六甲縦走殺人事件 第七章~新神戸病院でアリバイ捜査~
第一章を読んでいない方はこちらから
↓
『六甲縦走殺人事件』 プロローグ、第一章
【午前8時30分】
車に乗った4人は途中でファミレスに寄り軽く朝ご飯を済ませて、再び車を走らせて新神戸病院に着いた。
「さて、行きますか」
横川がそう言って先頭に、4人は病院に入って、受付で里保の病室を聞いた。個室にいるようで、面会は9時からだと言うので少し待つことにした。
【午前8時35分】
朝の救急外科を受診し終えたルーカスは、受付に行き、里保の病室を聞こうとしたところ、座席に鉄平たち4人が座っているのを見つけた。
「鉄平さん!あの後どうなってたんですか!心配しましたよ!」
「あ~ね。いろいろあって、とりあえず僕たちは宝塚でゴールして、折り返さずに横川さんの車でここまで来たんです」
「里保さんは?トレイルの途中で刺されたって聞きました!」
鉄平は言葉が出ずに、代わりに横川が答えた。
「連絡もらったのは谷さんからだけど、多分同じようなことしか、みんなに送ってないから、僕たちも状況はよく分からないんだ」
「そうなんですね。とりあえず、みんなで里保さんの部屋へ行きましょう」
ルーカスは深刻な顔をして、4人が座る長椅子の席の後ろに座って考え込んだ。
【午前8時45分】
寝ていた里保はお腹が空いてきて目が覚めた。ベットの横の椅子では、谷山が座ってフードを被ってうつむいてまだ寝ていた。
「良かった、何とか生きてるわ」
里保はほっとした様子となり、ザックに入っている飲み物と携帯食を取りに行こうとベットが出て歩いたところ、谷山の頭が起きた。
「里保さん!大丈夫なんですか!」
「うん、大丈夫だわ。心配かけてごめんね」
「何言ってるんですか!無事でよかったですよ。僕は死ぬかと思った!」
「あんたが死んでどうすんのよ」
里保が少し微笑んで元気になった。
【午前9時5分】
面会の時間になって鉄平たちは、立ち上がり里保のいる部屋へ歩いて行った。
コンコンとドアをノックし、ゆっくりと扉を開いた。
「りほさ~ん!」
一番にそう叫んだのは、はるみだった。
「あら、はるみちゃんたち。それにみんなも」
ルーカスが続いて里保のそばへ寄っていった。
「里保さん、心配してました!刺された首のところは大丈夫ですか?ちょっと見せてください」
里保は急に真剣な顔つきになったルーカスにびっくりしたが、横を向いて首筋の横を見せた。鉄平もそっと近づいて首の方を見た。
「ここよ、まだ少し痛いわ」
「首の右横なんですね。動脈を狙ったのか」
ルーカスがそう言うと、一瞬シーンとなった。
「何言ってるの?ルーカスさん!」
和美が驚いた表情になり、声を大きくした。
「ハチか何かに刺されたんじゃないんですか?」
鉄平がそう言うと、谷山が深刻な顔付きで答えた。
「実は虫とか、そういうたぐいじゃないんです。これは注射針の刺し後で、身体には少量のヒ素が検出されました」
皆は再び、黙ってしまい再びシーンとなった。
【午前9時16分】
口火を切ったかのように、今日の任務は休みの日だが、警察官である横川が話し始めた。
「もしかしたら、これは事件扱いになるかもしれません。最初は事件性は無いと思わていましたが、毒物が検出されたと言うことで、我々警察も動くでしょう。明日には捜査が開始されると思います」
はるみと和美が顔を合わせて、
「じゃあ、誰かが意図をもって刺したってこと?」
和美が答えると、はるみも続いた。
「通り魔とかじゃないの?」
「その可能性もありますが、昨日の参加者の中にいる可能性もあります」
そのあと、ルーカスが何か言いたそうな表情で、そっとつぶやいた。
「は、犯人は、この中に…いるかも?です…」
そのあと、里保が急に怒ったような声で叫んだ。
「何言ってるの!一緒に仲良く走って来たこの中に私を殺そうとするなんていると思う?」
「いや、状況的に何か色々不思議なんです」
「何がよ…」
里保は自分たちの関係性を改めて考えだして黙り込んだ。
「ここでいったん整理しましょう」
横川が改めて話し出した。みんなに緊張が走った。
「あの時、あの掬星台では、それぞれみんな一緒にいましたよね」
「確かに、そうね。横川君は遅れて来たけど」
里保があの時の様子を思い出していた。
横川は少し、間を置いて続けた。
「そして僕は先に出て、ロードの方を走っていました」
谷山が続けて、里保の方を見て、
