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逆ウインカーfor you

「これが最後の給油になるだろう」
僕は小さい画面で喋っている桜井日奈子を眺めながら、いつもどおり静電気除去パットに触れてから燃料油キャップを開け、黄色のノズルで車にガソリンを入れた。

「レギュラーが発泡酒とするなら、ハイオクはビールだな。」なんて思ったが、酒は飲まないので全くピンと来ない。「レギュラーがエピフォンでハイオクがギブソン?」ギターのメーカーで例えてみたが、ギタリストでもないため、やはりピンと来ない。

昨今ガソリンはクソ高え。
若者の自動車離れとか、車高くて買えないとかそういうのをよく聞くが、それは都会の意見だ。地方では車がなくては生きられない。
そしてガソリンスタンド(セルフ)が好きだ。



4年前

僕はいとこのお姉ちゃんから20万で譲り受けたクソかわいい萌ラパンに乗っていたが、転居をきっかけに調子に乗って外車に乗り換えた。(ラパン下取り額1万円)

外車のディーラーの高級感は凄まじく、どっかの雑なアジアのゆるゆるコーデを身に纏い、汚らしいカブに跨って来店した僕は一瞬で後悔した。鴨がネギ背負ってきたどころではなく、ダシも鍋も箸もカセットコンロも一式背負っての来店だった。シメの雑炊さえもあった。
こんな僕にも優しく店員が「お飲み物は何にしましょうか」と尋ねてくる。
「ラ…ライフガード…」
残念ながらチェリオやサンガリアの類は無さそうだった。一番近そうなものでペリエがあった。ペリエって力水?

×りきすい ○ちからみず


紆余を曲したり折したりして、僕は外車ユーザーとなった。
納車の翌日、友人の結婚式のために友人らを乗せて遠くへ行ったのだが、外車はウインカーとワイパーの位置が逆であることを納車日に知った。そのため曲がる度にワイパーがウィンウィンと晴れ渡る夏空に虚しく動いていた。
友人に「曲がる時に『曲がる!』と言うから『逆だよ!』と叫んでくれ」とお願いする等してなんとか無傷で戻って来れた。
なんで外車はウインカーとワイパーの位置逆なんだ…


昨今SDGs関連でルッキズムがよく話題になっている。
人間を見た目だけで評価することは決してよくないことであるが、僕は車をはじめとした所有物に関してはかなりルッキズムな人間である。
物はまず見た目だ。見た目が気に入らないと、内容がどんなに素晴らしくても絶対に手に入れようとしない。
車に関しても見た目90%ぐらいで購入しているため、エンジンの性能とかそういうことは正直全然わからない。仕事のおっちゃん等に「ほほう、いい車に乗ってるねぇー。何CCなんだい?」みたいなこと聞かれたりしたが、全然知らん。CC?カードキャプター?マリオカートは150CCまでならクリアできる。

ああ見た目が好きだよマイカー。
見た目が好きすぎて家の駐車場に停めて意味もなく車の中で寝たりもした。
僕はこの車のエンジンのすごさや安全性能の良さ等は全く知らないが、見た目だけはとにかく愛していた。これは真実の愛ではないのだろうか。ルッキズムは問題視されるべき事柄なのかもしれないが、僕の車に対するルッキズムめいた愛情が嘘であるとは思えない。

昨年、突然告げられた別れ話。
「車検の見積もりですけどーだいたい37万っすかねー。」
無理だった。ごめん。僕じゃもうお前の面倒をみることができない。
そうだった、こいつはいくら愛しくても外車。ハイオクでリッター10㎞そこらの金無尽蔵搾取モンスターだ。国産車に乗り換えます。さようなら。




2日前
最後にどこかドライブに向かうために給油をした。明後日には新しい車が納車されるため、下取りに出すこの車にはもう最低限のガソリンでいいのだ。僕は2000円分だけ入れることにした。

「これが最後の給油になるだろう」
僕は小さい画面で喋っている桜井日奈子を眺めながら、いつもどおり静電気除去パットに触れてから燃料油キャップを開け、黄色のノズルで車にガソリンを入れた。
次の車はレギュラーガソリンなのでへたしたら黄色のノズルはこれで最後になるかもしれない。

昨日
少し離れた映画館へマリオの映画を見に行った。
作中ではマリオカートのパートがあり、マリオたちが手元の機械で楽しそうに車のカスタマイズを行っていた。僕もかつてあのような目でカーセンサーを毎日眺めていたのだ。自然と溢るる涙。マリオたちが冒険していくあのレインボーロードに、僕の外車で行った様々な旅が虹色の記憶となって甦る。帰り道、少しでも運転をしていたくて、少しだけ遠回りをして帰った。マリオのレインボーロードはショートカットするものだが、僕のレインボーロードは永遠に続いてほしい気持ちすらあった。

今日
失態だ。昨日遠回りをしすぎたため、車屋までのガソリンが残っていない。僕は数百円分のガソリンを入れに、また給油をしに行った。
「これが最後の給油になるだろう」
僕は画面に映る桜井日奈子に「やあ、おとといぶり。」と挨拶をし、十数秒で終わる給油をした。桜井日奈子も「え、給油これだけ?」と不満げな顔をしていた気がする。

ついに今日でお別れだ。車を渡すときには本体に保存している音楽データやナビの履歴等を消さなければならない。
車で何度も何度も聞いたお気に入りの音楽をゆっくりと消していく。ひとりで泣いてしまいそうだったため、ラジオを流しながら消していった。ホラン千秋が遊園地について語っている。そういうのが今は必要だ。
次はナビの履歴だ。今まで行った場所が履歴にずらりと並ぶ。しかし目的地履歴は1件ずつしか削除ができない謎の仕様だった。本当に面倒くさいが一件一件振り返りながら消していった。「ありがとう…ありがとう…」藤岡弘、でなくとも感謝の言葉は言えるのだ。
そして車屋に向かう。
いつかやるつもりでずっと車に積んでいたキャンプ道具や緊急用のクソボロビニール傘が乗っていないため、車が軽く感じられた。そして今やもう、自分がかつて冒険した場所はおろか自分の帰る家さえ忘れてしまった彼のことを思うと涙が流れそうだったが、山下達郎がラジオでねちょねちょと喋るのを聞いてこらえた。

新しい車はすごくかっこいい国産車だ。こいつも見た目で選んだ。
今日からよろしくね。


車屋を出てすぐ、左に曲がる。
ウインカーのレバーを引く。


するとワイパーがウィンウィンと、晴れ渡る夏空に虚しく動いていた。

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