朝に

 眠りは得意ではないけど大好きで眠り始めたらずっとそのまま目覚めずにいたいと思う。地球上の永久凍土が全て溶けきって世界が水浸しになったとしても、想像もつかないような威力の兵器によって地形が変わるくらいの破壊があったとしても、太陽の膨張がいよいよ極まり惑星を次々と呑み込んでいったとしても眠っていたい。夢さえみないくらい深く。眠るのが下手なわりに早起きは得意、といっても「出来る」だけでなるべくならしたくない。毎日朝に寝て朝に起きているから時間感覚も平衡感覚もめちゃくちゃで、三半規管は凪のないパーティーみたいに瞬いているんだけど、夜を使い果たしていったい何になるんだろう。欲しいものとかひとつもないや。朝はすぐ来ちゃうから。いつもの時間に起きたつもりで目をあけた瞬間に寝坊を知覚すると叫び声を上げながら枕をしこたま殴りつけて我に返ると時計は7時を指していた。よかったと思う前にがっかりしてしまって、テレビをつけてまた横になることにした。6畳ほどのワンルームだからテレビはすぐそこにあるはずなのに、とてつもなく遠くで鳴っているように聞こえる。朝には天気の話をしてほしい。出かける日もそうでない日も。気がつくと、テレビから聞こえるドロドロになったいくつかのセンテンスにまぎれてフロリダの空港でうさぎが死んでいた。目はつむったまま耳を傾ける。死んだうさぎの名前はジョニーというらしい。ジョニーは、世界一大きなうさぎを父にもち、やがては父より大きくなるだろうと言われていた。世界から動物があつまる博覧会の目玉としてロンドンからやってくるジョニーは高値で落札されることが期待されていて、誰もがジョニーの到着を心待ちにしていた。フロリダに着いたとき、ジョニーを機体から下ろそうとした係員がゲージのなかで死んでいるのをみつけた。凍死だった。空調のない貨物室で、飛行機が上昇するごとに下がる気温の中、ジョニーはゆっくりと凍えていった。自分が死んでいるのに気づかないくらいの速度でジョニーの心肺機能は停止した。ジョニーが死んでしまったことを知った航空会社はそれを隠蔽するためにいくつかの荷物と一緒にゲージごとジョニーを燃やした。しかも、丁寧にその灰を撒いて棄てたために、ジョニーは文字通り跡形もなく消え去った。ジョニーの灰は四方へ散らばり、あるものは地面に染み込み、あるものは風に舞ってビル街へ向かい、あるものは飛行機や車に乗ってさらに遠くまで行った。だけど、たいていのものはそのうち海へ流れ着くのだった。海に着いたジョニーは波になって跳ねたり泡に混じって淀んだり魚のえらに住み着いたりしながらゆっくり底に沈んでいった。そして海は暮れて、そうでなくても光の届かない海底でたくさんの砂と解け合った。

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