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ゼンラニウム王国の崩壊 デスゲーム系オペラ『トゥーランドット』

先日配信で見たオペラ『トゥーランドット』にゼンラニウムさんみたいなファッションの人たちが出てきたので『吸血鬼すぐ死ぬ』二期が始まった記念に感想文を書きました。
なお同演出のオペラが2023年2月23日~26日に日本でも上演されるそうです。以下の文章では結末部に至るまでの演出のネタバレとか考察とかが書かれているため、前情報なしで見に行きたい方は注意してください。

ゼンラニウム

少し前に『吸血鬼すぐ死ぬ』という作品を見ていました。
理由は、マルシュナーのオペラ『吸血鬼』の配信を見ていて、「吸血鬼ものって今まであんまり触れてこなかったな」と思ったからです。
そしてアマゾンプライムで「吸血鬼」で検索をかけたらこの作品が出たからです。

配信に振り回される自我のない人生

『吸血鬼すぐ死ぬ』は非常に人気のあるギャグマンガであり、面白かったためその後原作も読み、現在では続きを大変楽しみにしている作品になっているのですが、序盤から登場するキャラクターに「吸血鬼ゼンラニウム」という方がいらっしゃるんですね。

こんな感じの方です。

ゼンラニウムさん

このような変わった装いですが、作中では常識人寄りの方です。CV大塚明夫なので多分バリトンです。

トゥーランドット

7月にoperavisionの配信で、ベルギーの『トゥーランドット』をやるという報が入りました。
『トゥーランドット』は言わずと知れためちゃくちゃ有名な作品ですが、そういえば全編通して映像を観たことなかったなと思ったので観ようと思いました。

配信に振り回される自我のない人生その2

プッチーニ最後の作品であり、死後に補筆された『トゥーランドット』の初演は1926年。2023年現在、まだ100年経っていない比較的新しい作品です。近々ある100周年で猫も杓子も上演すると思うのでそちらも楽しみですね。

原作はカルロ・ゴッツィによる戯曲。『三つのオレンジへの恋』『妖精』などの原作として、オペラ方面では割とよく拝見するお名前です。こちらは1762年の作品なので、初演から更に150年ほど遡ることになります。
更にゴッツィの戯曲の元になったのが、こちらも18世紀初頭に出版された『千一日物語』という物語集です。
この作品はオペラ世界では擦られまくっており、プッチーニ以前にもたくさんの人がオペラ化しています。現在は『トゥーランドット』といえばプッチーニ版を指すくらいに一強ですが、メインどころにオリキャラがいたりする、かなり大胆に改変されたリブレットになっています。

オペラは、古代中国の王女・トゥーランドット姫が、求婚者に三つの謎をかけ、答えられない者の首をちょん切っていたという前提からスタートします。なお理由は「かつて祖先に男に騙されて死んだ姫がいたのでその復讐をしている」です。エルラダンとエルロヒアからオークへの感情?
亡国の王子・カラフは、処刑でチラ見したトゥーランドット姫の美しさに一目ぼれ。周囲が止めるのも聞かず、求婚します。
カラフは姫の出した3つの謎全てに正解します。それでも結婚を嫌がる姫に、カラフは逆に謎かけをします。曰く、「明日の朝までに自分の名前を当てることができれば結婚せず、処刑を受け入れる」。
絶対に結婚したくない姫はカラフの父と奴隷のリュー(プッチーニ版のオリキャラ)を捕まえて拷問しますが、リューちゃんはカラフのことが好きだったので口を割らずに自殺します。
それを見た姫はなんやかんやで「愛」を知ります(たぶん)。カラフは謎かけに勝ったからじゃなくて姫に自分のことを好きになってほしいなーとか思ってたので、姫に自分の命をゆだねるべく名前を教えますが、既に好きになっちゃってた姫はカラフの名前を「愛」と答えるのでした。

なおリブレットの日本語訳を「オペラ対訳プロジェクト」様があげてくださっているので、Web上で読むことができます。サクッと読めるので観劇前の予習としてもおすすめです。

