1.残酷 (1)

『なんでこんなことになったんだ』頭から血を流す少女を背負う少年が、雪の山道の中を歩くシーンから始まる。この出だしについては、それほどインパクトがあるとは思えないなと思いながら読み進めると、私はすぐにこの少女の異常な状態と最初の1コマの意味を知ることになる。・・・大正時代のお話しの設定のようだ。

 時は1日ほど戻る。少年”炭治郎”は母と5人の兄弟のために町に一人で炭を売りに出かけようとしている。母の背中には幼い花子がすやすやと眠り、兄弟はみな炭治郎を慕っているようで、そのうち2人が炭治郎について行きたいといい始めたが、母はそれをなだめる。炭治郎は近くの町へ一人出かけていった。道すがら炭治郎はこんなことを思う『 生活は楽じゃないけど幸せだな。でも人生には空模様があるからな。 移ろって動いていく。 ずっと晴れ続けることはないし、ずっと雪が降り続けることもない。 そして幸せが壊れる時には・・・いつも血の匂いがする・・・』どうやら炭治郎の嗅覚は特殊でかなり希釈された匂いをかぎわけることが出来るようだ。 町の人たちは炭を売りに降りてきた炭治郎を歓迎していた。炭治郎の人柄がわかるこのシーンで私はあっという間に炭治郎に惹きつけられた。帰る時刻がくる。あたりはすでに暗くなっていて、帰り道を急ぐ丹次郎。すると「こら丹次郎!」町はずれの家からおじさんが呼び止める。もう暗くなるから帰るのはやめておけという。「鬼がでるぞ」と。炭治郎は一度は大丈夫といったものの、その忠告を受け入れた。炭治郎はこのおじさんを「三郎爺さん」と呼んでいる。炭治郎の心の声からは三郎爺さんは家族を亡くして独り身だということがわかる。そして炭治郎は眠りについた。ばあちゃんがいつも言っていたことを思い出しながら

「幸せが壊れる時にはいつも血の匂いがする」

朝・・・いそいで家に帰ると、炭治郎がそこで見たものは、家の入口の前で体中血だらけのまま幼い六太を抱きかかえるようにして倒れていた禰󠄀豆子の姿だった。炭治郎はいったいなにが起こったのかわからないという疑問と驚きにの感情に立ちすくみ、すぐに大きな脱力感に襲われる。脱力感をはねのけてすぐさま禰󠄀豆子に駆け寄るともう息はない。母ちゃんは?弟達は?・・家の入口から中を覗くとみんな無残な姿となって死んでいる。人食い鬼にやられたのだ。しかし丹次郎は小さな灯に気づく。『禰󠄀豆子はまだ少し暖かい・・・」炭治郎はすぐに禰󠄀豆子を背中に背負うと雪の山道を歩き始めた。「死なせないからな、絶対助ける」

「兄ちゃんが助けてやる」

雪の山道を必死で歩く炭治郎。町は遠い。必死で足を前に進める。しばらくすると丹次郎の背中で禰󠄀豆子の意識は突然に戻った。かと思うと禰󠄀豆子は人間とは思えない奇声をあげた。「グオォォ オオオ」禰󠄀豆子の目は白く剥けて、牙は鋭くとがり、その奇声は山にこだました。気づいたのか?驚いた丹次郎はバランスをくずし足を滑らせ、すぐ横の崖から転落してしまう。崖は大きな落差があったものの、丹次郎は深い雪に助けられた。禰󠄀豆子は?禰󠄀豆子はまるで心のない生き物のように項垂れながらすでに立っている。大きなけがを負っているはずの禰󠄀豆子を心配して丹次郎はすぐに駆け寄る。炭治郎が近づくと禰󠄀豆子はとうとう鬼の血を見せ、丹次郎にかみつこうとした。

『鬼だ』

『匂いがいつもの禰󠄀豆子ではなくなっている』炭治郎は妹禰󠄀豆子の口に斧の柄をかませ、妹の下敷きになった状態で必死に耐えるが、妹の体は少しだけ大きくなり、ものすごい力で上から襲ってくる。炭治郎は叫んだ

