「G.M.HOLIC(ゲームミュージック・ホリック)」第3話

(学校の休み時間。Kのクラスに来て、胸を張るI)
I「Kちゃん」
K「ん?」(振り向く)
I「へへー。カクチョーオンゲン始めたんだ」
K「へ?どういう意味?」
I「バイト」
K「ああ…お金がないから作ることにしたんだね」
I「そう。洋菓子屋さんで働くことにしたんだ」
K「そうなんだ。偉い、偉い(Iの頭をなでる)」
I「へへー(笑顔で照れる)」
I「Kちゃんもバイトしたら?」
K「やだ(きっぱり)」
生活にゆとりのあるKがIは内心羨ましかった。しかし、制約の中で生活することは面白い、お金がないなら作れば良い、という二つの視点を持つことができたIにとって、そんなことは些末な問題であった。

―ゲーム音楽研究部の部室

(Uに胸を張るI)
I「Uちゃん、私、カクチョーオンゲン始めたよ」
U「え?ああ、お小遣い増やしてもらえたってコト?」
I「ううん、バイト受かったんだ。これで、ごはんとおみそ汁卒業だよ!」
U「へぇー。良かったネ。おめでとー」(手を叩く)
I「へへー。頭なでて」
U「え?ああ…こう?(Iの頭をなでる)」
I「ヘヘ…デュヘヘヘ…(喜びの余り表情が崩れる)」
U「フ…フフ…(顔が引きつっている)」

ホワイトボードに「ごはんともち米」と書くU
I「もち米?今日はどんな節約レシピを教えてくれるの?Uちゃん」
U「ウン。じゃ、今日はファミコンの音について教えようかな」
I「ファミコンの音?」
U「実はファミコンの音って3種類から選べるンだ」
I「ふーん。もち米の音も鳴るの?」
K「もち米の音って…」
U「これは例え。うちの学食にもち米はないよ」
U「今日はデューティー比について教えるよ」
I「でゅ、でゅー…?」
U「難しい言葉だケド、名前だけ覚えといて」
U「さっきも言ったケド、ファミコンの音は3種類あるンだ」
(ホワイトボードに12.5%、25%、50%と書くU)
K「降水確率ですか?」
U「ああ、そうも見えるネ。でも、そうじゃないよ」
U「ファミコンの音は矩形波って言うんだケド、矩形波はこの12.5%、25%、50%の3種類から選ぶことができるンだ」
I「何で%(パーセント)が付いてるの?」
U「パーセントは割合ってゆーのかな。ごはんに例えると、ごはんともち米の割合をこの3種類から選べるっていうイメージ」
K「そうか、もち米の割合が変われば、食感も変わりますね」
U「そーそー。実際、この3つの音は聴いた感じの音がだいぶ違うンだ」
I「んー…頭痛い」
ゲーム音楽は思ったより面白い。しかし、聞き慣れない用語ばかりで、Iはゲーム音楽の難しさも感じ始めていた。

(パソコンの前に移動する)
U「これが50%。一番基本の音だよ」
(デューティー比50%の矩形波が鳴り、ピーという音が鳴る)
I「目覚まし時計みたいな音だね」
K「耳がキンキンする…」
U「ウン。目覚まし時計とかキッチンタイマーに使われるコトもあるかな」

U「で、これが25%」
(デューティー比25%の矩形波が鳴り、ペーという音が鳴る)
I「あ、なんか音の感じが変わった」
K「楽器っぽい音になったような?あんまり聴いたことない音ですね」
U「ゲーム以外には使われない音だからネ。ちょっとシャープな感じに変わったでしょ?」
I「うん」

U「最後は12.5%の音」
(デューティー比12.5%の矩形波が鳴り、プーという音が鳴る)
I「これは…渋い感じの音だね」
K「なんかトランペットみたいですね」
U「トランペットみたいな音として使われることもあるよ」
I「ファミコンっていろんな音が鳴らせるんだね」
U「ウン。3種類の音をうまく使い分ければ、曲の雰囲気をガラッと変えることができるンだ」
I「もち米100%の音はないの?」
U「ま、一番基本の50%の矩形波がごはん100%って感じかな」
I「私、お赤飯好きなんだけど、もち米100%はないんだね…しょんぼり」
U「50%の矩形波がもち米100%でも合ってるよ。要はごはんともち米の配分によって食感が変わるってコト」
I「じゃあ、私はもち米がいい!」
K「もち米から離れなさいよ…」
U「うーん、せっかくだから、Iちゃんが好きなもち米100%の音を使って、曲を作ってみようか」
I「ホント!?」

U「メロディを50%の矩形波、つまりもち米100%の音にしよう」
I「じゅるじゅる…お赤飯食べたい!」
K「I、もしかしてお昼食べてない?」
I「食べたよ。でも、ごはんともち米は別腹」
K「普通はデザートは別腹でしょ…」

U「2つ目の音は、12.5%と25%、好きな方選んで」
I「私どっちでもいいや。Kちゃん選んで~」
K「えー…じゃあトランペットみたいなほうで」
U「OK。12.5%だネ。あ、音は途中で変えられるから」
I「そうなの?じゃあ全部食べたいなぁ」
K「今日は一段と食い意地張ってるね…」

