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労働学生生活(6~9週目):ロシオの噴火、パズルプレゼンテーション、私の噴火と

5週目以降、更新がとまっていた。
 
時間的な余裕がなかったことはもちろんだが、精神的な疲弊が大きかった。

以下は、いつも応援してくださっている方々への状況報告もかねているが、不特定多数の方に読まれることを想定して書いていない。
あくまでも自分の記録であること、読んでもあまり気分のよいものではないこと、そして、感情的になっていた自分が情けないこともあり、そのうち有料にしてしまおうと思っている。



 
あれから、私たちのグループは次の2つに分かれていた。
・定期的にミーティングを持ち、課題をする組:ロシオ、私
・ミーティングに参加せず、課題をしない組:カルロス、キューバの女性(以降、アナとする)
 
アナは基本的に私に話しかけない。
例えば、毎回ロシオにだけ「ごめんね、ロシオ、明日必ずやるから!」、「絶対今日、今日中に死んでもやってみせるわ!」と話しかける。目の前にいる私は彼女には見えていないようだ。

私自身は彼女をグループの一員としてもはやみなしていなかったので、どうでもよかった。ただ、彼女が何の仕事もやっていないことは問題だった。

ロシオも日に日にストレスをためていたが、「まだ信じたいの、彼女はいつかやると思うから」と、アナを信じていた。


クリスマスツリーがここにも



 
カルロスは、最初の方は私も仲良くやっていたが、あれ?と思うことが増えた。話し方がえらそうなとき、アジア人の目の細さを笑う仕草をして冗談を言ったり、私の書くスペイン語の微妙なトーンの違いを「なおしてやった」と「~てやった」、「~てあげた」という口調で話し出したりしたころからだろうか。

また、彼が書く文章は確かに上手かもしれないが、内容がない。そもそも、先生が要求している内容を満たしていない。このままではプレゼンにならない。言葉を選びつつ、具体的にコメントと提案を彼にしてみた。

「ははは…、まあいいですよ。なおしましょうとも、気に入らないなら。そうですか、そうですか。ははは」といった返事がきた。

スペイン語のネイティブスピーカーではなく、アジア人であり、女性である私に指摘されることに納得していないのだろう。
 
その後もグループミーティングにはロシオと私しか集まらないまま、3科目で必要となるグループワークを2人でこなしていた。

最近、気に入って何度か通ったコーヒー屋さん。
うすく、うすく、うすくしてくださいと言うと、
そのとおりにつくってもらえた。
バルで飲むより高いが、スターバックスより安い。


ロシオの噴火


 あるとき、ロシオが噴火した。

「私、自分でも寛容な人間だと思うの。でもね、もうそれも終わりよ!」
 
その日は、ロシオがミニプレゼンをする予定だったが、クラスが始まる直前になっても、残り2人からのデータが集まらなかった。ロシオは切れた。

「唐草!もう金輪際私たちはあの2人とは仕事をしないわよ!してたまるもんですか!」

ロシオの声は、クラス中に響き渡った。

結局、ロシオは私たち2人のデータだけでプレゼンをすることになった。カルロスとアナは、ロシオには嫌われたくないのだろう。クラスの後で、ごめんねごめんねと言いながらロシオに何らかの言い訳をしていた。
 

私はというと、ロシオ噴火の前日に、教授にメールを送っていた。
グループが機能していないので、プレゼンがどうなるかわからないことについての相談だった。
 
具体的に誰がどうといったことは書いていなかったが、教授から返信があり、何もしていない人に同じ成績をつけるわけにはいけないから、誰が仕事をしていないのかを教えるようにと書いてあった。

どうしたものかと思っていたら、ロシオ噴火があった。噴火山となったロシオは、「アナが仕事をしない、ここは小学校か!」と言ったようなことを書いたメールを教授に送った。また、それだけでなく、翌日は教授に直接話しに行った。
 
クラスにも来たり来なかったりで、課題をひとつも出していないアナのことは、教授たちも察していたらしい。プレゼンは心配せぬよう、自信をもってやればよいとロシオに言ったそうだ。


手作りっぽいクリスマスツリーが飾られていた。


私の噴火1


2週間前、最初のプレゼンがあった。

グループのメンバー全員が壇上に立つ。
パワーポイントスライドはばらばら、内容もばらばらのままスタートしたプレゼンだったが、ロシオと私の担当パートがしっかりしていれば、それなりになりたつ内容だったのでなんとかなった。結論部分を担当したアナのパートがめちゃくちゃだったことは別にして。
 
