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先祖の智恵を誉れに思う。

この言葉は、長崎県は江島に暮らす北村キナさんが、取材の最中におっしゃった言葉です。

20年前私は、〝まぼろしの醤油〟と呼ばれる琥珀色に輝く醤油を取材するため、佐世保からフェリーで2時間半ほどの沖合に浮かぶ小島を訪ねました。
島の加工場では、5人のお母さんたちが昔ながらの製法で、しょっぱくて透明感のある醤油を、賑やかに楽しく造っていました。
原料は国産大豆、大麦、塩、水。

琥珀色に仕上がる理由を「麦を2日間、天日と潮風にあてて干すからでしょう。あれはこの島の自然の色なんです」と教えてくださった北村さん。
その北村さんが、畑仕事の帰りに毎日訪れるという碁石浜へ私を案内してくださったときに、海を眺めながら静かに話してくださったのです。

私はね、先祖が残してくれた智恵を誉れに思います。
大豆に麦、塩、水。
同じ材料で醤油と味噌の2つができるんですから。
それにこの自然。
夕日の時分はとてもきれいですよ。
そんな当たり前のことを幸福に思える私は、幸せ者です。
若い頃はこの島を出て行きたかったけれど、
今はそうは思わない。

「モンタン」2001年6月号/特集「うまいものには〝心〟がある〜メイド・イン・九州」より

私は、その言葉の清廉さと「誉れ」という言葉の響きに心打たれました。
それまで気づかなかった、考えもしなかったことに目が開かれたような感動を覚えました。
そして今、当時の北村さんの年齢に近づいた私には、あの日の言葉の意味深さが、以前にも増してじわじわと身体の芯に響いてくるのです。



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