某音楽と芸術の学校に思ってきたことをなんとなく書く

‪本、「最後の秘境 東京藝大』を読んで、でもそこには「東京藝大関係だった人なら常識としか思えないほど当たり前のことしか書いてなくて、それなのにその内容が受けて需要あるの? 世界って」と思ったので、東京藝大関連で思い出したことを書きます。

うちの母親は東京藝大出身で、その頃の友人達を紹介されても、みんなまともな人間からはかけ離れたタイプの人々で、僕としてはそういう人達をこそまともとして見続けて育ったので、世間一般でまともと思われてる人達と価値観が全く合わない‬。

‪卒業後に一般的な就職をする人のことは、「ああ、この人は自分の技芸で身を立てる道から脱落したんだな、失敗者で落伍者の、一般社会でしか生きていけない凡人になってしまうんだ、闇の世界に堕ちてしまった堕天使だ」くらいの認識で育った‬。

‪僕の生まれついた家では伝統芸能をやってる人が複数人居て、だけれども突出して著名であるわけでもなく、微妙な立場の家だったと思う。致命的なのは、家元ではないというところ。祖母は某流派の日本舞踊師範で、数百〜千人くらいに教えた教え屋さんとしては成功した人生だったと思うけど、祖母の妹弟子で舞踊家として著名になった人とは種類が違う立場のまま終わったし、広い知名度もない‬。

‪母は数々の演奏会や数十枚の録音物への参加があるはずだけど、きちんとした記録が出来ておらず、参加リストなどが全く手元にない状態。全貌は誰も把握してないだろうし、やるべきなのは僕だろうけど、僕は今生きてることだけで手一杯で、そこまで労力が回らないまま年月が経ってる。‬

‪東京藝大では美校と音校の分断があると思うけど、音校に通ったうちの母親は陽気な人柄によってか、美校の人達とも交流があって、葬儀には様々な人が来てくれた。彫金の人とか、装飾品の人とか。その時に来た人達も今やある程度亡くなってる。‬

‪僕の家はそういった技芸至上主義みたいな価値観が基本にあって、その中で僕は育ち、十代の反抗期の時期にはそれに反発して、学問を身に収めたいと思ってた。でもうちの家族は学問や学習や学びとることについて懐疑的な人達で、知性のある人や、学歴のある人を、大学に通うような年になってまで自分で身を立てていない怠け者扱いしてた。‬

‪これは、僕の血縁上の父親が、一応レベルが高いとされてる学校を出でいるにも関わらず、妻子を捨ててのうのうと生きるような人だったことを踏まえて、母方の祖父母に育てられている僕に、そのような人間にはなるな、と言っていることだったのだけど、‬

‪母と母方の祖父母は僕に父方が如何に価値が無く有害で母方の自分たちがどれだけ孫に恩を与えているか理解しろ、ということでもあった。僕を引き取った母方の親族たちはそのようにして、僕の身体や遺伝子の半分は生きる価値のない奴だとみなしていた。愛する娘の子が愛しい気持ちと、憎い男の子供である僕への嫌悪、その両方が、母方の親族達が自分勝手に思った任意のタイミングで僕に当て付けられた。学ぶことは父方を想起させるらしく、厳しく咎められた。‬

‪何かを学びとると激昂され涙され、それを踏まえて試験では敢えて少ない点を取るようにすると、これまた激昂され泣かれる家庭環境だった。僕は何も許されない存在で、愛玩動物としては愛されたけど、僕が人間であることを僕の家族達は最後まで認識していなかった。‬

‪母は高3の夏に楽器を始めて、半年後には現役で東京藝大に合格するほどの才能はあったけど、うちの家庭の不安定さや微妙でデリケートな関係性に常に苛まれて、演奏者として大成したり、著名になったりはしなかった。ずっと頑張ってたのにね‬。

‪話を藝大に戻すと、僕も知ってる藝大出の人は、やっぱり普通じゃないと思う。よく、僕のことを「普通じゃない」とか「おかしい」と反応してくる人がいるのだけど、僕からすると、僕を受け入れられるくらいの視座と度量の広さすら持てていない一般の大多数の人こそが普通じゃなく能力が低いのだと思うけど、‬

‪社会はある程度の範囲の存在をまともだと見做し、一般的な規範の下限を下回る人を蔑視なり手助けはするものの、一般の範囲を上回る存在をもその最下限を下回る人間への対応と同じように扱い、適切な成長を妨げ、飼殺しにするようにしてレベルの低い状態に留め置く。なので僕はそんな社会は信じていない。‬

‪作品で生きるのは大変だな、とまた思ってる。僕から見て読まれる価値が薄いように感じられる著作がベストセラーになり、程度の低い人間が著名となって人々から生きていられる状況に身を置き留められる。人間の程度や知性が低い人が尊ぶ、それに相応な程度の低い作品への高評価。物事の本質を汲む力のある人はとても少ないのだと実感する‬。

‪早く命が終わって楽になりたい。‬
‪生きるに値する価値のある人間は限られる。みんなどうして平気で、または平気そうに、生きていられるのだろう。‬

‪地球破壊爆弾があったら間違いなく即爆発させるであろう僕は、やっばり座敷牢か何かに閉じ込めて置いてもらわないと危険だとおもう。一生精神病院に閉じ込めておいてもらったほうがいい気がする。‬

‪つい全人類の内に自分の好きな人達が少しだけでもいることを忘れてしまう。‬

‪これを思い出せてきているので、その都度、世界を滅亡させる計画は取りやめてるよ。‬

‪少なくともこの数ヶ月はずっと人間の存在を否定したい気持ちだった。‬

‪藝大の某教授のところには、かつて個人的に何度か習いに行って、程度が低すぎて辟易して通わなくなったことがあるのだけど、まあ、でもあの人もやっぱり、とても変わっていたな。‬

‪とりとめのない話になってしまったけど、僕の価値観の基本には、東京藝大出身のミュージシャンやアーティストたちと関わり混じり合った真に開放された気風が根付いているよ。‬

‪国内の他の美大や音大もいろいろ実際に関わってみて思ったけど、東京藝大ほどの面白みのあるところは見当たらなかった。海外ならまた違うのかな。‬

‪だから、まあ、僕から見て、そこに通ってる人やこれから入る人がどんな風に(嫌なことをすり抜けて)嬉しく楽しく過ごせるか、を、楽しみにしたい気持ち。‬

‪何言ってるのかわからない文だったけど、この文はこれで終わります。‬


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