「G.M.HOLIC(ゲームミュージック・ホリック)」第1話

4月。星ノ音高校に入学したI(愛)。親友のK(恵)と一緒に部活動の見学をしている。

(校内の廊下。長い部活名の看板を見て)
I(愛)「ゲーム音楽研究部…」
I「ゲームオンガクって何だろう?Kちゃん」
K(恵)「さあ…?」
ゲーム音楽という聞き慣れない言葉に、あまり興味を惹かれない二人。

―回想

今日のIは朝から機嫌が悪かった。Iは、受験のストレスと両親の失業が重なり、高校入学後もストレスが溜まっていた。

Iの家のキッチン。母親にお小遣いを増やしてとねだるI。

I「お母さん、お小遣いが1,000円は少なすぎるよ!増やしてよ。私もう高校一年だよ!」
生活の苦しさからのストレスを母親にぶつけるI。
Iの母「ダーメ。私もお父さんも失業したの知ってるでしょ?今、家計は火の車なんだから」
I「わかってるよ!でも、新しいお洋服も欲しいのに…もうお母さんなんて大嫌い!」
Iは母親に怒りをぶつけてもどうにもならないことは分かっていたが、怒りのやり場に困っていた。何で私だけが…と泣きながら家を飛び出して高校に行くI。

昼休み。学食で一番安いコッペパンを買うI。
K(恵)「今日もコッペパン?」
I「食事代、これしか出してもらえないんだ。あーあ…」
コッペパンを見つめるI。羨ましそうに、Kの「普通の食事」に目を移す。

授業が終わって、IがKのクラスに来る。
I「Kちゃん、今日は部活のオリエンテーションだって」
K「私は帰宅部でいいや。でも、ちょっとだけ回ってみよっか」
部活動そのものに興味がないK。しかし、幼馴染のIに付き合ってあげることにした。

文芸部、美術部、漫画研究部などを回ってみる二人。しかし、面白そうな部活は見つからなかった。

軽音楽部の前で少し立ち止まるが、Iは家庭の財政事情を思い出し、何も言わずに部室の前を過ぎ去る。

I「はぁ…」
K「面白そうな部活ないね」
I「可愛い女の子がいないなぁ」
K「そっち?」
K「てか私がいるじゃん!」
I「ごめん、Kちゃん。そういう意味じゃなくてね。私は出会いを求めてるんだよ」

遠い目をするI。Iは男子に興味がなく、女の子が好きだった。しかし、部活動を決める動機はそれだけではなかった。本当は軽音楽部や吹奏楽部に仮入部してみたい。しかし、お金がないので諦めるしかなかった。後は、せめて部活動が楽しいかどうかより、交流を楽しめれば…Iはそう考えていた。

