見出し画像

天下りの時代

日本神話 第五話

 前回の四話で、日本神話の登場人物が移り変わって行くと書きました。それは日本の「歴史」とも密接にかかわっていると推察されるので、今回の五話目は「物語」というより歴史の教科書っぽくなりそうです。

 いいのかこれで? 大丈夫か? と自問してても仕方ないので、がんばって書いてみます。

 前回、オオクニヌシくんが浮気者だとバラしました。彼ってギリシャ神話のゼウスにとてもよく似ている。そして奥さんのスセリが、これまたゼウスの奥さんのヘラにソックリ。不思議ですよねえ。まったく別の国の神話なのに。(ちなみに、ギリシャ神話として最古の「イリアス」「オデュッセイア」が、書かれたのは紀元前7~8世紀。古事記と日本書紀は、その千年後です)

 さて。似ていると書いた舌の根も乾かぬうちになんですが、ゼウスとオオクニヌシには、決定的な違いがあるのです。それは身分の違い。ゼウスは全能の神です。彼がトップ。会社で言えば、代表取り乱し役社長。ってな、オヤジギャグを言いたくなるようなオッサンですが、いちおう、彼がもっとも偉い神様です。それに比べてオオクニヌシくん。彼はスサノオの後ろ楯があったればこそ、統治者になれたわけで、言ってみれば雇われ店長という待遇でしょうか。この差は大きい。

 しかし。神様としてこの世を支配する能力はオオクニヌシくんの方が優れていたように思われます。ゼウスは浮気以外のことで目立った活躍はしませんが(ヘラの嫉妬とセットで考えると事情は変わりますけど)、オオクニヌシくんの場合は、国を豊かにするためにさまざまな苦労を重ねた部分が、後半生の物語の中核です。スセリに怒られるシーンは、お話のわき道に過ぎないんですよね。

『出雲国風土記』によれば、オオクニヌシはスサノオの薦めで、「スクナヒコナ」という男をパートナーに迎え、南朝鮮との貿易を開始します。この貿易は「鉄」が主だったみたいですね。貿易が始まれば、文化圏が形成されるのは周知の事実。物だけでなく情報も行き来するからです。余談ですが、現在もインターネットの普及が、一つの国にとどまらない、全地球的な文化圏を形成している真っ最中ですよね。そして、古代も現代も、情報を制する者が時代の覇者となるのです。そんなわけで、オオクニヌシの勢力範囲は、出雲にとどまらず「大和」にまで及びました。つまり、日本そのものを支配下に置いたわけです。まさに順風満帆。向かうところ敵なしのオオクニヌシくん。むかし、八十神の末っ子だったとはとても思えませんが、因幡の白ウサギを助けた当時の優しい心を失わず、懸命に国のため、民衆のために尽くしたともいえます。これで浮気者じゃなければねえ……

 ところが。

 そんな順風満帆に見えるオオクニヌシくんに、悲劇は突然訪れます。ま、悲劇ってのはたいてい突然なんですけどね。

 じつは、オオクニヌシの躍進を快く思わない神様がいたのです。その神様の名は「アマテラス」。くわァ。これは大変ですよ。アマテラスは日本神話の中のゼウス。全知全能とは言いませんが、もっとも力の強い神様です。このアマテラスが、ある日突然こういうのです。

「この世は、すべてワタクシの子孫が治めなければなりません。オオクニヌシとかいう、田舎者に好き勝手させるなど、言語道断」

 お、恐ろしや……

 なにが恐ろしいって、彼女の言い分には理由がないことです。事実「古事記」も「日本書紀」も、なにも語っていません。アマテラスが、突如として、地上からオオクニヌシを排除し、自分の子供である「アメノオシホミミ」が地上を治める。そう決定したと書かれているだけです。

 決定なんですよ、決定。

 まいりましたね。オオクニヌシが天上界と地上との協定を破ったからとか、天上界も支配しようともくろんでるとか言うなら、まだわかる。しかしアマテラスは、自分の子供以外が、なにかを支配していることが許せないってだけ。ただ邪魔。なんとなく憎たらしい。これほど身勝手で恐ろしい理由もない。理屈じゃないから話し合いの余地がないんですもん。

 さあ、アマテラスに目をつけられたオオクニヌシの運命やいかに!

