六甲縦走殺人事件 第六章~宝塚に向かう東縦走路で思いが交錯~

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『六甲縦走殺人事件』 プロローグ、第一章


【午前3時55分】

 山田はるみは何とか一軒茶屋エイドに辿り着き、そこで待っていた田中和美と合流した。

「はるみちゃん、大丈夫?膝痛そうね」

「うん、なんとか、ゆっくり走ってたら大丈夫みたい」

「じゃあ、ここで少し補給したらのんびり宝塚まで行って、始発で帰りましょうね」

はるみは湯気が出た温かいスープを貰い、ごくごくと飲み始めると、生き返るような表情となり笑顔になった。


【午前4時2分】

「じゃあ、そろそろ行きましょか。お待たせしてごめんね」

はるみがそう言うと、和美は笑顔で答えた。

「いえいえ、全然大丈夫、最後は一緒にゴールしたいから」

 はるみと和美は東縦走路を宝塚に向けゆっくりと走り出した。



【午前4時24分】

 崖の下に落ちて倒れていた鉄平は、何とか意識を取り戻した。

 目を開け、身体の痛いところを確認すると頭が少し痛いくらいで、腕と膝を少し擦りむいたようだ。持ち前の運動神経の良さで、上手く転がったみたいだ。

 鉄平は崖の上を見上げてライトを照らすと、5mくらい上に縦走路が見え、そこを目指して急な斜面を木などを頼りに登りだした。真っ暗な中で崖を登っている時に、何があったか思い出した。確かに後ろから微かにライトの明かりが見えて、崖側に避けて立っていると、背中を手で押された瞬間が見えた。

「誰だったんだ?」

と疑問に思って、崖を登り切って縦走路に出た時に、地面をライトで照らすとスマホが1台落ちていた。 あれ?と思い拾ってみてみると自分のスマホだった!

「なんでこんなところに?」

と疑問に思ったが、

「そうか、そういうことか」

と思い当たる節があり、今度は落とさないようにとチャック付きのポケットに入れて締めた。

 鉄平は落ちた崖のあるトレイルから東縦走路を再び走り出した。痛みは少しあるが、何とか宝塚までは走れそうだ。



【午前4時36分】

 東縦走路を一人で走っていた横川は途中にある携帯基地局の舗装路に出て走っていた。「ここまで来ればもうすぐ折り返しの宝塚の広場だ」

 そう思い、この後のことを考えていた。着いてから、はるみたちが来るのを広場で待っていよう。それから、里保のことが心配だから宝塚にある家に帰って、車で新神戸まで戻ろう。今日は僕は飲んでないので行ける。

「そうだ、はるみさんも里保さんのことを心配するだろうから和美さんと二人も車に乗せて一緒に行こう」

横川はそう考えると、再び舗装路からトレイルに入って東縦走路の後半を走り始めた。



【午前4時38分】

 はるみを後ろにゆっくり走らせ、和美は急な下りなどに気を付けながら東縦走路の下りを慎重に走り下りていた。

「宝塚に着いてから、誰かに会えるといいね」

はるみを心配して和美は話しかけた。

「そうね、私が遅れちゃったから、皆さん先に行っちゃったもんね」


「そう言えば、里保さんと谷さんを見かけないね」

和美は思い出したかのように不思議に思った。

「そう言えば、鉄平さんも横川さんも何も言ってなかったね」

「何かあの2人も遅かったし怪我したのかな」

「ちょっと心配ね…」

 そうして、はるみたちはとにかく宝塚に着かないとどうしようもないと考え、先を進むことにした。


【午前5時2分】

 横川は必死に最後の東縦走路を飛ばして、最後の階段を下り、塩平下の広場に着いた。

 時間は8時間2分だった。結局、仲間の中では一番速かったが、予想よりかなり時間が掛かった。


「横川さんですか?」

「あ!寺内選手!この人がいたか!」

「何がですか?」

「いや、速いなって、いつ着きました?」

「30分前っすよ、でも動画色々撮りながらんで全然全力じゃないです」

「そっか、そうだよな、もっと速いもんね」

「ちゃんと走れば、5時間切りでは行けます」

はっとした顔をした横川は圧倒的速い選手を目の前にしてやりにくい感じだった。


「鉄平さんを見かけませんでした?」

横川の顔が一瞬変わり、

「ぁ、いや、見かけなかったよ」

「鉄平さんなら、そろそろ着くはずなんですけどね~」

「どこかで、すれ違いになったかな…」



【午前5時11分】

 鉄平は少しの痛みはあったが、足は軽く東縦走路の最後のトレイルの下りを駆け下り、塩平寺に近づいていた。

 元々は往復のパワーを走る予定だったし、前半は皆と一緒に進んでいたため、そこまで飛ばして来ていないからまだ余裕があった。

 でも、予定よりだいぶ遅くなってしまい、折り返してパワーを走る気力もない。横川に追い付いたら、一緒に里保さんの病院に行こう。さっき拾ったスマホを見ると谷山から連絡が何回も来ていた。