「頑張れ、禰󠄀豆子!鬼なんかになるな!しっかりするんだ。頑張れ!」

そのとき禰󠄀豆子の目からおもむろにボロボロと涙がこぼれ落ちる。まだある。禰󠄀豆子から奪われていないその胸の中心にある人間の心に炭治郎の叫びが届き、涙の形でそれは反応する。・・・そのとき・・禰󠄀豆子を見上げる炭治郎の視界に、剣を振り下ろそうとする人影が入ったかと思うと、炭治郎は考える間もなく禰󠄀豆子を横に弾き飛ばす。禰󠄀豆子を狙ったその刃先は空を切る。その若い男は体制をすぐに立て直した後、冷ややかな顔で立ち尽くす。持つ刀の柄には【悪鬼滅殺】と刻まれている。男は口を開いた

「なぜかばう」

「妹だ!おれの妹なんだ!」炭治郎はさけび、禰󠄀豆子もまた男に吠える。「それが妹か?」その言葉の後、男の攻撃の気配に気づいた丹次郎は禰󠄀豆子を隠すように抱きかかえた。うまくかばえたかに思えたが、気づくと禰󠄀豆子はすでに5尺先の男の手の中だった。はやい。奪い返そうと動きだした炭治郎に男は言った「動くな」

「俺の仕事は鬼を切ることだ」

「もちろんお前の妹の首も刎ねる」その言葉に炭治郎は、「禰󠄀豆子は違う、なぜ今そうなのかはわからないが禰󠄀豆子は鬼じゃない」と必死で言い返した。男は言った「簡単な話だ、傷口に鬼の血をあびたから鬼になった。」

「人食い鬼はそうやって増える」

炭治郎は必死で言い返す。「禰󠄀豆子は人を食わない。俺が誰も傷つけさせない。だからやめてくれ!」・・・「やめてください。どうか妹を殺さないで下さい」その炭治郎の言葉に男は叫んだ

「生殺与奪の権を他人に握らせるな!! 惨めったらしくうずくまるのはやめろ!! そんなことが通用するならお前の家族は殺されていない。奪うか奪われるかの時に主導権を握れない弱者が妹を治す?仇をみつける? 笑止千万!! 弱者にはなんの権利もなんの選択肢もない。ことごとく力で強者にねじ伏せられるのみ!!妹をなおす方法は鬼ならしっているかもしれない。だが、鬼共がお前の意思や願いを尊重してくれると思うなよ。当然おれもお前を尊重しない。それが現実だ。なぜさっきお前は妹に覆いかぶさった。あんなことで守ったつもりか!? なぜ斧を振らなかった。なぜおれに背中を見せた!! そのしくじりで妹を取られている」男は炭治郎に剣先を向けて言葉をつづけた。

「お前ごと妹を串刺しにしてもよかったんだぞ」

男はこのとき思っている『泣くな、絶望するな、そんなのはいますることじゃない。お前がうちのめされているのはわかっている。家族は殺され妹は鬼になり、つらいだろう、叫びだしたいだろう・・わかるよ・・おれがあと半日はやく来ていればお前の家族は死んでなかったかもしれない。しかし時を巻いて戻す術はない。怒れ。許せないという強く純粋な怒りは手足を動かすための揺るぎない原動力になる。脆弱な覚悟では妹を守ることも治すことも、家族の仇を討つこともできない」そして剣を振り上げる。同時に男はおもむろに剣を禰󠄀豆子に突き刺した。「やめろーっ」炭治郎は手に触れた小石を握り男めがけて投げつけた。男は剣の柄で石をなんなく払う。斧を持ち男に向かって駆け出す炭治郎。木の陰に半身を隠し、もう一度男に小石を投げる。男はかるくよける。斧をもつ左手を振りかざしながらさらに男に詰める炭治郎。男はあきれる「愚か!!」そして丹次郎の背中を剣の柄で打った。丹次郎はうずくまり気を失う。倒れた炭治郎の姿に男は違和感を持った。
「斧はどこだ?」
上を見上げると主の手を離れた斧は男を狙ってなお襲ってきた。男はそんなものはなんなくかわした。男はただ少し驚いた。「自分が斬られた後で俺を倒そうとした・・・こいつは・・・・」

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