残すは、木曜日のプレゼンだけだ。
数日前に自分のパートを推敲する。どう考えてもこれは4人の内容をうまくまとめないと成り立たないのだが、会話も共同作業も何もない状況では仕方がない。教授は状況を把握しているので、パズルのようなプレゼンでも何とかなるだろう。ちなみに、私たちのプロジェクトは中国人コミュニティに関するものだった。
 

前日夜、カルロスからグループラインのようなものに連絡が入った。パワーポイントのデザインを新しいのに変えたから!と自信満々だ。

なんだか嫌な予感がして、パワーポイントを開く。
予感は的中した。

彼の考えるところの「グローバル」とか「インクルージョン」のイメージなんだろう。いかにもというようなイラストがスライド中に貼られていた。

私の担当するスライド部分を見たときに、度肝を抜かれた。
アジア人をステレオタイピングしたようなイラストがちりばめてあったからだ。目の吊り上がったアジア人男女がマスクをしている。

こんなものを自分のスライドに貼り付けながらプレゼンはできない。
すぐにそのイラストを削除した。
私の担当するスライドについていたほかの変なイラストも全て消した。

また、デザインをカルロスが勝手に変更したおかげで、文献の情報が正しくコピーされていないものや一部入っていないデータがあったので頭にきた。すぐに修正し、メールを送った。
 

「修正しました。私の担当するスライドは、これ以上触らぬようお願いします」
 

すると、数分後にカルロスから連絡があった。なんてことをするんだ、いいデザインにしようと思ってやったのに、どうして全部消すんだ!とっても貧相に見えるじゃないか!おまけに、君の書いたパート、中国人とスペイン経済についての分析はおかしいと思わないか。いくつかスペイン語の表現が微妙なところもあるし。

 
そんなことを言っている彼のスライドは真っ白のままだ。自分のパートはまだ何もしていないが、人がやったところには口を出したいらしい。
 

「イラストはあえて削除しました。あれは私だけでなく、私の愛する母国の人たち、アジア人全体に対する差別的表現であるから。あのイラストを用いながら自分がプレゼンをすることはできません。スペイン語の表現については、修正したければどうぞ。ただし内容は変えないでもらいたい。経済に対する分析は間違っていないのであのままいきます」
 
カルロスから返事はなかった。
 
彼とは話さないことに決めた。
 


日本から持ってきたチキンラーメン。
今日は食べてもいいことにした。

パズルプレゼンテーションその2と私の噴火2



翌朝、プレゼン当日。
Google Driveに入っているパワーポイントを確認すると、カルロスとアナの担当部分は依然として真っ白だった。

 
もうどうでもいい。
そんな話をロシオとしながら、教室に向かった。
 

隣に座るマルタが心配している。

「私だったらもうとっくにグループから外していたわ。あなたたちはよく我慢している」

 
パズルプレゼンテーションが始まる。

カルロスが教室に颯爽とやってきて、スライドをプロジェクターに投影した。
著者名のところにはカルロスの名前しか入っていない。
教授はどうして皆の名前を入れていないのだとカルロスを注意した。
 
カルロスのパートからスタートしたプレゼンは、早くもおかしくなった。ロシオが作業したはずのデータをカルロスがあたかも自分がやったかのように読み上げたからだ。その瞬間、ロシオと私はお互いの顔を見た。どうしようとロシオが目で言っている。

ロシオは、仕方なく自分の準備したパートを話すしかなかった。それがカルロスが数分前に話した内容とほぼ同じだったとしても。次は私のパートだ。イラストがひとつも入っていないスライドを出しながら話す。内容が内容だけに熱が入る。
アナはほとんど何も書いていないスライドを使いながら、差別はいけないとか、ああでもないこうでもないと話している。プレゼンの時に初めて見た彼らのスライドをぼおっと見てはいたものの、私は彼らの話を聞いていなかった。
 
話を聞いていなかったとはいえ、アナが、両目の端をひっぱり、「これが中国人、これが日本人、という風におそわっただんけど、まあだめですよねこれをやっちゃ」と言い出したときに、私の感情は噴火した。
お前がそれをプレゼンでやるか!
そう思った私は、プレゼン中にもかかわらず、英語でまくしたてていた。
 
あなたがやっていることはレイシズムじゃないか!あなたはそれをやってはいけない!
 