K「Iは女の子好きだもんね…」
I「Kちゃんみたいな可愛い女の子はいないかなぁ」

二人が廊下を歩いていると、長い名前の部活の看板があることに気づく。

I「あっ」
立ち止まるI。

―回想終わり

I「ゲーム音楽研究部…」
K「長い名前だね…」

部室の前に男子生徒が立っているのに気づく。

K「あ、けっこうイケメン」
K「ねえ、I。ちょっと見てみない?」
ノーマルなKは目鼻立ちの整った男子生徒?に興味津々だった。
I「…うん」
K「あなた、ここの部員さんですか?」
男子生徒?「そー。部長だよ」
I「お名前は?」
U(遊)「U(遊)」
I「Uさん、ゲーム音楽って何ですか?」
U「知らないの?ゲーム音楽。今、昔のゲーム機の音楽がけっこう流行ってるンだよ」
I「ゲームキ?」
K「ムキムキな人?」
IとK「…(マッチョな男性を想像している)」
U「(冷静にツッコむ)いやいや、テレビゲーム用の機械のコトだよ。ほら、PS5とかスイッチとかあるじゃん」
I「あ、それなら知ってる」
K「私も。私ゲームはスマホでやるから」
I「この部活、とりあえず見学してみてもいいですか?」
U「いいケド、ゲームの音楽に興味は?」
I「ゲームは大好きですけど…」
K「音楽はあんまり…私、ゲームは音消してやるから」
I「私も」
U「な 何ィー!?」
Uの声が廊下に響き渡り、生徒たちが驚いて振り返る。ゲーム音楽を真剣に作っているUにとって、音を消してゲームをやるなんて許せなかった。
U「さー、帰った、帰った!」(IとKを追い出そうとする)
IとK「えー、何でー?」
U「ゲーム音楽に興味ないンでしょ?」
I「だって、消音モードにしないと迷惑になるし…」
U「迷惑?」(イラッ)
U「あのねぇ、ゲーム音楽を聴かないなんて、お面ライジャーの食玩フィギュアだけ捨てるようなもンだよ?」
K「お…お面ライジャー好きなんですか?ぷぷ…」
見かけに寄らないUの子供趣味に、Kは笑いをこらえきれなかった。
U「かっこいいじゃん。お面ライジャーも、ゲーム音楽も!聴かないなんて、なんて勿体ない!」
自分の趣味を馬鹿にされて、怒りをあらわにするU。
K「(慌てて)そ、そうそう、勿体ないですよね!ゲームオンガクもかっこいいですよ!ね~、I?」
ゲーム音楽が何なのかわからないが、とりあえずその場を丸く収めようとUをなだめようとするK。
I「うん。フィギュアだけ捨てるのは、確かに勿体ないね」
U「でしょ?全く…」
イライラしながらぶつぶつ文句を言っているU。IがUのピアスに気づく。
I「あの…男子なのにカワイイピアスしてるんですね」
U「ムッ」
U「…私、女の子なんだケド」
Uの全身をよく見たら女子だったので、驚くIたち。Uはボーイッシュな外見で、たびたび男子生徒と間違われることを気にしていた。
I「え!?そうだったの!?」
K「えっ…」
I「(かっこいい男の子みたいな見た目…なのに、女の子だったなんて!)」
ドキドキし始めるI。ゲーム音楽のことは知らないが、ボーイッシュなUに一目ぼれしてしまった。Uと同じ部活に入ったらどんなに楽しいだろう。捨てる神あれば拾う神あり。楽しい部活動の妄想が一気にIの頭の中に広がった。
K「あー…始まった」
I「あの…私、ゲームオンガク大好きです。この部活に入りたいです!(うっとりした表情で)」
U「いきなりどーしたの?(動揺している)」
I「Kちゃんも付き合ってよ!」
K「うーん…ま、見学だけならいっか」
I「私、Iです。こっちは親友のKちゃん。よろしくお願いします!」
(校舎を映す)

―女子更衣室
U「な 何で着替える必要があるの?(動揺しながら)」
I「まぁいいじゃない」
Uがジャージを脱ぐ。
I「へぇー。そうなってたんだ」
Uが女子なのは胸のふくらみを見ればわかる。そうでなければ、一緒に着替えるはずがない。しかし、IはUが着替える姿をどうしても見てみたかった。
U「ヒトをスーパーマンみたいに言わないでよ。あと、さっきから溜め口になってるケド…」
K「すみません、Iは可愛い女の子を見るとこうなっちゃうんです」
U「はぁ…」
I「(Uの下着を確認して)ホントに女の子だったんだね」
U「まさかそれを確認するために…」
I「そうだよ」
U「Iちゃん…胸大きいンだね」
I「そう?」
K「私が揉んで大きくしました」
U「へぇー…Kちゃんもそーゆー趣味が…」
K「私はノーマルですよ!」
Iが下着姿のUに近づく。
U「近い、近い!」
U「Iちゃん…もしかして、変態?」
自分の貞操に危機感を覚え、戸惑うU。しかし、部長としての責任感と面倒見の良さから、Iたちを仮入部員として迎え入れてあげることにした。

―部室

女子部員はUだけ。後はイケメンの男子部員と陰キャなオタク風の男子部員が、ゲームをしながらゲーム音楽を聴いている。

I「部員はこれだけ?」
U「そー」
K「ねえ、I。あの人、けっこうイケメンじゃない?」(イケメンの男子部員を見ながら)
I「そうだねー(適当な相槌)」
イケメンの男子部員が歩いてくる。
イケメンの男子部員「仮入部?」
K「はい!(赤面している)」
イケメンの男子部員「女の子がうちに仮入部するなんて珍しいね」
K「はい!私、ゲームオンガクが大好きで…」
I「いや、Kちゃんは全然…」
K「しっ!」(人差し指を立ててIを軽く睨む)
I「あっ、ごめん…」
Kはこの男子部員に一目惚れしたが、IのUに対する感情ほどではなかった。
手を叩いておしゃべりを止めるU。
U「おしゃべりはそこまで。こっちに注目して」
Uがホワイトボードを叩く。
U「早速だけど、二人の実力を試させてもらうよ。二人とも、まずは一つ曲を作って」
K「え、いきなり?」
I「私、作曲なんかしたことないよ~」
U「大丈夫、私が教えるから」
I「音楽ってお金かかりそうだけど…」(悲しげな表情で)
U「ああ、それなら部室のパソコンを使えばいいよ。何も買わなくて大丈夫」
I「良かった…」
財政事情でこの部活も諦めないといけないのではないか、というIの不安は杞憂に終わり、Iはホッとして胸をなでおろした。