「僕は里保さんと一緒に出たけど、階段を降りたところでアゴニー坂のトレイルを行く里保さんと、左に行くルートで分かれましたよ」
「そう、そのあとアゴニー坂の下で僕と合流したんだ」
話をみんながし始めた時に、鉄平も口をはさんだ。
「僕は谷さんと里保さんを見送って、数分経った後で、ロードの方へ走り出して、僕はアゴニー坂は時間が掛かると思ってたから、そのままロードを走り続けました」
横川は、はるみの方を振り返り、残された質問を2人に投げかけた。
「はるみさんは、和美さんとずっと一緒にいましたよね。あの時どうしてたんですか?」
思い出したかのように、はるみが和美をちらっと見て答えた。
「そうよ、あの時。掬星台のエイドから、出ようとして少し行くと、落ちていたスマホを見付けたの」
和美も続けて話し始めた。
「落ちているのを私が拾って、すぐに鉄平さんのだって分かりました」
「ぁ、鉄平塾ってステッカー貼ってるからね」
鉄平が笑って答えた。
「それで、とりあえず宝塚のゴールまで行けば会えるかなって思って持ってました」
「そのあとは、どうしたんですか?」
鉄平がはるみたちに聞いて、はるみは淡々と続けた。
「そう、そのスマホを持って、私たちは当然トレイルの下りは苦手なので、ロードを選択し走り続けました。 ぁ、多分、そのルートの記録は計測してたログに残ってます」
和美がスマホを取り出し、昨日の記録を出して、みんなに見せた。
「ほら、私たちはアゴニー坂は通らずロードをずっと走ってます」
横川は合点がいったように、スマホの計測について話した。
「と言うことは、あの時の計測は鉄平さんだけはできていないと言うことですね」
そう横川が言うと、鉄平があの時のことを思い出して、話した。
「そう言えば、僕も寄り道せずロードを淡々と走り続けてました。そのあと、実はロードの途中の私設エイドで動画を撮っていた寺内君と会ったんです」
再びルーカスが疑問に思い鉄平に聞いた。
「それで、それがどうしたんですか?」
「掬星台のエイドを出た時にスマホで写真を撮って…多分そのあとスマホを落としたのかも… それで、そのあとロードの2キロを走って寺内君に会っている」
「その時間差がアリバイと言うことですか?」
ルーカスが続けて質問した。
「そう。写真の時間が2時4分。寺内君に会った時間が恐らく、2時12分…」
里保がその時間の理由に気が付いた。
「そうだわ。2キロをキロ4で走り続けて精一杯の時間ね」
ルーカスが、それを頭で考えて、あることに気が付いて里保に聞いた。
「里保さん、スマホを貸してください。僕のパソコンでログインして、里保さんの走った計測データを同期します」
「あら、そんなことできるの?凄いわね。はい、これ私のスマホよ」
ルーカスは里保の計測データを自分のパソコンと同期させ、走ったデータを確認していた。
「なるほど、分かりました。里保さんはアゴニー坂の下りに行く前に、ホテルデマヤ前で動きが一旦止まってます」
谷山がそのことを思い出した。
「そうです!確かにホテルデマヤ前でした」
ルーカスが続けて、説明した。
「で、その時の止まった時間が…2時9分」
里保がまた計算を頭の中でした。
「そんなことも分かるのね。とするとホテルデマヤで9分だとして、そこからエイド到着が12分で、その区間は3分よね」
横川はそこで、また疑問に思った。
「それで、その区間の距離はどれくらいあるんでしょう」
ルーカスがスマホの地図を開いて、距離を調べると結果が出た。
「ほぼ、1.5キロですね」
谷山がとんでもないことに気が付いて叫んだ。
「1.5キロを3分!!日本記録でも3分35秒ですよ!」
「日本記録で走れば行けるってことね」
里保が笑って答えた。
「僕はそんなに速くないんで頑張っても
1500は5分切れないです」
「まあ、そんなもんですよね走ったら。4分代なら凄い方」
谷山も同意した。
ルーカスは一点だけ足りていない証拠があることに気が付く。
「でも、実際その下にあるロードのエイドで寺内さんと会った時間が分かれば…」
「それは寺内君の動画データに撮影時間があるから分かるんじゃないかな」
鉄平は気が付いたように念押しして答えた。
「鉄平さんがスマホを落とさなければ、こんなややこしい計算しなくてよかったのに」
里保がまた微笑んだ。そして、少し暗くて重かった空気が明るくなった。すると、はるみがまとめて整理するように話した。
