日本のもっとも美しい女神
日本神話 第二話
日本神話に登場する女神の中で、もっとも美しい女神様はだれか?
はい。いろんな意見がございましょうとも。
「アマテラス」に決まっておろうが!
ごもっとも。
いいや「アメノウズメ」こそ美しい。
なんて主張する人もいるかもしれない。ま、この辺は有名人ですからねえ。それぞれ、思い入れもありましょう。ですが「コノハナノサクヤ姫」を忘れちゃいけませんぜ。通な方じゃなきゃ知らないかもしれませんが、コノハちゃんは、元祖美少女ですぜ。コノハに比べれば影が薄いですけど、因幡の「ヤガミ姫」もかなりの美少女。うーむ。なんで神話には美女が多いのだ?
しかーし!
わたくしは、そのすべてを否定したい。いえ、みなさん美女ですよ。それは認めますとも。でも、もっとも美しい女神は別にいらっしゃる。
わたくしは、「スセリ姫」(スセリビメと発音する)こそが、もっとも美しい女神であると主張いたします!
ちょい脱線。このエッセイでは「姫」と書いてますが、本当は「毘売」と書くらしいです。スセリを正確に書くと「須勢理毘売」であり、またコノハナノサクヤ姫は「木花之佐久夜毘売」です。
「姫」と「毘売」は、読みこそ「ひめ、びめ」で同じですが、本来は敬称をつける人物が違うようです。「姫」は高貴な女性につけますが、「毘売」は女神さま限定っぽいです。
漢字の意味を損なわないように書くべきか、読みやすさを優先すべきかは悩ましいところですが、ここは学術的なお話をするところではないので、読みやすさ優先で書かせていただきます。名前はカタカナで、その他も現代の一般的な漢字で書きます。だからテスト勉強用には、このエッセイ役に立ちません。
さあ、本題。
スセリ。ああ、名前からしてもう、なんと美しい響きだろう。こら。だれだ、パセリに似てるなんて言うヤツは。それ以前に、いま「スセリってだれ?」っておっしゃいました? 知らない? ご存じない? あら、スセリを知らないとおっしゃる? ダメですよォ。スセリと言えば、あのスサノオの娘さんじゃないですか。しかもオオクニヌシの奥さんですよ。
またまた脱線です。手前味噌なんですが、拙作「スウィート・ジュネレーションズ」のヒロインの名前が「スセリ」です。また、「コノハ」も登場します。が、もちろん、日本神話の彼女たちとはまったくの別人。名前だけ拝借しました。「イザナミ」も登場するんですが、彼女はぼくの作品でも、黄泉の国の実力者ってことで、わりと日本神話にそってますけど。
「スウィート・ジュネレーションズ」はno+eの「無料で公開している小説」にございます。
失礼しました。話を戻します。
さて、スセリ。ただでさえ、なじみの薄い日本神話ですから、上にも書いたとおり、ご存じない方がほとんどでしょうね。ですが、この女神様、広辞苑、大辞林、大辞泉という中型辞書には載ってるほどの実力者。覚えておいて損はないですぞ。
スセリがどれほどの有力者であるか。それは彼女の父、スサノオの地位を考えてみれば一目瞭然。スサノオは、あのイザナギが作った子供です。つまり直系。血統書つき。由緒正しき血筋。さらにイザナギ直々に、海を治めよと命ぜられた神様。ギリシャ神話で言うところのポセイドンに匹敵する非常に位の高い神様です。スセリはその娘ですから、日本神話の神様の系譜の中でも、ほぼトップクラス。またまたギリシャ神話と比較すると、ヘベあたりになるかな。超のつくお嬢様と言って差し支えないのですよ。女神の中で、彼女以上の地位にいるのは、アマテラスぐらいじゃないかな。アマテラスは、ギリシャ神話で言えばゼウスにあたります。そう。日本神話の一番偉い神様は女性なんですねえ。と、こう書きますと、スセリが、どれほどすごいお嬢様か実感するでしょ?
