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畳5帖半の貧乏生活

こんにちは。
今回はたらたらと実態だけを書いていきますのでご承知おきを。

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いったんそれまでの仕事を辞め大学院に入った私は、
それまで住んでいた部屋を解約して寮の方に移った。

畳5帖半、家賃は7500円。ありがたい。


家具も最低限のものを残して処分した。
ベッドなど置こうものならそれだけで残りのスペースが手狭になってしまう。
残したものは台所用品、冷蔵庫、机、PC、卓上本棚のみ。
洗濯乾燥機が寮についていたのはありがたかった。



かくして僕はなんちゃってミニマリスト(笑)に変身したものの
家庭経済が学費・生活費だけで落ち着くわけもなく‥‥



在学中に一番お金を使ったのは本だった。



論文を書き上げるために頻繁に他の大学の図書館から資料や本を取り寄せる。



どこにも蔵書がない場合には自分で幾冊も購入しなければならない。
一冊3万円もしたときには度肝を抜かれた。


本にもなっていない史料は遠い現地まで赴いて閲覧させてもらったり、
その引用元を閲覧するためさらに史料を取り寄せたりと、
気が遠くなる作業を何カ月も続けた。



国立文系は研究費もあまりもらえない。
だからこれらの費用はほとんど自分で賄っていた。



―ここまでやる意義はあるのか?
もちろんないことはないが、
それ以上にただ、やらなければならない。


—やった甲斐はあったか?
五帖半の畳の上には信じられないの量の紙たちが散らばって、
その中から論文に使えそうなほんの数行の文章をみつけて
やっと報われるといった始末である。


研究が進んでいけばいくほどこの現象は頻度を増した。


知識(かなりニッチな)はその分ついたが、
気づけばお財布事情は破綻していた。


毎日財布の小銭入れに100円玉や、50円玉が
ほんの数枚残っているだけで「数日はなんとかなる」と安心するほどである。



まず食費はなるべく節約した。

食堂の200円の朝食にはすごく助けられた。
小鉢の副菜一種に生卵ひとつ、お茶碗一杯のご飯、みそ汁で200円。
「お世辞にも美味しいとはいえない」と学内では不評だったが僕にはとてもありがたかった。


インスタント麺でさえもなるべく買わなかった。
うまいなぁと思ってまたすぐ買ってしまいそうだったからだ。



お酒と煙草も買わなかった(ry


実家から届く野菜には何度も救われた。
じゃがいもはいい。日保ちがするから。
ジャガイモは皮だけ剥いてラップに包み
研究室の電子レンジで温めてかじっていた。



次に光熱費も節約しなければならない。
しかし清潔さは大事である。

大学の体育施設に併設されている
お世辞にもきれいとは言えないシャワールームに毎日通っていた。
ほかに使っている人をめったに見なかった。


シャンプーやボディソープはその時の自分には高価だった。
一度買えば少しずつ少しずつ使った。




今月残り数日厳しいなぁ・・・というときは残りのシャンプーを水で埋めるか、
余程ひどいときにはシャワールーム横の水道の蛇口にぶら下がる青い網に入れられていた、レモン色の石鹸を拝借して体を洗っていた。

ひどいものだった。


レモン色の石鹸、もちろんいい匂いなどしないし、泡立ちも悪い。
ただ清潔さを維持するためだけに使っていた。


しかし髪は伸び放題だった。
切りに行くお金がもったいないと当時の僕は思っていたからだ。
襟足は肩甲骨の間くらいまで。前髪は鎖骨より下。
結局、他者から見た時の印象としての清潔感は皆無だったろう。


服も靴も買わなかった。
趣味で集めたものを売った。

車も売った。
自転車に変えた。


耐えきれずバイトで再びバー勤務を始めたが、
時間・収入・支出がかみ合わな過ぎて長くは続かなかった。



ここまでくると、得るものより、得られないものに目がいくようになった。
ただ、同時にいろいろな変化も感じるようになった。

その時の学びは次の機会に。



See ya.








つづく









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