲夢「紫代が考えてよ」


紫代「〜え?」


咲夢「紫代が考えた由来にするから」


紫代「????」


咲夢「いいから、出会った証に、ホラ」

 

紫代「え、えぇ〜と」


咲夢「待つよ」




紫代「で、できまひた……」


咲夢「聞かせて」


紫代「…………うん」


紫代「…………ボクの《紫代》って名前は《紫》と《代わる》て書くけど、意味は違うんだ…。本当は《誰かに何かしてあげる》って意味…………《施し与える》と書いて《施与》。読み方が同じ漢字を当てただけ……」


咲夢「当て字ってこと? そんなのあるんだなぁ……」


紫代「だから……咲夢は、桜でいい」


咲夢「あー」


紫代「とも思ったけど、」


咲良「?」


紫代「夢でクラと読ませるならきっとそこには意味があるんだと思う。私の名前には無い、意味が」


咲夢「…………うん」


紫代「それはそれで、知っておいて欲しい…………けど、その上……で、言うね」


咲夢「…………うん」


紫代「夢みたいな、曖昧な世界でも、力強く咲く子に育って欲しい……」


咲夢「………」


紫代「だから、咲夢……」





暗闇のベールが私たちを包みこむ。



外は、誰も、誰かを識別できない。 



日は没する。





end.


#創作大賞2022


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