※鉄平のスマホに来たメール

「里保さんが何かに刺されました!」

「里保さん連れて、新神戸の病院へ向かいます」

「里保さんは何とか大丈夫です!鉄平さんスマホ落としたんですか?」

「里保さんと朝まで寝ています」


 最後の文章は何か複雑だなと思い、鉄平は朝になったら返事をすることにして、とにかく速く宝塚に行くため飛ばした。



【午前5時25分】

 塩平寺の下の広場で座って荷物整理をしていた横川は、ちらっと前を見上げると、階段の上の方から明かりが1つ見えるのを確認し見ていると…横川の顔が見る見るうちに変わって凍り付いていった。


「横川さん!追いつきましたよ!」

「ぇ、鉄平さん…」

横川は何も言えない状態になり絶句してしまった。鉄平は当然驚くだろうなと思って、構わず続けた。

「宝塚に戻って、横川の車で一緒に新神戸の里保さんの病院に行こう。話はあとでな」

「はい、鉄平さん。僕も里保さんのことがとても心配で、一緒に行きましょう」

横川は覚悟したような表情になり、鉄平は思い出したように、続けた。

「でも、遅れているはるみさんと和美さんも待とうか」

「そうですね僕も一緒に連れて行こうと考えてました。4人で向かいますか」



【午前5時32分】

 荷物の整理を終えた寺内は鉄平に声を掛けた。

「鉄平さん!どうしたんですか!?泥だらけじゃないですか!」

「いや、ちょっと転んで…」

「鉄平さんがコケるとか珍しいですね。それにしても、ほぼ無傷で凄い」

鉄平は苦笑いをして、頭と膝を押さえながら答えた。

「少し頭を打って、膝と肘も打ったけど、大丈夫。折り返すパワーは残ってないけど…」


 寺内は帰る準備を済ませていたので、宝塚駅に向かおうとした。

「僕は家に帰って動画の編集があるので先に帰りますね」

「おお、お疲れ様!編集頑張ってね。僕があのエイドに来たシーンとか、そのあと一緒に走った動画とかも使ってね」

「もちろん!鉄平さんのとこはどれも使いますよ。動画は今日の昼にも上げます」

「ありがとう!動画楽しみにしてるわ」

「横川さんも、お疲れさまでした!」

「うん、お疲れ様です。お話できて良かった」


【午前5時37分】

 はるみは東縦走路の急なガレ場の下りの連続を終えて、走りやすいトレイルに出ると足が軽やかになっていた。

 3月31日(日曜日)の日の出の時間が近づき、明るい白い丸の月明かりだけだった、ほぼ黒と微かに見える雲の白がコントラストになった空から、東の方にオレンジと少し薄くなった紺色のグラデーションが見えてきていた。それを見ながら、はるみはトレイルを走り続ける。


