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経常収支黒字が過去最大なのに、「隠れ円安」が止まらない理由とは!

今年度上半期(4-9)の経常黒字が過去最大の12兆円を超えた。それにもかかわらず、足元の円安が止まらない理由として、国際収支統計上のお金の流れ、即ち、金融収支にあることを下記に説明する。


1.変わる経常収支の構造

日本は、歴史的に経常収支黒字国であるが、2010年頃までは、為替市場に直接的なインパクトを与える貿易黒字が中心であったが、2010年以降は、図表1の通り、経常収支の中身が第一次所得収支黒字に転換してきている。第一次所得収支黒字とは、日本企業の海外投資資金の配当金受け取りや、外国証券投資の受け取り利息などが中心であり、必ずしも国内還流せず、海外において再投資される部分が大きいのが特徴である。従って、現実には、見かけほど為替市場おいて、円買いインパクトを与えていないのが実情である。

(図表1 日本の経常収支推移チャート 内閣府ホームページからの引用) 

2.金融収支の中で際立つ対外直接投資

日本企業は、国内市場の伸びが少子高齢化で期待できない状況を受け、この数年急激にグローバル展開を加速させている状況にある。図表2の通り、日本の対外直接投資金額は、年間20兆円を超える規模に達している。直近9月の日本の経常収支黒字は、2兆7千億円に達しているが、対外直接投資金額も、2兆1千億円を超えている。また、経常収支黒字の大半が国内還流しない一方、対外直接投資は、ほぼ全額、外貨買い円売りとして為替市場に影響を与えており、このインパクトの違いが最近の円安の主要因となっている。

(図表2 対外直接投資金額推移チャート 左軸:単位 億円 株式マーケットデータからの引用)

3.増える金融収支赤字の行方

対外直接投資は、企業による海外進出に伴う資金フローであるが、来年以降は、新NISAが解禁されることで、日本の個人投資家が今まで以上に海外証券投資を活発化させる可能性がある。今まで日本の個人投資家は、円高リスクを恐れて、為替オープンでの海外投資信託などの対外証券投資を敬遠してきた歴史があるが、昨年来の円安傾向の定着を見て、より長期的な資産形成の観点から、為替オープンでの対外証券投資を活発化させる蓋然性が高い。個人の国内金融資産は、2,000兆円を超えており、この1%が海外投資に向かうだけで20兆円の円売りインパクトがあり、来年からは、対外証券投資も加わり、円安進行が更に加速する事態も想定しておく必要があろう。

4.ドル円相場の行方

昨年来、米国の急激な金融引き締めにより、ドル円相場は現在150円を超える水準まで、ドル高円安が進行しているが、今後は、米国の景気減速を受け、利上げ終了局面に移行し、場合によっては、来年度以降、利下げを行う段階に入ることも予想される。一方、日本の大規模金融緩和策は、その反対に金融正常化に向かう道筋が見え始めており、日米の金利差が縮小に向かうことで、現在の円安相場が円高傾向に転換するとの見方が主流である。
しかしながら、日本企業の対外直接投資の流れは不可逆的であり、金融市場の動向とは関係なく進む。また、個人投資家も、より成長が期待できる海外証券投資に長期的観点から資産配分を行うようになれば、目先の為替相場動向に左右されずに対外投資を進める公算が高いことには留意する必要があろう。
従って、今後は大きな円高への反転は想定しにくく、むしろ、160円を超えて円安が進む可能性にも注意していきたい。

前回の国際収支関連の記事はこちら

20231109執筆 チーフストラテジスト 林 哲久


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