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「過ごすこと」を楽しめること【ドキュメント72時間】

NHKドキュメント72時間の「個人的名シーン」を紹介する。今回は2018年5月25日に放送された「春の日本海 ホタルイカを待ちながら」

ホタルイカを待ちながら贅沢な時間を「過ごす」

4月中旬、富山県の海辺では、青い光を放つホタルイカが大量に姿を現す。週末の3日間カメラを回した。

海辺が青い光で満たされる光景は、写真映えし、この時期の有名な光景になっているよう。隣県に住んでいながら渡しは知らなかったわけですが。。県外からも多くの人が、その光景を見に、ホタルイカを採りに集まる。

本気の人達は、何日も車中泊をして滞在する。ホタルイカが出てくるのは、夜中から朝方まで、つまり数日滞在する場合は、徹夜をして、昼間寝てという昼夜逆転の生活をすることになるわけだ。もちろん、青く光る光景を見に夜車を走らせてくる人も多いようだ。

ちなみに、このカメラが回った3日間は、天候に恵まれず、ほとんどホタルイカは出てこなかった。ただ結果的には、そのことが、今回の人間ドラマを際立たせることになったのだ。ホタルイカという「目的」がなくても、ここで「過ごす」人々を映し、話を聞く。ホタルイカをテーマとした番組だったら、ホタルイカ出てこないは致命的だが、そこに集う人がテーマなのでそれでよい。1人、2人そこにいてさせくれば成立するのだ。

72時間のおもしろいところはまさにここにあると思っている。3日間、日を決めて撮影しているから屋外イベントが雨になってしまって、でもカメラ回しているみたいなことがけっこう起こる。でも、そのテーマ自体が番組の趣旨ではないのでそれでいい。

「ようやくこういうことができるようになった」

話を戻す。今回も様々な人々が登場したわけだが、まず気になったのは「ようやく、こういうことができるようになった」と語った新潟から友達同士でやってきた30代くらいの男性。ガチでホタルイカを採りに来ている人達に較べると軽装。海は荒れて、全然ホタルイカなんていないけど、海に入って仲間と楽しそうな笑い声が響かせている。

「ようやく…」と言ったわけは、この男性が若い時を子育てに終われたから。この男性、18才で一人目の子どもが出来て、今は3児の父親。20代の同級生が遊んでいる時期に、子育てと仕事に終われていたのだろう。子どもが大きくなって、友達同士で遊びに行けるようになった。

同じように「やっと気が楽になってこういうことができる」と語ったのは、70才の男性。1人でもう何日も車中泊をして、ホタルイカを採っているそう。町内の人達が楽しみにしているから、と少しでも多く採って帰りたいのだとか。

こちらの男性は、当時20歳だった息子を交通事故で失くし、家族関係が不安定になった経験があった。特にその妹である娘が精神的に不安定になり、それが一番不安なことだった。しかし最近になって、その娘がカウンセラーになり、はりきって仕事をしている姿焼きを見て、ようやく安心できるようになったという。

2人とも家庭における役割や心配事が軽くなったことで、「こんなこと」ができるようになったというのだ。

このホタルイカ採りに来ている人達は、このふたりに限らず「ホタルイカを採ること」が一番の目的ではないのだ。ホタルイカか来るのを待つこと、この海辺で数日過ごすこと、仲間とノリで車走らせて来ること、そういった時間を「過ごす」ことに目的がある。彼らは、ホタルイカを採ることを生業にしているわけではないのだから、それはそうだ。

それを目的とすら呼ばないのかもしれない。ただそれが楽しいからやっている、それだけのことだ。「過ごす」ため「採ること」を目的とすれば、それは手段である。手段の目的化は、つまり「趣味」である。

「過ごす」こと自体、つまり「趣味」を楽しむには、仕事や家庭といった日常に余裕がなければできないのだ。ただその時間を「過ごす」ことが何より難しく、何より尊い。そんなことを感じた今回の放送であった。

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