「ってことは、私たちの中には誰も、その時間に里保さんをさせる人はいなかったってわけですね」
「そうね、やっぱり通り魔かなにかしら?」
和美も続けた。
しかし、横川は渋ったような顔をして…
「いや…でも、 」
と言いかけたとこで、鉄平が制止した。
「いいじゃないですか、とにかく明日の朝に警察が来るんでしょ、横川さん。話はそれからでしょう。僕たちじゃ何もできないし」
「そうね。今日はもう解散しましょう」
【午前9時34分】
「ちょっと待ってください!」
解散するのを制止するように、はるみが話し始めた。
「もう1つ実は事件と言うか事故が起きているんです」
「ぇ?何?」
「なんですか?言ってください」
里保とルーカスが聞いた。
「宝塚に私たち2人が宝塚のゴールに着いた時、鉄平さんが泥だらけだったんです」
和美がそれに続けた。
「そうなんです。鉄平さんは自分で誤って滑落したって言うけど、鉄平さんそんなミスする方じゃないし…」
「それも誰かにやられたって言うの?突き落とされたってこと?」
里保がそう言うと、ルーカスが同意した。
「そうなると…事故じゃなくて事件ですね。しかも意志を持ってやっていたなら殺人未遂」
再び、里保たちのいる病室は、朝の太陽の明かりが入って白く明るくなってきたのに反して、シーンとして重く暗い空気になってしまった。
「それも事件なら、今回の一連の操作のうちに入るんじゃないの?」
里保は横川が警察官だと言うことを思い出し再び聞いた。
「そう…ですね。単独事故なら自己責任ですが…誰かに突き落とされたと言うなら、それは事件となり捜査が入ります」
「いや、僕は眠くて、暗くて石につまずいて、こけて落ちてしまったんです…」
ルーカスが最後にまとめに入った。
「確かに鉄平さんのも気になりますが、今はもう僕たちでは何も分かりようがないです」
「そうですね。里保さんも疲れちゃうし、もう解散にしましょう。僕も今日は一旦、自分の家に帰ります」
谷山がそう言って、それぞれ疑問に残ることが沢山あるような気がするが、今日は全員ここで自分の家に帰ることにした。
ルーカスが思い出したかのようにつぶやいた。
「そう言えば、何もなければ本当なら今はまだ六甲縦走を走っていたんですね」
「往復のパワーの人やスピードの人ならね」
里保が感慨深く思い、付け足した。
【午前9時40分】
鉄平たちは里保だけを病室に残して、部屋を出て家に帰ることにした。また明日の朝か夕方以降に警察の事情徴収があるかもしれないので、病室にそれぞれ来ることにした。
新神戸の病院から出て、それぞれ家路の方面に解散し、鉄平は川西の家の近くまで宝塚に帰る横川の車で一緒に帰ることにした。
谷山は電車でルーカスとJR神戸線に乗り家路に向かった。はるみと和美もそれぞれの家に三宮で分かれて電車に乗った。
【午前10時5分】
ルーカスが電車に一緒に乗る谷山に考えていたことを提案した。
「谷山さん、夜になったらもう一度、里保さんの病室へ行きましょう」
「そうですね。僕もいったん家に帰って用事を済ませたら行きたいと思っていたんです」
「それで、夜に消灯となったら。部屋で2人で待っていましょう」
「なんで?」
谷山が疑問に思い答えた。なぜルーカスもいるの?と不思議に思った。
「僕はこれからもう一度、家に帰って、調べ事と、今までの流れをまとめて、あることが起こることを待っていようかと思います」
「あること?」
また谷山は不思議に思った。
「何か、今日の夜にもう一度事件が起こるかもしれない、と思うのです」
「ルーカス、頭良いなぁ~ 将棋も好きだし、昨日一緒に走ったり、今日のツッコミとか見てて思ったよ」
「いえいえ、僕には何か感じたことを、論理的に考え、それをデータを集めて根拠と結果を示したいんです」
それを聞いて谷山は笑って答えた。
「それが頭が良いと言うんだよ笑」
「そうなんですか…」
そうして、それぞれ家路に着き、里保は一人病室で昨日のことを振り返っていた。昨須磨浦公園をスタートしてから24時間。今日の午後21時のこの夜、さらに自分の身に悲劇が襲い掛かるとは思ってもいなかった…
第八章(最終章)~全ての時間が繋がり謎が解ける~https://note.com/teppeijuku/n/n7cfe7e538664
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?