改めて読んだら「誰も寝てはならぬ」が煽りソングすぎてびっくりした。

以下の文章でいくつかリブレットの日本語訳の引用を行っていますが、全て「オペラ対訳プロジェクト」からの引用になります。

デスゲームとしての『トゥーランドット』

最初にサムネイルで見たときは、鮮やかな色の衣装に、クリアパーツにお花という組み合わせの舞台でなんか華やかで楽しい感じかな!って思ってました。

それでなんか雲行きが怪しいなって思ったのがこのトレイラーですね。

背景に「誰も寝てはならぬ」を流してもごまかしきれない映像がここに存在している。
まず平成ギャルの方でも滅多にしてなさそうなすごいロングネイルの人たちがくねくねしてますし、ピンポンパンらしき人達が扇情的に毛皮の上着を脱いでますし、カラフさんらしき人もリューちゃんらしき人めちゃくちゃ流血してますし、何より最後の方で裸体の男性の股間からなんか肌色のものを取り出してる場面が見えた気がしたんですよね。もうこの時点でそんなもん去勢か出産の二択だろ!宦官出てくる作品だから前者だろ!!と理性は述べていたのですが、まさかそんなこと舞台上でしないだろうしそもそもリブレットに生去勢場面なんてないし、一旦気のせいだったことにして流しました。本当に一瞬だったし何かの間違いかもしれないし。

それで配信されたものを観ました。
ゼンラニウムさんと同じ装いの方がいました。

『トゥーランドット』冒頭は、謎かけに敗れたペルシャの王子が処刑される場面から始まります。
この作品ではペルシャの王子は突然裸にされて体中の毛という毛を剃られ、台の上に転がされます(配信だから仕方ないけどカメラが主人公の方を映してる間にいつの間にか全裸になってて本当に何事かと思った)。
すると、空から巨大な♦みたいなものが下りてきて、その中央からトゥーランドット姫?なのかこれ?が現れ、長い爪のついた手で股間からお花をむしりとって、ムシャムシャ食べました。ヴァギナデンタタの擬人化が出てくるオペラ初めて見た。

あの不穏な場面(トレイラー41秒あたり)は去勢ではなく、いや去勢なんですけど、股間のお花を剪定されている場面だったんですね。それはちょと想定していなかったですね。

ゼンラニウムさんとおそろいファッションなのはペルシャの王子様だけではありません。この作品の男性キャラクターはみんなこのような股間をしています。モブの皆さんのみならず、主人公のカラフもその父親も、トゥーランドット姫の父である皇帝までしっかりこのファッションなうえに高齢だからかなんか枯れています。ドライフラワーみたい皇帝の股間。
みんな割と多種多様なお花をぶら下げているので実は花言葉的な意味とかあるのかもしれないんですけどちょっとそこまで調べるガッツがなかったのでだれが何の花付けてたかまでは分かりませんでした。お花に詳しい方に是非解説をお願いしたいです。
宦官は剪定済みなため、派手な化粧のピンポンパンが毛皮のコートをストリップしてお花を剪定された跡地を見せつけてきたりします。跡地は割とグロめでやや怖いです。
きっとここがゼンラニウムさんの故郷だったんですね。なんかゼンラニウムさんもたまに剪定されてますしね。

まあ女性は女性でお花こそついていないもののちょっと変わった形の被り物(トレイラー15秒あたり)をしているので……ベルギーってすごいな……
……って思ったら衣装デザインは日本人だしついでに美術はチームラボでした。じゃあもう外観の面はほぼ日本じゃん。
もしわたしが日本人じゃなくて、かつ『吸血鬼すぐ死ぬ』を観た直後にこのオペラを観たら「日本ではこういうファッションが流行っているのだな」と認識したと思います。流行ってないです。

ヨーロッパの劇場の配信って時差の都合でこっちの深夜になることが多いんですけど、この作品の配信日に偶然とても帰りが遅くなって、もう配信始まるしちょっとだけ見てから寝よう、と思って見始めたら冒頭からそんなだったのでこのままだとすごい夢見そうだなと思って45分くらいでやめて寝ました。具体的には二幕頭でピンポンパンがお花剪定跡地に巨大なキノコくっつくけてブルンブルンしてるあたりでリタイアしました。もう手遅れじゃない?

