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名前で運勢が変わるか?(3):名前の呪力<上>

「名前が将来の職業を予言(占い)」した可能性は、絶望的とは言わないまでも、当面は棚上げにするしかない、ということでした。

では、もうひとつの方はどうでしょうか。「名前が職業を決定(魔術)」した可能性です。占いの予言成就より、もっとありそうもない気がしますが・・・。

●名前と職業の関連性は「魔術(呪術)」の効果か?

私たちの古い祖先は、名前がその人の霊魂と緊密に結びついていると信じていました。そのため、実名が他人に知られると、実名がもつ生命力や呪術力が失われ、呪詛じゅそされる危険もあると考えたそうです。

とくに女性は、他人に征服されないように、朝廷に出仕するようになっても実名を明かさなかったため、いまだに紫式部、清少納言、小野小町などの実名が分からないといいます。[*1]

このような「名前=霊魂」信仰は世界中にあるようです。もし名前が霊魂(自己の核)と関係が深いとしたら、名前がその名の持ち主に特定の職業を選択させたとしても、それほど異常なことではないでしょう。[注1]

カナダ極北地域に住むヌナヴィク・イヌイットは、個人の名前には霊魂が宿っていて、名前自体が霊魂であると考えているそうです。イヌイットは日本人と同じ人種(モンゴロイド)とのことなので、彼らの霊魂観は私たち日本人にも通用するかもしれません。

で、彼らによると、その霊魂には特定の性格、感性、意思、パーソナリティー、狩猟の技量などの人間としての属性が内在しており、新生児に名前をつけると、霊魂とその属性が新生児に乗り移るのです。

同じ名前を持つ人は、年齢、性別、容姿が違っていても社会的に同一人物と見なされ、死者の名前が新生児に付けられた場合には、その死者の生まれ変わりと考えられるそうです。[*2]

ただ、こうしたことは習俗とか信仰の問題であって、部外者に名前と霊魂の結びつきを納得させるものではありません。ところが、中国人の風習を知って、私はほんの少し考えが変わりました。

●招魂の儀式と霊魂

中国には、病人や死者の名前を呼んで霊魂を呼びもどす、治病術や蘇生術があったそうです。

生きている者の魂が一時的に抜け出して病気になったり、完全に抜けて死んだ者に対して、「招魂」とか「叫魂」という儀式で魂を呼びもどすのです。このときに呪術的に使われるのが病者、死者の名前なのです。[*3]

日本にも「たま呼び(魂よばい)」という同じような風習がありましたが、中国の場合は日本よりバリエーションが豊富です。『中国の呪法』(澤田瑞穂著)によると、次のような呪術があるそうです。

招魂とは、瀕死の病人の枕元で、肉親縁者が声を限りにその人の名をよんで、薄れゆく意識を現実に引戻そうとするか、もしくは絶命の直後に、屋上に登ってその人の名をよび、帰り来れとよび戻す。

・・・これから縦横に派生した霊魂問題には返魂へんこん収魂しゅうこん追魂ついこん摂魂せつこん叫魂きょうこん喚魂かんこん捉魂そくこん採生魂さいせいこん捕亡ほぼう討亡とうぼう招亡しょうぼう牽亡けんぼう関亡かんぼう関隠かんいん、などとよばれる巫術があり、それが特に幼児の夜哭よなきや失神を対象とする場合は、叫魂のほかに喊驚かんきょう収驚しゅうきょう厭驚えんきょうなどの俗称をもって伝承されていた。それら諸術の性格には微妙な差異があり・・・。

『中国の呪法』(澤田瑞穂著)[*4]

ここで特に注目したいのが、招魂の儀式にある「絶命の直後に、屋上に登ってその人の名をよび・・・」の部分です。まるで肉体から離れた霊魂が、まだ上空をさまよっている間に、急いで引き戻そうとするかのようです。

事故にあった人の臨死体験談の中にも、屋根の上あたりをさまようものがあります。招魂が古くから受け継がれてきたのは、その昔、霊魂の姿を霊視できる呪術師がいて、実際に蘇生することも珍しくなかったのかもしれません。[注2]

『中国姓氏考』(王泉根著)が紹介するのは、治病術としての招魂で、その儀式は次のようなものです。

人が病気になると、夕暮れに線香、ろうそく、供物を用意し、病人がびっくりしたところ、あるいは邪気にあったところに行って供え物をして祀る。そして、もし病気になった者が張三ジャン サンならば「張三帰れ!」と三回叫ぶ、こうすると病人の魂がよび戻され、病気が治る・・・。