「はるみちゃん、急にスピードが上がったね」

「そうなの、一軒茶屋のエイドで膝の痛み止めを飲んで、薬が効いて来たみたいで」

「はるみちゃんが速くなるとついて行くのが大変になるよ」

和美は、はるみを心配していたが、逆に自分の方が心配になってきた。

「もうすぐ終わりだと思うと、気持ちも足もだいぶ軽くなったのよ」

「あるあるね」



【午前5時47分】

 夜明け時間となり、東向きの東縦走路やゴール広場では次第に明るくなってきていた。

 鉄平と横川はそれぞれ自分の荷物を整理し、山を下山する準備をしていた。

 少し明るくなってきて階段の段差が見え始め、その上から2つの明るいライトを照らした人影が重なり合うように降りて来た。


「あれは、はるみさんと和美さんじゃないですか?」

「そうですね!無事に帰って来れたんですね、良かった」

はるみを先頭に和美が後ろに付いて階段を降り、はるみが満面の笑みになった。

「鉄平さ~ん、良かった~無事に帰って来れました~」


 後ろにいた和美のライトがちらっと鉄平の体にあたり、泥だらけの姿が見えた。

「鉄平さん!泥だらけじゃないですか!どうしたんですか?」

和美が心配そうに聞くと鉄平はまた、申し訳なさそうに、チラッと後ろで帰る準備していた横川を見て答えた。

「いや~真っ暗な中、崖に落ちてしまって」

「え!滑落して、その程度で帰って来れたんですか、ボロボロだけど」

「僕は身体がカモシカのように強いんで」



【午前5時51分】

 横川がゆっくり近づき、3人に申し訳なさそうに声を掛けた。

「着いたところ、急かせて悪いんですが、この下の宝塚の家で僕の車に乗って、新神戸の里保さんの病院に一緒に行きましょう」

 急に思いもしないビックリ情報が耳に入り、和美とはるみは顔を見合わせて、とてつもなく驚いた顔をして目を見開いた。

「ええ!里保さんどうしたんですか!怪我か何か?今までどうしてるのかと思ってました」

はるみがそういうと和美も合わせるように。

「里保さんと谷山さんたちは、てっきりもう前に行って、着いてるのかと思っていたので、ここに居なくて心配していたところなんです」


 横川が長らくの沈黙の後、下るロードの方を指さして答えた。

「ここを下りながら説明するので、行きましょう」

「はい、分かりました。急いだ方が良いですね」

和美がそう答えると、4人で軽く走りだし、横川が説明し始めた。

「アゴニー坂を下っている里保さんが遅いので、下のロードで合流した僕と谷さんが逆に登って行くと、途中で里保さんが倒れているのを見つけて。 何かに刺されているようだったんで、谷さんが一緒になって里保さんは救急車で新神戸の病院まで運ばれたんです」


 鉄平もラインの連絡をさっき見ただけだったので、心配になって聞いた。

「何かに刺されたって何か分かったんですか?」

「それが、それ以降連絡が無くて、とにかく今は病院に行くしかないんです」


【午前6時0分】

 ロードで川沿いの住宅地へ降りた鉄平たちは横川の自宅の家の前に着いた。

「ここが僕の家です」

「わぁ、六甲縦走の通路じゃないですか」

和美がワクワクした気持ちで言った。

「そうなんですよ。トレランをしなかった頃は、なんでこんなにここを沢山の人が通るのか不思議でした」

「今ならすぐに東縦走路に行けますね」

はるみも羨ましそうに言った。


 横川の家の前で4人がいた時、宝塚駅から歩いて来たスピードのスタートに行く川田と松平が通りかかった。

川田が、鉄平に気が付き叫んだ。

「あ!鉄平さん、折り返しはしないんですか?」

「ちょっと色々あって、下山することにしてん」

「え~そうなんですか!できれば折り返しをついて行ければと思ったんですが、残念です」

 鉄平は複雑な気持ちになり、返事をした。

「ごめんな、また須磨まで一緒に行けなくて」

松平も残念そうにつぶやいた。

「仕方ないですね、またスマホを落としたとかですか?」

「…」

鉄平は図星だった。

「まあ、それもあったけど…」

「じゃあ僕たちは片道がんばってきます!」

「じゃあね、頑張ってね!」


 横川が家の玄関に鉄平たちを誘導した。

「脱衣所とシャワーをお貸しするので、支度を済ませたらこの車で向かいましょう」

「ありがとうございます。ひとまずいったんここで一区切りの休憩ですね」

鉄平がそう言い、4人は横川の家に入っていった。



【午前6時35分】

 ルーカスは自宅でシャワーを浴び着替えてから、少し仮眠を済ませて、パソコンをカバンに入れて電車で今度は三ノ宮駅へ向かうことにした。

 里保さんと谷さんは新神戸の病院にいるようだ。なので、その整形外科へ行ってから、里保さんの様子を見に行こう。何かに刺されたと聞いたけど、たぶん…虫じゃない、誰かがやったんだ。恐らくあの中の誰かが… それを調べるんだ。

 ルーカスは真剣な顔になり、家を出て灘駅の方へ歩き出した。



【午前6時55分】

 横川の家でそれぞれ4人は素早くシャワーと簡単に持っている衣服で着替えだけして、再び縦走路に沿った家を出た。

「さて、新神戸に向かいますか…」

横川は息を飲んでエンジンをかけた。

「里保さん心配ね、無事だといいんだけど」

はるみは和美を見てそうつぶやいた。

「そうね、里保さんなら多分、大丈夫よ」


【午前7時0分】

 鉄平は助手席に乗って、4人を乗せた車は太陽が出て、すっかり明るくなってきた日曜の朝、宝塚の道路神戸方面へ走り出した。

 横川と鉄平は黙ったまま静かに、前を見ているだけだった。これから始まる新たな心理戦に固唾を呑む雰囲気となって、明るくなってきている朝とは逆に車内は暗くなっていた。


第七章~新神戸病院でアリバイ捜査~https://note.com/teppeijuku/n/n0072969d2613

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