Operavisionはだいたいインタビュー動画とかメイキング動画を配信してくれるので、英語分からないなりに一通り見たのですが、この作品では姫の謎かけに負けると、首ではなく性器が切られるという設定のようです。じゃあ舞台にお出しできるギリギリセーフのラインがこのお花だったんですかね。セーフかな……セーフかも……

先日『吸血鬼すぐ死ぬ』の舞台化が発表されましたが、このオペラがセーフということはゼンラニウムさんまでは舞台に出しても大丈夫ということになりそうですね。

ピンカートンさんにもこの国経由してから来日してほしかった。

公式サイトによると、この演出は『ハンガー・ゲーム』のような、ディストピア世界の見世物という設定だそうです。
そういえば『吸血鬼すぐ死ぬ』にも「出版社はデスゲームと異世界転生が大好きだから」というセリフがありました(下記リンクから読めるお話に入っています)。

世界的なデスゲームの流行はオペラ業界にまで達していたのですね。
わたしはこのジャンルにあまり明るくないのですが、高確率で死を伴う謎かけをデスゲームの一種と解釈するのはとても面白いと思います。
設定としては刺さる人多そうだなあとは思うんだけどビジュアルが尖りすぎている。

音楽面はあまりよくわからないのですが、聞く限り歌とか演奏のレベルは高い気がします。
配役で王道とはずれてそうなところは、従来トゥーランドット姫と違うタイプのソプラノとして配役されるはずのリューちゃんが、すごいつよそうで殺されても死ななさそうなとこくらいでしょうか。まあこの演出だと実際すごいつよそうな演出だったのでそういう意図の配役なんだと思います。

すごいつよそうなリューちゃん

チームラボ???

でこれ前述のとおり背景とかはチームラボがやってて、公式でわりと日本語解説が読めたりします。上記operavisionのサイトの訳の一部も掲載されています。

まあ最近こういうデジタル映像の出る背景多いし技術が進んでるなあとか、舞台の形おもろいなー、くらいの気持ちで観てたんですけど、ラストのほうでちょっと引っかかった場面がありました。予告でもちょっと見えてるし、上記サイトのスチール写真にも入ってるのですが、カラフとトゥーランドットの愛の二重唱の背景にいい感じにお花が開いていくところがあるんですよ(トレイラー28秒あたり)。
まあ愛の二重唱の背景でお花が咲くのは特におかしいことではないんですけど、この作品の中でお花って一貫した意味を持っているわけです。
じゃあこれ今背景肌色モザイク状態なのかなっていうのが頭をよぎってしまって。

それとも特に意味なくなんかいい感じの場面なので少女漫画のトーンみたいなノリで使ったんだろうか……いやさすがにそんなはずは……

一応ペルシャの王子が去勢された時に児童合唱がお花を持って出てきたり、拷問とかしてる人たちのドレスの後ろからお花がこぼれていたりもするので、作中のすべてのお花がモザイクの代用品ではないと思うのですが、ここがお花な理由は大変気になりました。この作品を見て以来、街の中でチームラボ展の宣伝みたいなのを見るたびに、それがお花柄だと肌色モザイクが頭をよぎるようになってしまったので副作用は割と深刻でした。なので初見の夏からずっとここがお花な理由について割とダラダラ考えていました。

チームラボがいい感じのお花を映した辺りを再確認したところ、背景に映されていた波立つ海の映像がお花が開く映像に変わるのは、カラフが自分の股間のお花を切り取ろうとして、それをトゥーランドット姫が止める、という場面が開始地点になっていました。
元リブレットだと、トゥーランドット姫は一方的に間違った存在として描かれていると思います。カラフは彼女を屈服させることを(かなり露骨な言葉で)宣言していますし、結末も姫の心変わりによるハッピーエンドです。
しかし、姫の前で自らの股間の花を切断しようとするカラフには、元リブレットになかった姫への歩み寄りのようなものが感じられます。元カラフだと絶対やらなさそうなのでこの人は令和のカラフなのかもしれない。私の凍りついた涙を融くのはあなたのセルフ去勢未遂かもしれない。

なのでこの瞬間に「花」が持つ意味が変わった?と考えれば、お花の背景は肌色モザイクでなく別の捉え方ができるかもしれませんね。私の凍りついた魂を解くのは再び目覚めるあなたのお花でしょう。