U「次衛(ジェイ)くん。悪いケド、これからオリエンテーションをするからゲームは一旦ストップしてもらっていい?」
イケメンの男子部員「はーい」(ゲームのコントローラーを置く)
K「あの人、次衛って名前なんだ…」
U「ファミコンとポラクエ3出してくれる?」
次衛がファミコンを持ち出す。
K「次衛さん、ポラクエ3ってこれですよね?」
次衛「ああ、よく知ってるね」
K「うちのお父さんがやってたんですよ(照れながら)」
I「(ファミコンを見て)え、この機械何?」
U「ファミコンだよ。昔一世を風靡したってゆー」
I「へぇー」
U「最初はポラクエ3の曲が一番オススメだよ」
U「やってみて(コントローラをIに渡す)」
I「どうしよう、Uちゃんが持ってたものが私の手に…(ドキドキしている)」
I「はぁはぁ…」
ゲームはスマホでやるので、ゲームのコントローラーもよく知らないIだったが、Uが手に持っていたものが自分の手の中にある、そう思うと、Iの捻じれた恋慕が次第に膨れ上がっていく。
U「…」
U「(Kに視線を送って)Iちゃんって変わり者だって言われない?」
K「言われます(きっぱり)」
I「…この機械、どうすればいいの?」
U「あ…スマホゲームしかやったことないンだっけ。左の十字キーで上下左右に動かせるよ。あとは…」
K「それなら私が教えるよ。お父さんの見よう見まねだけど」
I「ありがとう、Kちゃん」

(ポラクエ3のマップ画面がテレビに映し出されている)
U「ポラクエ3はたった3音でオーケストラを表現してるンだよ」
I「サンオンって何?」
U「同時に3つまでしか音を鳴らしてないってコト」
I「何で3つなの?」
U「昔のゲーム機だとこのくらいが限界なンだ」
I「ふーん…」
(音楽から風景が思い浮かび、広大なファンタジー世界がIの頭の中に広がる)
I「Kちゃん、何か見えなかった?」
K「え…いや、別に。Iちゃん大丈夫?」
I「(さっきのは何だったんだろう…)」
Iにはイマジネーションの才能があった。しかし、当の本人はそれを自覚していなかった。

(戦闘画面に切り替わる)
U「Iちゃんに問題。同時に何音まで音が鳴ってると思う?」
I「えー?」
(高い音や低い音まで、数えきれないほど音が目まぐるしく鳴っている)
I「えーと…5つか6つくらい?」
U「フフーン。残念。正解は3つとノイズだけだよ。高い音と低い音をものスゴい速さで鳴らしてるから、そう聴こえるンだ。数えてみて」

I「(音を数えている)1つ、2つ…」

(再びIの頭の中に、勇者たちがモンスターと戦っている光景が広がる)
I「また!Kちゃん、見えなかった?」
K「いや、何も。…I、ちゃんとお昼食べた?」
I「食べたよ。コッペパン1個だけど…」
I「Kちゃんは何も見えなかったの?ファンタジーの世界っていうか、勇者がモンスターと戦っているような」
U「(Iちゃんには見えるンだ…)」
UはIのイマジネーションの才能を見抜いた。Iの才能を開花させてみたい、そうUは思い、Iに強い興味を抱き始めた。
U「それは心の中のイメージだよ」
I「イメージ?」
U「昔のゲーム音楽は、少ない音数でプレイヤーの想像力を膨らませようと作られてるンだ」
U「ファミコンだと映像もまだカクカクした簡単な絵しか見せられないから。Iちゃんにもう何か見えたってコトは、想像力がある証拠だよ」
I「想像…力…」
K「どっちかっていうと妄想力だよね…」
U「プレイヤーの想像力をかき立てて、画面で表現しきれない部分を補うのがゲーム音楽の仕事の一つなンだ」
I「ふーん」
I「(Uちゃんと一緒に時間を過ごしたくて仮入部したけど、ゲーム音楽ってちょっと面白いかも…)」
I「他にも聴いてみたい!」
U「イイよ。次衛くん、スーパーガパオブラザーズ持ってきて」
次衛「はーい」
K「これですよね?(スーパーガパオブラザーズのカートリッジを取り出して)」
次衛「そうだよ。これもオヤジがやってたとか?」
K「そうです!(照れながら)」
(スーパーガパオブラザーズのゲーム画面が映っている)
I「あ、このヒゲのおじさん見たことある」
U「コードを3音で表現するテクはガパオが一番わかりやすいかも」
I「コード?タコ足配線になるアレ?」
U「いやいや、違うよ…何てゆーのかな…(苦笑)」
U「作曲するなら、コードについて教えないとかな」

