かに座流星群
僕は運命って言葉が嫌いだ。
運命なんて本当にあるのならそれをいったい誰が決めるのか。親にも、神にだってそれを決める権利なんてない。僕は僕のものなのだから。それでもきっと、どこかの誰かに決められてしまうのだ。自分自身の運命を。それは誰かが星に乗せて運んでくる。眩しい光を放ちながら、「君の運命はこうだよ」と、知りたくもないのに、突然伝えてくるのだ。
僕は運命って言葉が嫌いだ。
「みんな何座〜?」
「俺しし座ー!」
「私さそり座ー!!」
「えー、お前美川憲一じゃーん!!」
ワハハハハ
僕「ぼく、かに座!!」
えっ…
ざわざわざわざわ…
かに座…ヒソヒソ…
えー信じらんない…かに座…もう一緒に帰るのやめよ…
かに…かに…
ざわざわざわ…
突然泣き出す女子もいた。
駆けつけた先生に「謝りなさい!!」と怒鳴られる。
あ…あれ…?
「か、かに座でごめんなさい…」
その時僕は初めて、かに座であることを言ってはならないと学んだ。
高校の時、初めて恋人ができた。
好きな人と気持ちを共有できる喜びに打ちひしがれていた。
「ねえ、あなたって何月生まれなの?」
「6月だよ。」
「ろ、6月……あっ、そ、そっか!それってつまりふたご座なのよね!!」
僕は彼女のそのすがるようなまっすぐな瞳に嘘をつくことができなかった。彼女なら僕を受け入れてくれる。その頃の僕はそう信じてやまなかったため、僕は素直に答えた。
「かに座…だよ」
「かに…座…」
二人だけの室内に、何かが割れる音がした。
「それでも私はあなたの味方よ」
彼女は口を動かしてそのように発声したように見えたが、僕の耳にはその言葉が届かなかった。
そして彼女は次の日いなくなった。
心の拠り所をなくした僕は両親を責めた。
「なんで僕をかに座で生んだの!!!誰も生んでくれなんて頼んでないのに!!生んでくれるならしし座がよかった!!流星群にもなれるし!!」
生まれて初めて見る母のみずがめをこぼしたような号泣に、僕はもうこの家にはいられないなと理解した。
それから俺は自分を偽って生きるようになった。
女「ねぇあなたって素敵ね。何座なの?」
俺「俺はしし座だが…?」
女「いやーん、男らしくて素敵だわ。やっぱ男はしし座じゃなきゃね。」
獅子のように激しく抱き合っても、そこに真実の愛はなかった。
女「ねェ、あなた知ってる?かに座って、ヘラクレスだか誰だか知らないけど、神に踏みつぶされて星座になったらしいわ。エピソードまでしょぼいのね、かに座って。」
俺「ほう、、、そうなのか」
この時、世界はしし座であふれていた。
世界の人口の12分の1を占めていたかに座だったが、彼らは星転換を行って、しし座へと乗り換えたのだ。世界に残されたかに座はついに僕のみとなっていた。
急増するしし座に、世界の食料がひっ迫する。
本能のままに肉を食らうしし座。これが8月生まれのわんぱくさか。
そしてこの世の食料が尽きた。
飢える人々は星に祈った。
「どうか神よ。食料をお恵みください。」
しかし神は応えてはくれなかった。何万年と続いた人類の文明が今まさに終幕しようとしていた。哀れ人類のかに座への迫害。それが回り回って人類を滅ぼすことになった。
「せめて最期に、かにでも食いてえな…」
身勝手なもので、迫害してきたかに座に対して、あろうことか人々は求めていた。なんと傲慢な。
僕は運命って言葉が嫌いだ。
運命なんて本当にあるのならそれをいったい誰が決めるのか。親にも、神にだってそれを決める権利なんてない。
でも、今、この時においては僕だけに、その権利があった。
人類の運命は僕の爪の中にあった。
僕はかに座だーーーー!!!
押し殺してきた感情を解き放つように叫ぶと、満点の夜空に星が降り注いだ。
いや、星ではない。毛ガニだ。
それは人類を救う、げに美しき、かに座流星群だった。
毛ガニ!毛ガニだ!!助かった!!
人々は無心で毛ガニを貪り食う。
人類はかにによって救われたのだ。
この世の危機が去ったというのに、こいつら無言で食いやがる。カニ食ってるからか?
しかし、人々はかに座の僕に感謝を述べると同時に、僕を畏れた。
「今回は毛ガニだったが、あの恐ろしきタカアシガニを召喚されては今度こそ人類は滅びてしまう。」
そして僕はこの星を追放されることになった。
まぁいい。もうこの星に味方なんて一人もいないんだから。
一人宇宙船に乗りこみ、小さくなっていく地球を眺める。
思い残すことなんて何もなかった。
宇宙に出たところでパイロットが話しかけてくる。
「お客さん、どこに向かいましょうか。」
「どこでもいいから近くの星で降ろしてくれ」
「じゃあ今度はエビでも食べましょうか。ふたりで。」
「えっ」
「だから言ったわよね。私はあなたの味方だって。」
にこりと笑って彼女は、両手でピースサインをした。
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