4月1日の日記(4)-2013年

昔ちょっとだけいた会社は、この手のエイプリルフールのネタリリースに力を入れ過ぎて、3ヶ月くらい前から全社員のリソースをそこに振り向けるような会社でした。

正直に言うと個人的にはあんまり好きじゃないんだけど、ただ、ネットバブルのころにアイデア一発でのしてきたベンチャー企業は、この日に面目を躍如しないといけないみたいな風潮はあったよね。
これ、日本では特に2000年代以降くらいから各社こぞってやるようになった感はあるのだけど、イギリスなんかでは毎年、BBCが普通のニュース番組内で、大真面目に嘘ネタを報道したりするってのが昔からのお約束なんだとか。


世界で騙されたエイプリル・フールのネタ─史上トップ3 http://labaq.com/archives/50954670.html


エイプリルフールの起源については一体いつどこで始まったのか、諸説あってわからないんだそうで。
とはいえ、こうして社会に根付いてるのを見る限り、欧米ではかなり古くからあったであろうことは想像に難くない。
ひとつの仮説としては、「復活祭(イースター)」の起源に関する話があるんですが、これが結構興味深い。

キリスト教圏では、4月には「復活祭(イースター)」が行われる。
これは、キリストが処刑された後、3日後に復活したその日を祝う記念の日。
復活した日が日曜日であったことから、「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」が毎年イースターの日ってことになる。

……なーんてもっともらしく言ってますけども、実はこのイースターというお祭りは元々、キリスト教徒とは何の関係もない別の宗教のお祭りだったらしいですね。

これについても諸説あるのだけど、中世の厳しい冬(それこそ村で何人か死ぬくらいの)を乗り越え、暖かい気候と豊かな食料に恵まれ始めるこの季節を祝う風習ってのは、さまざまな民族にその文化があったようで。


ユダヤ教の「過越祭」や、ギリシア神話のアドニス信仰、イースターという言葉はゲルマン神話の春の女神の名前からだったり。

きっと元々は、冬が過ぎて食料が獲れ始めたからこいつで宴会やろうぜいぇー!みたいな話だったんだろうね。

各地の宗教のお祭りや風習が、キリスト教に取り込まれて別の形で存続するっていうのは珍しくなくて、クリスマスもあれはキリストの誕生日となってますが、元々はミトラ教の重要な祭日だったことが知られてます。
イギリスでも、元々の長く厳しい冬を越え、春になったことを祝うっていうのは、ケルト宗教の重要なお祭りでした。

ケルト民族の祭司であるドルイド僧たちが、この時期に儀式を行っていた記録っていうのが残っているそうで。

それが、キリスト教が伝わったことによって、復活祭と姿を変えていった。
だけど、そもそもケルト人たちにとって4月のこのお祭りは、キリスト教のためのお祭りではない。

実際、キリスト教化後もアイルランドではケルト文化が根強く、現地の文化習俗と融合する形で聖書や教会のデザインにもケルト文化の跡が見られたりもしていて。

そうした中で、キリスト教も受け入れてちゃんと信仰もしているけれど、4月のこのお祭りは復活祭としてでなく、どちらかというとケルト人として元々のお祝いをしていたような「ゆがみ」が一定期間存在していた。
そうした歪みを受け入れるためなのか、「4月の最初の日は嘘をついてもいい日」という風習が生まれたという説。

時代が降り、ルネサンスや宗教改革などを経た後に、カトリック教会の教えを鵜呑みにするのでなく、自分たちの起源を見直そう、という動きの後、こうした「4月の最初の日は嘘をついてもいい日」という、ケルト文化とキリスト教受容とにまつわる風習が、当時の大学などに通う若者たちの間から広まった、という話につながり、それがイギリスでの伝統的なエイプリルフールの風習につながるのだという。


カトリックはどうも、十字軍などのイメージで異教に対して不寛容な印象があるけども、さまざまな現地の習俗と結びついて世界中に根付いていったっていう歴史はあるんだよね。


この、ケルト文化と結びついた副作用として生まれたエイプリルフールも、もしかしたら、現地の文化を懐柔しようとしたキリスト教会側が、4月のその日だけ「二重の信仰」を許す為に方便として言ったことなのかもしれないし、はたまた、両方の風習をもってしまったケルト人たちが自嘲的に行った風習であるのかもしれない。



嘘をつくのは自分に対してなのか、はたまた神様に対してなのか。
歴史の闇に埋もれた、悲しい風習なのでしょうか。


本当のところはわかりません。

まぁ、今考えた作り話ですし。

本当にありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?