(けいおん!のようなガールズバンドのライブ風景が映っている)
U「ロックバンドの編成は知ってる?」
I「うん。アニメとかで見たことある」
I「歌を歌うのがボーカルだっけ。あと、何だっけKちゃん」
K「えっと…ギターとベース、ドラムス…でしたっけ?」
U「そー。それなら話が早い」
U「昔のゲーム音楽はバンドに似てるところがあるンだ」
I「バンド?オフィシャルまつ毛男dismみたいな?」
U「あ、マツダンは知ってるンだ」
I「うん。流行ってるのは一応、スマホで聴いてるよ」
U「ファミコンの音楽は、歌みたいにメロディがはっきりしてる曲が多いンだ」
U「昔のゲーム音楽も歌と同じで、ボーカルが担当するメロディ、ギターが担当するコード、あとベースと、ドラムスが担当するリズムで出来てるよ」
I「ふーん」
U「一番頭が痛いのがコード。音に厚みを持たせるンだケド、ファミコンは基本的に3和音までしか鳴らせない」
(メロディ1音、コード1音、ベース1音、リズム1音という図を見せる)
K「え、じゃあ…」
I「作曲できなく…ない?」
U「そう思うよネ。でも、工夫すればできちゃうンだ」
U「例えば、一番基本のコードのCはドとミとソでできてるんだケド…」
U「ガパオの曲は、メロディとベースで2音、残りの1音でこの3和音を表現してるンだ」
I「そんなこと言われたって難しいよー」
U「Iちゃん、さっきコッペパンしか食べてないって言ってたよネ?」
I「うん、うちビンボーだから…」
U「コッペパンは1つ何円だっけ?」
I「150円」
U「じゃあ、おいしいごはんが食べれるよ」
I「え?」
150円ではコッペパン1個しか買えない。その発想しか持っていなかったIだが、Uの突飛な言葉に戸惑いを隠しきれなかった。
U「お金がない時、どうすればおいしいごはんが食べれると思う?」
I「友達に…お金を借りる?(Kに視線を送る)」
K「…」
U「それも間違ってないよ。でも、限られた制約の中でやりくりするのが昔のゲーム音楽なンだ」
U「うちの学食のライスって実は単品で頼めるンだよ」
I「えっ」
U「ライスがいくらで食べられるか知ってる?」
I「え?えっと…」
U「100円」
I「そうなの?知らなかった…」
U「そうすると50円残るよネ。それでおみそ汁も付けられるでしょ?」
I「あ…そっか!」
U「昔のゲーム音楽の作り方は基本的にこんな感じなンだ。少ないお小遣い、すなわち限られた制約の中でどうやってやりくりするか、それがキモ」
K「何だかパズルみたいですね」
U「そーだよ」
I「うちのお母さんみたい」
U「その表現でも合ってるネ…(苦笑)」
Uの思いがけないアイデアに驚くI。限られた制約の中で曲を作ることが、少ない小遣いの中でやりくりすることに通じることに、Iは少しずつ勘づき始めていた。

(部室のパソコンの前で)
U「よし、じゃあ作曲してみよー」
I「どうやって作るの?やっぱりパソコン?」
U「そー」
I「うえー。パソコン苦手」
K「私が教えてあげるよ。うちにパソコンあるから少しはわかる」
I「ありがと、Kちゃん」
K「ま、私もそんなに詳しくないけど…」
U「大丈夫、何かあったら機械に強い部員がいるから。ね、九(キュー)。」
陰キャなオタク風の男子部員「…任せてください(後ろから現れる)」
I「ひぃっ!」
K「ぎゃっ!」
九「そんなに怖がらないで…(悲しそうに)」
U「ま、九はいつもこんな感じだから。いざという時頼りになるよ」