アナには英語は通じないのだが、私の剣幕に驚いたのだろう。
当たり前よ!やっちゃいけないわよ。だから説明してるのよ!と慌てて弁解した。
 
皆の前で叫んだことについては後から反省した。
しかし、これまで私の存在などほとんどないかのようにふるまっていた彼女に、突然「これはやってはいけませんよ」とプレゼンのときだけ優等生顔で話されるのがなんともたまらなかったのだ。
 
両目の端を引っ張る仕草は、スペインでも多くの人がやる。人類学のクラスでも普通にやる人がいる。
プレゼンでアナがそういう話をしたいのなら、アジア人である私に一言言ってほしかった。
 
プレゼンはめちゃくちゃな状態で終了した。最後のまとめをアナがしたが、両目の端を引っ張るポーズといい、何をまとめているのかもはやわからなかった。

夫からもらったノーム。
ふわふわしている。


休憩時間の前、教授が私に言った。

唐草、外で少し話せるかしら。
 
 
怒られるのだろうか。
 
そんな風に考えながら廊下に出ると、教授は話し出した。
 
気分はどう?
 
最悪です。
そう言ったら、教授は当たり前だと言った。あれはレイシズムだ、から始まり、スペインでは人種差別や外国人差別がとてもあからさまなようにみえるという話になった。どうしてもっと早くに言わなかったのだ。もっと早くわかれば対応できたのにと教授は言った。私はそれを聞いてちょっと泣きだしそうになってしまった。
 
教授は10年以上海外に暮らしていた。つまり、「外国人」としての経験が長い。
ここは人類学のクラスで、しかもこのクラスは移民やダイバーシティについて学ぶ授業である。そこでこんなことが起こっているのは大変残念だと私は言った。その通りだと教授は言い、もしよければ、ほかのグループのプレゼンが終わったら最後に皆の前でこの話をしていいか、その上で唐草からの意見を話してもらえないかと聞いた。構わないが、私は途中で感情が噴火して泣き出すかもしれないと言うと、泣いたってかまわないと教授が言う。ただ、私は電車の時間があるので最後の話に間に合うかわからないんですと言うと、教授がああそうか!!と笑った。
 
そこへ、アナがやってきた。
教授に聞いている。
「あの、唐草もいつも早めに帰ると思うんですけど、私も仕事があるので後半のクラスには出られません。すみません」
 
私が早めに帰るというのは、クラスが終わるせいぜい5~10分前だ。教授たちにはあらかじめ電車の時間を連絡してあり了解をとっている。教授たちもスペインの交通事情を理解しているからだろうが、別の町から電車で通っている学生たちに同情的なことがありがたかった。しかし、アナが話しているのは後半の1時間半をまるごと欠席するという話だ。
 
教授は冷静な声で、アナがこれまで個人課題をひとつも提出していないこと、クラスにもきちんと来られていないことを指摘した。その上で、後半のクラスに出られないとなると、彼女の今日の出席状況は半分だけになるとも言った。
 
かっこいいなあ先生。
 
そう思いながら、アナのがっかりしたような背中を見送り、教授にお礼を言った。
 
「何を言ってるの。当たり前のこと。こんなことは絶対無視しちゃいけない」
 
そこへロシオがやってきて、ロシオはロシオの雄たけびを教授に向かってあげていた。


隣人のパコからもらった。
クリスマスのスイーツが入っている。
毎年頂くこのスイーツはスペインにしては珍しくそんなに甘くなく、
私はいつも楽しみにしている。



 
実際、教授はクラス終了前に私の話をした。私の名前は出さないと言っていたが、「唐草がさっきプレゼン中に居心地の悪い思いをしたの」と、思いっきり名前を出していたのを除いてはまあよかった。
「自分が気づいていないところで差別をしていることがあること、それに気づかなければならない」と教授は言った。ほかの文化について話すときは、配慮をもってアプローチする必要があることも。
 
「この話を聞いてもらいたい人たちが、既に帰ってしまっていることが大変残念だけど」

教授はそう締めくくった。
 
カルロスもアナも帰ってしまっていた。
教授の話の後に私の意見を言うはずだったが、電車の時間が近づいていた。コートを羽織り始めた私に、教授は「唐草、帰っていいよ!電車だね!」と言った。
 
何人かのクラスメートが微笑む。これはどんな種類の微笑みなんだろうかなと思い、憐れみか、同情か、なんだろうと考えながら教室を後にした。


初めて学食に行った。
これで4ユーロは確かに安いと思う。
しかし、私はこれからもボカディージョを持っていくことにする。



 
その後、ロシオが教えてくれたところによると、無意識に外国人を避けていたり、話さなかったりすることがある、自分では何も考えていなくても、差別的な対応をしていたことがある、自分たちは反省するべきだといった話をしたクラスメートたちがいたそうだ。
 