さて。そんな深窓のご令嬢であるスセリですが、そこはそれ、彼女だって女の子。ふつうに恋をします。そのお相手がオオクニヌシ。みなさん「因幡(イナバ)の白ウサギ」は知ってますよね? サメを騙して海を渡ろうとした白ウサギが、最後に悪知恵がバレて、皮をはがれてしまったというお話。子供のころ聞いたでしょ? 聞いてない? 聞いたってことにしといてください。その白ウサギを助けてあげたのがオオクニヌシ君です。
えーと、早くスセリを書きたいのはヤマヤマですが、もう少しオオクニヌシ君にお付き合いください。なんせ彼ってば、日本神話における「英雄」なんですよ。ギリシャ神話で言えば、オデュッセウスに匹敵するかな。これはぜひ、書かねばなるまい。大丈夫。ちゃんとスセリにつなげますから。TERUを信じなされ。信じる者は救われますぞ。というか、オオクニヌシの冒険談を書かねば、スセリが出てこないんで。(ちなみに、ヘラクレスに匹敵する英雄は「ヤマトタケル」ですな。この人のことは、また後日)
オオクニヌシ君には、とってもたくさんの兄弟がいました。その数八十人。だから彼らのことを八十神(やそがみ)といいます。オオクニヌシは末っ子です。(ただし、オオクニヌシだけは別格なので「八十神」と、ひとくくりにはされない)
因幡の国に、「ヤガミ姫」という、それはそれは美しい娘がおりました。この娘さんが、あんまり美しいので、なんとオオクニヌシの兄弟たち全員が、彼女に一目惚れしてしまったのです。もちろん、オオクニヌシも。
だれがヤガミ姫の夫になるか。大問題ですよこれは。なにせ八十人。結論がでるわけがない。そこで、全員で因幡に行って、直接ヤガミ姫に求婚し、彼女に決めてもらおうってことになります。もちろん、オオクニヌシ君も一緒に行くのですが、彼ったら、どうも人がいいって言うか、発言力がないって言うか、末っ子の悲しさと言うか、兄たちに「おまえは、みんなの荷物をもって、最後に来い」なんて言われて、「はい。わかりました」と返事をしちゃうようなヤツなんです。先行き不安ですな。
そんなわけで、因幡に向けてご出発の八十神ご一行様。しばらく行きますと、皮をはがれて苦しそうに寝ている白ウサギに出会います。先頭を歩いていた八十神がウサギに言いました。「おいウサギ。海水を浴びて、風の吹く小高い山の上で日にさらせば治るぞ」と。そんなバカな。海水が傷にしみるのは当たり前だし、日光に当てるなんざ言語道断。
そうなんですよ。オオクニヌシの兄さんたちは、みんなすごくイジワルなんです。しかしウサギは、神様の言うことだから間違いないと大喜びで、それを実行します。もちろん、身体はもっと悪くなり、瀕死の重傷。
そこへ、兄たちの荷物を背負ったオオクニヌシ君が、やっとこさ到着します。
「おや? ウサギさん、いったいどうしたの?」
「はい…… じつは……」
と、ウサギは息も絶え絶えに言いました。
「わたし、海の向こうの隠岐島(おきのしま)に渡りたくて、サメを騙したんです」
「騙した? どうやって?」
「はい。海の中にいるサメたちに、この世にいるウサギとサメの数は、どちらが多いと思うかって聞いたんです。もちろんサメは、自分たちのほうが多いと答えました。ですが、正確な数を数えた者はおりません。そこでわたしは、ちゃんと数を数えてみるから、おまえたち、隠岐島に向かって、一列に並べって言ったんです」
「へえ。それで?」
「わたしは、一列に並んだサメの上を、ピョンピョンと飛びながら数を数えました。もちろん、数なんてどうでもいいんです。わたしは海を渡りたかっただけですから」
「ふうん。うまいことやったね」
「はい。あんまりうまくいったんで、わたしは嬉しくなって、あと一歩で島に渡り着くというときに、バーカ。おまえたちは騙されたんだぜ。と言ってしまったのです」
「あちゃ~っ、小悪党がよくやるミスだなァ」
「そうなんです。人を騙すときは最後まで手を抜くなという、詐欺師の鉄則を忘れたわたしがバカでした。自業自得です」
「教訓だねえ」
違うって。そういう話じゃないってば。という気もしますが、続けましょう。
「それで、サメに皮をはがれてしまったんだね」
