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フェイク古着アンダーワールド

古着が好きだ。

ここ数年、古着以外の服を買った覚えがないほど好きだ。

数か所のローテーショナブルフェイバリット古着屋に通ううちに完全に風貌が古着屋店主のそれになってしまい、YOASOBIがラスサビで転調するぐらいの確率で店員と間違えられるようになった。(ので最近はリュック等を身に着けることにしている)

まず古着の匂いが好きだ。
古着を買ったらまず洗濯してから着る人も多いと思うが、僕は洗濯せずに一度着てみる。
自分の身に覚えのない匂いの衣服を着ることで、自分が自分以外の誰かになれるような気がするからだ。
人生は一度きり。自分は自分としてしか生きていくことができないけれど、古着の匂いは束の間、自分が自分以外の人生を歩んできたような気になれる。古着一着で人生一回分お得だ。コスパが良すぎる。

古着を選び出すのが好きだ。
服の陳列に規則性はなく、ハンガーに雑多に吊るされた見たこともない柄のシャツをソシャゲのガチャのように、「これはハズレ、ハズレ、ハズレ、あり…かも」と選んでいく。稀に現れる最上級の大当たり、いわゆる星5のシャツを入手する喜びは他ではなかなか味わえない。古着は購入というより課金に近いのかもしれない。

家に帰り、購入したシャツを眺める

「何この柄…」


星5のシャツとはナマモノで、家に着く頃には星3ぐらいになってることはよくあることだ。

しかし、古着屋によく通う人には分かるだろうけれど
「こんなシャツ新品でどこに売ってんだ?」
と思うようなものが山ほどある。
古着屋に売っているからには前の持ち主がいて、当然誰かが新品で買った服なのだ。当たり前のことなんだけど、そんなことが信じられないような服がたくさんある。

お前生まれた時から古着じゃないの?



先日、どこに行くわけでもないのに着る服が決まらず、部屋中の衣服を散らかしまくった結果、古着屋に行こうと思い立った。

「お久しぶりですね」
ついに店員から顔を覚えられてしまった。これまた古着屋の店員みたいな恰好の古着屋の店員から話しかけられた。
『古着屋店員みたいな古着屋店員』と『古着屋店員みたいな客』の会話だけど、他の客からは店員同士の私語のように見えるのだろうか。誤解だからGoogleのレビューで店員同士の私語が気になるとか書かないでね。

覚えられたついでに不躾な質問をしてしまった。
「こんな服、新品でどこに売ってるんですか」
店員は少し困った顔で「少し待っててください」と小声で僕に伝えると、レジ奥から一人の男を連れてきた。
くたくたの帽子を被り、マスクからはみ出す髭を生やした男は店員ではなく、僕と同じくこの店をよく利用する常連という。昔からの知り合いである店長と店の裏でよく雑談をしているそうだ。

そして男が着ている服も古着屋でしか見たことのない謎柄(以下、古着屋柄)のシャツだった。

「ヤマサキです。今からちょうど職場に戻るところですが、よければ見ていきます?」


ヤマサキの職場はこの店の真裏だという。まぁ乗り掛かった舟というか着かけた古着というか、同じような服の好みの男に悪い奴はいない。ついて行く。古着屋を出て15歩、本当にすぐのところにヤマサキの職場があった。そこは店というより、古民家だった。野良猫に餌をやりまくる、町でちょっと有名なやっかいばあさんの住むような、古民家だった。

「おじゃまします。」
すでに職場ではなく家に入るような気分で僕はつぶやいた。家の中には大量の古着屋柄のシャツが吊るしてあり、端に並べられた段ボールにも古着屋柄が山ほど入っていそうである。
「もしかして、これを全部ヤマサキさんが作ってるんですか。」
「いや、僕はこれを着るだけ。」
「着る?」

「僕の仕事は古着を着る仕事。」

続けてヤマサキは言う「ここにある服は全部新品で、僕が古着にしてるんです。着ることで。それであの古着屋に売りに行ってるんです。」
コーヒーが差し出される。少しとろみがあるというか粉っぽい。フレンチプレスだ。古着マンはすぐフレンチプレスで淹れたがる。
「えっ、そのまま新品で売ればよくないですか?」
「それがだめなんですよね。こういう柄のものは新品で売っちゃダメだって、よくわかんないけど法律でそうなってんすよ。」
「法律で…だから古着にして売ってるんですか。」
妙に納得してしまった。パチンコ屋の隣に換金所、病院の隣に薬局。よくわかんないけど多分法律でそうなってる。きっと全国の古着屋の隣にはヤマサキのような人がいるのだ。よくわかんないけど。

「あとは何回も洗濯したりボタンをゆるくしたりして着古し感を出せば完成っすね。」完成した古着屋柄のシャツはたしかに新品のものより古着の風格を帯びていた。ギターにあえて傷をつけてビンテージ感を出す、レリック加工というものがあるように、みすぼらしさや汚さは時として武器になる。


一通り作業を見せてもらい、家路についた。
いつの間にかついたこの車の小さな傷もレリックじゃいと笑えたらどんなにいいだろう。
家に帰ると着る服が決まらずに散らかしっぱなしにした衣服が帰りを待っていた。
「これもあえて散らかしてんだよ」と言ってみたが、やっぱりよくわかんなかった。

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