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混迷の先に未来を描け 識者が問う地域金融の真価 第5回テラロック

 いま必要なのは、見えない未来を信じる力—。新型コロナウイルスの感染拡大で多くの事業者が営業不振に陥る中、5月24日、公務員の寺西康博さんは「疾風勁草 試される金融」をテーマに第5回テラロックを開いた。オンライン形式の議論に登場したのは、日本資本主義の父と称される渋沢栄一の玄孫でコモンズ投信会長の渋澤健さんら3人の識者。危機的状況で金融の果たす役割は何か。渋澤さんは、実業界に偉大な足跡を遺した高祖父の言葉を借りながら、先の見えない状況だからこそ「できるかできないかではなく、何をやりたいか。そこが一番大事だ」と述べ、旧弊にとらわれない挑戦を金融機関に期待した。(共同通信社高松支局記者 浜谷栄彦)

 第5回に登壇した3人の氏名、プロフィールは以下の通り。

渋澤健(しぶさわ けん)さん コモンズ投信株式会社取締役会長
 「日本資本主義の父」渋沢栄一の玄孫。米国でMBA取得後、JPモルガン、ゴールドマン・サックスなど外資系金融機関でマーケット業務に携わり、米大手ヘッジファンドの日本代表を務める。2001年に独立し、07年にコモンズ㈱を創業(08年にコモンズ投信に社名変更、会長就任)。『SDGs投資 資産運用しながら社会貢献』(朝日新書)など著書多数。

橋本卓典(はしもと たくのり)さん 共同通信社編集委員
2006年共同通信社入社。経済部記者として流通、証券、大手銀行、金融庁を担当。09年から2年間、広島支局に勤務。金融を軸足に幅広い経済ニュースを追う。15年から2度目の金融庁担当。16年から資産運用業界も担当し、金融を中心に取材。金融業界に変革をもたらした『捨てられる銀行』シリーズ(講談社現代新書)、『金融排除』(幻冬舎新書)の著者。

真鍋康正(まなべ やすまさ)さん ことでんグループ代表
経営コンサルティング会社、投資会社等を経て、2009年に香川に帰郷。経営破綻したことでんグループの再生に従事。高松琴平電気鉄道、ことでんバス、ことでんサービス等、グループ各社の代表取締役社長。その他、かもめや、電脳交通、MATCHA、香川ファイブアローズなどベンチャー企業の支援を続ける。

▽銀行もベンチャーだった

 「夫(そ)れ銀行は猶(な)お洪河(こうか)の如し」。渋沢栄一が1873年(明治6年)に第一国立銀行(現みずほ銀行)を設立した際、株主を集めるために考えた広告文だ。金融に対する社会の理解はないに等しかった。栄一は銀行を川に例えて、お金の一滴一滴は小さなしずくでも、大きな流れになれば貿易、工業、学術を進歩させる資金となり、国家の繁栄につながると説いた。

 渋澤さんは「当時は銀行もベンチャー。お金を集めるには共感が必要だった」と話す。260年以上続いた江戸時代が終わり、近代国家への階段を駆け上がる日本。従来の常識が通用しない時代、栄一は銀行を足がかりに約500社もの企業の設立や発展に関与した。「共感を生むには誰かがロックする(先陣を切って固定観念を壊し、新たな価値観を示す)必要がある。栄一の行動は〝シブロック〟だと思う」と渋澤さん。持ち上げられた寺西さんは大喜びだ。

▽新型コロナへの対応は

 明治の新興企業として産声を上げた銀行はやがて経済の中心に君臨し、1980年代の常軌を逸した貸し出しはバブルを生む元凶にもなった。政府は90年代以降、積み上がった不良債権の処理に約10兆円もの公的資金を注入し、乱脈融資の再発を防ごうと厳しく監視した。当局からにらまれたくない銀行は積極的な姿勢を失い、潜在的な成長企業を見抜く「目利き力」を落としていった。