と、オオクニヌシ。
「はい。それはいいんです。さっきも言ったとおり、自業自得ですから。でも……」
「でもなんだい?」
「さっき、あなたのお兄さん方に、傷の治し方を教わったのですが、もっとひどくなってしまったんです」
「兄さんたちに? そうだったのか。それは悪いことをした。だったら、川の真水で身体を洗って、蒲(がま)の花粉を塗ってごらん」
(蒲とは、ガマ科の多年草で、小さな花がたくさん咲くそうです。若葉は食用になり、花粉は漢方で蒲黄(ほおう)という薬になります。止血や、利尿に用いるらしいです)
「それで治るんですか?」
と、ウサギ。
「うん。大丈夫だよ」
ウサギは、またまたその通りにしました。すると、傷がすっかり治りました。
「ああ! ありがとうございます!」
「いやなに。これからは気をつけるんだよ」
「はい! あの、お礼と言ってはなんですが、わたし予言をする力があるんです。あなたのことも予言してあげます」
「へえ。じゃあ、お願いしようかな」
「はい。ちょっと待ってください。オンサラバ~ くえーっ! はい、出ました。あなたはヤガミ姫様に好かれてますよ」
「わあ、ホント? ありがとう! 希望が出てきたよ!」
「がんばってくださいね」
「うん。じゃあね!」
こんなわけで、わけのわからんウサギを助けたオオクニヌシは、意気揚々と因幡へ向かいます。
そのころ因幡では……
すでに到着していたオオクニヌシの兄(八十神)たちは、ヤガミ姫に求婚しておりました。ところがヤガミ姫は、まだオオクニヌシが到着していないので、ガッカリします。そして、き然とした態度でこう言ったのです。
「みなさん。わたしは、あなたがた八十神のだれとも結婚するつもりはありません。わたしの夫になられる方は、オオクニヌシ様です」
うーむ。ヤガミ姫もちゃっかりしとる。ちゃんと結婚相手のことをリサーチしていらっしゃるんですなあ。でもまあ、末っ子でちょいと頼りないような気もするけど、性格がいいオオクニヌシを選ぶのは当然ですけどね。というか、八十神たちの性格が悪すぎるってことか?
ともかく、これを聞いた八十神たちは激怒します。「なにぃ! オオクニヌシだと! あのボンクラにヤガミ姫を取られるなど、ぜったいに許せん!」
そこで八十神は、オオクニヌシの暗殺計画を立てます。まったく性格が悪いのも、ここに極まれり。なにも弟を殺すことはないじゃないか。しかーし。このイジワル兄弟たちとの戦い(?)から、オオクニヌシの英雄伝説は始まるのです。(ヒーローが存在するには悪役が必要ってことですな)
さて。上で八十神との戦いに(?)マークを付けたのには、わけがあるのです。八十神たちはオオクニヌシを殺そうとしているわけですが、どこまでもお人好しなオオクニヌシには、自分が戦っているという自覚がないんですよ。どーも、素直に「英雄」とは呼びにくいキャラなんですよねえ、彼って。(面白みに欠けるとも言える)
だから、彼らの戦いは、さらっと書きましょう。早くスセリに会いたいしね。本当は、詳しく覚えてないんだろ? という疑問を持ってはいけませんよ。まあ、実際そうなんだけど…… (すいません。ギリシャ神話ほど詳しくないんです)
兄たちは、因幡にやってくるオオクニヌシを待ち構えていました。
「おい、オオクニヌシ」
「やあ兄さん。ヤガミ姫には、もう会いましたか?」
「ふん。そんなことは、どうでもよろしい。それより、オレたちは赤い毛をしたイノシシを捕まえようと思うから、おまえも手伝え」
「いいですよ」
「よし。おまえは山のふもとで待っていろ。オレたちがイノシシを追い立てるから、捕まえるんだぞ」
「わかりました」
「いいか。赤い毛をしたイノシシだぞ。赤い毛」
「はい。赤い毛ですね。でも、そんなイノシシって、本当にいるんですか?」
「いるんだよ。いいな。任せたぞ」
「はい」
そんな約束をして、兄たちは山に登っていきました。もちろん赤い毛を持ったイノシシなんかいません。イジワル兄さんたちは、大きな岩を真っ赤になるまで火の中に入れておいて、それをオオクニヌシに向かって、転がしたのです。
「わあ、本当に真っ赤だなあ」
