買う男
いつもジェラルミンケースいっぱいの札束を持ち歩いている僕ですが、時はキャッシュレス時代、スマホがあれば現金もポイントカードもいらない。ふと立ち寄った店で小さな財布を買いました。
「そちら可愛いですよね」
うん可愛い。貴女が...。
彼女はいつの間にか僕の隣にいて、僕と一緒に財布を選んでいる。接客を放棄して、まるでデートを楽しんでいるかのようだ。まったく、この店はどんな教育をしてるんだ。責任者に言ってやりたい。彼女の給料を上げてやれと...。
黒い牛革一面にスタッズをあしらった小粋な財布。僕には少しファンキーな気がしたが、モヒカンにしてタトゥーを入れれば釣り合うだろう。彼女の一押しの財布だ。サイズもとてもいい。
ズボンの右ポケットに丁度収まるコンパクト感。左ポケットにはスマホ、真ん中もコンパクトだからグッドバランス。
「とてもお似合いになりますよ」
彼女が言った。甘い香を漂わせながら僕を覗き込むように言った。よしてくれ、コンパクトではなくなってしまうではないか。彼女のフレンドリーな接客が僕の購買欲を高めた。財布を買うのに財布の紐を緩めさせられた僕は、淡い期待を胸にズボンの紐も緩めた。
"ドン"
「も、申し訳ありません!」
彼女が誤って僕のジェラルミンケースを倒してしまった。ケースが開き中から札束が飛び出す。床一面に散らばった札束を見て彼女が言った。
「抱いてください!」
ガッカリだ。優しい笑顔は偽りか。その晩、僕は彼女を抱いた。彼女は僕の上で激しく揺れる。所詮、金に目が眩む売女。乱れた分だけ見返りを求めるのだろう?「お買い上げありがとうございます!」と果てるのだろう?
僕は彼女に札束をぶん投げた。彼女はキョトンとしている。カマトトぶるな、これがお目当てだろう?
「そんなのいりません」
なんだと?金目当てじゃないのか?
「そんなつもりじゃないんです!」
彼女は頑なに受け取りを拒否した。僕は勘違いをしていた?中目黒のドンファンと呼ばれる僕に擦り寄ったのは何故?彼女は僕を愛していた?だとすれば、あのキスも、あの叫びも真実なのか?嗚呼、許しておくれ、君を疑った僕を...。
『ちょっと、待ってて!』
僕はベッドを飛び出し洗面所へ駆け込んだ。カミソリで頭の中央の毛を残し左右の毛を剃り上げる。ライターで熱した針で腕に彼女の名とハートマークを刻む。彼女が選んでくれた財布に似合う男になった。
『ほら見て!ファンキーでし、、、』
部屋に戻ると彼女の姿はなかった。
ジェラルミンケースと共に...。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?