電車の女の子

感情の記憶というものは感じた瞬間から薄れていってしまうものだと思うので、覚えているうちに書き記しておく。


今日の仕事帰り、いつものように電車に乗っていた。
始発駅から乗る電車は人が多く、私は疲れた体をいち早く休めたい気持ちで二人掛けが並ぶ座席の通路側の席を確保!腰掛けてほっとする。

座席の確保はさながら椅子取りゲームだ。
タイミングを逃せば小一時間立ちっぱなしという事態も容易に起こる。
そうなれば仕事を終えた身体へのダメージは計り知れない。
もはや一日を戦い抜いた最後の力を振り絞るひと仕事とも言えよう。

椅子取りゲームを勝ち取り座った私の、隣の窓側の席には作業着姿の男性。
私は仕事のスイッチを切り替える作業「youtube」に没頭する。
耳にはノイズキャンセリングイヤホン。
私は秒で動画に没頭し、そのスマホ画面に映し出される千鳥の大悟にほくそ笑み、仕事を忘れて行った。

電車は進み、6駅過ぎた頃には乗客も半数程になり、空席が目立ってきた。
自分の隣の男性も電車を降り、
そして前列席に親子が着席した。
5歳くらいの女の子とお母さんだ。
私の前に座った女の子は落ち着きなく、着席するとリュックを下ろし、靴を脱ぎもぞもぞしている様子だった。

わたしには7歳になる姪が居る。
幼い子がじっと座って居られないのはよく解る。

女の子はクルっと後ろを向き、背もたれからひょこっと顔を出して、
目の前の私をじっと見た。

前髪がとても短く切り添えられていて、短いツインテールを弾ませた真っ直ぐな眼差しが私を見ていた。

目が合った私は「可愛い前髪だね」という事を伝えたくてゼスチャーで前髪チョキチョキチョキの動作をして、にこっと微笑んだ。
マスクをしていたし感情が伝わったかは分からないが、女の子は小さくうなずいてクルっと前に向き直した。

そしてすぐまた振り返り、じっと私を見る。
女の子は笑ってはいなかったけど私が微笑むとまた前にクルっと向いて隣のお母さんと何かしゃべっているようだった。

私はイヤホンからマイケルジャクソンを流しているので何も聞こえない。

そして謎のいないいないばぁが始まった。

座席の背もたれから眉毛位までを覗かせて、「ニュッ」と出てくる女の子。
背もたれから覗くとても短い前髪がなんとも可愛らしい。
私は少し屈んでおいて隠れ、フェイントでひょっこり出てくる。
ひょっこりマイケルである。なんそれ。

そんな遊びを何駅か続けていた。

全部無言。謎時間。

私のイヤホンからはマイケル(ノイズキャンセル)が流れている。

ほどなくして降りる駅が来た。
なんと親子と同じ駅だった。

立ち上がるとイヤホンのマイケル越しにお母さんから「ありがとうございました」と聞こえて会釈され、私は女の子にバイバイと手を振った。

改札を出て少し歩いていると、
車道の向こうから「ばいばーーーい!!!」と聞こえ、
振り返ると先ほどの女の子が手を振っていて、お母さんがお辞儀をしていた。
私は大きく手を振り、お辞儀をした。

私、全部無言。
デカい声で最後バイバイ!って言えば良かったな。

わたしに姪という存在が居なければ、たぶんこの体験は無い。
ありがとう姪よ。あなたのおかげで知らぬ誰かを少し笑顔に出来たのかも知れない。

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