U「じゃ、まずはコード進行の基礎から始めるよ」
I「コードシンコー?」
U「コード進行は、コードの並べ方。さっき話したCみたいなコードがいろいろあるんだケド、曲を作るために必要なコードは、3つ覚えればとりあえず十分」
I「たった3つ?」
U「うん。CとFとG7、この3つを順番に置くだけで、簡単な曲は作れるよ」
I「…それなら、何とか作れる、かも?」
K「G7(ジーセブン)の7(セブン)って何ですか?」
U「7が付くコードはセブンスコードっていうンだケド、G7をCの前に置くとスッキリするンだ」
I「Gとは違うの?」
U「Gだとスッキリ感が出ないンだよ」
I「何で?」
U「…」
K「(知らないんだ…)」(ジト目でUを見る)
U「Gを構成するソとシとレに、4つ目の音のファを足すとG7になるよ」
本を読んでコード理論を一通り勉強してはいるが、なぜそうなのかまでは改めて聞かれると返答に困ってしまう。冷や汗をかきながら、何事もなかったかのように話を進めるU。
U「基本のC、F、G7、Cのコード進行で曲を作ってみよー」
I「あの…」
U「何?Iちゃん」
I「これ、どうやって使うの?(マウスを指さして)」
K「私が教えるよ」

I「あー!」
I「パソコン難しいよー!」(ヒスを起こす)
K「まあまあ。私も最初はそうだったよ…」
I「Kちゃんはいいよね。お家にパソコンがあるから…」
パソコンなんて触ったこともないし、これから買うお金もない。羨みの眼差しをKに向けるI。
K「いやぁ…(気まずそうに)」
I「…」
I「もうやめたくなってきちゃった…」
K「…まだ仮入部だし、辞める?」
I「…いや」
K「え?」
I「もっとUちゃんと同じ空気を吸っていたい!」(ハアハアしながら)
ゲーム音楽に目覚めたわけではないが、Uと同じ空間で過ごしたいという執念は何よりも強かった。Iはこの部活を諦めるつもりはなかった。
K「…」(少し引いている)
K「じゃあ、もう少しがんばろっか」
U「…」(後ろから見ている)

―30分後
I「よし、とりあえずコードは置けたよ」(マウスを置いて)
U「Iちゃん、Iちゃん」
I「え?」
U「ここのG7なんだケド…4音使っちゃってる」
I「だって、G7は4音だから…」
U「うん。でも、ファミコンは3和音までしか鳴らせないンだ」
K「じゃあ、どうすればいいんですか?」
U「4音の中で省ける音がある」
I「え、そうなの?」
U「例えば、このG7の場合」
U「G7を構成する音は、ソとシとレとファ。で、G7のベースの音はソ」
U「で、レがないとメジャーコードなのかマイナーコードなのかわからないから、これも必要」
I「マイナーコード…って?」
U「何となく悲しい感じがするコードっていうのかな。最初は考えなくていいよ」
I「うん」
U「ファがないとセブンスコードにならないから、これも外せない」
I「あっ…ていうことは…」
K「シはなくてもいいってことですか?」
U「鋭いネ。実はソとレとファの3つの音だけでG7に聴こえるンだ」
U「昔のゲーム音楽も、こうして制約の中でやりくりして作られていたンだよ」
U「つまり、さっきの話に戻るケド、150円でもやりくりしてごはんとみそ汁を食べられるってコト」
IとK「へー」(学食のごはんとみそ汁がトレイに乗っている図を思い浮かべながら)
K「ゲーム音楽って…(Iに視線を送る)」
I「節約の役にも立っちゃうんだねぇ(Kと見つめ合う)」
ゲーム音楽が自分の生活の役に立つ―。そのことに初めて気づくI。

U「次はいよいよメロディを作るよ。今回のコード進行の場合、ドレミファソラシドを適当に置いていけばいいンだケド…」
I「適当にって言われても…」
K「それが難しいんですよ…」
U「ま、そうだよネ。一番簡単なのは、コードを構成する音だけでメロディを作る方法。例えばCなら、ドとミとソだけで作ればイイよ」
I「それだけ?マツダンの歌もそうなの?」
U「いや、違うケド、とりあえず最初はこの3つの音だけでイイよ」
K「でも、どういう風に置けばいいんですか?」
U「順番は気にしなくていいから、ドとミとソの4分音符を置くだけ。最初はそれだけでイイよ」
I「シブオンプって何?」
U「一番基本の音符。4分音符を4つ置くと1小節になる。逆に言えば、1小節を4つに分けたものが4分音符ってコト」
I「うーん…」
U「とりあえず、作ってみよー」