『中国姓氏考』(王泉根著)[*5]

また、『中国の巫術』(張紫晨著)によると、子どもは心身ともに未成熟なため、霊魂を落としやすく、それが原因で夜泣きしたり、道に迷ったりすることもあるようです。そういうときは、次のような儀式で霊魂を取り戻します。

子供が夜泣きをして落ち着かない、元気がなくなる、道に迷い、家にもどってこないなどの場合には、霊魂を失ったものと考える。・・・

招魂の仕方は・・・夜間に、母親が霊魂を失った子供の肌着・・・などを持って、広々とした野外に行って、霊魂を失った子供の名前を呼ぶ。・・・「××、帰っておいで。母さんと一緒に家に帰りましょう。・・・」

そのあと提灯を持って道案内をし、道々、子供の名を呼びながら、家路に向かう。家に着くと、腹掛けなどをすぐ子供に着せて体をしっかり包み、門や窓に鍵をかけて、霊魂がふたたび出て行くのを防ぐ。

『中国の巫術』(張紫晨著)[*6]

==========<参考文献>=========
[*1] 『日本人の名前の歴史』(奥富敬之著、新人物往来社)
[*2] 『カナダ・イヌイットの個人名と命名』(岸上伸啓著、『名前と社会』所収、早稲田大学出版部)
[*3] 『地下他界―蒼き神々の系譜』(萩原秀三郎著、工作舎)
[*4] 『中国の呪法』(澤田瑞穂著、平河出版社)
[*5] 『中国姓氏考』(王泉根著、第一書房)
[*6] 『中国の巫術』(張紫晨著、学生社)
[*7] 『金枝篇(二)』(フレイザー著、岩波文庫)
[*8] 『「あの世」からの帰還-臨死体験の医学的研究』(マイクル・B・セイボム著、日本教文社)

===========<注記>==========
[注1] 名前の呪術 [*7]
 北アメリカのインディアンは、名前の扱い方ひとつで、その名前の持ち主の肉体に危害を加えることができ、セレベスのト・ロンプ族は、人の名を書きつけると、その人の霊魂を持ち去ることができると信じている。

中央オーストラリアの諸部族は秘密の名前をもっていて、その名をみだりに口にすると、呪術によって危害を加えられる恐れがあると信じている。

バラモンの子どもは、ふだん使う名前の他に、両親しか知らないもうひとつの名前を持っていた。後者は、呪術から身を護るために、秘密にされた等々。

[注2] 臨死体験と霊魂の浮遊 [*8]
 以下は『「あの世」からの帰還』(マイクル・B・セイボム著)からの引用。交通事故で重傷を負った女性が、意識だけ自分の身体から抜け出し、「屋根の上あたり」に浮かんで事故現場を見下ろす、という体験談である。

「その時私はうしろから走ってきた黒い車にはねられてしまったんです。・・・次にわかったのはですね、その事故現場を上から眺めていたことでした。・・・私は上の方に浮かんでるようでしたね。・・・屋根の上あたりかもう少し上に浮いてたかもしれません。

・・・すごく離れてました。一番印象に残ったのは、感情が何も感じられないことでした。知性だけしかないみたいでしたね。・・・その場面を人ごとみたいに見てたんです。・・・私の靴が片方見えました。・・・イヤリングがぺしゃんこになっているのが見えたのも覚えてます。

・・・次に見たのは、女の人〔その車の運転手〕が泣いてる場面でした。・・・女の人は車の横に立ちすくんでて、車は、事故現場に停まっていました。・・・それから私の体も見えました。」

『「あの世」からの帰還』(マイクル・B・セイボム著)[*8]

なおこの著者(マイクル・B・セイボム)は、5年間の研究を通じて、臨死体験談に対する当初の疑いが誤っていたことを告白している。文中にでてくるレイモンド・ムーディ著『かいまみた死後の世界』は臨死体験研究の先駆けである。

「ここで認めておかなければならないことがある。『かいまみた死後の世界』を初めて読んだ時私は、著者レイモンド・ムーディが自称体験者の作話に欺されたか、ベストセラーを作るためムーディ自身が患者の話を脚色したかのいずれかだろうと思ったのである。

五年間にわたって116名の体験者をインタビューした結果、私は、最初のこの疑念はさまざまな理由でまちがっていたことを確信するに至った。」

『「あの世」からの帰還』(マイクル・B・セイボム著)[*8]

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