ディストピアを支配する者

前述したとおりこの演出は、ディストピアにおけるデスゲームとしての『トゥーランドット』を描いています。
ジュネーヴ大劇場の文章によると、

女になることを拒んだ女の政権は、男を淘汰し、人類の生殖と繁殖を機械施設で行うという監視国家を発足させる。

https://www.teamlab.art/jp/e/turandot/

と説明されており、なんか(訳による印象もある気がしつつ)微妙に視聴時に受けた印象と違ったので改めて色々確認しました。

女の政権

まずこのオペラはほぼ全編にわたって男声合唱と女声合唱が物理的に上下に分けられていて(トレイラー5秒あたり)、物理的な位置も、服装も、明らかに男声側が下に置かれています。男声合唱はぼろぼろのグレーの衣装、女声合唱は尼僧めいた白い衣装を着ています。これはメインキャラクターで異邦人のはずのカラフ・リュー・ティムールも同じです。
ついでに国の支配者側、ピン・ポン・パンを始めとした、刑を執行する人々は、黒い革や毛皮らしき素材のBDSMめいた服を着ています。この人たちはソリストを除いてダンサーだと思うのですが、男性は上裸、女性はペストマスクのついたドレスで、やはり男性側のほうが地位は低そうな雰囲気です。

カラフにトゥーランドット姫を諦めさせるために、代用品としての女性をピン・ポン・パンが差し出す場面では白い衣装の女性が用意されているので、絶対的な女性上位というよりは階層がしっかり分かれててその上で男性側が下という感じですね。

しかしこの国の王家には、トゥーランドットだけではなく、父親の皇帝アルトゥームがいます。
衣装は皇帝アルトゥームは顔まで真っ白に塗った白、トゥーランドット姫はお着替えが多く、場面によって黒だったり金だったり白だったりします。
この親子については性別に関係なく、(当然ですが)皇帝である父親の方に権力があります。前述のとおり皇帝は股間にドライフラワーが下がっているのでこの演出における設定上も男性だと思います。

トゥーランドット姫は謎かけに負けるたびにどんどん黄金の鎧のようなものを剥がされていき(トレイラー37秒あたり)、最後には合唱の女声たちが下に着ているのと同じような白い服一枚になります(その上からウエディングドレスらしき白い衣装を着せられる)。そして、元のリブレット通り父王に約束は守るようにと言われ、カラフとの結婚を命じられます。この時カラフもお着替えさせられるのですが、着るのは黒くテカった鎧のような服です(トレイラー26秒あたり)。
この辺りを観ていて、謎かけがデスゲームになった以上、トゥーランドット姫はあくまでゲームの景品であり、支配者の持ち物の一つにすぎないのかな、という印象を受けました。昔のSF漫画だと何だかんだで実子ですらないパターン。いっそリブレットから受ける印象より権力なさそう。
だから、「女の政権」っていうのはちょっとピンとこない表現だな、と思っています。その前についている「女になることを拒んだ」は更にさっぱりわかりませんが。

ただ、この国がいつからこんなにヤバいディストピアになってしまったか、というと、どうにも割と最近のような気はします。
元々二幕頭のピンポンパンの歌に「ずっと伝統通りの仕事をしていたのにトゥーランドット姫が現れてすべてが変わってしまった」というような歌詞があります。トゥーランドット姫の年齢は明記されていませんが、まあいうて未婚のお姫様なので、元々の想定はせいぜい10代・20代くらいの若者ではないかと思いますし、十年単位では首飛ばしてないと思います。このSFじみた演出だとめちゃくちゃ寿命が長いとかの可能性もゼロではないですけど。
何年間こんな感じでやってるのかは、歌詞の中に、

【パン】鼠の年は六個の首
【ポン】狗の年は八個
【パン ピン ポン】今年の干支の恐ろしき寅の年にはもう十三個にもなってしまっている!