 
私自身は、まあもうどうでもよかった。
授業もあと2日。
とりあえずプレゼンが終わったこと。あの2人とはもう一緒に作業しなくて済むことが嬉しかった。


廊下での泥仕合、私の噴火3


 
翌日、クラスに着くと、今まで話したことがない人が話しかけてきた。
びっくりした。
昨日の教授の話の影響だろうか。
なんとも言えない心持ちではあったが、話をした。
 
休憩時間、廊下を歩いていると、カルロスが話しかけてきた。
 
「あのさ、ロシオからメッセージが来て、このグループは機能してないって書いてあったけど、何か心当たりがあったら教えて。僕はいつでも皆の意見をウェルカムだからね!」

 
適当にやりすごして教室に戻るに限る。
 
そう思って、なんとなく返事をしながら歩いていると、カルロスが言う。
 
「ちょっと、僕はまだ話しているじゃないか。意見を聞かせてもらってもいいだろう!」
 

 仕方がない。じゃあ話そうじゃないか。
 

「グループは機能していない。仕事のやり方も違う。何もしない人がいる。私の意見は誰も聞いてない。レイシストのようなことをする人もいる。それでいうと、あなたは過去に2度、私の前で両目の端をひっぱる仕草をして冗談を言いましたね。あれは正直気持ちのいいものではなかったのでやめていただきたい。それから、パワーポイントスライドのイラストについても申し上げた通りです。あなたにとっては何の意味も持たないものかもしれないが、こちらにとっては大変侮辱的だったので消しました」
 
言い終わる前から、カルロスが激高しているのがわかる。
 
「何を言ってるんだ。僕がそんな仕草をするわけないだろう!僕はレイシストじゃない!悪い人間でもない!!だから断じてそんな差別的なことはしない!」
 
「やられた方は覚えています。でも、いいんです。私自身、自分が気づいていないところで差別的な発言をしたり、偏見で物を見ていたりすることがあるかもしれません。その場合は教えて頂きたい。また、誰にでもそういうことはあるのだと思って聞いて頂きたい」
 
「いや、断じてやってない!なのにどうしてそんなことを僕に言うんだ!何が差別だ!僕が君をどう差別したっていうんだ!プレゼンの内容でも気に入らないところがあるなら言えばよかったじゃないか!」
 
「言いましたよ?コメントに書きましたよ。その後無視していましたよあなたは?」
 
「じゃあ、君はなぜアナとは話さないんだ!僕は彼女が仕事をしていなくても、注意をしたらそれで終わりだ。その後一緒にカフェにも行くし、僕たちは仲良しだ。君が同じようにできないのは、君がおかしいんじゃないか!」


「アナに注意しましたよ。話しましたよ。返事ありませんけどね。ははは!」
 
その後も会話は一方通行で、しまいには僕はいつだって君を手伝っている。スペイン語だってあんなに直してあげた。なのに、どうして差別とか僕が何もやっていないことをでっちあげるんだ!君の言っていること、考えていることは全くわからない!とガスライティングが始まった。
 
今回のスライドでは、スペイン語を直してとは頼んでいない。そんなことをする暇があったら自分のパートの内容を考えてくれたまえと思いながら、もうあほらしくなっていた。スペイン語でけんかをするのにも疲れてきた。

 

パコから頂いたもの。
ペスティーニョというお菓子。
市販のものは私にはちょっと甘すぎるが、これは別。


休憩時間がとっくに終わっていたため、クラスの代表の学生が心配して呼びに来た。
 
「もう僕たちは和解することはないだろう。お互いが理解できないから!今後は一緒のグループになることもないだろうから安心してくれ!」
 
これは頭にきた。お前には言われたくないぞと思ったため、私は気が付いたら英語でまくしたてた。
 
さっきからあなたの私に対する話し方はなんですか。自分がどんな風に今私に話しているか気づいていますか。私がただ言いたかったのは、私も含め誰もが無意識のうちに差別的な発言や行動をすることもあること。それをわかってもらいたかった。私はあなたが人種差別主義者とは一言も言っていない。ただ、あなたがやったことで傷ついたことは確かです。私だけでなく、多くのアジア人は不快な思いをするでしょう。だから、それを言ったまでのことです。それを認めずに、違う、違うというのはおかしくありませんか。
 
