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詐欺脆弱性としての楽観性バイアス

2023年に発表された消費者庁の「特殊詐欺等の消費者被害における心理・行動特性」(上野 et al. 2023)という500名近い消費者のデータをもとに解析したリサーチディスカッションペーパーによると、詐欺被害経験者は未経験者に比べて楽観性バイアスが高い傾向があるとの報告がありました。実はCHARMSが独自に行なった調査でも、同様の結果が観られています。

今回はこの楽観性バイアスについて解説してゆきましょう。


楽観性バイアスとは

 楽観性バイアスは、ものごとを自分に都合よく解釈して、自分にとって好ましいことが起きる確率を過大評価し、好ましくないことが起きるリスクを過小評価してしまう心理的傾向のことです。

 たとえば、明確な根拠がないにもかかわらず、自分は他人よりも不幸な出来事(犯罪、病気、災害など)に遭遇する可能性が低いと考えてしまうというのは、何か身に覚えのあることはないでしょうか? たとえば自分だけはコロナに感染しないと思う、災害は自分の地域は大丈夫だと思うなど。

 ロンドン大学の神経科学者ターリ・シャーロット氏によると、約80%の人がこのバイアスを持っているとしています。(Sharot, T. (2011). The optimism bias. Current Biology, 21, 941– 945.) 

 楽観性バイアスには良い面もあります。物事を楽観的に見ることは、自己の精神的な安定を保つことができるからです。医師や看護師が重症患者に「大丈夫ですよ」と希望を与えるような話をすることで死を目前に控えている患者が精神の安定を得るのではないでしょうか。楽観性バイアスは、人間に備わった心理機能なのです。 

 とはいえ、過度の楽観性は現実的な判断を妨げる可能性があります。実際、楽観性バイアスは防犯意識に影響を及ぼすというデータがあるのです。

楽観性バイアスが防犯意識に及ぼす影響

 冒頭で紹介したリサーチディスカッションペーパー(上野 et. al. 2023)によると、詐欺被害に遭った人と、被害未経験者の間には楽観性バイアスにおいて差がみられ、詐欺被害を経験した人のほうが楽観性バイアスの傾向が強いことがわかっています。

 また、楽観性バイアスが家の施錠を怠るなどの不安全行動を媒介して、窃盗犯による被害リスクを高めている可能性があるという研究結果も出ています。(坂口 et. al. 2023) 同じことが詐欺被害に関しても言えます。

楽観性バイアスと詐欺被害

 詐欺被害に関して、楽観性バイアスが高いと、どのような影響が考えられるでしょうか。CHARMSを設立する前から、2016年以来お受けしていた被害者の方々からのご相談で観察された事柄や、研究の結果などから、いくつか挙げてみましょう。

被害リスクを過小評価してしまう:

 楽観性バイアスが強い人は、自分が詐欺被害に遭う可能性を過小評価しがちになります。たとえば、「相手は著名な先生なので、成りすましではないはずだ」「私は人を見る目を持っている。相手とオンラインでやりとりしていてとても良い人だと確信できた」などと考えて、詐欺であることを示す兆候に気づけず、大きな損失を被ることがあるかもしれません。

防犯意識が低下

2023年にCHARMSが独自に実施した調査によると、「知らない人から連絡があった場合、私は彼らの言うことに耳を傾けません。(逆項目)。」の設問に対して3 つのグループ、被害未経験者 、看破者と被害者を比較すると、被害経験者のほうが「見知らぬ人を受け入れやすい傾向」にあることがわかりました。つまりは、被害者の方々のオンラインにおける防犯意識が低く、見知らぬ人を受け入れてしまう傾向がみられるのです。

脅威を過小評価する

 楽観性バイアスが高いと、詐欺の脅威をアピールする情報を過小評価してしまい、防護動機が低下する可能性があります。友人や家族が「その相手は怪しい」と警告しても、「そんなことはない」と聞き流してしまうケースは少なくありません。最近はLINEがグループチャットに「詐欺に注意」というメッセージを表示させるようになりましたが、それでもLINE投資勉強会詐欺の被害を受ける人が減らないのは、このような警告に目を留めないことにあるでしょう。

リスクテイキング行動の増加

 自己判断に過度の自信を持つと、詐欺メッセージを受けた時に「自分はだまされない」と考え、リスクの高い行動に出ることがあります。実際、2016年からお受けしてきた国際ロマンス詐欺被害者の方々からのご相談から、「最初は疑念を抱いていた」にもかかわらず詐欺師との接触を続け、最終的には送金をしてしまったというケースも見受けられました。この種の詐欺にはグルーミングという段階があり、その段階で「飼いならし」をされてしまうことまでは被害者の方々の視野にはないのです。結局は状況を完全にはコントロールできず、逆にコントロールをされてしまう結果になります。

情報提供・相談の回避

 自分の判断に自信があると、些細な兆候に対して誰かに相談すると言ったことを怠ってしまい、結果として第三者の意見を知る機会を逸してしまいます。小さな「怪しいこと」に関する相談を誰にもしないことが、被害につながる可能性があります。

二次被害のリスク

 一度詐欺に遭うと、楽観性バイアスにより「次は大丈夫」「自分は詐欺に強い」と過信する傾向があります。実際に何度も騙された人々は、「一度騙されたからといって自分は安全だと思っていた」と感じています。しかしオンライン詐欺の被害者の個人情報は、暗闇の中で取引され、今までの全てのやり取りしていた相手をブロックした後でも、同じ詐欺グループや他の詐欺グループが名前やアカウントを変更して接触してくることは珍しくありません。恋愛や投資の誘いだけでなく、「お金を取り戻せる」と偽って弁護士や詐欺被害者支援活動家を装って近づくケースもあります。このような手口に気づかないため、再び詐欺被害に遭うことがあります。