オペラ対訳プロジェクト/トゥーランドット

とあって、ここから少し分かります。子→戌→寅の流れが謎ですが、戌が丑の間違いだったとしたら少なくとも三年目、戌→(猪)→子→(丑)→寅、と中略&順番が前後している場合は少なくとも五年目ですね。

この演出において気になるのはラスト、男女の合唱が唯一同じ平面上にいる場面です。この場面では、今までずっと隔離されていたにもかかわらず、特定の男女が家族のように寄り添っているのが確認できます。そのため、元々は家族や恋人同士だった人々が国の政策で分けられていて、再会できた場面なのかな?という印象を受けます。

男を淘汰し、人類の生殖と繁殖を機械施設で行うという監視国家

この記述については、ペルシャの王子が去勢されている場面の後に、なんか派手な花(電飾で発光している)を股間につけている人がお花からでっかい注射器で謎の白い液体を抽出されている場面があるので、何かしら人工的な手段で子供を作っているのだろうな、というのが分かります。

女声合唱はあまり身体のラインを出さない服を着ているので、妊婦さんがいるかどうかはちょっと分かりませんでした。しかし、見たところ赤ん坊らしき布塊を抱いている人が複数人、冒頭の場面からいるようです。「機械施設で行う」だと少なくとも出産自体は機械でやってるのかなという気がしますが、舞台上にそういう機械は登場しなかったと思います。たぶん……育児は乳飲み子サイズから女性のみがやってる設定なんですかね。
よく見ると女声合唱は、股間に花はないものの、手の部分に白いユリの花飾りをつけているようです。白百合は伝統的に純潔=聖母マリアの象徴なので、これで女声合唱たちが「処女の母親」であるということを示しているのかもしれません。そこだけでじゃあこの世界で機械施設で生殖と繁殖やってるんだな!って察するのはちょっと難しい気はします。他にもっとなんかヒントあったけど見落としてるかもしれません。

余談ですがユリというワードは元々のリブレットにもあって、最後の方の割と姫が陥落したあたりのカラフの歌に、

私の花よ!ああ!私の朝の花​​!
私の花よ あなたに息を吹きかけよう!
あなたのユリの胸は
ああ!私の胸で震えている! ...

オペラ対訳プロジェクト/トゥーランドット

というのがあるのですがユリの胸ってなんでしょうね。この演出の場合終盤で「花」の意味が変わっていない限り突然すごい下ネタぶちこんできた人みたいになりますが。

リブレットだと「RAGAZZI(少年たち、あるいは子供たち)」と表記されている児童合唱が全員少女だった(女声合唱と同じ白のワンピース型衣装で、同じようなウエーブがかかった長い髪をしている)のは意図的な演出かなと思いました。
もしかしたら「男を淘汰」を表す部分であり、新しく生まれている子供たちを全員女の子になるように操作しているということなのかもしれません。とするとディストピア化したのは男性のいない児童合唱たちの生まれた時代、ここ10年前後のことなかもしれませんね。

めちゃくちゃ技術進んでそうなのにまだ男性から抽出したものを使って生殖しているのは謎ですが(女の子しか作っていないと仮定するならX染色体しかいらないし)、この技術を使っている以上、完全に男性がいなくなった将来の生殖はどうするつもりなんだろうというのは気になるところです。
もしかしたら異国から来たカラフ・リュー・ティムールが完全にこの国のシステムに取り込まれているように、外から来た人たちを取り込んで回していくつもりなのかもしれません。そもそも冒頭のカラフたちが再会する場面でも既にリューちゃんとティムールは分離されているので、物語開始前に何かしらの家畜人ヤプー的な導入を経ていないと違和感があります。
となると、舞台上で「再会」していた人たちはカラフと同じように外国から来て引き離されている人で、この国自体はけっこう長い間このシステムでやっている、という可能性もなくはないです。

世界が壊れようとも

結末部、トゥーランドット姫とカラフの二重唱は、リューの死が起こった場所から舞台が半回転した面で行われます。この場面転換に至る間に、ピン・ポン・パンが突然お互いを刺殺します。これに刑吏?大臣?などの、箱の中の合唱隊とは違う場所にいた、おそらく「支配者側」だった黒衣の人々が加わり、大規模な殺し合いを行うのです。
もう一度舞台が半回転したラストシーンでは、中央で皇帝が仰臥しており、おそらく死んでいます。周りには"サルダナパールの死"のように人々の死体が重なり、その後ろに解放された人々がいます(トレイラー43秒あたり)。
そして舞台の最上部に、白い揃いの衣装に着替えたカラフとトゥーランドット姫が現れ、高らかに愛を宣言し、そのあと掻き消えます(カラフが姫を景品として与えられたときに黒い鎧を着せられたことを考えると、ここはやはり、前述のとおりカラフ側からの歩み寄りがあって二人が同等になったのだと感じる衣装です)。