カルロスは私が何を言っているのか全くわからないとスペイン語で言った。
そして、コーヒーを飲みにいく、クラスに戻る気がうせたからね!と言っていなくなった。


今日も会いに来てくれた皆さんたち。
野菜くずを入れている袋をがしゃがしゃと振ると、
やってきてくれた。


 
じゃあ私はどうするのだ。
私だってこのままクラスに戻りたくはないが、
かばんもノートも教室に置いてきたままだ。
 
感情をおさえるようにして、教室に戻った。
教授が私をじろっと見た。ああ申し訳ない。
 
クラスの内容はとてもおもしろいもので、私はとっても発言したかった。できれば、日本の神道についての話と先生が話しているテーマの関連性について自分なりの意見を述べたかった。しかし、カルロスとけんかした後の私は、自分の気持ちをコントロールするのに精いっぱいで、発言するどころではなかった。
 
電車の時間がきた。ああ、こんな形でこの授業を終わるのか。しょんぼりして、リュックを背負う。私の前にいた教授が振り返った。にっこり笑って、手を振ってくれた。思わずここがスペインであることを忘れ、お辞儀をしてしまうような優しい笑顔だった。


帰り道。
地元の駅に着くと、夫が迎えにきてくれていた。
カルロスとの大喧嘩の話を聞いて、さすがに心配になったらしい。

「よくがんばりましたよ。学校で起きたことについて、大変気の毒に思います。しかし、あなたがやったことを私は誇りに思います」

そう言って、荷物を代わりに背負ってくれた。
 


ロシオからの話によると、最前列に座っている私がいつまでたっても戻ってこないため、教授が皆に聞いたらしい。クラスの代表が「あ、カルロスと唐草は、今問題解決中のようです…」といったことを言ったようだ。この教授にはグループが機能していない話をしていたから、おそらく察しがついたのだろう。教授はその後何も言わなかったらしい。
 
ロシオの話を聞き、教授には改めて後半のクラスにほとんど参加できなかったことを詫びるメールを書いた。本当は日本の話をしたかったのだが、という話とともに。
 
教授からはとても温かい返事が届いた。
ありがとう、とも書いてあり、私は迷惑こそかけたがほかに何をしたわけでもないのでこそばゆい感じがした。
同時にこういう教授たちに出会えたことだけでも、この大学に来たかいがあったなあと思った。


レタスもお好みです。
この日はレタスとにんじんをお持ちした。


振り返って



私は大学院に来て何をやっているんだろう。

不器用にもほどがある。
エネルギーの消耗が正直すごかった。数日前に今学期のクラスが全て終わった今も、茫然としている。仕事も大学の課題もあまり手に着いていない。エネルギーを使う方向も間違っているのだろう。自分でも呆れてしまう。同時に悲しかった。
 
ただ、アジア人1人という状況で、アジア人に対する差別的な発言や態度を目にしたら、そしてそれが人類学のクラスでおこっているとしたら、しかも自分のグループでもおこっているのなら、私はだまってはいられなかった。

  
この2カ月間で私が学んだことはたくさんあるが、このままだと、私はアクティビストになってしまいそうな気がしている。少なくとも夫はそう思っている。

「それはそれで面白いじゃないですか。やってやってください」

夫は言った。
 
スペインにはいいところがたくさんある。この国も人も好きだ。
同時に、私は日本人であることに誇りを持っている。だから、自分の国の人たちが馬鹿にされたり、笑われたりするのをみて、何もなかったかのようにやりすごすことはできなかった。
 
クラスにおいては、差別もそうだが、マンスプレイニングやガスライティングをする人たちとは今後は距離を保ち、自分の心身の安定を大事にしようと思う。そして、授業と課題への集中をはかりたい。

 

レタスは大人気。
くさくさした気分も皆さんは食べていってくれました。



ロシオが言った。

「来期の選択科目、まだ変えられるわよ。今、教授全員にメールを送っていてね。グループワークがない科目はどれか、または2人だけでできるグループワークがある科目はどれかって聞いてるの。だから、もしグループワークがあるなら、私はあなたとやりたいわ。いいかしら?!」
 
もちろんだと言い、教授全員にメールを送るほどストレスをためていたロシオに同情した。
 
隣に座っているマルタからは、プレゼンの後、メッセージが届いた。

「唐草、もし、これまでに私があなたに話したときに、不適切な言い方や態度があったらごめんなさい。自分で気づいていないうちにやっていたことがあるかもしれない」
 
ああ、こういう人たちが周りにいてくれる限り、私は大丈夫だ。
 

 