(パソコンの画面に簡単なメロディを置いた画面が映っている)
I「一応、ドとミとソを置いてみたけど…」
K「なんか、音がごちゃってしてるね…」
U「Iちゃん、Iちゃん」
I「え?また何か違ってた?」
U「FとG7の小節にも、ドとミとソを置いちゃってる…」
I「え?だって、さっき…」
U「ゴメン…説明が足りなかったネ。Fの小節にはFの、G7の小節にはG7の音を置いてメロディを作ってみて」
I「うーん…」
K「頭がこんがらがってきた…」
I「Uちゃん、私もしかして、才能ない…?(涙目)」
U「そんなコトないよ。最初は誰だってこんなもンだよ」
U「とりあえず、作ってみよー」

I「難しいよー、Kちゃん…」(Iが涙を浮かべる)
K「うーん…」
I「でも、ここでやめたら…」
K「Uさんと同じ空気を吸えなくなる?」
I「うん…」
I「…Kちゃんは帰ってもいいよ」
K「いいよ。最後まで付き合うよ」
I「ありがとう、Kちゃん…」
(Uが後ろで微笑んでいる)

I「よーし、それじゃループさせて聴いてみよう」
I「ループ?」
U「ずっと繰り返すってコト。これがゲーム音楽が普通の曲と違うところなンだよ」
U「Iちゃんが作った曲をガパオみたいなアクションゲームのBGMにすると考えてみて。このステージに30分いたら、ずっとこの曲を30分聴くことになるンだ」
K「30分?ちょっと飽きちゃうかも…」
U「でしょ?でも、ゲーム音楽は延々とループしても飽きないように作らないといけないンだ」
I「どうすればいいの?」
U「繰り返し聴いてみて、引っ掛かるところがあったら他の音に変えて調整してみて。ちょっと気になる音でも、何度も繰り返すと、それがノイズになるンだ」
I「ちょっと気になる音でも、何度も繰り返すと…」
K「ノイズになる…」
I「また難しいね…」
U「そうしないと、ループするたびにプレイヤーはそこが引っ掛かっちゃってゲームに集中できないンだよ。あともう一息。がんばろー」

(パソコンに向かって、苦戦しながら作曲ソフトで曲を作っている)
I「ここをこうして…」
(チューリップ畑の光景が後ろに広がっている)
K「なんか、チューリップの歌みたいだね」
I「そう?チューリップ畑をイメージしてるんだ。Kちゃんにも伝わった?」
K「伝わったよ。すごいじゃん、I」

―1時間後
I「で、できたー!」(満面の笑顔)
K「やったね」
I「でも、マツダンには全然…ぐす」
U「スゴいよ、Iちゃん。仮入部で初日なのにここまで作れるなんて」
I「ホント?」
U「いや、私だって最初は1日じゃ作れなかったよ」
K「私はあんまり作曲には手を出してなかったし…」
I「もしかして、私、スゴい?」
U「ウン。もっと胸を張ってイイよ」
I「やった!ありがとうUちゃん!」
(Uに抱き着くI)
U「だから、近いって!」
K「ゲーム音楽を作るのって、難しいですね…」
I「でも、パズルみたいで面白いかも」(目を輝かせながら)
U「でしょ?そのうちやみつきになるかもよ」
K「うーん…私も入部してみようかなぁ」
I「Kちゃんがいないとパソコンの使い方がわからないよ~」
K「しょうがないなぁ…私も入るか」
I「やったぁ!Kちゃん大好き!」

こうして、私とKちゃんはレトロゲーム音楽研究部に入部することになった。

―Iの家
Iの母「おかえりなさい、I。そうそう、お小遣いのことなんだけど…」
I「ああ、お小遣い?もう、いいんだ」
Iの母「え?」
I「これからは少ないお金でやりくりするから」
(ごはんとみそ汁のアップ)
Iの母「あら、そう…」
I「あと」
I「ちょっと気になる音でも、何度も繰り返すとノイズになる」
Iの母「…はぁ」

(Iの笑顔のアップ)

「制約の中で資源をやりくりする」「少し引っ掛かる言葉でも、何度でも繰り返すと不快なノイズになってしまう」この二つの気づきをゲーム音楽の学びから得たI。Iは制約のある暮らしにワクワクすら感じ始めていた。Iの母は、そんなIの心情の変化を知る由もなかった。

第1話、終わり

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