楽観性バイアスへの対策

 犯罪情報と楽観性バイアスに関する研究論文(坂口 et. al. 2023)には、楽観性バイアスのある人の防犯意識を高めるために効果的な方法が示されています:

  • 統計情報の提示

  • 複合情報

1. 統計情報の効果的な提示

 事実に基づいた統計情報の提示は、楽観性バイアスの有無にかかわらず防犯意識を高める効果が観られたと、参考にした研究論文では述べられていました。統計データがあることで、現実に起きていることであるという認識を持つことが出来ます。

 警察は2024年から国際ロマンス詐欺とSNS型投資詐欺の統計を公表し始めました。(警察庁, 2024). この動きは、この種の詐欺の被害が増え、それに伴い届出する人数も増加したことが背景にあります。

 国民生活センターは2022年に相談件数の統計を発表し、特に投資型国際ロマンス詐欺の急増に警鐘を鳴らしていました。これらの情報が報道されることで、詐欺に対する認識が高まりました。(下記日経新聞およびPRタイムズの記事を参照)

 実際に、CHARMSが2023年に実施した調査では、約300名のネットユーザーのうち9割が国際ロマンス詐欺や投資詐欺を認知していました。現在はどうかというと、国際ロマンス詐欺とは関係のない平安時代を舞台にしたドラマに関するXでのコメントで「国際ロマンス詐欺」のキーワードがランクインすることから認知度の高まりは体感できると言えます。(下記のGooニュース記事のリンク参照)

 CHARMSでも定期的にアンケート調査などを実施して、XやFacebookを通して皆様に知っていただくように情報を提供しております。下記のハフィントンポストの新川の記事および参考文献(新川、2019) をご参照ください。

2. 複合情報(事例情報と統計情報の組み合わせ)の提示

 複合情報とは、具体的な事例(例:ある人が詐欺に遭った話)と、それに関連する統計データ(例:詐欺に遭う人の割合)を組み合わせた情報のことです。参照している論文では、複合情報の提示で楽観性バイアスのある人の防犯意識を高める効果がみられたとあります。

 事例情報は具体的でリアルな印象を与え、感情に訴えます。一方で統計情報はそのリスクが現実的に高いことを示してくれます。これにより、楽観性バイアスを持つ人々が「自分も被害に遭うかもしれない」と感じ、防犯意識が高まるのではないでしょうか。
  
 CHARMSでは報道機関から「被害者を紹介してほしい」とお問合せをいただくことがありますが、被害者の方々のプライバシーを守るためにお断りしています。しかし被害者のケースの説明とともに「統計データ」が付された記事やニュース番組を目にすると、確かにこの種の犯罪は世の中で起きていて、誰もともすると被害を受けてしまう可能性があるのだなと認識することができるかもしれません。(下記リンクは被害者の経験と統計、専門家の話を合わせたニュース記事)

継続的な教育と啓発活動の定期的な実施の重要性

 確かに、複合情報のニュース記事を通じて防犯意識を高めることは可能ですが、その意識が永続的に維持されるわけではありません。国際ロマンス詐欺やSNS型投資詐欺の手口の根底にあるものは変化していないにもかかわらず、ほんの少しの変更が加えられることで被害者が「典型的な詐欺の手口ではない」と誤認するリスクはあります。

具体例を挙げると、

  • 被害者の方は小包詐欺や休暇申請詐欺の手口はよく知っていて、自分の相手は戦地の軍人や軍医ではなく途上国に出張する建設会社経営者であるため信じてしまった。

  • 「暗号資産」を使った投資詐欺が大きく増加する中、同じようなアプローチでネットショップを一緒に経営しようという筋書きを「暗号資産投資詐欺ではないから」と疑わなかった。

 こういったケースを考慮するなら、定期的に最新情報を取り入れることは不可欠であると言えるでしょう。

 NPO CHARMSは2023年にオンラインセミナーを開催し、国際ロマンス詐欺や投資詐欺の手口について説明しました。セミナーのアーカイブは視聴可能です。さらに、X、Facebook、InstagramなどのSNSを通じても情報を発信しています。

まとめ

さいごにまとめると、楽観性バイアスは詐欺被害のリスクを高める重要な要因の一つであると言えます。楽観性バイアスが高いと、被害者は詐欺のリスクを過小評価し、防犯意識が低下する傾向があります。これに対して、統計情報や具体的な事例を組み合わせた「複合情報」の提示は、楽観性バイアスを持つ人々の防犯意識を効果的に高める手段となり得ます。これらの手法を活用することで、詐欺被害を未然に防ぐことが期待されます。被害者支援団体や警察、地方自治体、報道機関などがこれらの情報を積極的に発信し、一般の人々に対して認識を高める活動を続けることが、今後の詐欺被害防止において非常に重要であると言えます。

参考資料:
(1) 上野 大介 et. al. (2023). 特殊詐欺等の消費者被害における心理・行動特性. 消費者庁新未来創造戦略本部国際消費者政策研究センター リサーチディスカッションペーパー
(2) 坂口理佳子・増井 啓太(2023). 犯罪情報と楽観主義バイアスが防犯意識に与える影響. 追手門学院大学心理学論集 2023,第 31 号,pp.9-16
(3)警察庁(2024).令和6年6月末におけるSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について. 
(4)新川てるえ(2019). 国際ロマンス詐欺被害者実態調査──なぜだまされる?! 国際ロマンス詐欺のマインドコントロール.NPO法人M-STEP (2019/8/1)


(文章:武部理花)


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