オオクニヌシは、そんなことを言いながら、イノシシを捕まえようと、転がってくる岩に抱きつきました。バカかこいつ。岩とイノシシの違いもわからんのか?(と、思ってしまっては話が進みません)
岩に抱きついたオオクニヌシは、大やけどを負って、死んでしまいます。暗殺成功。これでオオクニヌシの話は終わりです。さようなら。
じゃなくて! 彼が死んだことを知った御母神は天の神様に頼んで、オオクニヌシを蘇生させます。オオクニヌシが生き返ると、八十神たちはまたまた策を練り(策ってほどのものか?)、割り箸のように二つに割った大木の間にオオクニヌシを誘い込み、バチンと挟んで殺してしまいます。うわァ、痛そう。そして、またまた御母神が蘇生させる……
これではラチがあかないと思った御母神は、生き返ったオオクニヌシを紀伊の国に逃がします。そこには「オホヤビコ」という神様がいるので、彼のところに身を寄せなさいと。
お母さん(と、表現してもいいでしょう)に言われたとおり、紀伊の国に逃げたオオクニヌシですが、ここにも八十神の魔の手が伸びます。八十神の執拗さは、もはやホラー映画のバケモノ並み。オホヤビコもオオクニヌシを守り切れず、最後の手段として、スサノオのところに逃げることを勧めます。スサノオは、日本神話の三大神の一人ですから、さすがの八十神も、スサノオのところに身を寄せたオオクニヌシには手が出せんだろうというわけです。
さあ、やっとここまでたどりついたぞ! いよいよスセリのご登場だ!
オオクニヌシはスサノオの屋敷を、恐る恐る訪ねます。なにせ相手は超のつくお偉い神様。はたして、自分をかくまってくれるかどうか、ものすごく不安。
ピンポーン。と、インターフォンを押すオオクニヌシ。
「はい。どちら様でしょう?」
使用人らしき人の声。
「あの~ わたくしオオクニヌシという者ですが、スサノオ先生にお願いがあってまいりました。取り次いでいただけないでしょうか?」
ところが。
「ご主人様はお出かけです。また明日にでもお越しください」
という、つれないお返事。
あちゃ~っ、まいったなあ。兄さんたちが、すぐそこまで迫ってるんだよねえ。明日になったら、また殺されてるよォ。どーしよう。
などと、思案に暮れていると、インターフォンからなにやら屋敷の中の声が聞こえてきます。
(トメさん。どなたかいらしたの?)
(はい、お嬢様。オオクニヌシとか名乗ってます。どうせ押し売りでしょう)
(オオクニヌシさん? 聞いたことがあるわ。たしか、地上生まれの神様じゃなかったかしら)
(わたしは知りませんよ。まあ、たとえ神様でも、ご主人様がお留守のときは、だれも屋敷に入れるなというご命令ですから)
(そうね。でも神様に礼を失してはいけないわ。帰っていただくにしても、ちゃんと対応しなきゃ)
(わかりました)
(待ってトメさん。わたしが行くわ)
(え? なにも、スセリお嬢様が出て行かなくても)
(いいえ。父のお客様ですのも。わたしが出ます)
おっ、いい感じかも。
しばらく待っていると、ガチャリと門が開いたのでした。そして出てきたのは、なんとまあ、世にも美しきお嬢様。はい、ここでスセリの背景に、一面の薔薇が咲いているのを思い浮かべるように。(マンガによくあるでしょ、そういう場面)
「オオクニヌシさん、いらっしゃ……」
笑顔で挨拶するスセリでしたが、オオクニヌシを見て言葉が途切れます。
「あ、あ、あの…… は、初めまして……」
オオクニヌシも、スセリも見て、どもりまくり。
そのあと二人は、ただ黙って見つめ合います。
じつは、オオクニヌシは、あまりにもスセリの好みだったのです。さらに、オオクニヌシにとっても、スセリとの出会いは衝撃的でした。だって、あの美しいヤガミ姫を、すっかり忘れてしまうほどの美女なんですから。
なんと、二人はひと目で恋に落ちてしまったのでした。あ~あ。これがスセリの不幸の始まりだあ。
と、これからってところですが、行数が長くなりすぎ~ 続きはまた次回に。今度こそ、スセリが主役です。約束します。
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