 そして突如降りかかった新型コロナの災禍。金融機関に対応する力はあるのか。橋本卓典さんは、事業規模が相対的に大きい第一地銀ほど融資先に冷淡な傾向にあると分析する。「苦しい事業者の面倒を見ている信用金庫、第二地銀、信用組合は沈んでいく。トップ地銀はますます有利になり、独善的になる」と話し、好ましくない二極化を危惧した。

▽スタートアップは置き去りか

 エンジェル投資家でもある真鍋康正さんは、創業間もないスタートアップ企業は政府が新型コロナ対策で打ち出した損失補償からこぼれ落ちていると指摘した。原則として、支援の対象は前年に比べて一定の割合で売り上げが減った事業者だ。生まれたての企業は前年の売り上げがゼロの場合もあり「救済制度に乗っかってこない」と真鍋さん。

 寺西さんも「これが金融の難しさ。融資を受ける際も、実績がないとビジネスの可能性を測定しにくい」と同意する。新しい事業に挑む企業が消えると社会は活力を失う。真鍋さんの訴えは切実だ。「銀行は既存事業の融資対応に追われている。新しく生まれてくる企業を誰が支えるのか。日本中が止まってはいけない。どうやって支援のムーブメントをつくるか考えないと」

▽長官の熱弁

 休憩を挟み、この日オンライン参加した約150人との質疑応答が始まった。

 回答者側に加わった特別ゲストの遠藤俊英金融庁長官はあいさつで、当局が権力を背景に指導する手法は金融機関から主体性を奪うという問題意識をあらわにし「テラロックのように情熱のある個人が組織を超えてつながる横の関係をつくらないと新たな知的創造は生まれない」と力説した。また「事業者が八百屋を選ぶように金融機関を選択できるようになれば」と話し、顧客の要望に応えられない銀行は捨てられる運命にあると述べた。その上で「金融庁に怒られるかどうかなんて関係ない。そんなものは一過性に過ぎない。だけどお客さんは違う」と銀行の奮起を促した。

 続いて、金融機関や行政関係者を個人レベルで結びつける「ちいきん会」を主宰する金融庁職員の菅野大志さんが「寺西君のような有志と連携したい。ちいきん会は開いて終わりではない。金融庁の地域課題解決支援チームが伴走し、さまざまな事業を県と金融機関が一緒にやる流れができている」と呼びかけた。

▽「前例がない」は禁句に

 参加者から寄せられた最初の質問は「地域金融機関の職員が身に付けるべきスキルと能力は」。

 橋本さんは「創造性」と即答し、群馬銀行中之条支店が発案した、介護事業者が旅館に介添えのスキルを教える取り組みを紹介した。4月に日本を訪れた外国人観光客は前年同月に比べて99・9%減った。当面、回復は見込めない。インバウンドの穴を埋めるために、これまで泊まるのをあきらめていた要介護者を新たな顧客に取り込む狙いだ。報酬の少ない介護従事者にとっても副収入を得る機会となる。

 寺西さんが質問を補足する形で「鉄道はオールドビジネス。人を育てるのに必要なことは」と尋ねると、真鍋さんは、若手に権限を委譲することで組織の創造性が増すと答えた。さらに、厳しい経営状況にある地銀や乗り合いバス会社の合併や経営統合を独占禁止法の適用から除外する特例法が成立したことを受け「救済より再編。その流れの中で経営者の年代も若返れば」と期待を示した。

 渋澤さんは「スキルどうこうじゃない」と前置きし、金融機関に禁止用語を三つ設けることを提案した。「職員は『前例がありません』『組織で通りません』を言ってはいけない。幹部は『誰が責任を取るんだ』を禁句にするべきだ。遠藤さん、行政指導してください」とにこやかに水を向けると、金融庁長官も笑顔で「時代が大きく変わる環境では『前例がない』は言っても意味がない」と同調した。

