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家業×ベンチャーマインドで香川に新しい風を、異色の銀行員の熱き想い

9月13日、テラロックの番外編「テラロックネクスト」が高松市のWith Café(ウィズカフェ)で開かれた。7月のテラロックでピッチした銀行員の安川幸男(やすかわ ゆきお)さんが、自ら主導するプロジェクト「アトツギベンチャー」を熱く語った。安川さんは、バーテンダー、競馬予想士、出版社社員、IT企業社員、県庁職員など多彩な職歴を持ち、それぞれの肩書で新規プロジェクトを企画・実行してきた異色の銀行員。シルバーフレームの眼鏡がよく似合い、少年のようによく笑う。エネルギーがみなぎっている。家業の後継ぎを「アトツギ」と表現し、「アトツギ」の挑戦を「アトツギベンチャー」として応援したいと、地元の鳥取から4時間かけて駆けつけた。会場には中小企業の後継ぎ、家業はあるが後を継がなかった人、事業承継を支援する金融機関の職員や公務員など40名ほどが集まった。一時的な熱狂や関係づくりにとどめず、協働など次のステップに進んでいく仕組みを構築することを運営の基本方針とするテラロックから派生した交流会の様子を報告する。(テラロック運営事務局 森寿貴

第1回テラロックの記事はこちら

▽サプライズ

 一昨日にIT担当大臣を退任したばかりの平井卓也衆議院議員が、一人の参加者として急遽駆けつけた。

 「失敗は許容するものであり、経験の一つと考えるべき」、「なんとなく後を継いで、なんとなく続けている、というのが最もリスキー」と認識の変容を促し、「これから大切になる力は、人のネットワークを持ち、人を巻き込み、社会の変化を読み取って柔軟に変化する力である。米国のマイクロソフトもソフトウェア開発からクラウドサービスに軸足を移している」、「ガッツと情熱を持ち、挑戦して欲しい」と参加者に力強くエールを送った。
※平井議員は所用のため、冒頭のみの参加となった。

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▽テラロックネクスト

 続いて寺西康博さんが、「テラロック」をはじめた想いと運営するに当たって大事にしたい価値観について改めて参加者に説明した。

 「挑戦する人を応援するには、個人では限界がある。ネットワークの力で冷笑をかき消して熱源を生み出そう」とテラロックの目的意識を参加者と共有した。

 そして、テラロックが触媒となって創み出された今夜の交流会を「テラロックネクスト」と位置付け、全力で応援していくと宣言した。

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▽アトツギベンチャーに込められた想い

 次に、安川さんが、アトツギベンチャーについて説明した。
まず、「後継ぎ」と「アトツギ」は異なる、という。「「後継ぎ」には、親に引かれたレールに乗るなどのネガティブなイメージが伴うが、「アトツギ」はそうではなく、家業を、起業家精神をもってアップデートするポジティブなものである」と説明する。

 安川さん自身は、家業があるわけでも、後継ぎでもない。一人の銀行員として事業承継の支援に並々ならぬ使命感を持ち、所属する一般社団法人から事業承継のエバンジェリスト(伝道師)の称号を与えられている。

 「今や、大廃業時代に突入している」と警鐘を鳴らす。香川県における後継者不在率は52.8%と、全国2番目に低く、他の都道府県に比較すると悪い数字とは言えない(安川さんの地元の鳥取県では72.6%)ものの、増加率で見ると全国平均を上回っており、対岸の火事ではない。

 「先代から受け継ぐ有形・無形の経営資源をベースに、リスクや障壁に果敢に立ち向かいながら、新規事業、業態転換、新市場参入など新たな領域に挑戦する」ことこそが「アトツギベンチャー」であると安川さんは熱を込めて語る。

 「例えば、鳥取県の倉吉で65年続く靴屋の三代目さんは、靴職人の技術とクラウドサービスを掛け合わせて、靴の預かり・お手入れ・出し入れを自由にスマホで管理するShpree(シュプリ)を立ち上げた」( https://shpree.jp/ )と事例を紹介する。

 安川さんはこのようなアトツギを集めたコミュニティーをマネジメントし、国の予算も活用しながら積極的に支援している。「アトツギは先代の存在、昔からの従業員との相互理解など、悩みも多く、孤独な立場である」とアトツギの抱える悩みを冷静に分析する。「そんなアトツギにとって頼れるアニキ的存在になる「メンター」として、信頼できる仲間を4人集めている。皆、大変な苦労を経験して事業を成功に導いた代表取締役社長であり、経験に基づいた実践的なアドバイスができる」と語る。

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▽アトツギ登壇者の自己紹介

 続けて、アトツギ登壇者の自己紹介がはじまった。

丹生茂希(にぶ しげき)さん
 小豆島青年会議所の元理事長で、家業は、自動車の販売と整備をしている。

 「先ほど安川さんから「アトツギ」の定義の話があったが、自分は家業についてはそんなにアップデートしていない」と丹生さんは言う。「従業員の技術力を伸ばすことはとても大事にしているが、島の人口減少により強い危機感を覚えている」と語る。「小豆島をより面白い場所にして、にぎわいをうみ、人を呼び込みたい」と熱を込める。

