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世界で一番白くてやわらかい④

にょっきは、いわゆる猫しぐさでいうところの「威嚇」を全くしない子だった。

3.11、あの震災のあった日。
その1週間後、物流の止まった東京に住む義姉と生まれたばかりの甥が不安定になってしまった。
義姉と甥が疎開するように我が家にしばらく住んでいた時も、しばらく離れて様子を見ていたと思っていたのに気付いたら赤ちゃんのそばにずっといた。
赤ちゃんの泣き声にもびくともしなかったし、殴られたり掴まれてもなんのリアクションもせず淡々とそばにいてくれた。
赤ちゃんの甥はにょっきをはいはいで追いかけ回したけれど、時折立ち止まって振り向きながら逃げるふりをして遊んでくれた。

そんな家族でいちばん度量のおっきいにょっきだったけれど、2回だけ威嚇したあの顔を見せたことがあった。

初めて病院に連れて行った時、猫ちゃんキャリーに入れ車に乗った。きょとんと不安げではあったけど暴れもしなかったし、じっと外の音に聞き耳をたてていた。
待合室でも終始キョトンとしていたにょっきだったけれど、いざ診察台にのりお医者様がにょっきちゃん、と声をかけた瞬間。
シャ!という声とともにお医者様を威嚇した。

嘘でしょ、と思わず声を出してしまった。
あんなにいじられても、初めての人にでも誰にも威嚇しなかったのに!

その威嚇した表情は、初めて見た嫌悪だった。
わたしは泣いた。
ショックだからではなく、にょっきが気持ちを表したことに感動してしまったからだった。

にょっきは嫌なことを嫌って言ってくれるのか。怖いことを怖いと言えるのか。
そんな当たり前のようで当たり前じゃないことを感じてなぜか感動してしまったことを覚えている。
当然のことながらにょっきは動物で、その野生味も感じまた、震えた。

2度目は近所に住む祖母が我が家に訪ねてきた時だった。
玄関に座りわたしと話していた祖母。にょっきが「あれ、知らん人いる」といった風情でそっと近づいてきた時だった。

祖母の家はそれはもう動物王国のような様だったらしく祖母は生きとし生けるものが全て大好きな仏のような人だったので、にょっきを見るや否や「!!ねこ…」と呟き、ねこちゃんねこちゃん、と話しかけて撫でようとした。

おばあちゃんと猫。
Twitter漫画にでもなりそうなその風景にドキドキした。どんなほっこりした触れ合いになるんだろう…♡︎とワクワクで見守っていたわたしだったが、祖母の手がにょっきに触れそうになったその瞬間。

にょっきはまさかの「シャー!」を繰り出した。
知らない人には遠慮はしても、威嚇をしたことがないあのにょっきが。
思わずわたしは「一番やったらダメな人!」と叫んでしまった。祖母は気にする様子もなく無理矢理抱きかかえ撫で回し、齧られて流血した。

「やめて!にょっき!それお年寄り!労うタイプの人間!」と半べそかきながらおばあちゃんからにょっきを引き剥がし、ごめんねごめんねと謝りながら祖母の手当てをした。
祖母は笑っていた。ねこだからねえ、と言った。にょっきは離れたところからじっとこちらの様子を窺っていた。

にょっきは猫だった。人間みたいに忖度しないし、空気も読んでいなかった。
それに気づいてまた、笑った。

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