 
 
マルタからはその翌日もメッセージが来て、実はマンガが好きなこと、今まで言わなかったけど、日本にもいつか行きたくて、日本語も勉強したいということが書いてあった。
 
隣に2カ月間座っていて、今それを言うのか?と思いながら、22歳の彼女がかわいく思えた。大学時代に人類学を専攻していた彼女には、ときどきクラスの内容について質問することがある。おすすめのシャンプーや洋服のお店について話すこともある。私の修論テーマに興味を示してくれ、唐草の修論を私絶対読むんだから!と言っている彼女とも、これからも仲良くできたらいいなと思っている。

ロシオのネックレスも私を守ってくれた。
セーターの下に毎日つけていった。


スペインは今日も暑苦しい。

木曜日、行きの電車で隣になった人と話が弾んだ。座ってから降りるまでしゃべりっぱなしだった。人類学を専攻しているというと、スペイン社会についてその人が思うこと、昔と今の変化など、興味深い話をたくさんしてくれた。また1月に電車でね!そんな話をして別れた。
 
電車では、駅員さんがチケットの確認に来る。大事なお知らせがあるときは、チケットの確認に来た時に、皆が聞こえるように大声で教えてくれる。それは例えばこんな風に。

「よっしゃ、ついでに言っとくぞ。来週から〇〇の持ち込み禁止や!覚えといてな、〇〇日からやで!」

車内アナウンスでもなく、各車両に来て駅員さんが口頭で説明してくれる。
そんな昭和な雰囲気がまたいい。

ときには、電車が急に停まることもある。

窓から外を見ていたら、隣の親子が話している。

「うさぎ!!うさぎがいるわよ!」

一瞬にして、車両中にいる皆の顔が窓に向いた。皆、うさぎを探しているのだ。その後、うさぎの親子が現れたようで、写真を撮る人もでてきた。

あるときは、1つの座席に2人が予約されていることがある。


「なんでかダブルブッキングになってることもあるんやけど、人数分の座席はあるから心配せんといて!皆座れるから!」

そんなアナウンスが聞こえる。


いつも通りのアンダルシアである。




この3週間ぐらいのことを振り返ると、まだ胸のあたりがチクりと痛む。同時に、よくめげずに毎日学校に行ったなあと思う。


そして、悪いことばかりではない。
 
この嵐のような状況の中、私は地元の役所で面接を受けていた。

年明けから数か月間インターンをさせてもらえることになった。
希望していた課だったのでなおさら嬉しい。
 
インターンなんか受け付けたことないわと言う担当者だったが、
熱意をぶつけたところ受け入れてもらえた。
なんでもやってみるものだ。
そして、こんなわけのわからないものをとりあえず受け入れてくれるスペインの懐の大きさにも感謝する。


パコと先日会ったら、めちゃくちゃ寒いのに
「おお!今日は涼しいな!」と強がりを言った。
「本当に!」私も強がっておいた。


 
ともかく第一学期は終わった。
年末年始は課題に追われる毎日だろうが、心身ともに少しゆっくりしたい。
 
いつも応援してくださる皆さま。
皆さまの応援がなかったら、私は今学期最後まで通えなかったかもしれません。
毎回、プレゼンの前にはnoteの画面を開いて、頂いたメッセージを繰り返し読んだ。自宅からゆっくりnoteが見られなくて、パソコンからしかログインしていないため、コメントのお返事もまだできていない。しかし、頂いたメッセージは暗唱できるほどに覚えてしまい、そのメッセージたちは私の心をゆるゆるとしてくれた。

毎回、プレゼンの後には、「にゃー!」と叫びたかったのを必死に止めた。
今度は叫んでもいいかな。


日本語クラスの学生さんたちは、私の学生生活を見守ってくれている。

この間は、全員がスクリーン越しにハートマークを手で作ってくれた。これにはぐっときた。

スクリーンショットしていい?!と聞くと、もう1回やるから待って!と全員で動きを合わせてくれた。

「プレゼンの日、私たち皆で大学に行きたかった!そしたら、唐草を1人にしなかったわ!」

そんなことを言う学生さんがいて、皆をぎゅうと抱きしめたくなった。

皆さんは私のお守りなんですよ、私は皆さんというお守りをもって学校に行っているんですから。

そう言うと、でれでれに照れる人たちが私はかわいくてたまらない。

結局のところ、私は愛されているなあ。
今はそんな風に思っている。

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