「偶然と想像」
こんな映画体験をわたしは未だかつてしたことがなかった。
2022年はまだ3日しかすぎていないのにもう今年1位いや人生におけるオールタイムベストと出会ってしまいました。
ドライブマイカーを観た時に感じた少しの違和感は、村上春樹への違和感だったのかもしれない。「偶然と想像」がはじまってすぐ監督のインタビューが挟まれる。ほんとうに描きたかったこと、と話していた。
ほんとうって?
3話のオムニバス形式ではじまり、タクシーの運転手が振り返るシーンが挟み込まれたことでわたしはその車内に誰かとして存在することになる。映画と私の距離がごく自然になくなり開始すぐにわたしは映画の中に取り込まれた。すごい。
なのに、いつのまにか距離はさらに縮まる。
ああ、わたしだ。この中にいるこの人も、この人も、わたしだと胸が苦しくなる。
そうかこれはわたしのことを描いた映画なのだ、そしてそれは誰かなのだ。わたしはひとりじゃない、大きななにかとの共同体でありそして、わたしはたったひとりぼっちなのだと胸が苦しくて言葉にならなかった。なんという体験なのだ。
1話目の「魔法(よりも不確か)」というタイトルに惹きつけられる。シチュエーション劇のように後部座席で繰り広げられる会話はとてつもなく普通で、時折挟まれるその人の背景に似たなにかを携えた一言にハッとする。その不穏さに恐れを感じ食い入るように耳を傾ける。
窓に映り込む景色は気持ちを増幅させ衝動性や会話による変化が揶揄されているようで、ああ私はまたなにもわからないのだと言葉にのみ真実を探す。
カズに会いに行った彼女の強烈な一言からはじまり彼女のなにかを知ってしまったような気持ちになる。
リズムという単語、愛なのか執着なのか、その不確かさを会話で全て言語化していくように進むのに、その不確かさは言語化できないところへ着地していく。偶然が派生する、その先には想像がある。そして絶望する。想像しかない、いやもはや想像でしかないと。
偶然が作るその先の想像は、想像があるのでなく人のコミュニケーションには想像しかないのだと突きつけられて、絶望とともに希望すらたずさえていた。
これはわたしだ。
挟み込まれ、なにかを繋ぎ出す一言一言に胸が掴まれる。
これは、わたしだ。
第二話、第三話とつづき
映画館の中で笑い声やえっという声が上がる。映画館てこういうことだ、と心地よさと懐かしさを感じながらもわたしは少しも笑えなくて、わたしの世の中は総じてディスコミュニケーションなのだと絶望する。そして、コミュニケーションに救われて生きる希望を持つ。
主人公にわたしはまるでなってしまっていて、自分の輪郭の曖昧さを肯定されているような、それでいて奈落の底に叩き落とされるような不思議な感覚になる。これもわたしなのか。
第三話目は、偶然がその心の穴をお互いで輪郭を作り合って、想像がその穴をそっと撫でるようにして優しく終わる。タイトルらしい現実と夢の織り混ざった優しくて悲しい世界。
それぞれの物語が深く胸に突き刺さる。言葉で描かれているのに、わたしにはなんの言葉も生まれない。
見終わった後、呆然としながらテクテク歩く。ああ、わたしは今どこにいたんだろう。今、誰かはわたしのことをずっと語り合っていたのだろうか。言葉をたくさん浴びて、今すぐわたしも言葉にしてなにかを伝えたいのに。こんな体感いまだかつてあっただろうか。今すぐ駆け出し映画館のあの椅子に戻ってもう一度観たい。わたしが今感じたことはなんだったんだろう。
ほんとうだったの?
言語はわたしたちに与えられた美しい武器だ。柄に保護するものはなくわたしの手のひらは心地よくいつも傷ついている。武器をつきつけた相手は想像する、これは、武器なのか?それとも、わたしを抱きしめる暖かいなにかなのか。
わからない、でもその先の距離を埋めようと知ろうとする。人の心のヒダはまるでヤスリのようで、ささやかな刺激が心地よいようだけど手のひらは破れ血が滲むのだ。それすらももはや想像でしかないのか。
それでも触りたい。触れて確かめたい、わたしの想像はどこにあるのか。そしてこの映画にはなんの答えもない。それこそがまさに偶然と想像だし人間なのではないだろうか。
まったくまとまらない気持ちを抱えながら、もう一度観に行くことをささやかに決意し一緒に観た友達とずっと話し合い、心に落とし所をつける。希望だと、わたしは希望を観たのだと言い聞かせる。なにも見たことがないし知らないはずの世界だったのにわたしは全てを知っているような感覚に陥る。私はあの中に存在している、映画と自分の距離はなにもなかった。
もう一度観たらまた感想を書きたいです。
書いていると自分からどんどん言葉が離れていくようでとても居心地が悪い。そして、とてつもなく心地よい。
監督に恋しそうなくらい、不思議な想像が張り巡らせられた素晴らしい映画でした。
なにもまとまらない、言葉にもならない感想です、読んでくださってありがとうございます。
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