U「ちなみに、ベースによく使われる3つ目の音は三角波って呼ぶよ」
I「サンカク…ハ…?」
(三角波が鳴り、ポーという音が鳴る)
K「笛みたいな音ですね」
U「ウン。笛みたいな音の代わりに使われるコトもあるよ」
I「これも変えられないの?」
U「うーん、残念だケド、三角波は変えられないンだ」
I「えー、何で?」
U「ファミコンの仕様がそういうものなンだよ。そうだネ、お冷やみたいなものかな」
I「お冷や?水?私はオレンジジュースがいいなぁ…」
U「まあ、オレンジジュースでもイイよ。ごはんを食べる時に飲み物は絶対欲しいじゃない?」
I「お赤飯とオレンジジュースか…じゅるり」
U「こうやって好きなものを組み合わせて、お昼ごはんの出来上がりってワケ」
(学食のトレイの上に赤飯とオレンジジュースが乗っている図を思い浮かべて)
K「お赤飯とオレンジジュースって、あんまり合わなくない…?」(冷や汗)
U「食べ合わせってあるからね。そこは曲を聴きながら、味を変えられる矩形波の種類を調整すればイイよ」
I「ファミコンって、けっこうゼイタクできるんだね!」
U「そー。工夫次第でいろんなコトができるンだよ。Iちゃん、バイト始めてお昼ごはんのレパートリーが増えたでしょ?それと同じコト」
I「そっかぁ…」

ファミコンの音はたったの3和音しかない、そう思っていたIだが、実はファミコンの矩形波は3種類あり(※正しくは4種類ですが、デューティー比25%と75%の矩形波は実質的に同じ音なので3種類とします)、さらに三角波もあることを知った。ファミコンの制約の中でも、まだ優雅な生活ができる余地があるんだ、とゲーム音楽の奥深さをかみしめるIだった。

―いろんな音を組み合わせてIが作曲している
I「ああでもない、こうでもない…」
I「ここがお赤飯で、ここがごはんで…オレンジジュース…」
I「楽しいね、Kちゃん!」
K「私ら、ゲーム音楽作ってるんだよね…」(冷や汗)

Iの頭の中は、ゲーム音楽を作るというより、自分の生活に置き換えて考えているので、Kから見るとまるで家計をやりくりする貧乏少女のように見えた。Kがゲーム音楽研究部で活動する理由は、幼馴染のIの不憫な暮らしを少しでも楽しくしてあげたい、という気持ちからだった。(次衛に一目惚れしたからもあるが)

―外は大雨が降って、雷が鳴っている。

突然、パソコンの電源が落ちる。

パッ。

K「あ」
I「画面が真っ暗になっちゃったよ!?」
U「停電か…」

K「どうしよう、データ保存してなかった…」
I「えー!?私のお赤飯は!?オレンジジュースはー!?」

九「大丈夫、自動的にバックアップを取るようにしてしてあるから…」
(後ろから突然九が現れる)
I「キャッ!」
K「ぎゃっ!」
九「ブレーカーを上げてくるから、ちょっと待っててね…」

パッと電気が点く。

九「ブレーカーを上げて来たよ…」

I「画面が真っ暗のまんまだよー!」
U「まあまあ、落ち着いて…」
九「停電して電源が落ちただけ。またパソコンの電源を入れればいいんだよ…」

(パソコンの電源を入れる)

I「ドキドキ…」

(OSが立ち上がる)

I「何にも出て来ないよ…」
K「もしかして、私らの曲消えちゃった…?」

九「作曲ソフトを立ち上げて…そこのFamiStudio…」

I「え?えっと…ファミ、ファミ…」

FamiStudioを立ち上げる。

K「やっぱり全部消えちゃったみたい」
I「そんな~…」

U「大丈夫だよ、九に任せとけば」

九「今からバックアップを戻すから待ってて…」

九がパソコンをいじり始める。

―10分後

九「戻ったよ…」

K「あ、戻った」
I「スゴーい!」

K「ありがとうございます、九さん」
I「ど どうも…」
U「ご苦労様、九」

九「どういたしまして…」

I「私、あの人苦手…」
K「まあまあ」

他人とのコミュニケーションが苦手な九は、いわゆる陰キャの中の陰キャである。ネアカのIにとって、九ははっきり言ってしまえば近寄りがたく、距離を置きたい相手であった。九は内面的には思いやりがあり、頑張って他人とコミュニケーションを取ろうとしているのに、女子生徒から距離を置かれることは辛いのだが、一朝一夕ではどうにもならないもどかしさを感じていた。

I「あ、そろそろバイト行かなきゃ…」
U「今日は大変だったネ。今なら雨も落ち着いてるし、帰ってイイよ」
U「バイト頑張って、Iちゃん」
I「あっ、えへへ、でゅへへへ…」(嬉しさで表情が崩れる)
U「…」(顔が引きつっている)

―バイト先の洋菓子屋

Iが笑顔で接客している。
I「いらっしゃいませー!」
お客さん「えっと、モンブランとティラミスを一つずつ」
I「はい、お赤飯とオレンジジュースですね!」
I「…あ」

もはやIの頭の中はゲーム音楽のことでいっぱいになっていた。正確に言うと、自分の生活になぞらえてゲーム音楽をとらえているので、本人の自覚としては食べ物のことしか考えていない。貧乏なIがこんなに満たされるなんて、本人は初めは思ってもみなかった。

第3話、終わり





































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