8か月ぶりの利下げが、0.1%に留まった中国人民銀行の苦境!
中国経済は、5月生産者物価指数が前年比▲4.6%、5月消費者物価指数が前年比+0.2%に留まり、デフレ不況の際に立つ状況にあり、中国の若年失業率は、20%を超えてきた。にもかかわらず、中国人民銀行が6月に景気テコ入れのための利下げが0.1%しかできないのは、足元の人民元安を更に加速させるリスクを回避する必要があるからだ。中国人民銀行の外貨繰りを探った。
1.日本の90年代と重なる中国経済の現況
日本の90年代は、多くの金融機関がバブル崩壊に伴う不動産絡みの不良債権処理に苦戦し、統廃合を迫られた苦しい時期であった。また、生産年齢人口が減少に転じたのもこの時期で、失われた30年の始まりとなった。
現在の中国も、恒大集団を筆頭に、多数の不動産会社・大手建設会社が倒産の危機に喘ぎ、不動産不況が、土地売却収入に依存する地方政府の財政を圧迫し、傘下の地方金融機関の経営を困難にしている。その一方で、中国の生産年齢人口も減少に転じたと報じられ、中国経済の潜在成長力の低下が懸念される状況にある。
2.民間活力を削ぐ中国共産党の経済運営
アリババを始め、大手IT企業のイノベーションを抑制し、国営企業重視の経済運営を進める中国共産党の姿勢は、中国経済のポテンシャルを低め、株式市場の低迷をもたらしている。加えて、米中経済摩擦を反映して、地政学的リスクを考慮した外資の中国離れの動きが顕在化し、中国への投資減少が、足元での人民元安を誘発している。
3. 今後の打開策
国内の自動車生産におけるEVシフトや、ロシア制裁発動以降、2023/1~3中国の自動車輸出額が世界一になるなど、明るい話題もあるが、米国によるデリスキング(リスク低減を図りつつ、関係を維持していくこと)の動きは、止まりそうにないため、現在、欧州に対して脱炭素に向けた太陽光発電設備の供与など中国が価格競争力を有する分野に活路を見出そうとしている。
4. 人民元安の現状
足元のドル人民元レートは、図表1の通り、昨年末以来の1ドル=7.20人民元を超えてきており、人民元のじり安傾向が続いている。米国の金融引き締めによる資金流出に加え、国内株式市場の低迷が、中国から日本を始め海外市場への資金流出を招いている。
5. 中国の為替市場への介入余力
中国の外貨準備高は、図表2の通り、依然として3兆ドル以上ある一方、対外債務も2兆4千億ドルに達しており、相殺すると実際の介入余力は乏しいのが実情である。加えて、昨今の米中対立の激化により、外貨準備高に占める米国債の保有割合は、近年急速に減少しており、現在は、1兆ドルを下回っている。
過去、1ドル=8人民元を超えていた時期もあり、景気浮揚を狙って、緩やかな人民元安を容認する余地はあるが、肝心の欧米先進国からの外需に陰りが見えている以上、元安誘導のメリットはさほど大きくないとは言え、元安が更なる資本流出をもたらす悪循環を避けるため、先週は、複数回に渡り、国営銀行を通じてのドル売り介入の動きが報道された。
6. 日中経済の違いと人民元相場の行方
日本は、中国と異なり、世界最大の対外純資産国のため、昨今の円安により、対外投資の配当金収入など、第一次所得収支の伸びが、税収を増加させるなど通貨安メリットを享受できる国である。また、日本は、中国の様に、資本規制を行っていないが、大規模な資本流出の起こらない先進国である。
中国の場合、資本規制の緩和が大規模な資本流出を招く危険性が高いことから、為替規制の自由化は期待できない。従って、今後の人民元の相場変動も、当局管理下において急激な変動は避けられよう。但し、中国による「一帯一路」政策による新興国に対する融資の焦げ付きの急増により、新規対外融資は急減しており、中国の対外拡張戦略は、曲がり角に直面している。更に内、外需両方の低迷により、貿易量が減少し、経済のパイ自体が縮んで行くと、あの時が、「中国の失われた30年」の始まりであったと言われることになるかもしれない。 日本では、内需の低迷が、円高不況として、デフレを長期化させたが、中国の場合、国内労働コストの上昇が、外資の中国離れを誘発し始めており、資本逃避を伴う景気後退に陥ると、現在の人民元安は、米国の金融引き締めが終了しても収束しない長期下落トレンドの始まりと見なされることになるかもしれない。
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20230704執筆 チーフストラテジスト 林 哲久
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