▽アナログで勝負

 続く質問は「コロナ禍でイノベーションが加速する可能性がある。金融機関ではどのような形で起こり得るか」。

 大手の外資系金融機関で働いた経験のある渋澤さんは「地域金融機関はフィンテックに代表されるデジタル技術で大手と戦うべきではない。むしろアナログで勝負するべきだ」と助言した。本店の一角に喫茶店を入れてオープンな情報交換の場をつくるなど、人に目を向けた取り組みの方が地域密着の強みを発揮できるという。

 橋本さんは、行政から地域課題の解決を請け負う山口フィナンシャルグループを例に挙げ「若者が町から出て行く。空き家はどうするのか。行政だけでは解決できない問題に関わるのが地域トップ地銀の仕事では」と話した。支払いの原資が税金だけに行政側の要求水準は高い。期待値を超える結果で役所という新たな顧客を開拓するのはイノベーションと言えるかもしれない。

▽何をやりたいか

 寺西さんは最後に、参加者に最も伝えたいことを識者に尋ねた。

 遠藤さんは「今までの金融は経営らしいことをしてこなかった。銀行が栄華を極めた昭和30〜40年代は、預金を集めて貸して利ざやでもうけるのが当たり前だった。ただ時代の流れのなかでビジネスモデルを変えるのは他の業種なら必然」と話した。古い体質を引きずった金融機関は今も存在する。金融庁のトップとして「われわれが悪いのかもしれない。変なことを言うと当局ににらまれるという空気をつくっているかもしれない」と反省しつつ、変化への胎動に望みを託した。

 真鍋さんは、コロナ禍で格差が拡大することを心配しているという。「仕事を失う人がいる一方で、在宅勤務で飲み会もなくお金がたまった人もいる。富の偏在は社会の歪み」と指摘し、「もし個人の所得や貯金が増えているなら、自分たちのコミュニティーを守るために使ってほしい」と話した。

 渋澤さんは「見えない未来を信じる力。きょうの参加者は絶対に持っている」と言った。逆境に直面した時の渋沢栄一の判断基準は「やりたいか、やりたくないかだ」と続け、地域金融機関に向けて「ほとんどの人は『お金がない、権限がない』と言うが、できるかできないかではなく、何をやりたいか。そこが一番大事」と強調した。

▽独立独歩

 寺西さんの鮮やかな進行で成功裏に終わった第5回テラロック。識者が発したメッセージは参加者の3割を占めた金融関係者の胸に届いただろう。惜しむらくは識者に気を遣いすぎて主宰者の意見が控えめだったこと。寺西さんは12年余りの公務員生活のうち5年を金融行政に費やし、打ち合わせの段階では「最も思い入れのある分野」と話していた。地域の金融機関で働く人の苦悩も矜持も熟知しているだけに、もっと主張を聞きたかった。

 とはいえ、テラロックが昨年7月に混沌の中で誕生したことを思い起こせば、金融庁長官が支持する交流会に発展した事実に感慨もある。寺西さんが役所で与えられた仕事をこなす人材に甘んじることなく、外の世界に自己表現の場を求めた結果だ。

 渋沢栄一は33歳で大蔵省(現財務省)を辞め、実業を通じて社会の発展に尽くした。その訓話を集めた「論語と算盤」の終章で「社会の進歩とともに(中略)新規の活動を始めるに多少不便ともなり、自然保守に傾くようなことにもなる」と述べている。組織が慎重になりすぎて進歩や発展を阻むようになると、個人にとっても国家にとっても害悪が多いと警鐘を鳴らした。

 さらに栄一は、こうした閉塞状況を打開するために、「全力を傾倒して勇猛心を必要とする」とし、「過失失敗を虞(おそ)れて逡巡するごとき弱い気力では、到底国運の退嬰(たいえい=後退)を来さずにはおらぬ」と叱咤する。そして「溌溂(はつらつ)たる進取の気力を養い、且つ発揮するには、真に独立独歩の人とならねばならぬ」と挑戦者を鼓舞している。寺西さんは偉大な経済人の精神を受け継いでいるように見える。(了)