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「その監査証拠は『逸話的』だ!」~何が監査証拠になりえるのか【監査ガチ勢向け】

何が監査証拠になりえるのか――これは結構深い問いです。考え方の一つの切り口をご紹介します。


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

前回のてりたまnoteでは、トランプ元大統領の英語を取り上げました。

今回は、アメリカ人の議論に出てくるある言葉を踏まえて、監査証拠について考えてみます。



「逸話的」ってどういうこと?

アメリカで政治家同士が議論したり、テレビで政治に関する議論をしているときに、こんな言葉を聞くことがあります。
"That's anecdotal."
これ、相手に対して「お前の言っていることは、ほとんど意味がない」と言わんばかりの攻撃的な発言なんです。

直訳すると「それは逸話的だ」。ちょっとこれでは意味が分かりませんね。
もう少し意訳すると「それは個別の事例だ」。「証拠にはならない」という意味を含んでいます。

例えば、政府のある補助金が「ばらまきではないか」という批判に対して、与党の議員が次のように反論したとします。

昨日食事したレストランで、オーナーが「あの補助金は本当に助かりましたよ。廃業しないですみました」と言っていたんです。必要な人にしっかり届いて、役に立っているんです。

このレストランオーナーは実際に助かっていたとしても、これだけではn=1に過ぎないので、有効な反論にはなっていないですよね。
証拠として不十分と言えます。

こんなときに言うのが、
"That's anecdotal."

この議員はこれを言われてしまうと、主張が一蹴されてしまった形になります。
統計、調査結果など何か「証拠」になるものを出すか、あるいは単なる逸話ではないと反論しないと負けを認めることになります。

こうやって追い込まれないようにするために、話しはじめるときに先手を打つこともあります。
"This is anecdotal, but…"


アメリカ人の「証拠」に対する考え方

これは、アメリカ人の証拠に対する考え方が背景にあると思います。(イギリス人にもあるかもしれません)

これをさらによく表しているフレーズがあります。
"anecdotal evidence"
「逸話的証拠」と訳すとますます分かりませんが、単なる事例に過ぎず、正確さや信頼性に欠ける証拠という響きがあります。

一つや二つの事例を挙げても、証拠としては認められないと言うことです。

これが使われる場面が、厳密な証拠力が問われる専門的な議論ではなく、公衆の面前で行われる会話だということが重要です。
それを見ている一般の人も「確かに、それじゃあ証拠にならないな」と分かるということです。


「監査証拠」とは

「十分かつ適切な監査証拠」とは何か。監基報200を読んでも抽象的でピンときません。どうしても「職業的専門家としての判断」に行き着いてしまいます。

"anecdotal"の話を長々としましたが、「十分かつ適切な監査証拠」の一面を見せていると思います。
つまり「事例をいくつか挙げてもらっても、十分かつ適切な監査証拠とは言えませんよ」ということです。

クライアントの会計処理についてメモを書くとき。
または、何らかの逸脱事項があって、それでも不備ではない、虚偽表示ではないという判断に至る過程をコメントするとき。
なかなか有無を言わせぬ証拠が見つからず、いろいろかき集めて書くことがあります。

そんなときに、監査証拠未満の単なる事例を集めただけではないか、という点に気をつける必要があります。
書いたらダメなわけではないですが、それ自体を有力な証拠とすることはできません。


おわりに

「アメリカで"anecdotal"と言うことがある」ことから、アメリカ人の証拠に対する考え方を導き出し、監査証拠に当てはめました。
このやり方自体が"anecdotal"な気がしてきました。

皆さんの反論から身を守るために、一応添えておきます。
"This is anecdotal, but…"


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはX/Twitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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