 まずアマテラスは、地上に使者を送って、支配権を明け渡せと迫ります。ところが、この使者がボンクラで、オオクニヌシの御機嫌をうかがうばかり。で、アマテラスはもうちょいとまともな使者を送りますが、こっちはもっと悪い。オオクニヌシにすっかり懐柔され、あろうことか、オオクニヌシの娘と結婚までしちゃう。

 アマテラスは、さすがに我慢の限界。三度目の使者には、ターミネーターも真っ青というこわもてを送ります。話し合いがダメなら、武力で制圧しようと考えたわけです。

 武力では天上軍(なんじゃそりゃ)にかなわないオオクニヌシ。さすがにタジタジで苦し紛れに終始します。

「いやあ、ぼくはもう隠居してるんですよ。実務は息子に任せてるんで、そちらにお問い合わせください」

 たらい回しか? しかし。今度の使者は、そう甘くはなかった。すぐさまオオクニヌシの息子を探し出す。息子のコトシロは、のんびり川で釣りをしていた。

「うわっ! あんただれ?」
 突然現れた使者に、コトシロくんビックリ。
「わたしは、アマテラスさまより使わされた使者だ。おまえが地上を支配していると聞いた。さあ、地上をアマテラスさまに明け渡せ。さもないと――」
 使者は、剣を抜いてコトシロくんを睨みつけます。
「うわわわ。待ってください。そりゃもう、アマテラスさまには逆らえません。喜んでこの国をお譲りします」
「よし! しかと聞いたぞ!」
 使者は大満足。

 ところが。もう一人、オオクニヌシの息子がいた。彼の名はタケミナ。こいつはインテリの家系であるオオクニヌシ家には珍しく、力自慢。

「冗談じゃない!」
 タケミナは怒り狂います。なにせ、千人の人間が引いて、やっと動くような大岩を持ち上げながら、使者に迫ります。
「そんなに地上が欲しければ、オレと戦え!」
「望むところ」
 使者は、ニヤリと笑います。
 二人は、むんずと手を握り合って、相手の手を握りつぶそうとします。満身の力を込めるタケミナ。ところが、使者にはまったく効かない。それどころか、簡単に投げ飛ばされてしまう始末。あまりにも力の差がありすぎ。
 さっきの威勢はどこへやら。タケミナは、悲鳴を上げて逃げ出します。使者はタケミナを追う。ついに諏訪湖まで逃げたところでタケミナは捕まります。

「すいません! ごめんなさい! もう二度と逆らいません。それどころか、わたしはこの諏訪から一歩も外に出ません。地上はアマテラスさまのものです!」
「よーし。今回ばかりは許してやろう」

 こうして、ついに地上の支配権はアマテラスに移ったのでした。

 さて。地上の支配権を奪われたオオクニヌシ。かっての権勢はあとかたもなく、失意のうちに、出雲の小島に身を隠しました。ここで彼は死にました。というか、自ら死を選んだのです。おそらくスセリも一緒だったでしょう。彼の呪いを恐れて建てられた出雲大社には、スセリも祭られてますからね。

 え? スサノオはどうしたかって? アマテラスの弟であるスサノオが調停をしなかったのか? ごもっともな疑問ですね。じつは、スサノオはとっくのむかしに死んでるんです。神様がなぜ死ぬ? うーむ。謎です。ちなみに出雲大社にはスサノオも祭られてます。(というか、スサノオが主祭。いちおう)

 さーて。アマテラスは地上に自分の子供である、アメノオシを送ろうと考えていました。しかし、すったもんだしているうちに、アメノオシにも、すでに息子が生まれていました。アメノオシは、地上は息子に譲りたいとアマテラスに頼みます。こうして、アマテラスの孫にあたる、ニニギが地上を支配することになったのです。

 天下り神様の時代が、こうして始まります。現代まで続く天皇家は、このニニギの子孫だということになっております。

 じつは日本書紀と古事記の前に、「帝記」とか「国記」という書物がありました。ところが、これらは天智天皇(持統天皇のお父さん)と藤原鎌足(藤原家の祖)によって焼かれてます。

 なんで焼いたか?

 おそらく都合の悪いことが書かれていたのでしょう。なので正直なところアメテラスがどうして地上を支配したがったのか。オオクニヌシが神話から抹殺されたのはなぜか。その真相は闇の中です。もう日本書紀より古い書物は存在しないんですから。

 次回は、絶世の美少女、コノハナノサクヤ姫の登場です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?