 青年会議所では、音楽イベントの開催、台湾との国際交流、わんぱく相撲大会などに取り組んだ。また、夢中のキッカケを作り続ける、をキャッチコピーとして、島民が入会費と年会費を支払って共同オーナーとなる一般社団法人小豆島スポーティーズを設立し、ご当地プロバスケットチーム「小豆島ストーンズ」の運営など、精力的に活動している。

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藤田圭一郎(ふじた けいいちろう)さん
 もともとIT企業に勤務していたが、岡山駅近くで業務用酒販店を営む家業を継ぐために辞めた。

 藤田さんは、家業を継ぐことに対してネガティブであったという。「儲かると説得されて苦渋の決断の末、家業を継いだものの、販売先から売掛金を回収することにすら苦労するのが実態だった。利益率も低く、聞いた話と違うと思った」と吐露する。

 そのような中でも藤田さんは果敢に挑戦する。IT企業の経験と繁華街にある業務用酒販店という特性を掛け合わし、得意先の採用難の課題を解決するため、スナック求人サイトをつくった。それでも利益率はあがらない。B(法人)向けのサービスには限界があると感じた藤田さんは、C(消費者)向けのサービスとして、スマホでオリジナルのワインラベルを発注するサービスを始めた。このサービスはとても評判で、利益率もよくヒットした。「将来的にはメーカーをやりたい。 日本発のノンアルコールビールメーカーとか」と胸を膨らます。

 藤田さんの取組はこれにとどまらない。起業家と投資家のコミュニティをマネジメントし、岡山県のスタートアップカルチャーのど真ん中で活躍している。10月11日には、アトツギベンチャーのイベントを岡山でも開催する。

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松下文(まつした ふみ)さん
 家電メーカーで営業や商品企画を担当した後、地元への恩返しをしたいと、東かがわ市にUターンした。家業のはじまりは、戦後、祖母がはじめた文房具屋だった。「元々祖父の体調がすぐれず、万一の時に女手一つでも食べていくためにはじめたもの。学校はなくならないだろうということで文房具屋をはじめた。幸い祖父はその後30年間元気に働いてくれた」と家業の起源を話す。現在は、文房具販売の他、OA機器・オフィス用品販売を中心に、パソコン教室・プログラミング教室などのスクール事業、EC事業などに取り組んでいる。そんな家業をすぐに継ぐことはせず、 松下さんは新規事業tet.(テト)を2016年に立ち上げた。

 tet.とは、「日本一の手袋の産地である東かがわで生まれ、手袋や産地の魅力を発掘し、発信するブランド」である。国内の手袋の90%以上が東かがわ市で生産されている。「手袋の著名な産地は、世界にも複数あるが、特に東かがわ市はニットのもの、レザーのもの、スポーツ用のもの、特殊作業用のものなど、 多様な手袋が生産されている」と東かがわ市の手袋産業の幅の広さを語る。tet.で発信する手袋の生産者は、元々家業のお客さんであったことがきっかけ。「家業では、お役立ちの精神を大切にしている。役に立たなければない方がいいとうたっており、現状維持をよしとしない。tet.をはじめる時も反対はなく、応援してくれた」という。

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▽アトツギ参加者のショート自己紹介

 登壇者の自己紹介の後は、急遽、アトツギ参加者のショート自己紹介がはじまった。

・100年以上の歴史があり、社会情勢の変化と共に業態を変化させてきた会社のアトツギ
・ラジオのパーソナリティーも務めるアトツギ
・日本の素晴らしいトイレ文化を世界に発信したいと語るアトツギ
・家業にプラスαとして個人で飲食店を営むアトツギ
・最近、魚屋の後を継ぐことを決意したアトツギ
・時代の要請に応じ社会福祉法人に業態転換したアトツギ
・従業員のために楽しく働くことができる会社にしたいと語るアトツギ
など、様々なバックグラウンドを持つアトツギの自己紹介で、会場は大いに沸いた。

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 また、会場のWith Caféを運営する吉田直由(よしだ なおよし)さんも、テレビ局で勤務後、創刊43周年を迎えたタウン情報誌の家業の手伝いをしているアトツギ。家業のはじまりや「香川県の企業、若者を元気にしたい」というシンプルな想いに突き動かされてオープンさせたWith Caféについて紹介した。

▽トークセッション

 最後に、安川さんをコーディネーターとして、アトツギ登壇者(※)、そしてメンターとして参加した学生服リユースショップさくらや創業者の馬場加奈子(ばば かなこ)さんをパネリストとしてトークセッションが行われた。
※丹生さんは、小豆島に帰島するため不参加