解放された人々はただ立ち尽くしたまま、幕がおり、物語は終わります。

『トゥーランドット』は一応なんやかんやでハッピーエンドの作品だと思いますし、この演出においてもべつに暗い終わり方ではありません。やばいデスゲーム運営が崩壊してデスゲーム参加者が解放されたので、十分ハッピーです。

しかし、この演出だと、やばい政治が終わった!自由を得た!これからは新しい王様だ!ハッピーエンド!みたいな強い喜びや解放感はありませんでした。王様が死んだ上に姫とその配偶者が光の中に掻き消えたのもあって、このあと新しい王国とか治世が始まるのではなく、皆それぞれ三々五々散っていって元の生活に戻って終わりそうだなーと思いました。

ピンポンパンはじめ黒衣勢がなんで唐突に殺し合いを始めるのかはよくわからなかったんですが、結局のところこの作品は、トゥーランドット姫が(人を愛することが?)トリガーになってシステムが崩壊したみたいな話なのかな?と思っています。姫がこのシステムの核にはなっているけれども支配者ではなくて、姫のバグがカラフ(かリュー)の愛のパワーで修正されてバグの上に成り立っていた世界が崩壊し、市民は解放され、支配者層が全滅したってことなのかな?

この演出だとリューちゃんのついでのように死んでいるカラフの親父が一番謎なところあるのですが、最高権力者でありながらあんまり悪サイドっぽくない描かれ方の皇帝見てると、王家の人間って全体的にシステム側の存在なのかなって気もします。一応元リブレットだと謎かけの挑戦者は王家の者であることが条件になっているので、カラフもまた普通の人間ではないのかもしれません。

そういえば「誰も寝てはならぬ」の後のシーンに、こんな部分がありました。

【三人の大臣 群集】
拷問は恐ろしいのだ!
鋭い刃物!棘のあるホイール!
焼けたトングで挟まれる!
死はじわりじわりと与えられる!
われらを殺さないでくれ!
われらを殺さないでくれ だめだ われらを殺さないでくれ!

【カラフ】
祈っても無駄だ!脅しても無駄だ!
世界が壊れようとも 私はトゥーランドットが欲しい!

オペラ対訳プロジェクト/トゥーランドット

元のイメージよりもだいぶ邪悪寄りのピンポンパンでしたし、この辺を(本来の姫に拷問されて死ぬのは嫌だというのでなく、自分たちが特権を持ったシステムの崩壊を防ごうとしていたというような感じで)めちゃくちゃ曲解したらこのオチにつながる気もします。

カラフは宣言通り、この世界を滅ぼしてトゥーランドットと共にどこかへ去ったのでしょうか。

勝手に色々書いていますが、ぼちぼち出てきている日本語記事見てると既に解釈全部間違ってそうでちょっと怖いですね。

余談ですが、この作品はYoutubeで配信されていたので、「どこが最も再生されているか」が分かりました。
配信終了間際に確認したところ、最初から最後に至るまでほぼずっと平坦で、「誰も寝てはならぬ」のところだけ突出した山ができていました。冒頭だけで脱落する人は少なく、衝撃的な場面のみを見返すことも飛ばすことも少なく、有名曲の部分が繰り返し再生されているということだと思います。
とりあえず数字で証明された唯一確かなことは、尖った演出の作品でも基本みんな真面目に音楽を聞いてるんだなということでした。
わたしはこの文章を書くにあたって衝撃的な場面ばかり見返していました。

先述の通り、この演出のトゥーランドットは、2023年2月23日から26日にかけて日本公演があります。行かれる方はどうか、どんなお話だったのか確かめてきてください。
光の演出とかは生で見るとすごそうです。こういう舞台は個人的にはいっそE席で見たいなんて思ってしまいますが爆速で売り切れてました。考えることは皆同じ。


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