 まず安川さんから、パネリストに対し、アトツギとしての葛藤はないか、と問いかけがあった。

 藤田さんは、家業を無理して継ぐのではなく、たたむことも一つの選択ではないかと悩むことがあったと率直な想いを述べた。

 松下さんは、先代を意識し自分がどういうスタイルで取り組むべきか悩むこともあったが、新しいことに挑戦できる環境のなかで「違っていていい、と腹落ちし た」と語った。

 メンターの馬場さんは記述のとおり創業者であるが、家業があったことを明かした。「消防士の父と保育士の母が、中古車販売をはじめたが、車にそこまで愛を注げなかったので後を継がなかった。学生服のリユースショップを創業したが、小さい頃から取引先との関係を大事にしていた両親の姿を目にしていたことやリユースという発想など、振り返ってみると自身に少なからず影響を与えていると思う」と話した。

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 また、会場のアトツギ参加者からは、
・小さい頃から、後を継ぐということを刷り込まれており、そういうものだと思っていた
・効率化のためにロボットを導入しようとしても、昔からの従業員をいかに説得し、受け入れてもらうかが悩ましい
といった声が聞かれた。

 次に、安川さんから、家訓はあるか、問いかけがあった。

 松下さんは、姉妹がもめないこと、夫婦仲よしでいることを、迷いなく答えた。

 会場のアトツギ参加者からは、しんどくなったらすぐやめろ、売ってしまえという教えがあり、このおかげで気持ちが楽になっているとの答えがあった。

 最後に、安川さんから、未来に向けて実現したいことについて、問いかけがあった。

 藤田さんは、自己紹介でも話したとおり酒類メーカーとなることに挑戦したいと答えた。

 松下さんは、手袋産業・ものづくりの良さがきちんと伝わっていく文化づくりのきっかけを作りたいと答えた 。

 吉田さんは、地元あっての商売なので、みんなが得をする商売をしたいと話した。

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▽結び

 テラロックネクスト第一弾として開催した「アトツギベンチャー高松上陸」であったが、安川さんの熱き想いが、アトツギ登壇者、会場の参加者に次々と伝播していき、本音でコミュニケーションが出来る空間が形成されていたように思う。リラックスして、自然に笑顔がこぼれる、昨今よく言われる「心理的安全性」と呼ぶべきものであろうか、とても居心地の良い時間・空間であった。全体のプログラムが終わった後も、遅くまで、参加者同士がコミュニケーションをしていたのも、このことをよく表しているのではないか。お互いの仕事や想いを知ることから、協業の芽が生まれる。既に本会の出会いがきっかけとなり、新たな行動につながった事例の報告を受けている。一時的な熱狂や関係づくりにとどめず、協働など次のステップに進んでいく仕組みを構築することを基本方針とするテラロックとして、引き続き、アトツギベンチャーのコミュニティーづくりをはじめ、全力で応援していきたい。

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アトツギコミュニティー誕生の予感

~アトツギ支援の伝道者登場 事業承継の壁ぶち破れ~

寺西康博
 「テラロック」の番外編である「テラロックネクスト」を開催しました。この日の主役は鳥取県でベンチャー型事業承継に取り組む 安川さん。市場が小さく人的資源も限られる地方での創業は難しい。ならば同族企業の2代目、3代目に起業家精神を持たせ、資産を生かしながら新規事業を発案させてみよう。若手の後継ぎを集めて育成するプロジェクト「アトツギベンチャー」を紹介してもらいました。後継ぎ支援のエヴァンジェリスト(伝道者)の安川さんは金融機関で働いています。「後ろ向きの事業承継から、事業創造やイノベーションに前向きにチャレンジするカルチャーを創りあげていく」と意気込みを語りました。

 香川、岡山両県からも後継ぎたちが登壇し、ビジョンや悩みを話してくれました。国内企業の3分の2は後継者を確保できておらず、事業承継は日本全体の課題になっています。孤独に陥りやすいと言われる後継ぎに「仲間づくり」という解決策を提供した安川さんに賛同の輪が広がりました。香川県にも新たな「アトツギコミュニティー」が誕生しそうです。

 寺西は主催者として「この場では、意識を高く持つことや挑戦することへの冷笑は必要ありません。情熱を周りに放出する熱源になりましょう」と会が目指す方向を示しました。私は「同調圧力が強く、変化や失敗を嫌う空気を打破し、挑戦する人を応援したい」と考え、行動を起こしました。一人では何もできません。でも、ネットワークでなら成し遂げられると信じています。そのネットワークが生まれる「場」をこれからもつくっていきます。

 次回テラロックは、10月21日です。テラロックの参加資格は「情熱を持ち挑戦する個人」であり「寺西が信頼する方が招待した方」までと考えています。皆さんにご理解いただけるとうれしいです。

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#テラロック #terrarock #TerraRock

第1回テラロックnote記事
https://note.mu/terrarock/n/nd7626f172bc9